迷い鳥のブログ

思い出の山行、花を訪ねて、美術館巡り、仏像・古寺巡拝 など

川瀬巴水随想

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柏・高島屋で「川瀬巴水展」を観賞して、作品の魅力に惹かれて、図録を入手して眺めていたところ、何と我孫子市でその川瀬巴水の木版画展が開催されることになり、さらに不思議な縁で展示会の実行委員としてお手伝いすることになりました。巴水の作品と人物を、私なり紹介してみたいと思います。
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丸善ギャラリーで『川瀬巴水木版画展』を観る


丸の内オアゾで開催されている『川瀬巴水木版画展』を鑑賞してきました。昨年11月下旬から12月上旬にかけて我孫子で開催された川瀬巴水展の後で、巴水展を鑑賞するのは2度目です。これらの巴水展では、初刷り作品の展示即売会ともなっていますので、売約済みの作品には赤丸シールが貼ってあります。
我孫子の展示会に出展されていた雲の色の赤みの強い刷りの「手賀沼」も売約済みとなっていました。

1月の雪の高野山で撮ってきた壇上伽藍の入口にある「六時の鐘」の鐘楼(福島正則の建立)の写真と同じ構図の川瀬巴水の木版画がありました。

高野山の「六時の鐘」
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川瀬巴水の「高野山鐘楼」(昭和10年制作)
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『川瀬巴水木版画展』最終日


12月4日(日)、我孫子市での『川瀬巴水木版画展』も最終日を迎えました。
予想はされましたが、最終日に加えて、川瀬巴水作品の版木を使っての江戸木版摺師による摺りの実演という、めったに見られない貴重なイベントが午前・午後の2回行われたため、来場数も会期中の最大となりました。

◆「開運!なんでも鑑定団」でもお馴染の渡邊章一郎氏(渡邊木版美術画舗社長)の講演がありました。巴水のエピソード、巴水作品の紹介、渡邊木版の紹介などをやさしく軽妙な語り口でお話しいただき、巴水ファンの一人としては、楽しく聞かせて頂きました。
巴水作品のほとんどの版元となっている渡邊木版の三代目社長ならではの講演は値打ちがありました。
巴水と伊東深川の交友の様子やかつて銀座の情景を描いた「三十間堀の暮雪」のスケッチを描いたときのエピソードなど、どれも興味深いお話でした。

◆巴水と渡邊庄三郎氏(章一郎氏の祖父)が三十間堀の辺りを歩いている時に、降り出した雪に巴水はやおら袂からスケッチ帳を取り出しスケッチをはじめ、巴水がスケッチを終わるまでの20〜30分の間、庄三郎氏は巴水にじっと傘をさしかけていたそうです。恐らくこの間は二人とも無言だったでしょう。画家の本質と版元の愛情が感じられるこのエピソードを知ってから眺める「三十間堀の暮雪」は、また違って見えました。

◆会場では、毎日いろいろなイベントが行われましたが、12月4日は『川瀬巴水作品の版木を使っての江戸木版摺師による摺りの実演』という、めったに見られない貴重なイベントが午前・午後の2回行われました。渡邊章一郎氏の解説づきで、『荒川の月』(昭和4年制作)の版木を使っての伝統工芸士の摺師の方による貴重な実演には、100名を超える観客が間近に見せていただき、質問も受けていただきました。

◆大学のワンダーフォーゲル部の先輩たちが最終日には5名が来訪して下さいました。会期中を通すとのべで10名のワンダーフォーゲル部のOBの来訪でした。湯河原、藤沢、横須賀、横浜、佐倉、市川、船橋、越谷、足立区といった遠方からの来訪、本当にありがとうございました。
また、一部の方々には、日立総合経営研修所の庭園公開、白樺文学館なども楽しんでいただきました。
今回は、私自身が巴水展の運営スタッフを担当していたため、来訪の皆様をご案内することはできませんでしたが、ご要望に応えて、別途「我孫子散策」の企画を立てようと考えています。

