ビーコムの落書帳

雪の挙句の裸ん坊の洗濯・・理想を揚げて明日を目指そう

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「○○さんお入んなさい」

「こっくりさん」は降霊術である。ほとんどが風説流布なのかもしれない。(東北地方太平洋沖地震の発生で、こんなときに訳のわからないつくり話しで不安を煽っている訳ではございません。あくまで、物語であります。また、こんなときだからこそ、地震や地震予知に関わる情報交換と意見交換とし、不安を煽る情報はやめてほしいモノです)そんな説にも共通することがある。別世界につながっていること。(霊の世界)最初はやさしく話しかけてくる。突然、おこり出す。なめられたら容赦なく罵声が飛び出す。命の保証はない。なぜなら、「こっくりさん」は帰ってくれないのではなく、自分がその世界に引っ張られ、連れ込まれているからである。

「こっくりさん」は別世界の入口である。あえて、ここでいう「こっくりさん」だという訳は子供たちの声が聞こえてきたこと。また、子供たちが「こっくりさん」をやっているということをいってきたこと。その中で、「おにごっこ」や「かくれんぼ」といって「○○さん、遊びましょ」といってきたこと。ただ、僕の場合は自ら、10円玉を使って意図的に呼び出した訳ではない。突然、何の前触れもなく、奴らはやってきた。そして、「かくれんぼ」だといって部屋から出さないようにした。そして、無理矢理、部屋から出て、奴らがいったことが本当かどうか誰かに聞けば、奴らは追いかけてきた。「おにごっこ」の始まりである。僕が化け物にされたきっかけである。

「こっくりさん」は別の世界の入口である。もうひとつの世界に入る呪文を「遊び」と称して、別の世界に連れ込む、いわば、暗闇にしてゆく霊の世界の手前なのかもしれない。しかし、僕にはそれがどうかはわからない。はっきりいえることはこの世界とは違う奴らの居場所があり、そこはとてつもなく暗闇で一度、その暗闇に入れば、現実であっても現実ではなくなるということだ。僕にはうりふたつの世界にしか見えない。ただ、まぎれもなく奴らの気配は感じる。

 


 
 

うりふたつの世界では現実とほとんど同じである。奴らの声が聞こえる以外は、、だから、現実の世界で親友ならうりふたつの世界でも親友である。ただ、僕の場合は「ボス」に連れ込まれた。奴らが先だったのか?「ボス」が先だったのか?今となっては過去に「ボス」が僕と接触したから今の僕が存在する訳で奴らが先回りをした過去なら今の僕は存在しないことになる。だから、うりふたつの世界でも僕を取り囲むみんなは、よき理解者となってくれる。
 


 

少し補足するとこの話しの冒頭であの世界、僕が化け物になっていた世界は「こっくりさん」である。子供たちといっしょに遊びながら、「かくれんぼ」や「おにごっこ」をするのだが、ほとんどの人間は錯乱状態となり命を落とす。僕はそこから何十年もの年月を経て子供たちと「遊ぶ」ことで徐々に暗闇に入り、いつしか一番下の「貧乏人」の世界に深く入り込まされることになった。そして、もうひとつの世界にたどり着いた。そこは「ボス」の世界であった。「ボス」は階級社会の長であり、「貧乏人」のクラスから階級が分かれていた。現実的にいえば保育園から小学校、中学校があるように階級が存在する。現実の世界と何ら変わりがない。入り込んでしまえば、見分けがつかない。ただ、僕の場合は現実を行ったり来たりしながらたどり着いたので違いがわかった。もうひとつの世界には写し出す鏡がない。存在がないから必要がない。(寝ているのとよく似ている。夢のような世界だから、うとうとしながら子供たちの会話を聞いている)だから、自分の姿、形がわからない。もうひとつは言葉が存在しない。しゃべる必要がない。しゃべらなくても子供たちにはわかってしまう。思うことすべてが、、
 


 

