うちなあぐち日記

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 うん如(ぐとぅ)うし、ウランダア達(たあ)ぬ琉球(るうちゅう)んかい来(ち)ゃあに、何(ぬう)んくぃいん、見物(ちんぶち)さい、調(しら)びたいさるむぬやいびいしが、琉球人(うしなあんちゅ)ぬ実(じゅん)にぬ肝内(ちむうち)え、分(わ)からんたる筈(はじ)んでぃ、思(うみ)やびいん。
 うぬ訳(わき)え、後(あとぅ)からうぬきやびいん。

 儒教信(しん)じやあやたる尚敬王や毛遊(もうあし)び禁(し)じゆる触(ふ)りい出(んじゃ)さびたん。なあ村々(むらむあら)ぬ頭(かしあ)ん上(うゐい)からぬ仰(うゐ)し事(ぐとぅ)ぬ通(とぅう)い、二才達(にいせえたあ)んかい、言(い)い習(なら)あちゃむぬやいびいしが、かあま昔(んかし)らぬ慣(な)りやたる百姓(ひゃくしょう)二才達ぬ原遊びゆ取(とぅ)い締(し)まゆる事んないびらな、うりが琉球から無(ね)えらんなゆる事(くと)お無(ね)えやびらたん。

 何(ぬ)がんでえ、上(うゐい)から言(い)らっとおたる如(ぐとぅ)、原遊びや乱(みだ)り事(ぐとぅ)、あらんたる事お、自(どぅう)なあたあん、し来(ち)ゃる村ぬまぎい達(たあ)ん良(ゆ)う知(し)っちょおたる事やくとぅやいびいん。
 自(どぅう)ぬ親(うや、をぅや)ん達(ちゃあ)ぬそおたる原遊びぬ事、知っちょおたる一回(ちゅまあ)らし、しいざやる姉夫婦(あばあみいとぅんふぁ)ぬ話(はなしい)なかいん、猥(んじゃ)り事(ぐと)お、むさっとぅ無えらんたんでぃぬ事やいびいん。
 ちゃしっちい、言(い)ゃびいしが、シマぬ按夫婦ぬええずう達ん、エイサーぬ稽古(ちいく)終(う)てぃ後(あとぅ)、村ぬ遊(あし)び庭(なあ)於(をぅ)とおてぃ「原遊び」そおたんでぃぬ話(はなしい)ん聞(ち)ちゃる事(くとぅ)ぬなやびたん。

 うんなくんなぬ事なかい、昔ぬ村頭ん、村ぬ二才達んかい、強々(ちゅうじゅう)とお、言(い)いゆうさんたるばあやいびいん。
 やいびしいが、原遊びぬ戦(いくさ)終(うわ)てぃ直(ちゃあき)頃迄(ぐるまでぃ)、むとぅうち来ゃる実(じゅん)にぬ訳え、別(びち)にん、あいびいん。