渡邊木版美術画舗の伝統工芸士摺師による摺り実演
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渡邊木版美術画舗の伝統工芸士摺師による摺り実演
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渡邊木版美術画舗の伝統工芸士摺師による摺り実演(解説する渡邊章一郎氏/右)
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満席状態のイベント会場
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渡邊章一郎氏(左)を紹介する鈴木昇実行委員長
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渡邊章一郎氏の講演風景
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作品の作成エピソードが紹介された『三十間堀の暮雪』
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『川瀬巴水木版画展』第9日目


我孫子市での『川瀬巴水木版画展』も第9日目、いよいよあと一日を残すのみとなりました。

◆会場では、毎日いろいろなイベントが行われますが、12月3日は『夢助氏(木版画家)による木版画「手賀沼野菜」の彫りと摺りの実演がありました。

夢助氏(左)を紹介する鈴木昇実行委員長
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制作する作品の紹介をする夢助氏
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夢助氏による木版画彫りの実演
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『川瀬巴水木版画展』の出展作品(解説版)


我孫子市で開催中『川瀬巴水木版画展』も予定の10日間の予定会期も残すところ週末の2日間のみとなりました(12月4日まで)。制作された巴水作品のほとんどの版元となった渡邊木版美術画舗の全面的な協力があったとはいえ、我孫子市民プラザという美術館ではない場所で100点をはるかに超える巴水作品が鑑賞できるというのは、空前絶後です。
何度か他所で巴水展を観た経験のある来場者は驚き、巴水を知らなかった来場の方には深い感銘を与えるイベントになりました。
最終日の12月4日(日)には、会場内で巴水作品の「荒川の月」の摺り実演というめったに見ることのできない超貴重なイベントも行われますので、この機会を逃すことなく鑑賞していただくことをお勧めいたします。
『川瀬巴水木版画展』の全ての出展作品を紹介できないのは残念ですが、印象に残った作品をいくつか紹介してみましょう。

「日本風景集東日本篇 弘前最勝院」(昭和11年制作)
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「日本風景集東日本篇 弘前最勝院」
檜原に朱塗の五重の塔、白皚々の雪景色にふさわしい。巴水常套の手法で、別に珍とすべきではない。雪を負うてせぐくまる笹の雪原に表現のこまかなものが工夫されているのを見のがしてはなるまい。

「錦帯橋の春宵」(昭和22年制作)
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「錦帯橋の春宵」
錦帯橋は、江戸時代より日光の神橋、甲斐の猿橋と並び日本三名橋と呼ばれ、大正11年3月8日、「名勝」に指定された。日本全国をくまなく歩いた巴水は、錦帯橋にもたびたび足を運んでいる。下を流れる清流錦川と桜に埋もれた風情に感銘を受けたのであろうか、描いた3図はともに春の美しい夕刻となっている。終戦後、昭和22年の本作品は日本を訪れる外国人にとって、彼らの理想とする日本そのものであっただろう。

「吾妻峡」(昭和18年制作)
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「吾妻峡」
吾妻峡は、群馬県吾妻町から上流へ向かい長野原町川原湯入ツ場大橋まで約4キロ続く吾妻川の渓谷である。この渓谷は下流部分と上流部分では景観を異にする。峡谷の中央部は探さが50メートル程あるが、川幅は極めて狭く「入丁暗がり」と呼ばれる。両岸にはカエデ、コナラ、ケヤキ等の落葉樹がよく茂り、春は若葉の間にツツジが咲き、秋には紅葉が目を楽しませる。

「旅みやげ第二集 金沢下本多町」(大正10年制作)
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「旅みやげ第二集 金沢下本多町」)
こんもり茂った巨木の主体的表現に成功した作である。ねり堀のある町街路に影ある構図がよく、日かげをもとめてあるく女の姿も功緻である。この種の人物には傑出したところがある。広重も人物描写で風景に情趣をそえているが、巴水の場合は人物は一人二人で、風俗美をあまり導入せず、自然美に重点をおいている。

