一写一想

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トリプル作品掲載

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今月号の写真雑誌「PHaT photo 2007 11-12月号」のファットフォトコンテストに作品が入選で掲載されました。




『死せる花』

幼い頃、母が私を撮ったフィルムのネガを見て、ネガの自分の顔を死人の顔だと強く実感した記憶から私の中でネガは「死」の色彩である。

いまだライトにかざしてネガを見るとき、ぞわぞわする。

それ以降、「命」・「機能」を失ったものたちをネガ反転し、『写葬』というシリーズに収めている。





「PHaT photo 2005 7-8月号」2位での掲載もあわせると2回目の紙面登場です。


雑誌の掲載は、たくさんの人に作品を見てもらえるのでとてもうれしく思います。




 最近、自分の中で色々な作品のシリーズを撮り続けていくことで双方がリンクする実感を得る事が出来はじめました。




それをもっとクリアにする為には、続けていくしかないと思います。




 それから、NYでの展覧会の反響をギャラリーのオーナーから頂きました。現地で配布されているフリーペーパー(よみタイム 2007.9.7 vol.72 週刊NY生活―NY生活プレス社 2007.8.25 no.174)に作品と紹介が掲載されています。



これからも、自分の感覚に正直に追求して行きます。





PHaT photo―http://www.phatphoto.jp/index.html

よみタイム―http://www.yomitime.com

週刊NY生活―http://home.nyseikatsu.com/

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グレゴリー・コルベール「ashes and snow」展:ノマディック美術館に行ってきました。

http://www.ashesandsnow.org/jp/index.php

休日ということもあり、沢山の人が訪れていました。

約35分待ちで、日差しの強い昨日は辛かったです。



今回の展示の為にコンテナを四段に積み上げ建設されたスペースに、約50点の写真、映像3点が展示されていました。


この美術館は、展示後撤去されるらしいです。




作品は、見たこともない光景と現象の「時間」がそこには写っていました。


作品を見ていくと現実にこの「時間」がある(あった)ということに奇妙さを感じ、次第にそれが大きくなってきました。


しかし、奇妙さは大きな衝撃に変わりました。


この「時間」を撮る為には、想像も付かないほどの時間が必要だと実感したからです。


動物のしぐさや、動物と人間との距離、構図を計算されセピア調に統一された作品は、アーティストによって、長い時間をかけ試行錯誤され、初めて生み出せるものなのでしょう。








展覧会中に頭の中に浮かんだことは、


「ロバート・ノージック『生のなかの螺旋』1989年」の一説です。


「肖像画と肖像写真を比べた時、なぜ肖像画に深みがないのかを考察し、これを時間の量に関係付ける。写真は、被写体の瞬間的映像を提供するのみであるのに対し、肖像画は、モデルの座っている間の延長した時間の結果であり、その間(画家がモデルを描いている時間)に人間とおそらく光などといった環境に変化が起こっている。」


といったものです。


写真を撮る時も、もちろんシャッターを押す時だけが作品制作ではありませんが、じっくりモデルとその周りの環境に身を置いて思考し、観察して思考する連続を繰り返すことで制作してゆく絵画の方が時間的な量が多く、肖像画には肖像写真にはない深みがにじみ出るというのが作者の見解なのだと私は解釈しました。


グレゴリー・コルベール氏の写真はローバート・ノージック氏のいう肖像画の時間を内在しているのではないかと思いました。


先日の日記で記述した「つづけるエネルギー」はこうして作品に現れてくるのだと実感した作品展でした。


展覧会は6月24日までです。

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4/8に行われたアメリア・アレナス「対話型鑑賞」の様子を報告したいと思います。


梅野記念絵画館では5つの作品について「対話型鑑賞」が行われました。


その中で、木下晋氏の絵画4点の後、エントランスに展示された私の作品『またたき』での「対話型鑑賞」の様子をレポートいたします。



メモを取りながらトークを聞いていたのですが、100%その場の出来事と一致していない点もあることをご了承ください。)