【語句】
うん如うし、ウランダア達ぬ琉球んかい来ゃあに=このように、欧米人が来流し、
何んくぃいん、見物さい、調びたい=いろんなもんを、見物したり、調査したり、
さるむぬやいびいしが、琉球人ぬ実にぬ肝内え=したのでありますが、琉球人の本当の心は、非丁寧文「〜むぬやしが」。
分からんたる筈んでぃ、思やびいん=理解できなかったのではないかと思います。非丁寧文「〜思ゆん」。
うぬ訳え、後からうぬきやびいん=その理由は後日、言います。非丁寧文「〜うんぬきゆん」。
儒教信じやあやたる尚敬王や毛遊び=儒教信奉者だった尚敬王は毛遊びを禁じる布令を
禁じゆる触りい出さびたん=禁じる布令をだしました。非丁寧文「〜出じゃちゃん。
なあ村々ぬ頭ん上からぬ仰し事ぬ通い=各村の長も上からのご命令の通りに
二才達んかい、言い習あちゃむぬやいびいしが=若者らに教えたのであるが、
かあま昔からぬ慣りやたる百姓二才達原遊びゆ=はるか昔からの習慣であった平民若者らの毛遊びを
取い締まゆる事んないびらな=取り締まることもできず、非丁寧文「〜事んならな」。
うりが琉球から無えらんなゆる事お無えやびらたん=それが琉球から消え去ることはありませんでした。非丁寧文「〜無えらんたん」。
何がんでえ、上から言らっとおたる如=なぜかといえば、上から言われていたような、
原遊びや乱り事、あらんたる事お=毛遊びは風紀上の乱れなかった事は
自なあたあん、し来ゃる村ぬまぎい達ん=自分たちもやってきた村の大長・大物たちも
良う知っちょおたる事やくとぅやいびいん=よく知っていたからです。非丁寧文「〜事やくとぅやん」。
自ぬ親ん達ぬそおたる原遊びぬ事、知っちょおたる=自分たちの親たちもしていた毛遊びの事を知っていた
一回らし、しいざやる姉夫婦ぬ話なかいん=一回り(12歳)年上の姉夫婦の証言でも
猥り事お、むさっとぅ無えらんたんでぃぬ事やいびいん=猥ら事は一切なかったとの事です。非丁寧文「〜事やん」。
ちゃしっちい、言ゃびいしが、シマぬ姉夫婦ぬええずう達ん=ついでに言いますが、村の姉夫婦世代も
非丁寧文「〜言しが」。
エイサーぬ稽古終てぃ後、村ぬ遊び庭於とおてぃ=エイサーの稽古を終えた後、村の公広場で
「原遊び」そおたんでぃぬ話ん聞ちゃる事ぬなやびたん=「毛遊び」をしていたとの話を聞くことができました。非丁寧文「〜事ぬなたん」。
うんなくんなぬ事なかい、昔ぬ村頭ん、村ぬ二才達んかい=そんなこんなで、昔の村頭も若者らに
強々とお、言いゆうさんたるばあやいびいん=強くあたることはできなかったのです。非丁寧文「〜ばあやん」。
やいびしいが、原遊びぬ戦ぬ終てぃ直頃迄=ですが、毛遊びが終直後まで
むとぅうち来ゃる実にぬ訳え、別にんあいびいん=続いてきた本当の理由はほかにもあります。非丁寧文「〜別にんあん」。

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 ギルマード(ギヤマード)ぬ那覇港(なあぁ)まんぐらんじ、見(ん、ん)ちゃるむぬお、毛遊(もうあし)びがやたら、あらんでえ、別(びち)ぬむんがやいびいたら。節(しち)え、雲(くむ)ぬ様子(ようし)から夏(なち)、時(とぅち)え夕(ゆう)さんでぃ。
 所(とぅくる)お、奥武山(おおぬやま)、走(は)い過(くぁ)あちゃる所やれえ、豊見城(てみぐしく)城(ぐしく)まんぐらあ、あらんがあいびいたら。
 ギルマードぬ思(うむ)とおたんねえぬ御願事(うぐぁんぐと)お、あらんたる事(くと)お下(しちゃ)ぬ事(くとぅ)考(かんげ)えいねえ、分(わ)かやびいん。
 琉球(るうちゅう)んじえ、御願事お、夏(なち)やれえ、まあふっくぁんじさんむんやい、太陽(てぃいだ)ぬ下(さ)がゆる時分(じぶ)ぬんじんさびらん。
 いいくる、若昼間(わかふぃるま)迄(までぃ)なかいや、済(し)まする慣(な)りいぬあいびいん。
 また、御願事んじえ、*「踊(をぅどぅ)いさあ」や、一人(ちゅい)なあがあるうせえ、さんむんやいびいん。
 男(ゐきが、いきが)ぬ三味線(さんしん)、弾(ふぃ、ひ)ちゃあやれえ、*舞(も)うやあ、女(ゐなぐ、いなぐ)んでぃち、思(うま)ありやびいん。
 うっぴ小(ぐぁあ)ぬ記事(ちじ)どぅやいびいとぅ、毛遊びやんでぃちぇえ、しかっとぅ、言(い)い切(ち)ららのおあいびいしが、色々(いるいる)、考(かんげ)いえねえ、あぬ眺(なが)みえ、ちゃあそおてぃん、毛遊びそうなむぬおあらんがあらんでぃ思(うむ)やびいん。

