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しばらくの間投稿をお休みさせていただいていましたが、2カ月半ぶりの休み明けに追悼の記事をアップしてみました。
昨日、騎手現役時代「名人」とよばれ、調教師としてもGⅠ3勝をあげ、豊・幸四郎騎手の父としても知られる武邦彦元騎手が天国に旅立った。
このタケクニ騎手には、想い起せば小生自身頭の中を多くのことが去来する。
「AERA SPORTS ニッポンの名馬」より
すでに過去に紹介していることも多いが、まず初めて馬券を買った76年春天皇賞はビギナーズラックで枠連ゲットできたレースだった。1着エリモジョージの2着だったのがロングホークで鞍上はタケクニ騎手だった。 過去にロングエースでダービー、タケホープで菊花賞、キタノカチドキで皐月賞・菊花賞を制しすでに3冠ジョッキーとなっていたが、これらの時期はまだ小生が競馬に手を染めていない時期で、小生にとってのタケクニ騎手はやはりトウショウボーイだった。76年有馬記念ではテンポイントを下しての優勝。翌年テンポイントが雪辱を果たしての2着トウショウボーイにもタケクニ騎手が騎乗していた。テンポイントには落馬負傷中の鹿戸騎手から乗り替わり、TT時代といわれていた70年代後半この2頭ともに騎乗したのはタケクニ騎手だけだった。
「TURF HERO 85」 より
タケクニ騎手最後の騎乗もLIVE観戦していたことも感慨深い。 1985年2月24日阪神競馬場。昼休みに引退式も行われ、最後の騎乗となったのは、この日の最終レース武田作十郎厩舎のロングケイコだった。パドックでねぎらいの声援に馬上から丁寧に頭を下げていたことが今でも瞼に浮かんでくる。最終レースは着順掲示板にも乗らなかった着順ではあったが、ゴール板通過後にロングケイコと共にスタンド前まで引き返してきてファンに大きく手を振って最後の騎乗を終えたのだった。
その後、調教師としてパドックに現れたときも無意識にタケクニ調教師を目で追っていた記憶が残っている。騎手としては長身だったので、すぐに目に留まる紳士だった。
タケクニ騎手なしでは語れない小生の馬券人生だ。
ご冥福をお祈りしたい。
合掌
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武邦彦調教師が亡くなった事をこの記事で知りました(絶句)
ご冥福お祈りします。
私の世代ですと、息子の武豊があまりにも有名になりすぎて、父の影がかすんだ覚えもありますが、武豊は最初、「武邦彦の息子の武豊です!という紹介を受けて、そのうちに親父を称する時に、武豊の父と人々から呼ばれるような騎手になりたい・・と言っていました。
武邦彦師に合掌。
2016/8/14(日) 午前 10:27
はじめのいっぽんさん、ご無沙汰してました。
関西のスポーツ紙では、大きく取り上げられていました。
もう父の域を超えたといえるユタカ騎手ですが、月日も経ちユタカ騎手の父といわなければ認識してもらえないファンも多いと思います。
歳を重ねてきたユタカ騎手は、最近父親に似てきたなと思っていた今日この頃、この訃報でした。
2016/8/15(月) 午後 1:28
時代の流れみたいなものを痛感するできごとでした。
本当に・・・
武邦彦師に改めて合掌。
2016/8/15(月) 午後 3:29