弁護士阪口徳雄の自由発言

裁判・社会活動の中で感じたことを発言します

司法・裁判

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裁判官懇話会が解散したという。
以前に「自立する葦」で書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/abc5def6/folder/1417076.html?m=lc&p=2
これが現実となった。

1971年3月、宮本裁判官が再任拒否された。憲法を守るという「青年法律家協会」の裁判官部会に加盟していただけだったが、当時の自民党の圧力で、最高裁が自主規制をして、まじめな裁判官を裁判所から排除した。

ドイツでは、若い裁判官が、この時代に、古い戦前・戦後の司法改革に取り組み、司法が民主化された。国家から独立した司法=裁判官集団が作られ、生まれた。この集団がドイツ、フランスなどの西欧の戦後の司法改革を担った。

当時ドイツでは、政権が交代するなど、戦後の古い政治が変わろうとしていた。これと司法が連動した。

日本では、古い体質の政党が政権を握っていた。政権交代が出来なかった。
その結果、最高裁裁判官が政府=自民党から任命され、これらの古い裁判官が、最高裁を牛耳った。

憲法を守る裁判官とは何事か!?
時の権力に忠実な裁判官でなければならない!?

このような自民党、最高裁が一体となって、憲法を守る若い裁判官の追放に動いた。
この結果が上記宮本裁判官の再任拒否だった。

このような最高裁の動きに対して、抗議した裁判官が全国で600名以上が賛同して、裁判官懇話会が結成された。若い裁判官や弁護士には無縁の裁判官の団体だが、中高年の裁判官や弁護士には、当時の司法への期待の星だった。

その後に裁判官懇話会が、実務的な問題で、ジックリ研究集団として活動した。
ところが、当時の最高裁事務局は、世間が狭いというか、自民党にゴマスリと言うか、これらの日本の司法を担うべき良心的裁判官を差別し始めた。僻地へ飛ばす。給料を上げない。裁判長に指名しない
などの嫌がらせを行なった。

物言えば唇寒しという裁判所の冬の時代を迎えた。
この結果、懇話会の裁判官の集まりに参加する裁判官が少なくなった。

それでもこれらの裁判官達が、少数だったが、日本の司法の良心を支えた。
この冬の時代が25年以上続いた。これらの不公平人事や、差別の結果、懇話会に参加する人達が減ってきた。

憲法を守る判決が出なくなった。政府=自民党=行政に迎合判決が続いた。

このような、元気のない司法では、司法の役割を果たしていないという批判がでて、司法改革が行なわれた。

その結果、裁判官が比較的に自由に発言し、自由に政府の政策を批判する判決をする時代にやっとなりつつある時代にはいった。(未だドイツなどに比べ極めて少ないが)

他方でこの改革の中で、裁判官懇話会の存立基盤がなくなりつつあった。

このような時代背景の中で、懇話会が解散するという。

懇話会で活躍された裁判官達は今は大半は定年、中途退官している。
しかし、この苦しい司法の中で、懇話会を守り育てた裁判官達には頭が下がる。
貴方方が日本の司法を支え、良心だったと。

若い裁判官達、弁護士達も、この先人達の苦労と努力を少しでも学び、今後の日本の司法に生かして欲しい。

それにしても、ドイツと比べ政権交代がない国家の司法は、結局国民が被害者だということを証明している。
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司法改革の先駆け、全国裁判官懇話会が35年の歴史に幕
2007年04月07日19時07分

 裁判官有志が集まり、あるべき司法の姿を議論してきた全国裁判官懇話会が、35年間の歴史にひっそりと幕を下ろした。裁判所の人事制度の透明化を訴え、訴訟運営をめぐる先進的な研究にも取り組んだが、世話人を務めていた石塚章夫・前新潟家裁所長(63)が3月に退官し、運営を引き継ぐ若手がいなくなった。


全国裁判官懇話会の活動を記録した本「自立する葦(あし)」を手に、歩みを振り返る石塚章夫・前新潟家裁所長。
 懇話会は71年、「護憲」を掲げる青年法律家協会(青法協)所属の宮本康昭裁判官が最高裁に再任拒否されたことに抗議し、全国210人余の有志が東京に集まって裁判官の身分保障と独立について議論したのが始まりだ。

 司法修習生時代、判決内容についてとことん議論し、自由にものを言い合う空気に感銘して裁判官になった20代後半の石塚氏にも、懇話会は進歩的な取り組みと映り、「迷わず参加した」。

 懇話会はその後、2年に1度開かれてきた。歴代の世話人が全国2千数百人のすべての裁判官に案内状を送り、参加を呼び掛けた。取り調べの可視化や民事裁判の審理の適正・迅速を目指す「集中審理」の提唱など、司法の流れをつくる足跡を残してきた。

 「民事裁判での裁判官と弁護士の協働」「少年法改正」などを議論した。議論の成果が法律専門誌に載り、専門家の間で活動が評価される一方で、最高裁への抗議をきっかけに集まった懇話会に対する組織の風当たりは常に大きかった。石塚氏自ら、上司に「人事上の不利益」を示唆され、長く地方勤務が続いた。

 それでも活動を続けてきたのは「憲法でうたわれた『良心に従い独立してその職権を行う』という裁判官としての原点を確認できる場だ」との思いがあったからだ。

 司法改革の中、裁判所は今、自ら「開かれた裁判所」をアピールする。懇話会が主張してきた人事・再任制度の透明化も実現した。「以前より風通しが良くなったが、個々の裁判官が本当に独立し、法と良心のみに従って判断できているかどうか……」。組織の意向を自然にくみ取る裁判官が増えていないかと石塚氏は心配する。

 だが、希望も持っている。世話人の引き受け手は結局現れなかったが、最後となった昨年11月の懇話会には約70人が参加し、中には判事になりたての30代の若手もいた。

 「懇話会が訴えた『自主・自立・独立』の精神は、組織の中に根を下ろしている」と信じる。

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昨年亡くなった元最高裁事務総長矢口洪一が草葉の陰でどのように感慨に浸っているのでしょうか?司法行政の巨人は、司法官僚統制の総仕上げの結果に過ぎないと思うのか?現在の最高裁調査官は若手が任命されているようなので、ポスト宮本世代は統制されていることに違和感が少なく、冒険を避け、より体制に沿った判例調査、研究調査をしているんだろうなあと想像します。

2007/4/11(水) 午後 0:07 [ 豊橋の輪隣人 ]

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