*むしか御願事やれえ「踊いさあ」、毛遊びやれえ「舞うやあ」。
 
【語句】
ギルマード(ギヤマード)ぬ那覇港(なあぁ)んじ=ギヤマードが那覇港付近で
見ちゃるむぬお、毛遊びがやたら=見たも毛遊びだったのか、
あらんでえ、別ぬむんがやいびいたら=あるいは、別のものだたのでしょうか。非丁寧文「〜むんがやたら」。
節え、雲ぬ様子から夏、時え夕さんでぃ=季節は雲の様子から夏で、時は夕方
所お、奥武山、走い過あちゃる所やれえ=場所も奥武山を通り過ぎた所なら、
豊見城城まんぐらあ、あらんがあいびいたら=豊見城城付近だったのではないでしょうか。非丁寧文「〜あらんがあたら」。
ギルマードぬ思とおたんねえぬ御願事お=ギルマードが思っていた宗教儀式では
あらんたる事お下ぬ事、考えいねえ、分かやびいん=なかった事は、以下を考えればわかります。非丁寧文「〜分かゆん」。
琉球んじえ、御願事お、夏やれえ=琉球では宗教儀式は夏なら、
まあふっくぁんじさんむんやい=日差しの強い真昼の炎天下ではやらないものであり、
太陽ぬ下がゆる時分ぬんじんさびらん=日が沈む時分でもしません。非丁寧文「〜時分ぬんじんさん」。
いいくる、若昼間迄なかいや=殆ど、午前中までには
済まする慣りいぬあいびいん=済ませる習慣があります。非丁寧文「〜慣りいぬあん」。
また、御願事んじえ、*「踊いさあ」や=また、宗教儀式においては、「踊り手」は
一人なあがあるうせえ、さんむんやいびいん=入れ替わり立ち代わりはしないものです。非丁寧文「〜さんむんやん」。
男ぬ三味線、弾ちゃあやれえ=男が三味線弾きなら
*舞うやあ、女んでぃち、思ありやびいん=舞うのは女だと思われます。非丁寧文「〜思ありいん」。
うっぴ小ぬ記事どぅやいびいとぅ、毛遊びやんでぃちぇえ=この程度の記事では、毛遊びだとは
しかっとぅ、言い切ららのおあいびいしが=断言はできないのですが、非丁寧文「〜言い切ららのおあしが」。
色々、考いえねえ、あぬ眺みえ、ちゃあそおてぃん=色々考えれば、あの風景は、どうみても、
毛遊びそうなむぬおあらんがあらんでぃ思やびいん=毛遊びの類なのではないかと思います。非丁寧文「〜思ゆん」。
*むしか御願事やれえ「踊いさあ」、毛遊びやれえ「舞うやあ」=もし宗教的踊りなら「踊いさあ」、毛遊びなら「舞うやあ」。
 

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 アジアん合あち世界中(しけえじゅう)、旅(たび)し歩(あ)っちょおたいびたるインジリイぬ博物学者フランシス・ヘンリー・ヒル・ギルマード(1852-1933)や、琉球(るうちゅう)んじ、見(ん)ちゃる風景(ちいち)ぬ一(てぃい)ちとぅしち、下(しちゃ)ねえぬ記事(ちじ)、書(か)ち残(ぬく)ちょおいびいん。(註:『青い目がみた大琉球』於(をぅ)とおてえ、「ギヤマード」なとおいびいしが、いんじりい口なかいや、Guillemard)。