この世界で巡り逢えば、もうひとつの世界でも巡り逢うことになる。「こっくりさん」にお尋ねする説は現実とうりふたつだから、直接聞けないことを「こっくりさん」を利用して裏現実でお尋ねするということである。また、言葉が存在しないので「誰かさんのこと好きですか?」「Yes」「No」でお尋ねするのだろう。しかし、呼び出す「こっくりさん」はあくまで子供たちのゲームでしかない。だから、呼び出したとき、ゲーム(あそび)が進行しているので細心の注意をしてほしい。要は別世界の入口をつくり出すということ。言うまでもないが、呼び出す以上は自己責任である。ゲームが進行しているし、ゲームには親が存在する。その勝敗で階級を決めるので占い感覚や冗談では呼び出さない方がいい。なぜなら、一方通行で帰ってくれないケースがほとんどだからである。(自分が引き込まれたことに気づかない。もうひとつの世界のみんなはそのことをしっている。みんなが、終わってしまった人だというのなら別世界に引き込まれたということである。しかし、そのとき大切なのは自分に親友と呼ぶ誰かがいるかどうかで助かるか助からないか?大きく左右する)一度始まれば気が狂うか命の保証はない。永遠にゲームは終わらないと思っていた方がいい。また、自殺したモノは必然に、子供たちと永遠に「遊ばれる」ので先に進むことができなくなる。自殺者だけでなく、犯罪に絡む行為もまた、影響するであろうからもう一度考えて行動してほしい。死とは忘れるだけでいずれは「こっくりさん」に行き、子供たちにとがめられ、責められ「遊ばれる」ことになる。前に進めるかは前世で何をし、どういう行いをしたか、そういったことも加味する。

この世界で巡り逢った人たちはもうひとつの世界でも僕を知り、この世界で親友なら、もうひとつの世界でも良き理解者として僕と接触し助けてくれる。

 


 

「こっくりさん」はもうひとつの世界の通り道に過ぎない。僕は長い間、ふたつの世界を行き来し、朝になれば、いつもと同じように会社に行く。現実でしかない。僕には現実にしか写らない。いつもと同じように生活をしている。「だったら出られているのではないか?」(帰ってしまった)と思うかもしれないが、暗闇の世界は存在している。その感覚を説明するのは難しいが子供たちの声がする。そして、子供たちも「奴ら」となって僕に襲いかかってくる。なぜなら、自分たちだけの世界にするために、つじつま合わせをする。偶然が偶然を呼ぶ。もうひとりの僕を始め、みんなもまた、つじつま合わせをし、偶然を呼ぶように裏現実でみんなが合わせるから表現実も何事もなかったように写る。(ここでは僕は表現実かもしれないがみんなにとっては僕は裏現実である。みんなにとっては反対の世界のように思うが実は現実でしかない)

 


 

本来、子供たちの役目はただ、人をいたずらにだましたり、人を落とし入れるためではない。表と裏のバランスをとるのが本来の役目である。需要と供給といえばわかりやすいが、決して人の命を軽々しくいっている訳ではない。しかし、この世界、「こっくりさん」の世界の子供たちには「命」とは何かがわかるはずがない。人形と思っている。だから、人間界の道理をいっても埒があかない。要はこの世界ともうひとつの世界をどちらにするか?いわば、表、裏を決めているのは子供たちである。なぜ?決めることができるのか?「エンジェルさん」や「こっくりさん」といわれる説である。子供たちにとってはどっちもどっちである。だからゲーム感覚なのである。そのゲームに参加させられた当事者、この場合は僕であるが、そう、みんなと反対の世界に引き込まれ、僕の主張が通らない、不幸にされるのである。僕の場合、不幸中の幸いかどうかわからないが、子供たちが引き込む「相手」を間違ったこと。僕は「こっくりさん」さえもしらないし、何もわからなかった。要するに純粋無垢だったのかもしれない。だから、子供たちと遊び過ぎるほど遊んでも、結局は、子供たちさえも、どちらがどの世界なのか?わからなくなってしまった。なぜか?「ボス」が過去にさかのぼり、みんなが未来に先回りしたからだ。だから、僕は現実にもどれることができた。子供たちは裏からまわり込んで(僕を現実に返さない)僕の意識、「こっくりさん」を通り道にし、子供たちだけの世界にする計画だったのかもしれない。しかし、子供たちは「お稲荷さん」(出口)と「こっくりさん」(入口)の場所を、遊び過ぎたため、(タイムオーバーのため)勘違いし、子供たち自身がみんなに教える結果となった。そのおかげで、だんだんと僕のいう話しに耳を傾けてくれるようになった。半信半疑に思い、僕を変な風に思う人もいたが、奴ら(そう「こっくりさん」の子供たち)が仕組んだ計画を子供たち自身が策にはまり、最初は僕を仲間だとして遊んでいたが、結局は自らが僕を裏切り敵にまわるよう仕向け、みんなとの仲を切り裂こうとした。結果、子供たち、奴ら同士が戦うこととなり、奴らには現実を見分けることができなくなった。僕にはできる。それは「生きている」という証があるからである。