「松山城名月」(昭和28年制作)
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「松山城名月」
松山市の中央、標高132メートルの勝山山頂にそびえる松山城は、姫路城、和歌山城とともに日本三大連立式平山城に数えられる。今から約400年前、賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍で名高い加藤嘉明が築城に着手し、25年の歳月をかけて寛永4年(1627年)に完成した。天守閣は寛永19年(1642)に三層に改築されている。しかし、天明4年(1784)には落雷によって、天守閣やその他多くの建物を焼失したので、文政3年(1820)から35年の歳月をかけて安政元年(1854)に再建され、現在に至っている。

「亀戸の藤」(昭和7年制作)
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「亀戸の藤」
中判。美しい絵、そして江戸の昔から、清長・歌麿・北斎・広重等、数多くの浮世絵の題材に使われた名所絵。子宝に恵まれぬ巴水の幼女に寄する愛情を示す絵。(楢崎宗重)

「東京二十景 馬込の月」(昭和5年制作)
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「東京二十景 馬込の月」
巴水が住んでいた馬込の田園詩趣である。数幹の老松を思いきり大きく画き、雨後らしい冴え冴えとした満月を松の枝間に見せて、紺碧の一天地として作る。藁ぶきの農家から灯がもれる。丸い月と小さな角まどの孤燈の対照が実に巧妙である。巴水の夜景中の傑作として定評があり、好評の波にのって二千枚を摺った。

The Japan Trade Monthly表紙(雪庭のサンタ)」(昭和27年制作)
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The Japan Trade Monthly表紙(雪庭のサンタ)」
日本電報通信社(現在の電通)は1950年代の一時期外国向けの月刊誌「Japan Trade monthly」の表紙を渡辺版画店に制作依頼した。伊東深水・名取春仙・伊藤孝之・井出岳水・笠松紫浪等と共に巴水も表紙を飾っている。最近、不採用のものも含め、かなりの未公開作品が発見された。一見冗談のようなこの作品も、水彩画による下絵から綿密に制作されている。2010年にはユネスコのクリスマスカードにも採用され、一躍世界的に有名作品となった。

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『川瀬巴水木版画展』第8日目


我孫子市での『川瀬巴水木版画展』も第8日目、私の会場スタッフ担当6日目です。

◆会場では、毎日いろいろなイベントが行われますが、12月2日は『大野録氏(我孫子市美術家協会)と鈴木昇実行委員長とのトークショー』がありました。

◆今日は、午後に近くの久寺家中学校の美術クラブなどの生徒約20名が、美術担当の先生に引率されて、『川瀬巴水木版画展』の鑑賞にやってきてくれました。鈴木昇実行委員長が自ら説明役を務めていただきました。おそらく、予備知識なく、何らの先入観もなく、巴水作品を鑑賞した彼らもきっと新鮮な感動を感じたことでしょう。私がそうであったように。

◆本日の我孫子市民プラザの受付スタッフは和服で登場いただきました。『川瀬巴水木版画展』の受付にピッタリとマッチしていました。

◆書籍販売コーナーでは、阿部出版発行の「川瀬巴水木版画集」(207ページ、6000円)が完売してしましました。
私は、2009年9月に江戸東京博物館で開催された特別展『よみがえる浮世絵−うるわしき大正新版画展』の図録を購入しました。

大野録氏(左)を紹介する鈴木昇実行委員長
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壁面の絵は大野録氏の制作作品
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大野録氏と鈴木昇実行委員長によるトークショー
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和服で登場の受付スタッフ
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和服で登場の受付スタッフ
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久寺家中学校の美術クラブの生徒達
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久寺家中学校の美術クラブの生徒達に展覧会を紹介する鈴木昇実行委員長
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『よみがえる浮世絵−うるわしき大正新版画展』の図録
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