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「シンクロ」 |
辻占
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車道が2本、「Y」の字を描くように合流している。 |
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あー、久しぶり。 半年ぶりではないか。 いや、別に何かあったわけでもなんでもなく、単に間が遠かっただけですが、 そうやって、久しぶりで書いてるタイトルが 「霊というもの」 などというものであると、これはなんか、宗教にでもはまったんかい、とか「次のステージに進んだ」のかい? とか、自分でツッコミを入れたくなるのであるが、そういう話では、全くない。 とはいっても、 「みた」 話ではあるので、そういう話題がいやだという人は、あと2行程度で別のページに飛んだ方がよろしかろう。 先週ぐらいか、ちょとだけ精神的に変調していた。 いや、病院に通ったりして大変な思いをしてる人からみれば、「ツメのアマガワがささくれた」程度のことだと思いますが、なんというか、 残業してたらいきなり「落ちた」。 えーとですね、私は、実はほとんど「落ちる」「へこむ」ことがないんですね。まあ、「いつも躁状態」みたいなもんですかね、たんたんと普通に無駄に冗談のように生きている。というか、冗談飛ばしつつ鼻歌歌いながら生きている。んで、急に困ったこととかあると、なんかアドレナリンとかがだーっと出て、戦時モードに入って対応する。んで、終わると(結果が良かろうが悪かろうが)またへらへらした日常に戻る。顔は怖いが肩の力は抜けた人間である。 うーん、前向きだなあ、こうやって書くと。 自分では全くそうは思ってないし、意識すらしてないのだが、 妻などに言わせると、 「あんたが内省的になっているのを見たことがない」 そうだ。 もっともらしい顔して何かに集中しているなと思ったら、ユニクロのチラシを5分間も見ているのだったり、 なんか、考えてるなと思ったら、晩飯に何を食うかを真剣に考え込んでいたり、 とか、そういう姿ばかりをみている妻の発言としては、もっともである。 近くにいる第三者(傍観者=妻)の言うことなので、客観的なんだろうな、たぶん。 それが、「落ちた」 ので、自分でびっくりした。 なんでしょうね。落下した距離(落ちた高度、というべき?)はたいしたことなくて、たぶん、「万年躁」みたいな状態から、「普通の人よりちょっと愉快」な程度に落ちただけなんでしょうけど、自分にとっては 角度が急 だったので、びっくりしたわけです。 感情の起伏、ないもんなあ、普段。 ま、なんだったのかよくわからないんですが、どうも、仕事が忙しいのやら、ムスメの模試の見直しだの塾の予習だの(に対して、私がフォローすべきこと)がたまってるのやら、年末年始のイベントやら冬期講習の予約やら、決めねばならぬことが多いのやら、そんなこんなで、珍しく何かの限度を超えてたんでしょうかね。 仕事、って、ちょっと特殊な仕事で、といっても、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」だかに出てくるような「計算士」だの「夢読み」だのそういうではないんだけど、うーん、人とのコミュニケーションの多い仕事なんですね。 そのコミュニケーションの良し悪しと運で結果が決まるような、状況対応型の仕事ですが、この仕事をやってく上では、ある程度は、 「シンクロ」 というものが必要になってくる。 まあ、同じ仕事をしている人間でも、そのへんの「手法」とか「コツ」はけっこう一人ひとり違うし、武器とか得意技の持ち方・使い方もかなりバリエがあるのだが(なので、評価のされにくい、スキルの伝えにくい、資格とかになりにくい、職種である)、「なにかに自分をシンクロさせる」というのがメインのスキルになっているのは間違いない。 