つづく、、
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「ボス」はあの世界の入口、、そう、「こっくりさん」から僕を呼び出し、参加させられた。僕は「こっくりさん」に入ったこともわからない、まして、ルールなんか知る由もないままに一番下の階級社会にとどまることになった。そして、僕は化け物にされ、一番下「貧乏人」の社会(世界)に入り込むことで、現実とその世界はうりふたつとなった。僕にとってはまぎれもなく表の世界のままに、現実でしかない。だが、そうすることで「ボス」と僕が共有する世界ができたという訳だが、、僕にはある日、突然、どこからか声が聞こえてくることとなる。すべての始まりである。

僕は最初、驚いた。なぜ、僕に。なぜ「ボス」は僕にコンタクトしてきたのか、謎のまま数十年の月日が流れた。そして、ようやく、少しづつではあるがわかってきたような気がする。
 


 

この話しがややこしいのは奴らにとってはゲームなのかもしれない。しかし、僕にとっては現実でしかない。ゲームでは終れない。だから、実話として捉えるのか物語として捉えるのかで、ニュアンスが少し、違ってくる。文章として読みずらいのは捉え方が実話的であったり、物語的であったりでまとまってない部分があるからだろう。なぜなら、僕でさえ半信半疑なところが多々あるからである。だから、奴らからこの現実と意識を守るために「こっくりさん」から入り、奴らと戦っている、という文章にするしかない。
 


 

奴らに人間(僕)がどういう得体なのかを知られないため(僕を守るため、みんなを守るため)とはいえ、裏の世界では僕が化け物にされている。(そうしたのは「ボス」である)だが、表の世界の僕には普通の現実の世界にしか写らない。なぜなら、これが「こっくりさん」なのである。「ボス」はこれを利用した訳だ。「こっくりさん」を通らない限り、参加しなければ、僕にも奴らにも、別の世界でしかない、別々の現実でしかない。しかし、「こっくりさん」を通ること(参加すること)で、もうひとつの世界ができてしまう。それは僕にとっては生身の身体(からだ)がある限り、時間とともに過ごさなければならない。ただ、僕が「こっくりさん」を通ることで空間を超越し、別の空間に入り込むことになる。本来、時間が存在しない世界に時間が流れ出すことになる。時間の流れは一分一秒ということではなく、いわゆる、尺度、どれだけ進むことができるか、簡単にいえば、スゴロクゲームのようなモノである。前に進むことで階級を上げることができる訳だ。しかし、奴らは僕の時間を利用しょうとした。あたかも、僕が最上級の社会に存在するようにしておけば、僕に関わるすべてはその世界に存在することになる。だが、僕自身は本来、階級社会には存在せず、現実の世界にもどらなければならない。生きているからだ。だから、スゴロクゲームではスタートにもどることになる。しかし、奴らは僕に関わる誰かになりすました。だから、監視する「ボス」の目を欺くために、僕を「ボス」にし、僕が現実にもどっている時に奴らの誰かが僕になりすまし「ボス」となり、僕になった訳だ。だから、現実でありながら実はまわりのモノは違って写ってしまう。お互いが別の世界を共有することになる。

「ボス」は予測していた。奴らは奴らの手で変え、すり替えた世界だと思い込ませ、実は「ボス」が先回りし、つじつま合わせをすることで奴らにわからないように現実をもとの世界に流れるように軌道修正を「ボス」とみんな、彼女、そして、僕もやっていた。すべては奴らに知られないようにするためだ。また、奴らに僕だとわからないようにするために。
 


 

