終戦前後には、この上に成り立って今の平和があることを忘れないために、小説 実話などなどが 放送放映と情報がでています。事実、「戦争を知らない子供達」の歌は今は「戦争を知らない大人達」で 成り立っているようです。過去の日本の歴史には、戦った上官の命令での残酷な情報はわかっても民間人 の苦しい情報は少ないし、誤った歴史に他国が日本を敵がいししてるようですね。世界は個人個人は良好 関係を持っても、群衆となると、つい、風評に靡いていくようです。 ちなみに、過去に家族と行った場所小説「24の瞳」の筋も、過去の沖縄市長の言葉も共通するところあり、! ですね! しかし、しかしですなぁ・・・・?叡を「あきら」と読むなんて??!! 私、婆は素直に読んでくれればいいのを、いつも「難しい字ですなぁ・・!」 と言われて今日がある。テヘッwww 名前って、ほんとに読むのむずかしいね。 最近は世の中もっと、当て字が多くって?事実私のひ孫も同じでして・・・ 孫 ひ孫 家族で先祖の供養をした、お盆に、折り紙折りました。 鶴の折り紙に永久に祈りをささげることを感じます。これからも「戦いの無い事」を祈ります。 現実は、まだ、終わっていないのですね?恐ろしい機雷 地雷がまだ潜んでいるのね? 幸い先日、機雷処理したとか?全てに平和がもどりますようにと 娘たちは、なんとなく、覚えていてくれたらしく、「こんな券」を。そして、連れて行ってくれた! 「終戦のエンペラー」 よくも、まぁ・・・?似た人をさがすものですね!「マッカーサー元帥と天皇陛下」
座席の後ろを振り返ると、「ありゃリャ・・、私を含めて、お歳召した方が多かったけど・・・どう感じたのかな??」 尋ねる術なし・・・?娘曰く「いらん事いわず、帰ろうよ・・・」「ハイ・・(ーー 」
そして、「博多」でもらった米兵さんの「乾パン」の味は忘れられない。そして 乞食同然の姿で帰ったところは、びっくりするぐらいの山奥の家、しかも疎開者がいて、父母は、特に 嫁としての母は大変だったと、今更ながら、思う日々である。 だから、どんな待遇にも私は負けまいと思った。そして今がある。病の自分になったけど、 それはいたし方ない事。だからとて、今命あらば、死すまで、亡き父母、先祖のお陰と思う・・ どなたが言ったか、コンナ言葉があった。
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」


終戦記念日は、過去の歴史を今の時代に反省して生かしていく日で、意義深いですね。
奇しくも、8月15日に生まれた私は、平和な日本しか知らないです。
戦争は絶対イヤですね。
2013/8/17(土) 午前 8:36
身につまされたお話でした。
資本主義も社会主義も宗教も関係のない実社会ってあるんでしょうか?知りたい。
2013/8/17(土) 午前 9:53
悲惨な戦争が土台ですが、長い人生の間には世間に知れるおおきな不幸な出来事があります。自分に関係なくば、忘れていくのは当たり前。その日が近かずくと記憶をよびさます報道機関がありますね。
そうでなくても、「平和ボケ」になっていくような世の中です。
そんな時期には改めて、考えたいものですね。
2013/8/19(月) 午前 0:37
マコさん、サンマリーさん、他国ではテロばかり。犠牲は子供女、が多し?
何故?何故?と思うばかりです。
日本も今精神がばらばらの事件が多いようにかんじます。
心に何かあれば、狂気の沙汰は自分しかわからないのでは?イエ?わかったら行動しないでしょう・・・?あぁ・・解らない・・・(>_<)
婆も闇(介護、病)の心ありますが、かんばっています。
2013/8/19(月) 午前 0:47