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帰国道中の事を思い出そうとしても、その地点から出発して、何処を通って着いたのか?
博多はわかるが・・?
でも、私の体験と同じ運命のひとは沢山いるはず、でも途中で、果てる人、自殺する、または殺された人、いるはず?
私より、年長者の方の手記ありました。これも現実なんです。
貼り付けできませんので、Googlの、朝鮮 感興南道(かんきょうなんどうと読みます)で検索すると
MMさんの
記事がでます。それ読んで、感想を書きました。関心のあるお方は、
どうか、読んでくださいませ<m(__)m>
文面みて、体験を思い出し、前文でも書いているが、今いちど、思い出を辿って感想を書いてみよう?!
第一章:私の姉も私より記憶はあると思う。辛い体験だから「言ったってしょうがない。」という?
「それは違うよ?」といえば、「あんたが、思い出せるとこまで書いてよ?」
「軍人恩給」”へぇ〜〜、なるほど”こばみ続けた尾下氏。誰でもは出来ない行為!
「あっぱれ!!」という言葉しかでないよ。
第二章:姉も丸坊主になって帰国。(前文にあり)餌食は免れたが、犯された婦女子は、最悪。
第三章:忘れる事できない。小学生の時の恩師「富高響子(多分この名前?)先生のお父様。
ソ蓮兵の弾に当たって。何故?−−先生である娘を庇ったことの結末。ーー(-_-;)
まだまだある?
あぁ〜〜〜、いやだ、いやだ(-_-;)
今、外は、沈丁花の赤 白が去年と変わらず、咲いている!四方に幸せを包みこむように!
何処かの書庫に貼り付けたような?
でも、たしかに、目に見えぬところで、幸せのようで、不幸は音もなくやってきているようだ?
何かの戦争が・・・・?
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