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1/25日の読売新聞夕刊、日経新聞夕刊の社会面に同じ内容の誤報があった。1/26朝刊で同じように両紙に訂正記事がされた。
誤報の内容は『検察が押収した石川議員の手帳に、水谷建設幹部が5000万円を支払った日(2004年10月15日)にホテル名が記載されていた。これは石川議員が水谷建設幹部と面談した裏付け』という趣旨の内容である。
読売新聞も日経新聞も同じ内容の誤報である以上、別々の取材の結果、両紙が同じ間違いをすることは普通はあり得ない。同じ取材源であることはほぼ確実であろう。
誤報である以上、両紙の記者は、押収された手帳の現物はもちろんそのコピーも見ていない。
誰かの記憶に基づく証言を記事にしたのであろう。
この取材源が民間の私人の記憶に基づく証言なら、おそらく普通の経験のある記者なら記事を書かない。両紙の記者が同じように記事を書くことも普通はあり得ない。
仮に私人の記憶に基づく証言で記事を書いてもデスクで、ボツにされる。
ところが、両紙の記者が同じ記事を書き、同じく両紙のデスクでも同じようにパスしたということは、かなり≪信頼のおける取材源≫であったのであろう。
≪信頼のおける取材源≫とは、押収された手帳をみることができる立場の人間か、又はその押収手帳の記載内容の報告を受ける公的な立場の人間であったからこそ、両紙の記者が間違いがないと誤信し、記事にしたとしか考えられない。同時に両紙のデスクも信用したのであろう。
しかし、≪信頼のおける取材源≫が実は記憶違いをしていたのである。
2005年4月手帳の『ホテル名』の記載事実を、2004年10月手帳と記憶違いをしていたのである。
読売新聞、日経新聞の夕刊の社会面にデカデカと『2004年10月の手帳にホテル名』と報道した。
ところが、正確に手帳内容を知る者はビックリして、その情報を提供した者か誰かに、両紙の記事が間違いであることを知らせ、その間違いがどのような経過は不明であるが、両記者に伝わった。
その結果、両紙は翌日の朝刊に『訂正記事』を同じように書いた。
もし取材源が民間の私人なら、記憶に基づき証言している以上、簡単には間違いを認めない。
最大の問題は≪手帳は2005年4月にホテル名が記載されている≫という訂正記事である。この訂正に至っては、押収した手帳を見れる者でしか判らない事実である。
訂正情報の提供者が検察のリーク説が濃厚になる所以である。
同じ取材源で、≪信頼のおける取材源≫であるから同じ記事を書き、訂正の情報も、≪信頼のおける取材源≫だからこそ、同じように訂正したと推定される。
読売新聞は『石川議員関係者の取材に基づく』と訂正をしているが、本当かどうか極めて疑わしい。
それなら、何故、石川議員関係者の『口先証言=ガセネタ』を鵜吞みにしたのか、そしてどうして,まもなく『ガセネタ』であることが判明したのか、しかも、私人では判らない、≪2005年4月手帳にホテル名が記載されている事実≫がどうして判ったのか、を詳細に検証して読者等に報告すべきである。
それをしない以上、上記のような≪信頼のおける取材源=検察の情報説≫を否定できない。
どちらにしても、誤報であったのであるから、読売新聞も日経新聞も、どのような経過で、同じ間違いを犯したのかキチント検証して、両読者に真実を報告べきであろう。
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