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車道が2本、「Y」の字を描くように合流している。
「Y字路」
といっても、かたや本線、かたや側道、で側道が本線に溶け込んでくる形で、
どちらかというと
小文字の「y字路」である。
その合流点には鋭角ができるわけだが、この鋭角部分に、歩道の末端やら、横断歩道やらが重なって、じゃっかん複雑な様相になっている。
そこに、立っていた。
いや、立っていたというよりは、前かがみになって、何かを拾っているような姿勢。ただ、しぐさから言うと、「拾っている」というよりは、ちょっと気分が悪くなってその場で前かがみになってじっとしている、もう少し気分の悪さが募れば、そのままうずくまりそうな、そんな様子にも見える。
夜だし、こちらはタクシーの窓の中からみているので、あまりくっきりと見えるはずもないのだが、彼女のまわりだけ街灯が照らしていて、わりと姿は明瞭だ。
前方の信号が変わったのか、タクシーが停まる。
そうそう、「彼女」である。
中年、といってもまあ俺と年齢はたいしてかわらないだろう、の女性で、水色のちょっともこもことした(ダウンか?)ブルゾンに、毛糸の帽子、クリーム色でざっくり太い毛糸で編んだもの。表情は、「気分が悪そう」というほどではないが、何かの対象物を見ているのではなく、自分の
体の中からの欲求と会話しているかのように、視点をとりあえずそこらの一点に置いている感じ。
まあ、強いて言えば、酔って嘔吐する寸前の気配に見えなくもない。
服装は「ちゃんとした」ものではないが、別に汚れてもおらず、普通の日常的な使用感を感じられる程度。ホームレスとかではなく、普通の、屋根のある、水道メーターやNHKの受信料のシールのある家の住人のように思える。
彼女の背後を乗用車が1台通る(本線の信号が赤になり、側道の信号が青になったから)。
グレーだか、グリーンだか、ややメタリックな車体が、「彼女」の体の向こう側を左(下手)から右(上手)に通り過ぎた次の瞬間、
「彼女」はいなかった。
さきほどまでの、細かく描写した全てが消えており、電柱と、ゴミ置き場のゴミ(指定時間外に出されたものか)と、クズか何かつるくさの冬枯れしたものが、「彼女」の輪郭だけを形作っている。
あまりにもリアルな「彼女」という人間の存在感と、その次の瞬間に全くただの「風景のパーツの組み合わせ」になってしまったという不在感の落差に5秒ほど驚いていると、こちらの乗ったタクシーが動いて自分自身もその場を離れてしまった。
当然のことながら、「彼女」のいた(あった?)場所を目で追うが、もちろん、再び「人間」が現れることはなく、タクシーとともにこちらの視点が移動し、ものの重なりの角度が変化することで、「輪郭」さえも崩れてしまう。
振り返るように、その場所を見続けたが、「彼女」の服装を具体的に明確に構成していた「水色」も「クリーム色」もそのあたりの風景には何一つ存在せず、ただただ、誰もわざわざ気にもとめぬようなありふれた空間があるだけ。
・・・ここで、タクシーの運転手が
「お客さん、見ましたか?」
とか声をかけて来たら、
「ひーっ」
という展開になるのだが、やはり現実は怪談のようには「オチ」がない。
私の中には、いつまでも「オチ」が現れないものだから、余計に「不可解」さだけが残った。そして、「オチ」がないぶん、恐怖感が全く湧かなかった。
ともかく、「彼女」の映像と、ジグソーパズルの1ピースだけが抜けたように「彼女」が欠落して残された風景とだけが、強く記憶に残された。
けっきょく、ここ数日の(自分には珍しい)感情の起伏の不自然な大きさと、この不可解な「霊?」の目撃体験について、翌日もつらつら考え続けることになってしまった。
(3)に続く
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