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建物探訪

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明治〜昭和初期の、赤レンガをはじめとするレトロな雰囲気の近代建築物が好きで、訪問したその幾つかをご紹介します。所在地はこちらに地図情報をアップしていますので、ご参考下さい。
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今回私が会津に行くことにしたのが、この建物を見るためというのですから、我ながら物好きというか…。
福島県建築士会会津支部のサイトによると明治41(1908)年建築とのことですが、荒廃が進み、今後の保存・整備は残念ながら余り期待出来ない雰囲気でした。

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以前一度ご紹介した通り、愛知大学・豊橋キャンパスには、旧陸軍の建物が幾つか残っています。ただ残念ながら、将校の親睦団体だった偕行社は昨年8月に取り壊されるなど、今後に不安が。
なので、偕行社と共に前回の訪問時に見逃したこの大講堂(昭和2年建築,画像上)を見に再訪しました。

国の財政改革のため、豊橋市に設置された第15師団が大正14(1925)年の「宇垣軍縮」により廃止されたあと、昭和2(1927)年に制定された陸軍教導学校令により、豊橋陸軍教導学校が置かれることになりました。さらに昭和14(1939)年、豊橋予備士官学校が併設、教導学校は同18(1943)年に廃止されて予備士官学校のみが終戦時まで存続します。
現在、この大講堂は愛知大学の第二体育館として利用されているようです。少し前に撮影された写真を見ると、元は黒っぽい下見板張りだったものに最近アイボリー色の塗装がなされたらしく、経年による雰囲気が失われてしまっているのが残念。

画像下の旧第二機銃廠の建物は、第15師団創設時の明治41(1908)年に建築されたもの。こちらも外壁の一部がモルタルで改修されていますが、前述の旧大講堂もこの画像の右側面に写る板張りと同様な感じだったようです。

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繰り返しますが、第15師団司令部だった建物以外で愛知大学に残る旧陸軍建築の今後には、悲観的にならざるを得ません。市内に残っていた他の旧陸軍関係の建物も次々消滅していたことが確認された中、少子化など社会環境の激変と経済的利用が背景にあるだろうとはいえ、最高学府とされる大学においてすらこのような状況に、私は今回の豊橋市訪問でいい印象を残すことが出来ず、恐らく豊橋市を訪れるのはこれが最後だろうなと思いつつ、帰路に就きました。

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第2師団経理部の設計監督で、大正10(1921)年に建築されました。
応接室などがある洋館と、奥の居住部分である和館が連結された形になっているのは、新潟県上越市にある第13師団長官舎や愛知県豊橋市の第15師団長官舎、そして広島県呉市に残る旧海軍の呉鎮守府司令長官官舎などと通じる設計。外観は、青森県弘前市の第8師団長官舎、石川県金沢市の第9師団長官舎とは、若干違いはあるものの雰囲気が似た感じに思えるのは、同じ大正期の陸軍建築だからかも知れませんね。
戦後は一時アメリカ軍に接収された後、宮城県児童会館を経て、昭和40(1965)年からは宮城県知事公館として使用されており、平成18(2006)年からは結婚式や披露宴など慶事に限定ながら有料で一般でも使用することができるそうです。

※この記事作成には、財団法人宮城県文化財保護協会の発行した資料、および現地・知事公館で頂いた「見学のしおり」を大変参考にさせて頂きました。

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どちらも、山形県米沢市出身の建築家・中條精一郎氏を顧問に田原新之助氏の設計で、大正5(1916)年に建築されました。
イギリス・ルネサンス様式のレンガ造で、旧県庁舎は外壁が地元産の花崗岩を貼った石貼のデザイン。国の重要文化財に指定されており、昭和50(1975)年に新庁舎が建てられ庁舎・議事堂が移転した後は、昭和61(1986)年から9年間の歳月をかけて修復され、現在は「文翔館」の名で一般に無料で公開されています。

この建物、私はとても気に入っていて、旧名古屋控訴院と共に某アンティーク・ファッションが似合いそうだなと、つい考えてしまいます(笑)。

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「あれっ、仙台へ行ったんじゃなかったの?」と言われそうですが、帰路に山形市を経由。といのも、4年前に山形市を回った折、デジカメを紛失(盗難?)してしまったため記録写真がなく、何時か再訪をと思っていたのです。

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先ずは画像上、旧山形師範学校本館。明治34(1901)年の建築です。
もうひとつは県立病院として建てられた旧済生館本館で、明治11(1878)年の建築。こちらは実に珍しい、1階病棟部分がドーナツ型をした14角形の構造になっています。
どちらも初代山形県令・三島通庸氏の指示により、山形における教育と医療の向上のために建てられたのだそうで、共に国の重要文化財に指定されています。

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