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4年前の郵政民営化選挙で自民党が大勝した。小泉旋風とまで言われ「小泉チルドレン」の自由奔放な言動は、「暴選」や「自爆解散」の批判的見解となってしまった。まさに、これを象徴するのが麻生首相であった。大胆すぎる政策は基盤強化の構築があって機能する。言い換えれば、期待値とリスクがなければ確率もない。少なくとも、郵政民営化を機能させるには今の構造を壊し、新たな構造改革とした上で、合理的効率化が循環し、結果となり、キャッシュ・フローとして流れる構造を小泉元総理は描いていたのかもしれない。しかし、自民党(麻生首相)は何もしなかった。むしろ、反対だったと言った。今思えば、少し先取りしすぎていた?いや、自民党は気付こうと耳を傾けなかった。少なくとも、そうしなければならない状況が4年前からあった。結果、悪化に変わってしまった。税金の無駄を増やした。
もともと「自民党をぶっ壊す」とまで発言した小泉元総理の言動から今回の総選挙は当然の流れで、合理的選択のための効率には一度、自民党は立て直す必要がある。自民党や与党となった民主党にとっての本当の改革はこれからである。また、民主党が掲げる政治主権とは誰を主権とし、何を意味をするのだろうか?国民にとっては景気が回復することで安心した生活が保障されるのなら民主党や自民党など、どちらでもかまわない。どちらのマニフェストからもそう言うことにしかならないはずである。それにもかかわらず、「悪貨は良貨を駆逐する」である。
民主党は4年前、郵政に反対したのは自民党だからなのか?改革そのモノなのか?考え方次第ではまた、敗北となる恐れがある。構造だけの公約なら自民の二の舞である。いや、国家戦略局はその対策としてのモノなのか?どちらにしても民主党だけの政治なら社会保障に関する手厚い政策が取れるか??は疑問が残る。今となっては期待するしかない。
マニフェストはあくまで政権交代させるための政策であって、どのように機能させるかまでは公約にない。また、自民党の4年前の郵政民営化政策は公約だけでその後、民営化として充分な機能を働かせないままにある。税金の無駄である。
重要なのは、いかにして国民の暮らしに繁栄させ明確にすることにある。そう言った観点から民主だから自民だからと言うことよりも、まず、民主の公約から党が掲げる政策の戦術をはっきりさせ、例えば、現在進行中の事業計画をどうするか?中止か?継続か?または中止に伴う予算をどう見積もりするのか?を判断し、概観を早急に公告する義務がある。
「官僚たちの夏」の小説(テレビドラマ化されている)に通産官僚たちの姿を熱く描いている。ミスター・通産省の信念に「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない」をコンセプトに日本の経済の発展があった。言わば、国民のためにあるのであって大臣に雇われているわけではない、と明確なモノがあった。だが、信念がときとして強引とまで言われるようになったのかもしれない。今の官僚たちにその信念や強引さがあるかはわからないが。
民主党が「脱官僚」を打ち出している。日本の政策を動かしてきたのは紛れもなく官僚たちである、と言ってもいい。だからだと言って、官僚だから、民主だから、自民だから、自民の政策の郵政だから反対とか、官僚主権だから反対とかじゃなく、政治主導だからと言って政策ができるような状況にはない。もはや、肩書は必要ない。
なぜなら、政治は機能しているであろうプロセスが明確になっていないからである。例えば、企業の再編計画案と考えるのなら、郵政民営化は決して無意味なモノではなかった。言い換えれば、明確にされないブラックボックスをぶっ壊すことに意味があり、スケルトン化で無意味を無くす勘案が重要になってくる。また、無意味を無くすためにも民主の公約内容を基準値として肩書なしに議論し、明白な結果を残して頂きたい。
課題はいっぱいある。例えば、子供手当にしても肝心な子供の受け皿の体制が構築されていないし、高速道路無料化にしても、渋滞の慢性化による時間優先の運送の遅れ。そして、関係者の雇用問題。代替として機能している新幹線、飛行機、フェリーの乗客激変による経済の減速。バラマキとされる問題はいくらでもある。
長年の体制を変えるのは一朝一夕にはいかないだろう。しかし、政権交代と言う改革を打ち出し、国民が賛同した以上、やらなくてはならない。何が何でもである。その責任は国民にも自民党にもある。もしも、野党だからと言っているのなら「責任力」は良貨を駆逐する悪貨にしかない。無くなった方がいい。(税金を悪貨にしないためにも)トップが1年も経たないうちに変わり、党が何も変わらないようでは話しにならない。また、民主党内の統制維持、鳩山さんと小沢さんの二重構造化による懸念材料がある。
例として、経済は、多数の経済主体、企業、消費者、政府などが相互に依存しながら活動している。したがって、いかなる経済主体であっても、自分(民主)の意思だけですべてを決めることはできない。他の経済主体がどのような行動をとるのか?それが日本の経済利益にどのような影響を及ぼすのか?その影響が日本にどのようにはね返ってくるのか?と言ったことが重要になってくる。このような経済主体間の相互依存関係に保とうとすればするほどいろんなことを考えてしまうのが改革なのかもしれない。
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