「那覇(なあふぁ)ぬ渡口(とぅぐち)=津口(ちぐち)ぬ、山丈(やまだき)、木(きい)ぬむさありとおる奥武山(おう)ぬ島小(しまぐぁあ)、走(じゃ)い過(くぁあ)あしいねえ、ふぃるましい眺(なが)みんかい、走(は)い行(い)ち合(ゃ)やびたん。
 幾人(いくたい)がなぬ島人(しまんちゅ)ぬ山(やま)ぬ頂(ちぢ)ぬ空地(んなぢい)んかい揃(すり)てぃ、西(いりい)、向(ん)かてぃ、祭(まちい)がやら、何(ぬう)がなぬ拝(をぅが)ん事(ぐとぅ)そおいびいたん。
 太陽(てぃいだ)あ、落(う)てぃいがあ回(ま)あてぃ、天(てぃ)ぬんかいや、大風(ううかじ)知(し)らする高雲(たかぐむ)ぬ重(かさ)なとおいびいたん。
 目光(みいふぃちゃ)らさる落(う)てぃ太陽(でぃいだ)、くさあなち、人(ちゅ)ぬ影(かあがあ)ぬ、腕(けんな)、ようんなあ、手振(てぃふ)いし、舞(もお)やあに、今日(ちゅう)ぬ日(ふぃい)とぅ振別(ふやか)りさびいん。
 舞(も)おやあぬ後(くさあ)んかいや、幾(いく)たいがなぬ男(ゐきが)ぬ蛇皮(じゃふぃ)張(は)てえるギター持(む)っち、聴(ち)ちゃる事(くとぅ)ん無(ね)えらんふるましい節(ふし)、弾(ふぃ)ちょおいびいたん。
 舞おやあ達(たあ)や、一人(ちゅい)なあ替(が)あるうし舞(も)おやびいん。
 なちかさる節とぅふるましい踊(をぅどぅ)いんかい、耽(ふ)きてぃ、夜(ゆう)ぬゆっくぃゆしん、忘(わし)りてぃ、仄々(ふりぶりい)とぅ夢(いみ)ぬ如(ぐぅとぅ)どぅあいびいたる。
 踊(をぅどぅ)いばんくぬ幕(まく)お、閉(く)うらりやびたん。
 やいびいしが、あながち思(うみ)なかい、満(み)っちゃきらっとおる我旅(わあたび)ぬ中(なあか)うてぃん、あぬ落(う)てぃ太陽(てぃいだ)なかい、照(てぃ)らさっとおたる琉球(るうちゅう)ぬ港(んなとぅ)於(をぅ)とおてぃぬ一幕(いちまく)ぬ踊い(をぅどぅ)いや、かわてし、肝底(ちむすく)んかい強々(つうづう)とぅ、刻(きざ)まっとおん。『青い目が見た大琉球』(ニライ社)。

 さてぃ、うん如(ぐとぅ)うし、ギルマードぬ見(ん)ちゃるむのお、何(ぬう)がやびいらたら。毛遊(もうあし)びがやいびいたら。

【語句】
アジアん合あち世界中、旅し歩っちょおたいびたる=アジア含め世界中を旅した 非丁寧文「〜歩っちょおたる」。
インジリイぬ博物学者フランシス・ヘンリー・ヒル・ギルマード(1852-1933)や=英国の博物学者フランスシス・ヘンリー・ギルマードは、
琉球んじ、見ちゃる風景ぬ一ちとぅしち=琉球で見た風景の一つとして、
下ねえぬ記事書ち残ちょおいびいん=次のような記事を書き残しています。非丁寧文「〜残ちょおん」。
(註:『青い目がみた大琉球』於とおてえ、「ギヤマード」なとおいびいしが、いんじりい口なかいや、Guillemard)。=(註:『青い目が見た大琉球』では「ギヤマード」であるが。英語表記はGuillemard)。
注:原文は非丁寧語ですが、ここでのうちなあぐちは丁寧語にしました。
「那覇ぬ渡口=津口ぬ、山丈、木ぬむさありとおる=那覇の港入口のうっ蒼と木の繁る
奥武山ぬ島小、走い過あしいねえ=奥武山の小島を過ぎると、
ふぃるましい眺みんかい、走い行ち合やびたん=不思議な場面にぶつかった。非丁寧文「〜走い」。
幾人がなぬ島人ぬ山ぬ頂ぬ空地んかい揃てぃ=数人の島民が山頂の空地に集まり
西、向てぃ、祭がやら、何がなぬ拝ん事そおいびいたん=西を向いて祭か何か宗教儀式を行っていた。非丁寧文「〜事そおたん」。
太陽あ、落てぃいがあ回あてぃ、天ぬんかいや=太陽は今まさに沈まんとし、空には、
大風、知らする高雲ぬ重なとおいびいたん=暴風を告げる乱雲が層を形成していた。非丁寧文「〜重なとおたん」。
目光らさる落てぃ太陽、くさあなち=まぶしい夕陽を背景に
人ぬ影ぬ、腕、ようんなあ、手振いし、舞やあに=人影がゆっくり腕をくねらし、踊り、
今日ぬ日とぅ振別りそおる風儀やいびいたん=今日の日に別れを告げる。非丁寧文「〜風儀やたん」。
舞おやあぬ後んかいや、幾たいがなぬ男ぬ=踊り手のうしろでは数人の男が、
蛇皮、張てえるギター持っち、聴ちゃる事ん無えらん=蛇皮を張ったギター(三味線)を手に取り、耳にしたことのない
ふるましい節、弾ちょおいびいたん=不思議な音楽を奏でている。非丁寧文「〜弾ちょおたん」。
舞おやあ達や、一人なあ替あるうし舞おやびとおたん=踊り手は次々に代る。非丁寧文「〜舞おとおたん」。
なちかさる節とぅふるましい踊いんかい=哀調を帯びた音楽と怪しい踊りに、
耽きてぃ、夜ぬゆっくぃゆしん、忘りてぃ=心を奪われ、夜のとばりがおりてくるのも忘れ、
仄々とぅ夢ぬ如どぅあいびいたる=ゆめごこちの中にいた。非丁寧文「〜如どぅあたる」。
踊いばんくぬ幕お、閉うらりやびたん=舞台の幕は下りた。非丁寧文「〜閉うらったん」。
やいびいしが、あながち思なかい、満っちゃきらっとおる我旅ぬ中うてぃん=だが、私の思い出に満ちた旅の中でも、非丁寧文「やしが〜」。
あぬ落てぃ太陽なかい、照らさっとおたる琉球ぬ港於とおてぃぬ一幕ぬ踊いや=あの夕陽の映える琉球の港の一幕の踊りは、
かわてぃ、肝底んかい強々とぅ、刻まっとおいびいん」=ひと際深く刻まれている」。非丁寧文「〜刻まっとおん」。
『青い目が見た大琉球』(ニライ社)。

