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福井地裁判決に9/7付けで名古屋高裁金沢支部に控訴した。9/8か9/9には受け付けになろう
名古屋高裁金沢支部の裁判官には今年の1月に政治献金事件で敗訴判決を受けた。あまり良い印象を持っていない。しかし控訴するのは、一審判決を確定させるのでは市民の常識からみておよそ納得できないからだ。
ところで、名古屋高裁金沢支部の判決に上告した。最高裁第3民事部で継続している。
http://blogs.yahoo.co.jp/abc5def6/folder/1177887.html?m=lc&p=2
最高裁が最近、被告役員側に答弁書を求めていることからみると、我々の上告理由もそれなりに最もな理由があるからだろう(普通はこのような答弁書すら求めない)
最高裁で八幡政治献金垂れ流し判決を覆すことが、法律家の役割だ。その為に上告理由補充書を提出するつもり。憲法学者、商法の学者に高裁判決批判や、八幡献金判決見直し理由を頂きたいものだ。
政治とカネなどを語るのは青二才のように思える。このような政治献金訴訟を敗訴しても敗訴しても提訴・控訴・上告するのは、商法の学者から見ればバカの部類にみられている。
そのような中で、次のような毎日新聞の支局長の記事には本当に元気つけられた。
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支局長からの手紙:判決が問うたもの /福井
先日、福井地裁で注目される判決がありました。
8月31日朝刊の社会面や、ふくい面でも記事を掲載していますからご存知の方も多いと思いますが、福井市に本店がある準大手ゼネコン・熊谷組の政治献金に対する株主代表訴訟です。
裁判というと、難しい裁判用語が並び、判決文も分かりにくいなど、訴訟に関係したことがない方には縁の遠い話かもしれませんが、少しお付き合い下さい。
熊谷組を巡っては、03年にも同種の政治献金に対する株主代表訴訟の判決が福井地裁でありました。この時は、会社が欠損、つまり赤字状態になってからも続けた献金について、元社長に注意義務違反を認め、返還を求める判決(今年1月の高裁判決は認めず)が出ています。
今度も何か、政治とカネを巡る新しい判断が出るのでないかと、裁判所担当の記者を中心に準備を進めていました。
ところが、結果は原告側の全面敗訴に終わりました。原告の株主側は、同社が自民党長崎県連に行った2500万円の献金が違法として、元社長ら当時の経営陣に全額の返還を求めていたのですが、福井地裁は請求を棄却したのです。
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公共事業を受注する側の企業が、発注する側の行政に大きな影響力のある多数派政党の支部に献金するというのは、何か受注で便宜を期待したのではないか、と釈然としないものを感じさせます。提訴はそこを「わいろ性」など、さまざまな見地から違法性を問うたのですが、その主張は認められませんでした。
ただ、判決文を読むと、熊谷組の主張のすべてが通ったというわけではなさそうです。
判決は政治献金について、「県連に対する寄付は、発注先である県と企業との癒着を招き、贈収賄などの犯罪の温床となる危険性を有する」とし、「コンプライアンス(法令順守)重視の観点からすれば、可及的に解消されることが望ましい」と指摘しているのです。
さらに、企業の法令順守の重視が求められている昨今、こうした献金は、「公共工事の受注の公正さに疑義を生じさせる危険性がある」とも言及し、「これを行わないとする判断もありうる」という選択肢も示しました。実際、他のゼネコンのうち、大成建設と清水建設が93年以降、長崎県連に政治献金をしていないことを上げています。
つまり、違法とまでは言えないから賠償責任は認めなかったものの、「いいとは言えないから早くやめた方がいいよ」と言っているわけです。
献金をした経営者の判断についても、社会的に「著しく不相当とまではいえない」とし、違法と言うまでには「至らない」「足りない」との言葉を繰り返しています。
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そして、献金の理由については、ほぼ原告の主張を認めています。熊谷組は、「自民党が経済活性化のための政策を立案、推進し、経済が活性化されると、宅地造成、設備投資の需要が高まるなど、受注機会が増え、熊谷組の経営環境の改善につながる」という理由を主張していました。
しかし、判決は、長崎県連が公共工事の受注を支配していることを認めた上、その関係上、熊谷組も他のゼネコンと同様、「受注上の不利益を回避する目的があった」と認定しているのです。
ここまで読んでくると、受注側の企業が献金をするのは、受注を確保するためという実態が明らかにされているではありませんか。
判決後の会見で、原告側の弁護士が今回の判決をある程度評価したのも、そういう点だったのでしょう。
ただ、政治資金規正法や公職選挙法などの法令に違反していない、という法律論的立場で、請求を認めないというのが、この判決の限界でしょう。
提訴された熊谷組だけが特殊なのではありません。まさに多くのゼネコンなどの受注企業が「カネ」を介在して発注側と癒着を深めている。そうした政治とカネの、幾度となく繰り返されてきた社会構造が、今の日本に現存することが身近なこの裁判でも明らかになったのです。
請求が認められなかったという点では「全面敗訴」ですが、決して提訴は無駄ではなかったのではないかと感じています。原告側弁護士も「司法でチェックしないと、(政財界は)暴走する。『献金はおかしい』と言わせる判決を積み重ねたい」と決意を語っていました。
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判決も指摘し、原告側も言ったように、こうした政治献金の不透明さを解消するのは、本来、立法、つまり国会議員による国会がすべきことです。ところが、自分が献金を受ける立場である政治家は、なかなかこれを改善しようとはしません。
政治家と企業との癒着を解消するためとして、税金を政党に割り振る政党助成法(95年)が導入され、国民1人当たり250円という税金が政党を通じて政治家には割り振られています。そもそも、この段階で政治献金は廃止すべきだったのに、政治家個人への献金を政党への献金にすりかえるごまかしで、「二重取り」を続けているのです。
判決も廃止すべきだとした、この批判に政治家はいつまで、ほおかむりしている気なのでしょうか。
自民党総裁選は、安倍晋三・官房長官が独走しそうな雲行きですが、誰が総理総裁になっても、「政治とカネ」を巡る不透明な状態をすっきりさせてほしいものだと感じました。【福井支局長・蓮見新也】
9月3日朝刊
(毎日新聞) - 9月3日14時0分更新
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