弁護士阪口徳雄の自由発言

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≪福島原発による原子力損害のうち『風評被害』は今後大きな争点となるだろう。過去の判例をこの機会に整理した≫
1 「風評被害」はどうして起こるか
判例にみる原子力被害(敦賀原発、東海村原発事件)に関する『風評被害』は、次のような順序で発生した。
   原子力事業者が原発事故を起こす。
   国や自治体が一定の指示、勧告などを国民・消費者等に行う
   事故の内容や、国等の取った行動をマスコミが広く、大量に報道する。
   国等の指示、勧告や報道を知った流通業者が「消費者は買わない」と想定して取引拒絶、返品、ひいては買控えの行動にでる。
   その結果、国等の指示、勧告やマスコミで報道された商品=販売物が損害を受ける。
   本来の事故に関する安全宣言がなされても、それ以降、相当の期間、その商品=販売物の買い控えが継続する。
   同時に、国等の指示、勧告等やマスコミに報道された以外の付近の地域や商品=販売物まで消費者は『風評』によって買い控えする
   その結果、それらを販売していた事業者は大きな損害を受ける。 
一般的な損害賠償事件と異なるのは、①の事件発生と⑤⑧の損害の間に②又は③及び④の第3者が介在し、その上⑥⑦の一般の消費者の心理が介在する点である。なお①②の行為により⑤の結果だけの場合は風評被害と言わずいわば「真正被害」である。
 
2 敦賀原発廃液漏えい事件(名古屋高裁金沢支部・H1.5.17)
()この事件の概要は
  日本原子力発電(株)の事業所内でコバルト60を含む放射性物質の流出事故がありその一部が一般排水路から海へ排出された。しかもそれを秘密にしていた。それが発覚し、
S56.4.18に通産省から公表され、マスコミに大きく報道された。
②4月19日から順次名古屋、東京、大阪等の卸売市場が敦賀産をはじめ福井県産の魚介類の集荷自粛を始めた。
③他方、4月19日、敦賀市が安全宣言を行い、4月20日福井県も安全宣言をした
④4月23日県外の卸売市場の自粛は解除された。
⑤その後も、敦賀産魚介類の価格の暴落、取引量の低迷、敦賀湾一帯の観光地での旅館、民宿の予約キャンセルが相次いだ。
()原告=控訴人らの請求内容は
原告ら(魚介類の仲買業者ら4名)は、主に金沢港の魚市場で仕入れ、それを主に敦賀魚市場等に卸すことを主な業者であったが4/18から8/末までの間、大幅な売り上げ減少が生じた。その減少額に利益率を乗じた金額を損害額等として4社で合計528万円余の損害賠償を請求した。
()判決内容は原告の請求棄却。その理由は
  ①「本件事故により漏洩した放射能による汚染区域は浦底湾内に限られしかも魚介類についてはわずかにホンダワラ・・・・サザエに検出されたにすぎず、その他の魚介類には検出されず、仮にこれを毎日食べても人体に影響がないほど極めて微量であって結局本件事故によって敦賀湾でとれた魚介類には殆ど影響がなく、従って当然に金沢産魚介類は無影響であったと認めるのが相当である」
②「本件事故の発生とその公表及び報道を契機として、敦賀湾の魚介類の価格が暴落し、取引量の低迷する現象が生じたものであるところ、敦賀湾内の浦底湾に放射能漏れが生じた場合、漏出量が数値的には安全でその旨公的発表がなされても、消費者が危険性を懸念し、敦賀湾産の魚介類を敬遠したくなる心理は、一般に是認でき、したがって、それによる敦賀湾周辺の魚介類の売上減少による関係業者の損害は、一定限度で事故と相当因果関係ある損害というべきである」
   ③「敦賀における消費者が、敦賀湾から遠く離れ、放射能汚染が全く考えられない金沢産の魚まで敬遠し、更にはもっと遠隔の物も食べたくないということになると、かかる心理状態は、一般には是認できるものではなく、事故を契機とする消費者の心情的な判断の結果であり、事故の直接の結果とは認め難い」