さてぃ、うん如うし、ギルマードぬ見ちゃゃるむのお=さて、このように、ギルマードが見たものは
何がやびいらたら=何だったのか。非丁寧文「〜やたら」。
毛遊びがやいびいたら=毛遊びだったのか。

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 『青い目が見た大琉球』(後、『大琉球』んでぃ言ん、ニライ社)んかい書(か)かっとおる琉球(るうちゅう)ぬ田園(たあばる)ぬ風景(ちしち)え、沖縄戦(うちなあぬいくさ)ぬばすんじ、諸(むる)、けえ壊(くう)さってぃ無(ね)えやびらんくとぅ、戦後(いくさあとぅ)生(ん)まりぬ我(わあ)があ分(わ)かやびらん。
 やいびいしが、昔(んかし)ぬ二才達(にいせえ)が毛遊(もうあし)びいする所(とぅくる)としちぇえ、んずみてぃ、いやでぃん、美(ちゅ)ら所(どぅくる)やたる筈(はじ)んでぃゆる事(くと)お、十分(じゅうぶん)分かやびいん。

 あんしいねえ、琉球見(んん、ん)ちゃるウランダア達(たあ)や、毛遊びそおる所、見(ん)じゅる事(くと)ん、あいがさびいたらあ。
 役人達(やくにんたあ)やウランダアや見(ん)じ慣(な)りとおいびいたしが、百姓(ひゃくしょう)ん達(ちゃあ)や、ウラダンダアぬ姿(しがた)ぬ見(み)いねえ、いっそうから、どぅまんぎぃたんでぃぬ事(くとぅ)やいびいん。
 「市場(まち)え、足丸(あしまる)び手丸(てぃいまる)び」さあに、「住民(じいんちゅ)や、諸(むる)、一斉走合(いっさんばあええ)し、逃(ふぃん)ぎてぃ去(は)ちゃん」(『大琉球』)、んでぃぬ事やいびいん。
 やいびいくとぅ、毛遊びいや、見(ん)じいがたなさたる筈(はじ)んでぃ思(うま)ありやびいん。
 やいびいしが、『大琉球』んかいや「琉球ぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)や、かわてぃ遊び好(じ)ちやん。尻軽(ちびが)っさしが、てぃんさま返(けえ)ゆる事(くと)お無(ね)えらん」(フィレデリック・ビーチ―(1827年)。「琉球ほど遊びの精神を理解している国はない、とうことに意義を唱える者などいないだろう」(バジル・ホール1816年」んでぃちん、書(か)かっとおいびいん。
 うん如(ぐとお)る記事(ちじ)ぬあたいやれえ、何(ぬう)ん、ふぃるましいむのお、あいびらんしが、実(じゅん)に、ふぃるまさる記事ぬあいびいん。