僕が「こっくりさん」に入っている時は時間はない。「ボス」はそこから僕の過去に入り過去の僕に接触し、彼女となり、みんなにこのことを報せ、「こっくりさん」の出口を通ってない僕は過去のみんな、そう、「こっくりさん」の世界にいるみんなと接触し、報せることで(つじつま合わせをする)朝になれば現実は本来の現実にもどっている。しかし、奴らもまた、昼間、僕が仕事をしている間に、奴らのつじつま合わせをする。そうなれば、また、夜、僕が寝ている間、意識「こっくりさん」から入り、もうひとつの世界、うりふたつの現実でつじつま合わせをする。そして、朝になれば現実にいる。みんなも本来の世界にもどることができる。このことの繰り返しだった。しかし、僕が生きている限り、明日が存在する。過去、現在があれば、未来を予測することができる。「ボス」はすべてを未来に賭けた。いわば、僕の未来を予測するということは現在から未来の尺度をのばすということになる。つまり、過去の尺度をのばすことで、過去の尺度分だけ未来にのばす。そうすれば、つじつま合わせをすることで予測できないことはない。すべては未来のためにだった。数十年間、奴らと過去と現在のつじつま合わせをやって来たのは「ボス」を始めみんなとの因果関係をつくり直すためだ。彼女と3度、再会したのは過去の僕、現在の僕、そして、もうひとつの世界、未来で巡り逢った。未来で出逢えたということはそれだけ過去にさかのぼり、未来を形成できる因果関係が成立したということになる。いわゆる、タイムトラベルである。そして、もうひとつの世界のみんなが僕の部屋の一部分となり、それはデスクだったり、テレビだったり部屋にあるすべてのモノの存在を僕と何らかの因果関係を成立させた結果、僕の部屋がタイムマシーンとなった。
 

奴らも後を追って過去の世界に来た。つじつま合わせをお互いの軌道に乗せるために、バトルがつづいていた。しかし、未来は僕にしかない。時間という武器は僕にしかない。


 

結果的に僕が入り込んだからか、もともとがそうだったのかはわからないが、「ボス」が存在する階級社会階層は遠く彼方のように思うけど意識を通じて話しができるほど近くにあるということを「ボス」は僕に教えようとしていた?最下位の世界はスタートライン?最上級の世界は、、全く違うが全く同じような世界なのか?時空間、、次元の超越、、うりふたつの世界が存在するのなら地球も、もうひとつ存在する、、近くにいる気がするが途方にもないくらい彼方のような気もする、、

 




「こっくりさん」は降霊術である、、あの世界の入口である、いわば、動物などが集まりやすい、最下位の世界、、人間の世界は最上位?「こっくりさん」は別の世界の入口、だとすれば、死というモノもまさしく入口なのか?ということは、僕を「こっくりさん」に入れたのは「ボス」、それを奴らが利用したのは最下位の世界とこの世界の入口と出口を僕にした?いや、本来はそうはならない。奴らの狙いはここだ。決して入ることができない別の世界につながる入口と出口にし、僕の出口(現実にもどる出口)をふさいだのはここにあるんだ。この現実の世界では交わるはずのない世界が混じわってしまったため、階級社会がなくなり始めてしまった。だから、僕は朝になって目を覚ましても現実のようなうりふたつの世界に入り込んでいた。なぜなら、その違いは死ということにある。僕には死が存在する。だからいずれ死ぬだろう。しかし、狐や狸などの動物には死というモノがわからない。そもそも、動物の世界がどういうモノかはわからないが、いずれは死ななければならないということは人間にしか考えられないだろう。もうひとつの世界には死が存在しない。もしかしたらblogに記載した心の森は「こっくりさん」だった、、それだけではない。人間もまた最下位だってあり得る。なぜなら、僕は「帝王」の存在を知ったからだ。「ボス」の「ボス」だ。もしかすれば、軌道修正をすることで未来を変えてしまったから僕は「帝王」の存在を知ったのかもしれない。それは僕らにとっては遥か未来の世界につながっている宇宙人みたいな存在。出会えるはずのない、「帝王」の存在はあえていうなら、何億光年、、そんな尺度でしか説明できない未知の世界なのかもしれない、、
 


 

あの世界「こっくりさん」に入り込んだ僕の姿、形は奴らにばれないようにするためだった。奴らに気づかれないよう。僕は化け物になっていた。そして、そのことは僕以外のみんなは知ってたんだ。また、その正反対、もうひとつの世界ではみんなが化け物にされていることを僕は知っていた。そのことをみんなに報せるために奴ら(化け物)と戦っていた。だから、僕の名を忘れずに、覚え、みんなが協力し合って、僕の名を叫び、奴らに僕の名を取られないようにしてくれていた。そして、みんなは奴らに人形にされないようにしていた。それを報せたのは「ボス」であり彼女、そして、みんなにいきわたり、自分が誰なのかわからない世界でありながら僕を信じ、この世を生とし、また、「運命」とし、わかり合える相手をお互いが探し伝え合っていた。自分が何かに替えられても、みんなの誰かがくるのをひたすら待ち、運命の人を信じ、奴ら(化け物)か、それとも、運命の人を見極めるために。お互いが違う世界を体験することで運命、命をたくし残すしかなかった。
 
