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★海援隊士・安岡金馬の子・重雄(秀峰)は、この時期のお龍について「龍馬はぞっこん惚れこんでいたが、(海援隊の)同志たちは嫌っていた。生意気で龍馬を傘にきて同志たちを下風に見たがっていた」と述べている。・佐々木高行(土佐師範)は、お龍のことを「有名なる美人なれども、賢婦人なるや否やは知らず。善悪ともに兼ぬるように思われたり」(大変な美人だが、賢婦と言えるかどうかは疑わしい。善にも悪にもなるような女)と評している。
<電車の運転士の気持ちでご覧ください>
坂本竜馬が 丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきは ころびやすきぞと若さと血気盛んが故に読んだ句と思います。今や道はこの道と決めて、どんな不条理にも<丸さを持って>
生きて行かねば七転八起は26歳が限界だったかなあ〜あれ以降は年々角も取れて
人心は一層に丸く日々コロコロ転がり丸くなって生きてきたように思いますね〜自分には
信念が無いのが信念・・・よく言われましたね<○○さんは何を考えているか分からない人>と
お龍さん・・晩年はすっかり酒浸り・・・沢山お酒の缶が置いてありましたよ それを言われると「なるほどそうだろう!と思う」・・・「あんたは自分を分かっているのか!」などと
内心思いながらも その日が終わって行く・・・まあ〜それが「一かど」と言えば言えるかも
市制施行70周年記念 横須賀風物百選<坂本龍子の墓> 今日も天気が良いからと風邪を引いて・・やや調子を崩しているのに<何処かに行かなければ>と
大河ドラマ<竜馬伝>にあやかって 近場<お龍のお墓>参りへと・・・わざわざ行かなくっても
良いのですが横須賀・浦賀方面に出かけて見ました。その途中<大津市・信楽寺>
に立ち寄って<お龍さん>への墓参・・・大津市の駅から500m信楽寺(しんぎょうじ)へ1時間ほど
お寺さんの中には<竜馬とお龍の木像>が鎮座して そこのお寺さんドアが自動ドア・・・入り口に
立ちますとチ〜ンと音がして自動開閉 昨年は<お賽銭が多かったのでしょう>・・・いちいち
ご住職様が出てくるのも面倒と 監視カメラを設置したのでしょうね!近所の蕎麦屋さんでは
「昨年は沢山の観光客が来ましたがね〜」と言うことは 今ではスッカリ散閑と・・・
テレビの大河ドラマも罪なもの 木像など創らせたりして 地域の人は観光客と思うのでしょう
記帳して自分が訪れた軌跡を残します・・・記入料金300円です<竜馬とお龍>に想いを
・・・ちょっと読んだら若いカップルやオタクが多いようですね・・私は無記入
眼が合うと黙礼など交わしても銭は落とさず ちなみに、お龍自身は龍馬の事業や仕事には全く興味が無く、知らされるまで彼の業績を知らずにいた。全てを知るのは明治政府から伝えられたときだったという。
同年11月15日、龍馬は京都・近江屋で暗殺された(近江屋事件)。後年、お龍はこの晩、血だらけの龍馬が夢枕に立っていたと語っている。龍馬の訃報は12月2日に下関に伝えられ、覚悟をしていたお龍は髪を切って仏前に添えて大泣きしたという。★ ★〜★青文字部分はWikioediaより引用いたしました
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彫り物
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一昨日は、やや強面の木彫り面でしたが・・・今回は、ちょっとアルカイックなお面です。ブログに載せるにはどれもこれも・・・力不足のものですが、勝手に「まっ、いッかぁ〜」と図太い気持ちになって自己満足です。この面も埃がついたままで申し訳ないのですが・・・上から軽くはハタキをかけました。 |

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丸太・・・といっても直径15センチほどの面材・・・ |

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