【語句】
『青い目が見た大琉球』(後、『大琉球』んでぃ言ん、ニライ社)んかい=『青い目がみた大琉球』(以下、『大琉球』)に、
書かっとおる琉球ぬ田園ぬ風景え、沖縄戦ぬばすんじ=記述されている琉球の田園風景は、沖縄戦で、
諸、けえ壊さってぃ無えやびらんくとぅ=すべて、破壊されてしまったので、非丁寧文「〜無えらんくとぅ」。
戦後生まりぬ我があ分からん世界(しけ)やいびいん=戦後生まれの私が知らない世界です。非丁寧文「〜世界やん」。
やいびいしが、昔ぬ二才達が毛遊びいする所としちぇえ=ですが、昔の若者らが野遊びをする場所としては、
んずみてぃ、いやでぃん、美ら所やたる筈んでぃゆる事=とても、美しい場所だったかも知れないという事は、
十分分かやびいん=十分わかります。非丁寧文「〜十分わかゆん」。
あんしいねえ、琉球見ちゃるウランダア達や=では、琉球を見た西洋人たちは、
毛遊びそおる所、見じゅる事ん、あいがさびいたらあ=野遊びをしている現場を目撃することもあったのでしょうか。非丁寧文「〜あいがすたら」。
役人達やウランダアや見じい慣りとおいびいたしが=役人たちは西洋人は見慣れていましたが、非丁寧文「〜慣りとおたしが」。
百姓ん達や、ウラダンダアぬ姿ぬ見いねえ、いっそうから=平民たちは西洋人の姿が見えると、誰ということもなく、
どぅまんぎぃたんでぃぬ事やいびいん=パニックに陥ったとのことです。非丁寧文「〜事やん」。
「市場え、足丸び手丸び」さあに=「市場は狂乱状態」になって
「住民や、諸、一斉走合し、逃ぎてぃ去ちゃん」=「住民が一斉に逃げ出した」(『大琉球』)、
んでぃぬ事やいびいん=とのことです。非丁寧文「〜んでぃぬ事やん」。
やいびいくとぅ、毛遊びいや、見じいがたなさたる筈=ですから、毛遊びを見ることは難しかっただろう、
んでぃ思ありやびいん=と思われます。非丁寧文「〜思ありいん」。
やいびいしが、『大琉球』んかいや「琉球ぬ人ん達や=ですが、『大琉球』には「琉球人は
かわてぃ遊び好ちやん。尻軽っさしが=特に遊びが好きだ。快活だが、
てぃんさま返りゆる事お無えらん」(フィレデリック・ビーチ―(1827年)=騒ぎ立てることはない」
「琉球やかん遊び心ぬ分かゆる国え無えらん=「琉球ほど遊びの精神を理解している国はない」
んでぃぬ事んかい、あねえあらんでぃち言る人お居らんは筈(バジル・ホール1816年)=ということに意義を唱える者などいないだろう」
んでぃち書かっとおいびいん=と記述されています。非丁寧文「〜書かっとおん」。
うん如る記事ぬあたいやれえ、何ん、ふぃるましいむのお=その類の記事なら何も、珍しいものでは、
あいびらんしが、実に、ふぃるまさる記事ぬあいびいん=ないですが、本当に、奇妙な記事もあります。非丁寧文「あらんしが、〜」、「〜記事ぬあん」。

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 琉球(るうちゅうぬ若者達(わかむんちゃあ)ぬ遊(あし)どおたる野(もう)や、如何(ちゃ)ぬ風儀(ふうじい)ぬむんがやいびいたら。
 ペリー提督(てぃいとぅく)ぬ従軍(そおい)画描(かたか)ちゃあそおたるハイネぬ風景画(ちしちぬかた)んかい描(か)っかっとおる琉球(るうちゅう)ぬ田園(たあはたもう)や、実(じゅん)にちびらあさいびいん。やいびいしが、写真(しゃしん)とお変(か)わてぃ画(かた)んでぃ言(ゆ)るむぬのお、描(か)ちゃあぬ性持(しむち)とぅ存分(じんぶん)さあに、直(のお)さあ直さしどぅ描ちぇえるむんやいびいくとぅ、実(じゅん)にぬ景色(ちいち)とお、別(びち)やんでぃち考(かんげ)えらんとおないびらん。

