さびしいブログ

ああ ああ カラスよなくな ピエロも泣くな

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一か月半ものごぶさたですが まだおなじ主題を反芻しています。
わたしの親兄弟にはすでにこの世を去ったものも多いのですが その4人は 皆病院で息をひきとりました。
 
病院での最期というと 昔のテレビドラマなどでは 息を引き取る前に親族が病室に呼ばれて集まり 
皆が注視するなかで 主治医が病人の胸にあてていた聴診器をはなして 「ご臨終です」といって一礼する
というような情景が典型的であったかとおもいましたが、、、。
 
私が実際に体験した4人中 3人までは 家族はもちろん 医師も看護師さんもいない個室で息をひきとっていて
あとでみつかりました。
 
父の場合など 見舞いに訪れた妹が 病室にいってみると 父はしずかによこたわっていましたが 近寄ってみるとすでに息がなく 見舞いに行った家族が医療スタッフに死を知らせに走りました。 それからいそいで人工呼吸などの措置がとられましたが もう息をふきかえすことはありませんでした。
 
こういうのを だれも孤独死とはよばないのですが 亡くなった本人は 仮に苦しかったとしても助けを呼ぶ術もなく 別れを告げることもできず 思いを残して 旅立たねばならなかったのは不本意だったかと、、、、。 
死の少し前しきりに帰宅したいと訴え 医師の許可が出ないのに業を煮やした父は車椅子で
病院を抜け出そうとしたとあとからきかされて 
 
なんのための入院だったかと 家族としても悔いがのこりました。
これはかなしむべきことでしょうか?
 
年齢にもよるでしょうが 子供が成人して 独立し 配偶者が死亡すれば 一人暮らしになるのも
普通のこと、そして人間 いつかは死ぬでしょう。
となれば ごくあたりまえのことではないでしょうか。
 
病気やけがなどで 他人の手をかりなければ生きてゆけなくなれば 一人で死ぬこともできなくなるので
これが むしろ恐怖すべきことではないかと私はおもっています。
願わくば 自宅で 孤独死したいもの。
1月もとうとう なにひとつ足跡も残さぬうちに 過ぎてしまいました。
 
今年は何年ぶりかで 自宅で越年しました。
とくにお正月のための準備をするでもない 殺風景な年越しでしたが
唯一の華やぎは 年末30日に 贈られてきた シクラメンの大きな鉢植えでした。
たぶんビクトリアという品種でしょうか 花弁の縁がうっすらと ピンクにいろどられた
白い花が30個は咲いた大きな7号鉢!
それが宅配便でとどいて わたしは いきをのみました。
贈り主は原宿にすむ従弟から。 中にカードがはいっていて
「シクラメンは我が家の象徴的花です。」とありました。
その意味は わかる人にはわかる歴史を秘めています。
とりあえず玄関にいれると そこだけがほんのりと明るんで、、。
 
従弟に電話をかけてみましたが 不在のようでした。
 
その従弟は 40年ちかく前に父を亡くし 今年6月に母を見送ったばかりです。
喪中の家で一人でお正月を過ごすのも せつないものがあるでしょうし。
 
後でわかったのですが 彼は 31日に 日本を発って フィンランドへでかけていた
のだそうです。旅の目的はオーロラをみること。
母が 一度オーロラを見たいと言ってなくなったので ということでした。
「それで オーロラはみられたの?」とききますと 5泊の旅の4日め
明日は帰国という日の夜 もう諦めかけていた時 すばらしいオーロラがあらわれた
そうでした。
よかった!
心底そうおもいました。
 
シクラメンは ひと月後の今日も 未だほとんど衰えをみせることなく 咲きつづけています。
しかし 来年も花をつけさせることは私の腕では あやぶまれます。
オーロラはほんの一夜の出来事ではあれ 見た人の心に 永く感動を残したことでしょう。
 
ただ・・・・・・・
かれがひとりでみたオーロラについて もし「あれは自分{地球でなく)が見た夢幻だったの
ではないか」という疑いが兆したとき それをはらすすべがあるのだろうかと ふと
心配になりました。
シクラメンなら 夢かとおもっても みなおせば 花は当分実在しますが・・・。
 
とかく記憶があやふやになりがちな老人の 余計な心配です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
津波と原発事故で 破壊されて すでに半年も放置されているまちをみて死の町と形容した大臣は 辞任においこまれました。
 
それは 被災者のかたがたの神経を逆撫でしたからだとか?
 
もう何十年も前 原爆によって壊滅的な被害を受けた町について死の町という言葉がつかわれたからといって 怒る国民はいませんでした。 
未だ原子爆弾について正確な知識をもたなかった国民は 放射能によって破壊されたまちには 今後100年は草も木も生えず 人も住めないときかされました。大変なことだと思いましたが そういったひとに怒りをぶつける気にはなりませんでした。
故郷が死の町のようになったということは悲しいことでしょうが そう発言した人をせめてなんになるのでしょう?
責められるべきは 十分吟味もせずに 原発の復旧を進めようとする点ではないのでしょうか? それに援助をしようとする 政府ではないのでしょうか?

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雷・道路冠水・地震

プチ災害の連続でした。 
一昨夜から二晩にわたって 強い雷鳴がひっきりなしにとどろき 豪雨がつづいて
そのあ影響で 我が家の前の道路が何ウ十メートルかにわたって冠水・・・。
外出もできなければ 車もはしれません。
無理に走行を試みた車は立ち往生してしまいました。お往路は昼過ぎには ポンプによる排水のおかげで 
道路は車も人も通行できるようになりましたが・・・。幼児ねむって
夜になるとまた雷と豪雨!朝には再び冠水!! というプチ災害の連続がようやく終わったと ほっと一息
ついて夜は床に就いたのですが プチ災害はこれではおわりませんでした。
お次は 地震でした。 震源は福島沖らしく 当地の震度は3。
実質的な被害はありませんが 未明の震度3はちょっとこたえました。
そのまま眠れなくなり・・・。
睡眠不足にきわめて弱いわたし・・・。
先刻 日中に 信号待ち中 立つったまま 瞬間的にい眠っていたようでした。
両隣りにいた人達は誰もいなくなり 信号は青で点滅していました。
信号が赤なのにわたっているよりはいいかもしれませんが・・・・。
しかしそれがおきても不思議はないような状態でした。

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