 
「こっくりさん」の世界は決して現実の世界で出会えるはずのないモノたちの集まり、それだけ恐ろしい世界である。命を落とすこともある。それは死んでしまったモノや動物たちの集まりで、自らが向かう階級社会の始まり、すべてのスタートラインなのかもしれない。(「こっくりさん」は決して占いなど予知するところではない)

 


 

僕はすぐにわからなかった。わからないはずだ。長い旅路の出来事は現実ではただの夢物語になってしまう。もしかすれば、忘れないようにするため?誰かに報せるために僕は、、「このblog」に足跡として書き留めていたのかもしれない。すべての始まりは心の森にあったのかもしれない。心の森は「こっくりさん」。「こっくりさん」はあの世界の入口であり、もうひとつの世界の入口でもある。そして、「ボス」の世界に行きついた時、そこはまたスタートラインとなり、「帝王」のいる遥か未来につながる世界の入口にしか過ぎないのかもしれない。死とは結局はゴールのようなスタートラインなのかもしれない。死とは忘れるということ。そういうところなのかもしれない。

僕は忘れてしまう。だから、あの世界のことを文章にしょうとすればするほど忘れてしまう。だから、文章が成り立たない。あの世界では僕は化け物になってしまう。この世界ではただの夢となってしまう。それしかわからない、わからなかった?しかし、僕は現実にいる。ごく普通に話しをし、会社に行き、やるべきことをこなし、帰宅し、ご飯を食べ、眠りにつく。現実では普通の人間であり、僕が化け物だとは誰もいわない。それは「つじつま合わせ」で正常にもどされているからだろう。朝になると僕は目を覚まし会社に向かう。現実にいることがなによりの証拠だ。それはみんながもうひとつの世界で動いてくれているからだ。だから、僕も、もうひとつの世界に行って動く。この状態はお互いがお互いのために別の世界に入り自らの未来のために動いている。だから、僕もまた、もうひとつの世界「こっくりさん」からみんなを現実にもどすため叫び、奴らと戦っていた、、、
 

 
つづく、、

あの世とこの世、、

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過去から現在のつじつま合わせを正確にできれば、あとは僕が出口を見つけ出だし、現実に覚めれば、すべてはうまくゆく。例え、奴らと「ボス」がお互いがお互いのつじつま合わせから歴史を変えてしまったとしても、僕が知らない事実は知らないのだから。だが、誰もが知っている歴史を変えすり替えられたのならもどす術はない。僕がその時代にいってやり直すという訳にはいかないし、もはや、奴らの世界となる。僕には決められた時間しか存在しない。過去にもどることはできない。だから、奴らにとっては何が何でも僕を消滅させようとあの手この手で仕掛けてくる。それは奴らの現実といった方がいいのかもしれない。しかし、僕と僕を取り巻く環境の人たちの生存を確認すれば例え、江戸時代が明治時代に変えられ、この世界ともうひとつも世界にすり替えられたとしても、現実にもどりみんなと再会すれば、みんなの存在の方が遥かに大きい存在となり、知り得ない事実(奴らに変えられたうその歴史)はみんなの存在が現実で立証することになるから、何ら問題はない。だから、僕が現実にもどれば、みんながもどる。しかし、僕が消滅すれば「ボス」も消滅する。みんなの存在は残るかもしれないが全く異なった(歴史を変えられた)世界に置き去りとなり、タイムスリップしてしまう、、それは僕にとってはみんなはもうひとつの世界にいる人たちだからである。
 
