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【「日の丸・君が代」を強制してはならない】
―― 都教委通達違憲判決の意義 ――
私と同期で、親しい友人澤藤統一郎弁護士(東京弁護士会)が『岩波ブックレット』から日の丸・君が代」を強制してはならないという本を12/8に出版する。
http://www.iwanami.co.jp/shinkan/index.html
この本の要約だ
【東京都教育委員会による教職員への「日の丸・君が代」強制を違憲とした東京地裁判決は,いかに書かれたか.弁護団副団長が提訴前から判決までの全過程を踏まえて,とりわけ憲法19条,教育基本法10条との関連で難波判決の意義と特質をどう見るのか,なぜ原告達の訴えが結実したかについて解明した注目の一冊】
澤藤統一郎弁護士は、2006年9月21日東京地裁の都教委通達違憲判決の中心弁護士であった
(澤藤弁護士は有能で、ねばり強い弁護士である。多くの弁護士がもし、自らの事件で依頼する弁護士を選べと言われれば、澤藤弁護士を間違いなく選ぶ。彼が裁判官を緻密に粘り強く説得した成果がこの判決に結実したのだろう)
この判決は
『都立高校の入学式,卒業式等の式典会場において,通達に基づく校長の職務命令により,教職員に対して国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること等を強制することは,思想・良心の自由を侵害するとして,国歌斉唱等の義務のないこと及び義務違反を理由とする処分の事前差止めを認めると共に,被告都に対し原告らの精神的損害に対する慰謝料の支払を命じた事案』
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=04&hanreiNo=33603&hanreiKbn=03
国家の力が個人の内心まで介入する時代を「チェック」する歴史的な判決だ。
ぜひ多くの方に読んで欲しい。以下は澤藤統一郎弁護士からの要請文
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「日の丸・君が代強制反対予防訴訟」9・21判決の解説書です。
12月8日発売予定で、新聞広告も出始めました。
教育基本法「改正」反対運動に間に合うどうか微妙なタイミングですが、
運動の観点から大量販売を成功させたいと願っています。
ご協力よろしくお願いします。
30部以上の部数のご注文だと、著者割引として「8掛け+送料」となります。
ご活用ください。
注文先は、私か、岩波書店の大塚茂樹さん。
大塚さんのファクスは、03−5210−4137です。
以下は岩波に送った「著者からのメッセージ」です。
時代を映す訴訟があり判決がある。「日の丸・君が代強制反対・予防訴訟」と
「9・21判決」は、まさしくそのようなもの。
この事件が映す時代相はけっして明るいものではない。日本国憲法と教育基本
法への悪意に満ちた勢力が支配している時代。敗戦の惨禍への痛切な反省からよ
うやく手にした思想良心の自由、そして教育の自由が蹂躙されつつある時代。
歴史上、思想良心圧殺の象徴として私たちが思い描く事件は、江戸幕府の踏み
絵と明治期の内村鑑三・教育勅語拝礼拒否であろう。暴走する東京都教育行政は、
幕府や天皇制政府とまったく同じ発想で、学校行事での日の丸君が代強制を踏み
絵として、教員の思想と良心を蹂躙し、これに屈しない教員を排除しようとして
いる。
行き着く先は教育の国家統制にほかならない。
予防訴訟は、自らの思想良心を堅持し、生徒・子どもらの学ぶ権利を擁護するた
めに立ちあがった教師群によって担われた。必死の思いの原告教師たちと、支援
者、弁護団、研究者の総力をあげた活動によって、一審段階ではあるがすばら
しい勝利の判決に到達した。
明るい時代ではない。しかし判決は、この時代の希望をも映している。
澤藤統一郎 <sawafuji@article9.jp>
澤藤統一郎の憲法日記・連載中
http://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/sawafuji/
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確かに言われるとおり、国家統制なんてのはだいもんだいだろうけど・・・。 いま、学校に生徒に対して、思想を強制するだけの力すらないような気がする。 今は学校の先生って内申書と言う武器でかろうじて力を持ってる状態だから・・・内申書が無意味になったら、もう学校に力はなくなるのでは? 実際、今って内申点が必要のない生徒に対して殆ど力ないでしょう・・・。 なんか、国家統制しようとする側も、学校っていうものの実態を知らない気がする・・・。
2006/12/8(金) 午前 2:45
きのうはご苦労さまでした。ぼくは法学部と野球部に落ちこぼれ、独学古代史と山岳部はからくも卒業、後輩が日弁連の会長も務めたというのに。 民放、沖縄大教員OB 壱岐一郎
2007/2/28(水) 午前 9:10 [ iki*it* ]
もし、今のベルリンでハーケンクロイツが溢れていたら、世界はドイツを正常な国家とは思わないでしょう。亜細亜で日本の侵略のため肉親、財産を奪われた人が、今の日本でも同じ国旗が掲揚されているのを見てどのように感じているのでしょうか?戦後日本は新しい国旗国歌を制定し新国家として生まれ変わるべきだったのに。憲法改正の論議をするなら、新国旗、新国家を制定する論議を合わせてしなければならならないと思う。
2007/3/15(木) 午後 8:34 [ 豊橋の輪隣人 ]