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≪異色判事:安原さん定年退官 第二の法律家人生スタート、赤ひげ弁護士に≫
裁判官ネットワークの代表であった安原元裁判官が、退官して「赤ひげ弁護士」になった。刑罰としてボランテイァ活動を以前に命じた裁判官でも有名。
本来なら、最高裁の裁判官に選ばれるべき法律家である。弁護士からみて最高裁判事に一番なってほしい人だった。10年か15年あとなら、きっと最高裁の判事に推薦されたであろう。
現在の閉鎖的な最高裁、それを支持する自民党政権ではこのような柔軟な裁判官を最高裁判事には推薦しない。それは日本の司法いや、国民にとって実に不幸なこと。
裁判官ネットワークは日本の裁判官の中で、唯一開かれた司法を目指す裁判官のグループ。http://www.j-j-n.com
なお刑罰でボランテイァを命じることについては意見が分かれる。
私は賛成。以前『刑罰としての社会奉仕命令(司法・裁判9)」で意見を書いた。
http://blogs.yahoo.co.jp/abc5def6/39763987.html
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異色判事:安原さん定年退官 第二の法律家人生スタート、赤ひげ弁護士に
新たに弁護士として再出発した安原浩元判事=兵庫県芦屋市内で 「開かれた司法」を目指して外部に発言する判事の団体「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーで、被告人にボランティア活動をさせるなど独特の訴訟指揮で注目を集めた異色判事、安原浩さん(65)が定年退官し、兵庫県芦屋市内で弁護士として活動を始めた。元判事として同ネットの活動も続け、裁判員制度など司法制度への発言を続ける意欲を示す一方、「ホームレス支援など困った人の手助けをしたい」と第二の法律家人生に向けて一歩を踏み出した。
(略)
安原さんが注目を集めたのは、神戸地裁姫路支部時代の96年。執行猶予中に無免許運転をした被告に対し、ボランティア活動をするよう提案し、実刑を免除した。大津地裁時代の00年には、銃刀法違反事件で出頭した被告について、目撃証言の食い違いを受けて結審後に審理を再開した。事件処理の速度が重要視される中、合理的疑問を残さず、誰もが納得できるまで徹底して審理する訴訟指揮の姿勢で知られた。
安原さんは99年、ネットワークを結成。報道機関の取材に応じ、市民団体の開くシンポジウムにも数多く出席した。従来の「物言わぬ裁判官」像を覆す存在で、職場での風当たりが強い時期もあったといい、「(裁判官を)早く辞めてほしいという雰囲気を感じていた」と苦笑する。
(略)
今後は元判事の立場から「現状は裁判官も有罪慣れしきっている。一般からの視点を取り入れることで冤罪(えんざい)を防ぐことにつながる」と、裁判員制度の意義を外部に訴え続ける一方、これまで表立ってしにくかったホームレスの支援や貧困が背景にある刑事事件まで、社会の底辺にかかわる弁護士を目指すつもりだ。
事務所を構えたのは、高級住宅地が多い芦屋市では小さな商店の並ぶ庶民的な街、阪神電鉄打出駅周辺。古いマンションの1室にある6畳ほどの事務所で、安原さんは「困った人を手助けする昔ながらの弁護士をしたい。街角の“赤ひげ弁護士”になりたい」と熱っぽく語った。【日野行介】
毎日新聞 2009年1月29日 大阪夕刊
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