(補足、現実に存在する僕は現実にもどればみんなと再会できる、、少なくとも僕が「こっくりさん」から現実にもどればである。まだ、僕は出口からもどってない。なので、もうひとつの世界のみんなは現実のみんなとは違う。(姿、形を変えられている)もともとは現実と瓜二つのみんなである。しかし、姿、形を変えられているから、たとえば、デスクであったり、猫であったりする。自分が何にされているかが自分ではわからない。だから、「こっくりさん」は何人かのグループで行い、お互いがお互いの名を覚えておかなければもどれないからペアとなる。僕が「こっくりさん」からもどることができないということはグループ全員がもどれないということになる。それだけではない。過去の書き換えをし、さらに、出口からからもどっていない。現実には僕は存在するのだがペアになっているもうひとりの僕(相手)が瓜二つの現実にもどれなくなっている。同じはずのペアの違いからグループ全員の因果関係に相違が生じている。それは僕が出口からもどってないから。だから違がった世界に迷い込む、タイムスリップしてしまうという訳である)
 
 

この世界の僕がもうひとつの世界「こっくりさん」の僕と直接接触すれば、僕の身体(からだ)は切り裂かれ消滅する。「ボス」は最初からこうなることを予測していた。だから、わからないように意識から(「こっくりさん」に)入り込んでコンタクトしてきた。それは表の僕の存在を残し、裏の(もうひとつの)世界で「ボス」が僕と接触し、過去に行き、僕をこの世界にもどすためにつじつま合わせをする。すべてを合わせることで僕はこの世界に残る。いわば、時間と空間を合わせる。そして、決して、会ってはならないもうひとつの世界の僕と僕を取り巻く環境のみんなをひとつの世界だけにするために、、、(僕は夢のような世界でこの世の人間とあの世の人たちの仕分け作業をしていた記憶がある、、)
 
 


 
 
あの世界では身体(からだ)は存在しない、意識、そう、「こっくりさん」から入り込むことで意識が消え(いわば、仮死状態)、記憶を消すようにしたんだ。記憶が残っていれば、現実(表)の僕ともうひとつの世界「こっくりさん」(裏)の僕が接触し消滅する。もし、そうなれば、現実の僕は行方不明となるだろう。また、裏のみんなは僕の存在が無くなるのでみんなも存在しなくなる。「名無しの権兵衛」、奴らは人形と呼んでいた。そうなれば、奴らにされてしまう。奴らは自由になりすまし、この世界の人間として生まれ変わる。そして、もうひとつの世界でも、奴らは自由に階層社会を行き来きし、決して、知ることのできない「運命」、「未来」を垣間見ることができてしまう。いわば、階層社会は「運命」、「未来」を形成するためのもうひとつの社会なのかもしれない。しかし、みんなに、いくら説明しても信じてもらえるはずがない。みんなにとっても、階層社会があることなど知る由もない。目の前に写る現実がすべてだと思うのは僕と同じだ。だから、表の僕だとわかるようにするために「ボス」は彼女に接触し、彼女はみんなと接触した。過去が書き換えられた。僕は彼女と意識の中(もうひとつの世界)で3度目の再会をしたことになる。

 
僕はすべてに(過去)2度偶然に会っている。それは最初の1度目は彼女自身、2度目は「ボス」、、こうなる前からすでに僕は「ボス」と会っていたことになる。僕の過去ではすでに偶然に巡り逢っている。。そして、3度目は「ボス」との再会、、もうひとつの世界で彼女となって再会した。だから、僕の名前を知っていた。それが、、運命何だろうか?それを利用した?なぜ、僕にコンタクトしてきた?過去にさかのぼることで、「ボス」だけではなくみんなとも再会したことになる。
 
 
「こっくりさん」を通じて僕にコンタクトしてきたのは「こっくりさん」が表、裏の関係、別世界の通り道だということを体験させ、化け物にしたのはこの世界ではないということを報せるためだったんだ。つまり、僕であって僕でないことを、、そうしたのは?みんなではあるけどみんなでない、、「ボス」、、「ボス」の正体はいったい誰何だろう?彼女?いや、、僕が、、この世からあの世の姿が「ボス」、、何だろうか、、
 