   ④「上記控訴人らの売上高が本件事故後減少したとしても、消費者の個別的心理状態が介在した結果であり、しかも、安全であっても食べないといった、極めて主観的な心理状態であって、同一条件のもので、常に同様の状態になるとは言い難く、また一般的に予見可能性があったともいえない。すると、本件浦底湾における人体に影響のない微量の放射能漏れと敦賀の消費者の金沢産魚介類の買い控えとの間には、相当因果関係はないというべきである」
() この判決の評価
 ①この判決は理論的には敦賀湾内の魚介類については風評被害を肯定している。『敦賀湾内の浦底湾に放射能漏れが生じた場合、漏出量が数値的には安全でその旨公的発表がなされても、消費者が危険性を懸念し、敦賀湾産の魚介類を敬遠したくなる心理は、一般に是認でき、したがって、それによる敦賀湾周辺の魚介類の売上減少による関係業者の損害は、一定限度で事故と相当因果関係ある損害というべきである』これは正しい。  
 ②この判決は消費者の心理状態を誤解している
 イ『敦賀における消費者が、敦賀湾から遠く離れ、放射能汚染が全く考えられない金沢産の魚まで敬遠し、更にはもっと遠隔の物も食べたくないということになると、かかる心理状態は、一般には是認できるものではなく、事故を契機とする消費者の心情的な判断の結果であり、事故の直接の結果とは認め難い』
   『売上高が本件事故後減少したとしても、消費者の個別的心理状態が介在した結果であり、しかも、安全であっても食べないといった、極めて主観的な心理状態であって、同一条件のもので、常に同様の状態になるとは言い難く・・・・』と認定した。
   ロ しかし、消費者が、本判決の『放射能汚染が全く考えられない金沢産の魚』というような事実を知ってでも、買い控えしているとは思われない。一般的に消費者は必ずしも敦賀原発事故に判決に関与する裁判官ほど正確な情報を入手して行動するわけでもない。行政機関からの 安全宣言がなされても、その情報を正確に入手するとは限らないし、その安全宣言なるものを信用できるかどうかの情報も持ち得ない。『安全でないから買わない』のではなく『安全でなさなそうだから買わない』又は『安全かどうか判らないから買わない』という心理過程を経て購入を控えるのである。このような『心理状態は一般に是認できない』のではなく『一般的に是認できる消費者の心理状態』である。
      本判決の想定している消費者とは情報をほぼ正確に入手し、理性的な消費者像である。本件判決はこの点に関して消費者の一般行動を誤解している
3 東海村JCO臨界事故(東京地裁・H18.4.19)
(1)事実の概要
   平成11年9月30日、東海村において臨界事故が発生した。東海事業所周辺では4.5ミリシーベルト/毎時中性子線が測定され、土壌、ダスト、ヨモギ等からセシウム137・・・ヨウ素131等が検出された。従業員の2名が死亡する等して、半径350㎡以内の付近の住民に退避勧告をし、10㎞圏内の住民には屋内待避勧告をした。本件事故は我が国初めての臨界事故であり、情報が被告会社から関係機関への通報の遅れたことも加わり、マスコミには大きく連日報道した。原告会社は事故現場から約9キロメートル離れた場所に本社、工場を有していた納豆の製造・販売する業者であったが、この報道と同時に、取引先から納豆製品の取引停止等を受け、その後も風評損害により事故後2年分の営業利益、銀行からの借入金の利息相当の損害金、慰謝料なども含めて、合計約15億9577万円余の請求をした。他方会社は仮払い金2億1300万円の反訴請求。
(2)結論
   原告の請求は棄却。
   但し、納豆業者の損害があったが、2億1300万円をJCOから仮払金として、受け取っているので、納豆業者の損害と仮払金との差である3112万円の返却が逆に命ぜられた。
(3)理由
   ①即時損害(廃棄分相当)
平成11年10月1日、取引先から拒絶され、それを廃棄した分2,564,763円。これについては、『本件臨界事故に伴い、納豆製品の安全性を懸念する消費者、販売店の心理は一般に是認できる』として取引拒絶、返品損害はこれを全額認めた。