で、この「シンクロ」を私は、えーと、「なりきり」みたいな感じで行うのですが、・・・って、そうだな、プロファイリングというよりは、「なりきり」だなあ。パスティーシュとかに近いかなあ。 ・・・・何を言ってるのかわかりにくいですね、ちょっと。 でも、芝居とかやったことのある人、あるいは(悪い例ですが)詐欺とか嘘とかの経験のある人はわかると思うけど(嘘はともかく詐欺はやらんか普通)、「なりきり」って、「意図」が入るとできないんですよね。 「よーし、××さんになりきるぞ」 とか、思ってるうちは「なりきりたい」という「意図」が強すぎて、「なりき」れないですよね。やっぱり、結局、 「(なりきりたい)相手(正確にいえば、勝手に想像して、バーチャルなその相手を頭の中に作って、その<バーチャル>な相手)を、自分の方に投影する」 感じになる。 別の言い方をすれば「自分を消す」 感じになる。 そういう意識で仕事を何年もしてきたので、もう、自然に人とのコミュニケーションが公私ともにそんな感じになっている。 その結果よく言われるのが 「何を目指しているのかわからない」(だって、何も目指してないもん) 「本当の自分を見せない」(だって、ないんだもんというか自分でもわからんもん、そんなの) 言われ慣れてるので、何とも思わないが、こうやって字で書くと、けっこう「いやなやつ」だねえ、こう言われる人(私)って。 ・・・で?表題の「霊」の話はどうしたの? ってとこだが、長くなったので後編につづく。
まあ、ここまでの前ふりは、ちゃんと後編と関係ありますので。 |
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その幼虫はミカンの葉を食べるというので、ミカンの葉をえさに与えているのだが、見ると鉢のミカンの若木がなくなっている。 どうしたのかなと思ったら、全部むしって幼虫の飼育箱に入れてあった。 なるほど、蚕を飼うなら桑の葉をこういうふうにするのだろうが、これでは今後のえさの供給に困るなというので、娘と妻に何か言おうかと思ったが、どこにもいない。 男は競輪のプロだと名乗っており、なるほど風貌もそういう感じで、いかにも車券売り場の付近にはよく似合った顔つきだし、服装だ。そのわりには、末尾「4」の券をちまちまとあててるだけで、どうもぱっとしない。 あたりにははずれ券が散らばっており、その中には男が捨てたものも含まれているのだが、ネットで購入した分については、株主総会の召集通知のような印象の券が多いようだ。なんとも、「オフィシャル」な雰囲気のものだというだけだが、似ている。 「お守りがいるのだ」と男が言うのでついていくと、小さな港でなにやら石を拾ってはひっくりかえしている。魚網のおもりに使う石がいいのだそうだ。だが、最近は樹脂製のおもりが多いので、苦労するという。磨耗した、いかにも数百年経った石を見つけたが、「ああ、それはまだ使ってるから漁師さんに怒られるよ」と男にたしなめられて、元の場所に返した。石には穴があき、ひもを結んでいたくぼみがあって、いい感じだがしょうがない。ただ、どの石が「使っている」もので、どの石が拾っていいのかの区別は私にはつかない。 「おもりよりもいいのがキジだ」と男が言うのでまたついていく。漁港から坂を上った先に、古い家があって、小さいその部屋の中がすべてキジの小屋になっているらしい。 「キジがいちばんいいのだ」と言って、男はお守りにいいものの順位を言うのだが私には覚えられない。家の中は7畳ほどの細長い部屋でタタミだ。その中に無造作にキジが2羽いる。 「キジは部屋を汚さないのでタタミで十分だ」と男は満足げにしているが、キジはあちこち動きながら放尿している。しかも、妙に大量にだ。 じゃあじゃあ、と音をたてて、水のような尿を放っているが、このキジはどう見ても鳥ではない。美しい色のカミキリムシだ。大きさの定かではないカミキリムシがキジのような色合いで、部屋の中を動き回りながらあちこちで大量に放尿している。 