アメリア・アレナス(以下:A・A)「それでは、最後に(木下晋展の4つのトークの後)玄関にある作品を見てみましょう!レッツゴー!」



―エントランスにある作品を前にして



A・A「それでは、この作品の周りを歩いてみて!」



―子供たちは作品の周りをくるくる回り始める。



A・A「それでは、座ってじっくりみてみましょう!」



―子供たちは『またたき』の周りに腰を下ろし、作品をじっくりみる。



A・A「それでは、思ったこと、感じたことを聞いていきたいと思います。」



―アレナスの隣の児童が発表する。



児童1「めだかがいるみたいだけど、星が生まれたようにみえる。」



A・A「あなたは、水面にも見えるし、空のようにも見えたってことかしら?おもしろいわね。貴方はどう?」



児童2「何かが落ちたんじゃないかな」



児童3「山の中にある湖に石が落ちたんじゃないかな」



A・A「山の中だと思ったのはどうして?きれいな水だと感じたから?」



児童3「そうです。」



A・A「なるほど。次の貴方はどう感じた?」



児童4「私は、水の中に石が落ちたと思いました。」



児童5「私は、一つ一つ(『またたき』の波紋)が似ているようで似ていないと思いました。」



A・A「一つ一つ見てみると確かに似ているけれどどれも違うね。貴方はどう?」



児童6「池や湖の中に石が落ちたみたい」



児童7「いろいろな大きさの石を池に落として撮ったものじゃないかな」



A・A「一つ一つの(波紋の)大きさが違うから、そう感じたの?」



児童7「そうです。」



児童8「私は、どうしてこうした写真を撮ったのか知りたい。」



A・A「その疑問は最後にとっておきましょう!忘れないように。次の貴方はどう感じた?」



児童9「おもしろいと思いました。」



児童10「いろいろな形を写したものだと思います。」



児童11「石を落として、水がどのように変わるのかを調べたと思います。」



A・A「実験的に何度も何度もやってみたのかもね。最後に貴方はどう?」



児童12「僕は遊びで水面に石を投げていたら面白くなって、沢山の石を投げたのだと感じました。」



A・A「そうかもね。では、この作品をつくった浅見俊哉さんを呼んでみましょう!浅見さん!こっちに来てください。」



―アレナスの横に招かれ、私に児童の目線が集中する(緊張が最高潮に高まる瞬間である)。



A・A「さっきの質問(児童8の質問)に答えてください。」



私:「私がこの作品をつくった理由は、水面に広がる波紋に自分自身を確認できるからです。なぜなら、私がいて、水面に石を投げなくては波紋は生じません。生じた波紋は自分自身です。」




A・A「さっきみた、木下さんの自画像を描いた作品もそうだったけれど、アーティスト達は、自分自身を作品に投影しようとします。鉛筆で描く絵、石を投げて生じた波紋を撮影した写真…そのどちらも、水面の作品に浅見さんの顔は写っていないけれど、同じ自画像の作品です。つまりこの作品は、浅見さんの自身なのかもしれません。」






A・A「今日は、沢山の意見を発表してくれてありがとう!これでトークを終わりにします。」




―一同から拍手が生じる。









私は、この「対話型鑑賞」の様子を見ていて、自分自身が行った行為(楽しみながら石を水面に投げ入れる)を、児童達も体験していると感じました。


児童12の意見にもあるように、初めは何の気なしに投げていた石なのに、石の落ちた波紋をじっくり見ているうちに、波紋の形に強い興味が湧いてきました。


周りにある小さな石や、大きな石を次々に水面に投げ入れ、生じた波紋に見とれながらシャッターをきりました。


児童7、児童11の意見が、そのものズバリであることに鳥肌が立ちました。


正解、不正解ということではなく、児童達が主体的に、作品をみることで、自分の中で、作品をつくっていたのだと感じました。



児童が帰った後、行われたアレナスのトークでは、


「木下さんのトークも、浅見さんのトークも、とても具体的なもので分かりやすい。大人はよく、作品について話すとき、抽象的な考え方や比喩を用いる。一方今日来ていた子供達の意見は、とても具体的です。この具体的な意見は、対象をよく観察しているからこそ生まれるものです。こうした具体的な考え方ができなければ美しい抽象、比喩にいたることはできない。そうした意味で、大人よりも子供達のトークの方が魅力的だった。」



「アーティストは霧のようなものだ。」



「作品は作家が制作しただけでは終わらない、もしその場で完結してしまっている作品があったとしたら、それはアートと言えるだろうか?」



「作品は見る人がいて、初めて完成するものである。」



と語った。




これらの言葉を受け、美術の価値について深く考えると同時に、制作、作品について追及していきたいと思いました。

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 アメリア・アレナス(元ニューヨーク近代美術館教育担当)による、鑑賞教育研修会が長野県で行われた。