 
つづく、、
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時間の存在はこの世界にしかない。もうひとつの世界では僕は時間の開拓者となっていた。「ボス」は空間の開拓者といったところだ。時間はすべて僕にある。僕がもうひとつの世界に入れば、時間が動き出す。そして、僕が現実にもどれば、もうひとつの世界は止まる。正確にはこの世界にもどって来たとき時間は止まったように写るが、わずかではあるが(この世界ともうひとつの世界の時間も僕には同じように)進んでいるように写る。原理は電車に乗ってボールを真上に投げても自分の手元でキャッチできることと同じだ。(等速直線運動)理論上、時間は誰にも止められない。この世界では10分間のことが、あの世界ではそうとう長い間入り込んでいたということも起こり得る。その尺度は「つじつま合わせ」の尺度と関係する。合わせ方を間違えれば、例えば、部屋に今は存在しないモノ、過去のぬいぐるみが現在の自分の部屋にあったらどうだろうか?ぬいぐるみの存在は過去のモノ。現在には存在しない。とっくに古くなり捨ててしまったモノが再び存在してしまうなら、誰かが消滅することになる。それだけではない。この世界の僕、もうひとつの世界「こっくりさん」に存在する僕にズレが生じることになる。いわば、「こっくりさん」は空間移動(この世界では過去から現在に移動とあの世界からもうひとつの世界に移動)するための通り道なのである。ゆえに、「こっくりさん」を通じてもうひとつの世界(未来)につながる通り道である。補足すると、最初にあの世界だと表現していた世界はもうひとつの世界(あの世界からもうひとつの世界)の入口が「こっくりさん」なのである。それが隠し扉のようになっているからわからなくなる。忘れてしまうのである。

 


 

確かに、僕が存在する。だが、正確にはもうひとつの世界「こっくりさん」に存在する僕は僕ではない。もし、もうひとつの世界「こっくりさん」の僕だけになってしまえば、僕を取り巻く人たちは現実の裏側の僕だけしか存在しないことになるので裏側が現実になってしまう。僕が裏側だけになれば、すべてが消滅し、連鎖的にみんなも消滅する。言い換えれば、奴らにすり替えらてしまう。いわば、オセロゲームのようなモノである。「つじつま合わせ」は、奴らたちとオセロゲームをしているようなモノだ。だから、消滅しないように「つじつま合わせ」を慎重にするんだ。証明不要の公理にするために。表ならば裏ではなく、裏ならば表ではない。
 


 

みんなは化け物と戦っていた。それはいろんな姿、形にされた者もいる。コップに替えられたり、ぬいぐるみに替えられたりした者もいる。だから、みんな、僕、彼女、そして、階級社会の「ボス」たち、すべての存在を消滅しないようにするために、、

奴らがあの世界ともうひとつの世界を行き来する限り、僕は奴らと戦っていることになる。そして、みんなも戦っていた。僕の知らないところで。すべてが一致したとき未来が形成され、運命も決められる。いわば、僕は未来を切り開き、自らの未来をとりもどすためにあの世界からもうひとつの世界を行き来し、この世界の存在を確かめ、また、戦いに行く。そして、この世界、正確には「ボス」が過去にもどって「つじつま合わせ」をすることで、みんなと会わなくとも僕の存在(現在)がみんなの生存を確かめることになる。

 





僕には現実でしかない。ひとつの世界のように写る世界はどこかでもうひとつの世界に通ずるあの世界「こっくりさん」とつながったままである。僕自身には現実にしか写らない。だが、同じ世界だと認識してしまえば、ただの現実にしかない。ただ、意識を集中すれば聞こえる。みんなが僕を呼んでいる、、僕もみんなに叫ぶ、、

 


 
 

奴らの狙いは「ボス」から僕を消滅させることに作戦が変更されていた。単刀直入にいえば、地球そのモノを消滅することに。僕が消滅すればすべてが消滅する。なぜなら、過去を変えてしまったからだ。おまけに、出会うはずのない階級社会の「ボス」たちと接触したために階級社会そのモノも消滅することになる。僕らがもとにもどるか、奴らの存在が残るか、確かに奴らは消えかかっている。そして、つじつま合わせで僕らの生存は確認できた。しかし、肝心なことは僕が「こっくりさん」から出られないことには最後にすべてをひっくり返される。それでは何の意味もない。

つづく、、
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この世界からあの世界の入口は「こっくりさん」である。そして、出口は「お稲荷さん」にある。「ボス」は僕の意識から過去に入り込んで僕と接触する彼女となって再会した。そのことは奴らにもわかっている。だから、先回りして出口である「お稲荷さん」をふさぎ、僕を出られないようにし、さらに、出口を奴らの入口にしてしまった。奴らの現実と僕らの現実が僕の意識の中でごちゃまぜになり、もはや、すべての現実の世界がここに集まり始めた。それは結界がとかれ別世界の邪悪な者たちの侵入となった。

