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「シンクロ」
という言葉を使った(同タイトルの(1)の中で)。
エヴァにおける「シンクロ率」とか、日常比喩的には、
「AとBの××がぴたりとあっている」
というような意味で、使うのが多いだろう。
××は、行動パターンでも、反応でも、会話のトーンでもいいけど、何やら、第三者からも観測可能な現象で、しかもその背後の「原理」が同じであると第三者が推測可能なようなものだろう。
なので、「行動パターン」のシンクロとは言うが、「すがたかたちのシンクロ」という言い方はちょっとだけしっくりこない。
ま、考えてみれば
「synchronize(synchronization)」
つまり
「同期」
なのだから、「時間」の要素が入っている。シンクロという言葉は、空間よりも時間という要素により近い。おのずと「すがたかたち」は遠くなる。
クロノスは時の神であり、ウラヌス(天)とガイア(地)の子である。そして、クロノスはウラヌスのペニスを切り落とし、それが海に投げ込まれたときの泡から生じたのがアフロディーテ(美)であるというのは、いったい何を意味しているのかよくわからんが、それなりに有名なギリシャ神話だ。天を「刻む」のが時であり、世界が刻まれたことによって初めて「美」が発生したという寓意なのだろうか。話の中に、色濃く「親子」だの「生殖」だののモチーフが投影されているのは、神話といえども「人が作った話」だからだろう。「天と地を結ぶものは時であり」「時と美を認識するのは(生臭い)人間だけだ」とでも言いたいのか、これは。
まあいい。
なんであれ、「同期」させるということは、
(1)AとBの間に、意図的にあるいは意図なくとも、「同時に」「同じこと」をするという合意がなされている、
(2)または、どちらか片方(たとえばA)に、もう片方(たとえばB)と、「同時に」「同じこと」をするという意志がある、ということだ。
どちらかしかない。
「恋愛」と同じだろう。
両者の意志がある場合(両想い)も、そうではない片想いであっても「恋愛」の範疇に入れられる。
もちろん、「恋愛=相手と同時に同じことをする(したい)」と言っているのではない。
両者の意志でも、片方の意志だけでも、どちらにしろ成立するという点で、「同期」も「恋愛」も「概念の形が同じだ」と言いたくて引っ張り出した類例だ。
一方で、
「シンクロニシティ」
なる語がある。
「Synchronicity」
「共時性」
「意味のある偶然の一致」、ってやつだ。ユング様だ。
こちらは、
「Cというイベント(できごと)とDというイベントの同時性に、偶然ならざる意志を感じる」というやつで、疑似科学よばわりされることも多いわけだが、「シンクロナイゼイション」と「シンクロニシティ」の違いは明白だ。
「同期」の場合は、「AさんとBさんの行為の内容の同時」であり、おおむね「因果律」に支配されているとみなせるものだ(だから「背後の原理が同じと見なされる」現象に適用される)。
「共時性」のほうは、「CというイベントとDというイベントが、同時または連続して発生した、ことに因果以外の意味を見出す」という現象のことだ。
ちなみに、これにさらに積極的に人の意志を介入させ「××力」というスタイルに仕立て上げると。「セレンディピティ」とかいう最近ちょこちょこ聞くようになった言葉になってくるのだろう。まことに(司馬遼太郎か?)人間というものは、欲深いということの、あらわれである。
「その1(霊というもの(1))」で私の仕事(職種)のことを書いたが、仕事などというものは、基本的には「因果」を前提にしなければやっていけない。
「ある結果(目的)に対して、どういう原因があり得るか」という前提に立たないと、いわゆる「仕事」と呼ばれるしろものにはならない。原因結果がわからないなら、対価はもらえない。
だから、そこで書いた「相手にシンクロする仕事」という言い方は、当然、シンクロニシティではなく、シンクロナイズの方である。
ただ、ここでのシンクロナイズには、「AさんとBさんの合意(同意、共犯)」は存在しない。私が勝手に対象にシンクロしようとしているだけだ。その「片想い」の結果としての「シンクロ率」が高いほど、良い品質の結果にたどりつけるので、その「片思い力」がスキルになる。
変な仕事だが、しょうがない。
もっとも、ストーカーのような暴走はもはや「仕事」の範疇を超えているので、この職種に従事する以上は暴走しないように何らかの自制を働かせている。なので、この職種の従事者は比較的、地味な外観をしている(中には全く違う方法論と見かけを持つものもいるというのは、どの仕事でも同じく、である)。
さて、「その2(霊というもの(2))」での「霊体験」は、私の個人的なその前後の「精神的不安定」とは「共時性」を持っているかのようにも思えるのだが、しかし、
まあ、はたからみれば「因果」なのかもしれないね。
「不安定な精神状態だから、そういうものを<見ちゃった>んじゃないの?」というわけだ。
この発言は、オカルティックな発想からも生まれ得るし、「見間違いだよ、疲れてるんだよ」という日常医学っぽい発言からも生まれ得る。
ま、どっちでもいい。
この先、展開したいのは、「霊というものはシンクロ(同期)だ」という話だ。それがこの「霊というもの」という怪しげな論の幹だ。
(その4に続く)
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