 昔(んかし)、琉球んかい来(ち)ちょおたるイランダーまたアミリカー達(たあ)ぬ琉球ぬ見(みい)ない聞(ち)ちないぬ文言(むんぐん)や、いちゃっさきいなあ、在(あ)いびいん。原文(しょうむん)やあいびらな、「二次資料」なやあに、面恥(ちらは)じかさああびしいしが、『青い目がみた大琉球』(ニライ社)から選(え)らでぃ、うみかきてぃなあびら。

 「琉球やちゃっさ語てぃん語ららんあたいぬ美(ちゅ)ら島(じま)」キャプテン・ロジャー・ビノー編(ペリー提督遠征記)。
 「並木道なんぎいみち(ぬ)、略、2列ぬ見事(みぐとぅ)な緑(みどぅい)山々(やまやま)ぬ頂(ちじ)までぃ、連(ち)り長々(ながんがあ)とぅし、豊かな田園(たはたもう)ぬ風景(ちいち)ぬ先(あち)とぅなとおん」、「海岸(うみばた)から山(やま)ぬ頂(ちじ)までぃ、やふぁたいびらなとおるけえり(斜面)ぬあるっさ、諸(むる)、またく田園(たあはあもう)とぅなあたに、冬(ふゆ)ぬ作物(つくいむん)ぬ緑(みどぅいぬ綾とぅなやあに、ちびらあさらる美ら森、成ちょおん。略、やふぁやふぁあとぅ枝(ゆだ)、伸ばがらちょおる琉球松(るうちゅうまあち)ぬ木(きい)ぬ枝ぬむてえてぃ、略、あるっさぬ物(むん)ぬ諸が、くぬ世(ゆう)於(をぅ)てぃ、いちんぬ豊かな田園(たあはたもう)風景(ちしち)、しいなちょおん」ジェイムス・モロー博士(1854年、ペリーぬ日本遠征記)。
「心安(くくるや)しいロマンチックな村(むら、恩納村)ぬ様(さま」)(ベイヤード・テイラー/ペリー提督遠征記)
「熱所(あしどぅくる)ぬ雨林(きい)んあれえ、寒冷所(ふぃいさどぅくる)ぬ原生林(やまぎい)んあん。ドイツぬ美(ちゅ)ら渓谷(やますく)んあれえ、地中海ぬ温(ぬく)さる海岸んあん。アメリカ中西部ぬ荒野(ありもう)とぅかまぎぐむいんあれえ、ニューヨークぬキャッスル気養地(ちようどぅくる)んあん。エジプトとぅかシシリー(島)ぬ古代(さちくでえ)ぬ石碑(ふぃむん)ぬんあれえ、上気(うわあち)な庭園(なあ)ぬ如(ぐと)おる景色(ちしち)とぅかロマンチックな村々(むらむら)んあん。なだ安っさる平和(ひいわ)とあてぃなしぬ風儀(ふうじ)。うん如(ぐと)おる愛(うじ)らあさる景色え、世界(しけ)ぬまあんかいん行(ん)じん、とぅめえらりいみ。まあぬ村ん、だってぃい、分きらってぃ、美(ちゅ)らあく掃(ほ)うちかちさっとおん」。(上同)。

