ビーコムの落書帳

雪の挙句の裸ん坊の洗濯・・理想を揚げて明日を目指そう

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僕は長い間、夢を見ていた。ただ、漠然とした世界ではなく、明らかに現実といってもいい、、、
 
「もう一つの現実に入り込んでいたんだ」

「こっくりさん、お稲荷さん、、、○○さん、お入んなさい」遠くから聞こえてくる。。

現実と現実は見分けることなんて不可能なんだ。一度、入り込んでしまえば、そこはもう現実になってしまう。そう、入り込んでしまったことさえも気づくことなく現実の世界として生きるんだ。

 


 

あの世界は現実と全く同じなんだ。会社、学校、家族、恋人、友人、知人、会社の先輩、後輩、同僚、近隣の人たちさえも同じで、今までの現実的社会と何ら変わりはない。

そこがあの世界であろうともこの世界であろうとも現実なんだ。誰も気づかない。自分が存在していた自分と全く同じ自分が存在し現実的社会の一部分となっている。今までと全く同じなんだ。ただ、違うのは、夢なのか?現実なのか?人たちが話す声が現実なのか?錯覚なのか?幻聴なのか?どこか遠いところから僕を呼ぶ世界が存在する。それは昼間なのか?真夜なのか?夢なのか?はっきりしない。存在がする限り、すべてが現実となり、大切なことも人も言動さえも忘れてしまい、あたかもが、現実となりすりかえられたことに気づくことはない。
ここだけは違うんだ。自分自身が何か得体の知れない化物に変えられる。みんなはそのことを知っている。自分だけはわからない。そして、現実の世界でみんなは僕を仲間はずれにしてゆく、、、

あの世界の入り口は決まって「○○さんお入んなさい」と聞こえてくる。
 


 

あの世界には自分を写し出すモノは何ひとつない。だから自分が自分だということも自分にはわからない。言い換えれば、自分以外のみんなには自分が誰なのかがわかる。しかし、人とは限らない。自分が人以外の動物だってあり得る、、モノだってあり得る。デスク、テレビ、灰皿、コップ、木、壁、石、、存在するモノはすべてあり得る。だから、自分の名前だけは絶対に忘れてはならない。例え、人以外のモノにされても。忘れてしまえば現実にもどることができなくなる。また、誰かに訊かれても自分から誰なのか?しゃべってはダメだ。例えば、森の熊さんに声をかけられたとする。あんいに、しゃべってしまうと森の熊さんの世界に引き込まれる。現実にはあり得ない物事が起こってしまう。カーベットがしゃべる。正確にいえば、森の熊さんがカーベットに乗り移る。森の熊さんの正体は誰にもわからない。声をかけてくる。気をゆるし、あんいに、しゃべってしまうと入り込まれ、もはやカーベットがなくとも話しかけられ、ささやき続けてくる。それがすべてなんだ。生きるために、しゃべり続ける。僕の意識の中で仲間を増やそうとする、子孫繁栄みたいに。。
 
みんなにかんずかれたら最後。「お前は誰だ!」と訊いてくる、、誰かに自分の名を呼ばれたら「こっくりさん」に参加させられる。そして、相手の姿、形にされ、自分の名を失う。それが当然のことなんだ、、あの世界の現実にもどる。夢?悪夢?それが現実なんだ!

 



「何でそんなデタラメなことが現実何だ!そんなこと起こるはずがない!」と思うかもしれない。例えば、毎年度、日本の借金が増えている。増え続けていることはすでにわかっている。だが、何の施策もないまま人だけが交代し、ただ借金が増え続けている。何も変わらない。それが現実。何もしてないのと同じだ。いや、変えることができないのかもしれない。もはや、あの世界の現実にすりかえられている。気づければ国が自己破産となり、どこかの国の植民地にされる。バカバカしい話しが現実となる。

日本は終わった国だといわれるのは日本だということ、メイド、イン、ジャパンだということを忘れてしまったからだ。それが現実なんだ!
 


 
 
しかし、助かる術はある。あの世界にひきこまれたのなら、必ず、ペアになって、お互いを見つけ出すんだ。お互いがお互いのことだけを思い、考え、大切にする。「赤い糸」のように。それは運命の出逢いを果たすように。ただ、お互いの名前だけを忘れないように永遠に思い愛し続ける。そうすれば、生も死もない世界に存在し続けられる。それが現実である。
 


 

現実らしき昼間の世界はけたましく、激しく、うごめきあっている。それは現実が動いているのではなく、スクラップ寸前のおもちゃの兵隊と同じで、ヤミクモに動き、壊れた空間にはさまれた人たちの悲鳴のようだ。いつしか時間がくれば流れは止まる、爆発寸前の世界のように。チクタク、チクタクと。。まるで、愛する日の丸のようだ。
 


 

どちらの世界にもいえることは「幸福」はそう簡単には得ることができない。この世界もあの世界も自分以外のすべての人たちもまた同じことを思い、考え、求めている。だから平気でうそをつく。自分の相手が誰なのか?わからないからうそをつく。自己防衛?運命の人が誰なのか?名前がわからないから?相手がしゃべらないから?自分もしゃべらない?しゃべれば自分をも忘れることとなる。自分以外の何か化物にされすべてを失う。

しゃべらない?しゃべれない?しゃべる必要がない?なぜ?運命の人はすでにそばにいるのだから、、自分の中に、、だから存在する。そのことを忘れてしまった?気づけば現実だと思い込み生きている自分に、、とらわれ、、いつしか自分の中の運命の人のことさえも忘れすりかえられている。気づかない、忘れてしまっていた。だから現実に存在する。
 


 

現実らしき昼間の世界はけたましく、激しく、うごめきあっている。自分はどの世界で生きているのか?その目的さえも見失い、誰かわからない相手と「かくれんぼ」しているみたいだ、見つけられることのない「かくれんぼ」を。
 
引きこもり、、現実の世界で形となる。
 
そして、自分の意識の中で「鬼ごっこ」にすり替えられ、自分自身さえも、現実をも見失ったことに気づかずに何か得体の知れないモノに追いかけられていると思い込む。
 
自殺、、現実の世界で形となる。

 


 

自分の名前も、、運命の人もそばにいることさえ感じない。すでにすりかえられているのかもしれない。
 
「幸福」とは何かもわからないのなら、黙って訊いてくる声を聞くしかない。その声の中にきっと求めている世界にたどりつける何かがある。信じるしかない。聞こえるの?見えるの?それは何か?はっきりとはいえない。意識の中にある無限の力がきっと具現となるだろう。誰しもが存在している限り、、誰かがそばにいる。ただ、運命の人はしゃべることができないだけだ。しゃべってくる者たちは別世界の者だから。「幸福」へには導いてはくれない。翻弄するかもしれない。なすがままかもしれない。それでもしゃべってくるかもしれない。ただ、黙って、聞くしかない。しかし、あわてる必要はない。怯える必要もない。いつかきっと日は昇り愛する使者の存在に気づくだろう。

 


 

僕は長い間、夢を見ていた。ただ、漠然とした世界ではなく、明らかに現実といってもいい、、、
 
「もう一つの現実に入り込んでいたんだ」そして、たくさんの人たちは現実と瓜二つの世界を現実だと信じ今も眠り込んでいる。

「○○さんお入んなさい」

気づいたんだ。自分が死者となったとき使者となり愛する人のために蘇ることに。

人は亡くなったとき、それが現実の世界となり現実と瓜二つの世界に自分が存在していることに。

そして、愛する者のために、、自分のために存在し続ける。
 

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