中学生の男子が助手というのはどういうわけかわからないが、少年探偵団のようなものだろうか。電車でひとしきり一緒に移動した。地下鉄網は複雑で、乗り換えるのにいったん地上に出て、別の名前の駅でまた乗車したりするのだ。 目的の漁港からの帰路、腹が減った。 「サンドイッチを買って列車の中で食べましょう」と助手が言うので、「ばか、そんなことできるか。ちゃんと食ってから乗るものだ」と叱って、駅前の市場に入る。 雑然とした市場は、何軒も物販と飲食の店が連なって、店どうしの境界線もあいまいだ。 ひとしきり見てまわってから、ちゃんぽん屋に座った。カウンターで「特大は多すぎるな」と思って避けたが、出てきた普通盛りはそれだけで4人前ほどの巨大なものだった。 驚きながら、まだ食わないのに満腹感で苦しくなってうめいたところで、目が覚めた。 もう朝になっていた。 |
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■「具が沈んでるから、具沈」 ・・・だ、そうで、まあ、ストレートな店名だが、その名の通り、普通のラーメ ン屋では麺の上にきれいに並んでいる「具」がすべて麺の下に敷かれている。 たまに、冷めた具が載っているラーメン屋があるが、ああいう場合、具はぐいぐ いとハシで丼の底に押し込んであたためて食うのが私のいつもの流儀だが、ここ ではその心配はない。すべての具は、丼の底であつあつだし、葱もほどよく加熱 状態になっている。 したがって、見た目では、すべて「素ラーメン」にしか見えず、どの客が何ラー メンを食っているのか、供食の直後には見分けられない。 店員さんも間違えて運んじゃわないのかなあ。 どんぶりでもかえてあればいいのだが、それもなし。 全く同じどんぶりだ(大盛だけは大きいのでわかるが)。 なぜ、運ぶ店員さんが間違わないかというと、麺のそろえ方で区別がつくのだと か、いやいや、れんげの位置で識別するのだとか、もっともらしい諸説があるが、 まあ、プロなんだから覚えているというだけのことだろう。 で、もう一つの特徴が、なんというかダブルースープとでもいおうか、普通なら 「たれ」と「だし」を丼であわせて、よく混ぜておいてからそこに麺を入れるわ けだが、この店のは違うのでありまして、まず「ゆでた麺にたれをからめる」そ して、その、なんと言うか、たんたんめんのようなあぶらめんのような、スパゲ ティナポリタンのような代物の上にざーっと、熱い熱いスープをかける。 なんでもこうすると麺がのびにくいし、だし(にぼしととりがらかなあ、という 感じ)の香りがひきたつのだそうだ。 うーむ、まあ、そういわれてみればそんな気がするが、普通のラーメンとは明ら かに異なる食感である。 さて、この「具沈」にも「つけめん」はある。 麺の下に具が入っているのかと思うと・・・・実は違うのだ。 スープの下に具が入っている。 これまた、不思議な手の込んだ工夫があって、 ●まず、冷たい麺にはやはり「たれ」がからんでいる。もちろん、別皿。 ●スープは一見普通のスープだが・・・ ●しばらく置いておくと・・・あるいは、はしを刺すと・・・ ●ぼこぼこと、スープの中に何か浮いてくる 実はこれが、「具」なのだが、つけめんの場合は、丼の下に、「味つきのゼラチ ンで固めた具」が入っていて、その上に皮膜(ゆばか何か)を貼って、その上に 静かにスープ(だし)を注いでいるらしい。 この「皮膜」が破れると、下からゼラチンとともに具が浮き上がってきて、なん とも不思議な、具とスープの「メタンハイドレート」を楽しめるのであった。 で、ここに、「あらかじめたれのからんだ麺」をつけて食うと・・・ 当然うまい。 ゼラチンが、こう、ぬらぬらと麺に絡んだりして、そんで、シナチクもチャーシュー もぬらぬらとゼラチンにまみれて、すすりこむと、ああうまい。 これが、必殺の「具沈のゼラチンつけめん」であるが、手間がかかるせいか、昼 には出してないのが残念。 ま、しょうがないけど。 |