信濃美術館(4/7)、梅野記念絵画館(4/8)で開催され、約120名の教員、学芸員、美術関係者が、アメリアアレナスのレクチャーをうけた。

 私は、4/8に開催された梅野記念絵画館でのレクチャーに参加した。

梅野記念絵画館では「生の軌跡」と題された木下晋展が開催されていて、その展覧会の中の作品4点、エントランスに展示された私の作品『またたき』を用いて、「対話型鑑賞」が行われた。

「対話型鑑賞」とは、アメリアが体系化した美術作品を「みる」方法のひとつである。

アメリアは参加者を作品の前に座らせて、三つのことを要求する。






「作品をみること」


「考えること」


「話すこと」






じっくり作品を見る時間を持った後、その作品についてどう感じたか、何を発見したか、を考え、その意見を発表する時間を持つ。


アメリアは、時間をかけて、参加者のほとんどに意見を聞く。


沢山の人が、自分の意見を発表していくことで、参加者は、一つの作品について様々な見方があることに気付く。



自分が考えていた意見と似ているもの、全く異なるもの……



自分が作品を○○と思う、□□と感じるという、○○や□□の意見を、アメリアは尊重し、どうしてそう思ったのかとたずねる。



自分が○○と思った理由を参加者は改めて、「みて、考えて、話す」。



その意見を聞くまでは、自分とは異なる意見だと思っていた意見も、他の参加者の「みて、考えて、話す」プロセスに触れることで、「確かに、そういう見方もできるな」と他人の意見、思考を自分の中に取り入れ、認めることができる。



従来、鑑賞教育というと、作品の年代や時代背景、作家の制作スタイル、表現意図などの情報を伝達するというものが多い。



しかし、アメリアは、実際に作品を見ている人の中で起こっていることを重要視する。





アメリアは言う、「アートとはただの言葉だ」と。



「アートというものがあるとしたら、アートを見ている人の中に何かを起こすもの、そして、それを誰かと共有したり、議論したりできるものではないか。」と。








 私は、ある小学生が、友人の意見を聞き、さらに自分の想像力を飛躍させていたことが印象に残った。


友人の意見を自分のものとし、さらにその意見を足かがりに、考えを膨らませるその姿を見て、アートの意義や価値について改めて考える機会を得るができた。


さらに深めていこうと思います。




『またたき』についてのトークの様子は次回紹介いたします。







写真は、『またたき』の対話型鑑賞の様子。

ステキなことたち

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・週末ステキなことが沢山ありました。


・第三回出津橋フェスタ、無事終了しました。

心配されていた天気にも恵まれ、沢山の方が会場に足を運んでくれました。

私達の行った、「カメラの中に入る」・「光絵を描く」には、約80名の方が参加し、アナログ的な要素からデジタルならではの映像表現までを楽しんでいました。

なかでも、おばあちゃんが、光絵を描きたい!と午後の部がはじまるかなり前の時間から並んで待っていてくれたことに感動しました。

リピーターも現れて、息を抜く時間がほとんどありませんでしたが、今回で、四回目(さいたま新都心で一回+出津橋フェスタで三回)となるこのワークショップの意義が見えたように思いました。


このワークショップは、「教育美術2005年5月号」(http://park12.wakwak.com/~kyo-bi/kbcont0505.htm)に詳しく紹介されています。


 また、「人と人をつなぐ」というコンセプトで活動しているDoナツさんの、小学生と一緒に作ったみこしも登場し、出津橋フェスタに訪れた人々にエネルギーを与えていました。


人の足を止めさせることは容易なことではないのですが、人をどんどんと巻き込んで繋いでいくエネルギーに感動しました。


 
・北越谷商店会49店舗に作品を展示する「北越谷美術館化宣言!」会期2006.10.21〜11.12(現在終了しています。)

そのなかで、私は「串揚げ田」(http://www.koshigayakko.com/units/34215/DEN-SYO/)さんに作品を展示させていただきました。

田さんに来て、作品を見て、作品を欲しいという方が現れ、昨日、その方とお会いし、一緒に飲みながらお話をする機会を得ることが出来ました。

作品について、質問されたり、作品の気に入ってもらった理由などをお話しながら、とても幸せな時間を過ごすことが出来ました。

作品が生んだ出会いをこれからも大切にしていこうと思いました。




写真1・巨大カメラの中に入り、手元のスクリーンに天地逆像の「いつものふうけい」が映し出される。

写真2・巨大カメラ内部でのライトドローイングの作品。

写真3・Doナツさんが行った「みこしワークショップ」の様子。

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