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先日,情けない思いをしたという記事を書きました。 しかも,自然が豊かだと言われているボルネオにおいて・・ですよ・・ そして,大量消費,モダンな生活?・・・いろんなことが,ぐるぐるしてしまいました。 と,同時に,現地の人のたくましい生活力というか,市場で見た,そういうたくましさのような光景も紹介しました。 朝,獲ったばかりの魚を水揚げし,その前にある市場へどんどん運び,人がどんどんやってきて,どんどん買っていきます。うろうろ歩いていると「安いよー!」って声もかかるし,とてもにぎやかでした。 どころが,よく見ると・・ 彼らは,作業の手伝いのようなことをしていました。水揚げの補助。台車に氷の乗せて店まで運ぶ作業。落ちている魚を拾い集める作業・・ 裸足で作業している子どももいました。 僕がカメラを持っていると「写してー!」って寄ってきてポーズをとる子がほとんどでした。写した写真を見せると,とても嬉しそうな歓声が上がります。大人も集まってきて,盛り上がりました。 どうすか?,なかなかの表情でしょ? でも・・ でも・・この子たちの未来は?・・ 人権保護団体は,きっと「けしからん」と怒る事でしょう。 では,この子たちは,どうすればよいのでしょう? 自分の力でなんとか・・簡単にはできないと思います。だって,すでに,極端な二極化が世界中で始まっているのですから。 どこの子だ?と質問したら,自分の親か関係者のいる(であろう)場所を指さして教えてくれました。この意味・・いろいろあるみたいですよ・・ 僕には,よく分かりませんでした。 ただ,複雑な思いで,市場の賑わいを見ていた・・ということでした。
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こんばんわっ!
子供がもう仕事をしているんですね…
親にとったら、ホンマは仕事より学校に行ってほしいんやと思うけど…
ひとつの国で、こんなにも違いがあるんやね…
ちゃうんかも知れんけど、親が思うみたいに子供も、凄い親のこととかを思ってるんやなぁと思いました!
2009/7/17(金) 午後 9:40 [ あ・うん ]
わたしが子どもの時は子どもも労働力でしたよ。子供も働く名は当たり前でしたね。
だから、何がどういけないのか?
2009/7/17(金) 午後 11:46
姫も・・・インドで生活している自分がいまだに信じられなかったり・・・今までとはまったく違う町の光景に考えさせられる機会が増えました・・・でも何もできない自分の存在を小さく感じたり今だに複雑な心境に・・・
2009/7/18(土) 午前 0:05
日本の明治革命では、金のない政府は、教育改革として小学校の義務教育化を企てたが、それぞれの地域の村落で資材や資金が準備された。江戸時代から多少なりとも備蓄された地力、地域の共同体の活力は、完全給食さえ実現する小学校も出るほどに整備され、初等教育にと振り分けられる結果と成った。それでも子供達は社会生活の中で、一定のある役割を与えられた貴重な労働力であった。しかもそれはまた村落の地域共同体としての教育・躾の場であっta
2009/7/18(土) 午前 1:17
その意味で、新生日本は上下にみんな貧しく、更に初等教育の機会にあって、僅かばかりでは有ったが、富国強兵の国家観と言うばかりでは無く、みんな人間として豊かであったのだ(*^_^*)
2009/7/18(土) 午前 2:47
ぱっと見なんだけど,この子たちに限らず,みんなにこやかでしたよ,きぃチャンさん(⌒‐⌒) 学校は何時から?って聞いたら,「まだ言ってない」って・・いう大きい子が何人かいました。おそらく不法滞在労働者の子どもだと思うんです。なんか,複雑でしたよ,ほんま(^.^;)
2009/7/18(土) 午前 6:14
この子たちに,なーんも,悪い事はないと思います,ひみ子さん。ただ,僕が複雑に感じたのは,日本は,この国から,ものすごく安く物を大量に買っているという事です。その安さを支えている理由の一部には,間接的には,こういう子たちの存在も含まれているという事です。戦後から高度経済成長期に欧米諸国が日本に対して行ったことと「同じこと」を経済的に豊かになった日本は,まさしく今,行っているんだな・・と,そんなことを感じて,複雑に思ったんですね・・ええとかアカンとかの話ではなくてね。
2009/7/18(土) 午前 6:18
ほんまですね,姫さま。ちっぽけな僕が何を感じようが,思おうが,何かを大きく変える事はできないものです。そして,同時に,その例の情けない1日で見た「モダン」な生活が徐々に浸透し,それを享受できているのは,まだ一部のお金持ちだけで・・「モダン」な生活ができへんことがアカンとは思わないのです。「モダン」な生活を選択できないのですね,この子たちは。だから,複雑な思いもするわけです。
2009/7/18(土) 午前 6:22
この子達に経済活動を支える役割があることは,あかんことどころか,むしろ良いことかも知れないなと思います,sasakiさん。でもね,僕が感じた複雑な思いは,この子たちの中に学校に行けない状態でここに居る子たちが含まれているということです。つまり,制度身分は存在しないけど,経済身分が存在しているわけです。なんか,そういうことが,ぐるんぐるんと,頭の中を巡ったわけです。
2009/7/18(土) 午前 6:24
小学時代、新聞配達や牛乳配達を手伝っている学友は何人もいました。
家の手伝いが当たり前の時代でした。
この写真だけ見れば苛酷と思えても実体験しているので不思議に思えません。
今の日本の現状から見れば奇異ですね。
2009/7/18(土) 午前 9:54
家の手伝いは,今でも当たり前であってほしいものです,よかもんさん(^.^;) 僕が複雑だったのは,この子たちの中に学校に行けない状態でここに居る子たちが含まれているということなんですね・・繰り返しになりますが・・
2009/7/18(土) 午後 2:11
難しい話ですね。
一番の気がかりは、この子たちがどう感じているのか。
今が楽しいのか?幸せであるのか?
でも、学校に行く、行かないという選択肢がないのはつらいですね。
2009/7/18(土) 午後 10:54
今の子の達に幸せかどうか聞くのは,酷かもしれないなって思うのですね,contamiさん(^.^;) だって「知らない」ことが多すぎて・・って,この子達に限らず,子どもに聞く事そのものが酷かも知れませんね・・で,読んだ話ですが,この子達のような子に幸せな未来についての意識調査を行ったというものによると,お金持ちになることがダントツの一位だったということです。かつての日本と同じですね。で,その是非はおいておいて,この子達が将来お金持ちになる可能性は・・極めて低いというのが実情のようです。となると,この子達のイメージする幸せには,届かないのかもしれませんね・・それを難しくしていることの一つは,やはり教育でしょうね・・
2009/7/18(土) 午後 11:50
多民族国家インドネシアは民族問題を抱え、日本の二倍の大きさのボルネオ島も分割されて統治され現在に至っている。明治改革の日本国は政治家が決断力とリーダーシップをもって国家目標を示し、士族たちもまた、それを理解した。わずか十年ほどで、華族・士族の家禄は廃止された。数百年前に手に持つ道具が「刀」から「ソロバン」になり官僚化していたとは言え、武士という特権階級は名実共に消滅した。此の大きな社会変動を受容なさしめ、多大な自己犠牲と自己改革を惜しまなかったのは、この日本国が、上下に天下国家への「志」を理解できるほどに、現今よりもより成熟した豊かな社会となっていたからであろう、、、
2009/7/22(水) 午前 7:52
sasakiさん,ごめんなさい・・
2009/7/25(土) 午前 1:58