   ②営業損失
    経験則上、風評被害については、一般に、事故直後に最も強く事故  の影響を受け、その後、正確な情報が伝えられるのに伴って、徐々  に終息していくものと考えられる、として、平成11年10月から  平成12年2月分までの5ヶ月間を風評損害として認定した。但し  この5カ月間の売上減少額は最大値であった平成11年10月の2  分の1が相当と認定し、その額に5カ月分を乗じて、それに営業利  益率を乗じた結果3915万円余が損害と認定。
   ③慰謝料 500万円   
   ④テレビコマーシャル料支払い済による中止分 支払った2億658  万余の半分である1億3290万円が損害
  ⑤合計 金1億7961万円余を本件臨界事故による相当因果関係ある損害と認定した。
    ⑥ 納豆業者の損害が1億3290万余あったが、2億1300万円をJCOから仮払金として、受け取っているので、納豆業者の損害と仮払金との差である3112万円の返却が逆に命ぜられた。
 ()本判決の評価
①JCO事件に関して原子力損害賠償紛争審査会が風評被害が安全宣言   後2カ月だけ認めるという意見書(注1)があり、本判決以前の風評被害   は最高2カ月という判例(注2)があったがそれ以外の判例(注3)は風評   被害を肯定しなかったことからすると風評被害を5カ月と認めた点、   および納豆という財産の被害であるにも関わらず慰謝料として500   万円を認定したことは評価できる。
②しかし納豆は、日本人の食生活に米などのような無くてはならない食品ではなく、且つ同じような商品を作る競争業者が多数あり、代替可能商品である商品の特性が考慮されず、このような商品が、一度マイナスイメージをもたれるとその回復には相当の時間がかかる「商品の特性と消費者の関係」があまり考慮されているとは思われない。2年間かかったという原告の主張が妥当かどうかは事実認定の問題もあり肯定すべきかどうは判らないが、風評被害が判決摘示の通り一般に、事故直後に最も強く事故の影響を受け、その後、正確な情報が伝えられるのに伴って、徐々に終息していくものと考えられる』ならば5カ月で突然終了するのではなく、その後も徐々に金額を逓減しながら被害を認定する方法もあったのではないか。
4 福島原発事故に関する風評被害と上記原発事件との比較
() 最大の違いは
①原子力災害対策特別法15条2項により内閣総理大臣が原子力緊急事態宣言をすることが同法により義務付けられ同3項により県及び市町村などに指示することが義務付けられ等原発事故とその指示との間に法的因果関係があることが明白であること。野菜、原乳などの農作物の出荷制限、作付制限などの指示も同法に基づく指示である以上、風評被害ではなく原子力被害そのものであること(JCO事件の場合は報道による流通業者の取引拒否とは異なる)
   仮に法15条に基づく指示がホウレンソウ等の一部農産物であっても、それ以外の農産物及び指示された地域以外のホウレンソウであっても福島県、茨城県などの『東北県』まで広範囲に及んでいること。
   ③一部農産物に関して安全宣言がなされたが、他方で今なお原子力非常  事態解除宣言(法15条4項)がなされていないこと。
 ()詳細は次回。
 (注1) JCOの平成12年3月29日の『原子力損害調査委員会』報告
(注2)東京地裁(平成18年2月27日判決。判例タイムズ1207号116P)同じ納豆業者の風評被害による請求
(注3) ①東京地裁(平成16年9月27日判決。判例時報1876号34P)
   ②東京高裁(平成17年9月21日判決。判例時報1914号95P)
   (本件臨界事故により販売土地価格が下落したという請求が否定さ   れたケース)
   東京地裁(平成18年1月26日判決。判例時報1951号95P)
(パチンコ店の風評被害による損害が否定されたケース)

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