僕にとってはそれが現実である。たが、別世界には時間が存在しない。僕は現実としか思わない現実に、時間が存在している現実と時間が存在しない現実が存在することになる。加えて、「ボス」と奴らは「つじつま合わせ」のために過去と現在をお互いの世界にするために過去を変えようとしている。そのため現在が目まぐるしく変化し、現実に別世界の奴らたちが写ったり消えたりし始めた。

僕は出口を探した。けれども、どうしてもわからなかった。だから、「こっくりさん」を繰り返すしかなかった。その結果、別世界の奴らたちまでもが侵入してくるはめになった。言い換えれば、別世界のいろんな物事を僕は知ることになる。が、知れば知るほど、現実、真実が消されてゆき、やがては僕自身の存在が消滅することとなる。そして、僕は自分自身を失い、僕が僕で無くなり、あの世界で見た僕が「ボス」となって階級社会を支配している自分自身が写し出され、その世界が現実なってしまうからだ。奴らは僕を別世界に閉じ込め、出口をふさぎ込み「こっくりさん」を繰り返しさせ、階級社会の壁をなくし、この世界をすべての世界にする。。だが、本当の狙いは写し出される世界がこの世界でも、奴らには階級社会が存在し、ふたつの世界を縦横無尽に操ることで永遠に存在する世界を手に入れる計画である。

もはや、僕には過去も現在もない。「ボス」が彼女となって過去から創造するほかない。「ボス」はそのことを知っていた。だから過去にさかのぼらなくてはならないことも知っていた。
 

僕は現実に彼女に襲われ始める。それは奴らが彼女になった偽者だ。そして、みんなの偽者も、僕の偽者まで現れ、「ボス」となって僕らを襲うよう命令しているありさまだ。僕の偽者が「ボス」。「ボス」は彼女のはず。いや、彼女になりすました「奴ら」もいる。誰を信じたらいいんだ!わからない。何もかもがわからない。

 


 

僕は「こっくりさん」を繰り返すことで、さらに、別世界の「ボス」たちと出会っていた。それは「ボス」の階級社会だけでなく、いろんな階級社会があった。ただ、本来は「こっくりさん」に入ればひとつの世界しか見ることができない。そう、僕は「こっくりさん」に閉じ込められ二度と出られないようにされたため、実際には存在しない世界を遭遇することになった。

「ボス」たちは僕に「すべてを知れ。すべての世界に行き、そこで社会を知れ。忘れることを恐れるな。敵だと思えば容赦なくやれ。一瞬のスキが出口となる」

 




「ボス」は僕の過去で。そして、僕は「こっくりさん」の世界で長い旅路を強いられた。そして、「ボス」と接触した彼女もまた未来を見出だすために、お互いがどこで何をしているのかわからないままに。
 

「少なくとも僕が存在しているということはうまくいっているんだ」と自分にいいきかせた。

長い旅には行く手を阻む邪悪な者たちが現れ、僕は戦った。そして、現実の世界に写し出される世界ではがむしゃらに仕事をする自分を見た。毎日がその繰り返しだった。現実。確かに写し出されるモノが現実でしかない。それが真実何だろう。だが、それを認めしてしまえばそれまでだ。それでも明日があるのなら、、計りしれないモノは限りなくあると思う。僕は無限大に信じた。
 


 

限りなくつづく道には邪魔をする者もいるだろう。誰も信じられないときもある。誰だともわからない相手に励まされ勇気をもらったこともあるはずだ。けれども目の前に存在するのは自分だけなのだから。自分自身を否定すれば、まわりに写し出されるすべては自分に襲いかかってくる。自分に罠をかけてくる者もいるだろう。だます者もいる。いじめる者だっている。
 


 

僕の旅路は、すべての世界に到達したとき、その果てはすべての世界の帝王、「ボス」の「ボス」と出会うことができた。もちろん、「ボス」が僕の過去に入り込んで導いてくれた結果なのかもしれない。。もしかすれば、彼女が一歩先きを行き、邪悪な者たちと接触しないよう先回りをし、お互いの長い旅路をあたかもひとつの線の上を歩み、現実の社会にも災いが起こらないよう見守っていててくれたからなのかもしれない。

 


 

「帝王」はすべてお見通しだった。僕をこの世界にもどれるようあらゆる呪文で見えない力を与え導いてくださった。


つづく、、

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