 尤(むっとぅ)ん、琉球ぬなあ村々んかいや、「掃除廻(そうじまあ)い」んでぃゆる当(あたい)ぬ居(をぅ)いびいたん。

【語句】
琉球ぬ若者達)ぬ遊どおたる野や、如何ぬ風儀ぬむんがやいびいたら=琉球の若者らが遊んだ野はどのようなものだったのでしょうか。非丁寧文「〜むんがやたら」。
ペリー提督ぬ従軍画描ちゃあそおたるハイネぬ風景画んかい=ペリー提督の従軍画家であったハイネの風景に
描っかっとおる琉球ぬ田園や、実にちびらあさいびいん=描かれている琉球の田園はほんとにすばらしい。非丁寧文「〜ちびらあさん」。
やいびいしが、写真とお変わてぃ画んでぃ言るむぬのお=ですが、写真と違い、絵画というものは、非丁寧文「やしが〜」。
描ちゃあぬ性持とぅ存分さあに、直さあ直さしどぅ=画家の感性と知識(の範囲)で、修整して、
描ちぇえるむんやいびいくとぅ、実にぬ景色とお=描くものなので、実際の景色とは、非丁寧文「〜むんやくとぅ」。
別やんでぃち考えらんとおないびらん=異なるものだと考えるべきです。非丁寧文「〜考えらんとならん」。
昔、琉球んかい来ちょおたるイランダーまたアミリカー達ぬ=昔、琉球を訪れた欧米人らの、
琉球ぬ見ない聞ちないぬ文言や=琉球見聞録は、
いちゃっさきいなあ、在いびいん=数多くあります。非丁寧文「〜在ん」。
原文やあいびらな、「二次資料」なやあに、面恥じかさああびしいしが=原文ではなく「二次資料」なので、恥ずかしのですが、非丁寧文「〜面恥じかさああしが」。
『青い目がみた大琉球』(ニライ社)から選らでぃ、うみかきてぃなあびら=『青い目が見た大琉球』(ニライ社)から抜粋して、紹介いたしましょう。非丁寧文「〜うみかたてぃんだ」。
「琉球やちゃっさ語てぃん語ららんあたいぬ美ら島」=「琉球は筆舌に尽くしがたいほどの美しい島」。キャプテン・ロジャー・ビノー編(ペリー提督遠征記)。
「並木道なんぎいみち(ぬ)、略、2列ぬ見事な緑ぬ山々ぬ頂までぃ=「並木道が、略、2列の見事な緑の山々が山頂まで
連り長々とぅし、豊かな田園ぬ風景ぬ先とぅなとおん」=続き、豊かな田園風景の終点となっている」。ジェイムズ・モロー。
「海岸から山ぬ頂までぃ、やふぁたいびらなとおるけえりぬあるっさ=海岸から山の頂まで、ゆるやかにのぼる斜面のすべてが、
諸、またく田園とぅなあたに、冬ぬ作物ぬ緑いぬ綾とぅなやあに=完璧なまでに田園化され、冬の作物が緑の濃淡の影を与え
ちびらあさらる美ら森、成ちょおん=美しい森を成している。
略、やふぁやふぁあとぅ枝、伸ばがらちょおる琉球松ぬ木ぬ枝ぬむてえてぃ=略、優しく枝を伸ばした琉球ならではの松の木の枝が繁り、
略、あるっさぬ物ぬ諸が、くぬ世於てぃ、いちんぬ豊かな田園風景、しいなちょおん=これらすべてがこの世で最も豊かな田園風景を作り上げている。(ジェイムス・モロー博士、1854年、ペリーぬ日本遠征記)。
「心安しいロマンチックな村(恩納村)ぬ様=「心安らぐロマンチックな村の風景」ベイヤード・テイラー/ペリー提督遠征記。
「熱所ぬ雨林んあれえ、寒冷所ぬ原生林んあん=「熱帯雨林もあれば、寒冷地の原生林もある。
ドイツぬ美ら渓谷んあれえ、地中海ぬ温さる海岸んあん=ドイツの美しい渓谷もあれば、地中海の温暖な海岸もある。
アメリカ中西部ぬ荒野とぅかまぎぐむいんあれえ=アメリカ中西部の荒野や沼のあれば
ニューヨークぬキャッスル気養地んあん=ニューヨークのキャッスル保養地もある。
エジプトとぅかシシリー(島)ぬ古代ぬ石碑ぬんあれえ=エジプトやシシリーの古代の石碑もあれば、
上気な庭園ぬ如おる景色とぅかロマンチックな村々んあん=瀟洒な庭園のような景色やロマンチックな村々もある。
なだ安っさる平和とあてぃなしぬ風儀=心安らぐ平和と天心爛漫
うん如おる愛らあさる景色え=こんな愛らしい景色は、
世界ぬまあんかいん行じん、とぅめえらりいみ=世界のどこへ行っても見つかるまい。
まあぬ村ん、だってぃい、分きらってぃ、美らあく掃ちかちさっとおん」=どの村も整然と区切られ、きれいに掃き清められている」(上同)。
尤ん、琉球ぬなあ村々んかいや、「掃除廻」んでぃゆる当ぬ居いびいたん=尤も、琉球の各地には「掃除廻い」という係(ときとして役人)がいました。非丁寧文「〜居たん」。

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