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指定弁護士が小沢一郎議員を本日(1/31)東京地裁に公判請求をした。
その要旨は下記の通り。
この起訴状を見る限り、平成16年10月に土地を取得し、3億5千万円余のカネを払ったのに、何故翌年3月提出の陸山会の収支報告書に記載しなかったかが最大の争点となりそうだ。仮登記をしていることから単なる記載ミスでは裁判所を説得できない。農地法による問題ではないことは以前に指摘した。3億5千万円の現金を小沢議員が保管していたという事実を隠ぺいする為に、このような複雑な操作をしたというなら、これは有罪となろう。一部の評論家がいうように99%無罪となる事案ではなさそうだ。ただ、秘書と小沢議員との共謀も大きな争点となる.
秘書が有罪で小沢議員が「無罪」となるかどうか。さて小沢氏や秘書はどう弁明するのか。
登記の遅れは農地法の問題ではない
第1被疑者
小沢一郎こと小澤一郎(68歳)職業 国会議員
第2 公訴事実の要旨
被告人は
第1 自己の資金管理団体である陸山会の会計責任者であったA及び同人の職務を補佐する者であったBと共謀の上、平成17年3月31日ころ、東京都新宿区号所在の東京都選挙管理委員会において、
1 陸山会が、平成16年10月12日ころ、被告人から4億円の借入れをしたにもかかわらずこれを平成16年の収入として計上しないことにより、同年分の収支報告書の「本年の収入額」欄にこれが5億8002万4645円であった旨の虚偽の記入をし、
2 同会が、平成16年10月5日及び同月29日、土地取得費等として合計3億5261万6788円を支払ったにもかかわらずこれを同年の支出として計上しないことにより、真実の「支出総額」が4億7381万9519円であったのに同収支報告書の「支出総額」欄に3億5261万6788円過小の1億2120万2731円であった旨の虚偽の記入をし、
3 同会が、平成16年10月29日、東京都世田谷区深沢8丁目所在の土地2筆を取得したのにこれを同収支報告書に資産として記載をせず、
同収支報告書を同委員会を経て総務大臣に提出し、もって同収支報告書に虚偽の記入をし、記載すべき事項を記載しなかった。
第2 A及び同人の職務を補佐する者であったCと共謀の上、平成18年3月28日ころ、前記東京都選挙管理委員会において、
1 陸山会が、平成17年中に土地取得費等として合計3億5261万6788円を支払っていないにもかかわらずこれを同年の支出として計上することにより、真実の「支出総額」が3億2734万7401円であったのに同年分の収支報告書の「支出総額」欄に3億5261万6788円過大の6億7996万4189円であった旨の虚偽の記入をし、
2 同会が、前記土地2筆を取得したのは平成16年10月29日であるのに同収支報告書の「資産等の項目別内訳」の「年月日」欄に取得年月日が平成17年1月7日である旨の虚偽の記入をし、
同収支報告書を同委員会を経て総務大臣に提出し、もって同収支報告書に虚偽の記入をしたものである。
罪名及び罰条
政治資金規正法違反
第1 同法25条1項2号・3号、12条1項、刑法60条
第2 同法25条1項3号、12条1項、刑法60条
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政治とカネ
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政治とカネについて法律的に解説・コメントをします
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海部元総理の「政治とカネ」(新潮新書・714円)を読んだ。
この話、墓場まで……持っていくのはやめた」永田町激震! 元総理が全て書いた。「私は墓場まで持っていかない。隠し立てせずにありのままを書く」。冷戦終結、湾岸戦争、バブル崩壊……。時代の大きな転換点にあって、次々と押し寄せる難局に、首相としていかに立ち向かったのか。自民党、新進党、自由党で三度も組んだ小沢一郎とは何物なのか。政治の師・三木武夫元総理の遺志を継ぎ、クリーンな政治を目指して「金権」と闘い続けた五十年。戦後政治の光と影を知る、首相経験者による前代未聞の証言。
≪この話、墓場まで・・・・持っていくのやめた≫というこの本の見出しに、自民党の官房副長官、内閣総理大臣などを歴任しているので、もしかしたら官房機密費についても、少し位触れているかと思い、買って読んだが見事裏切られた。
官房機密費をそれなりに知っているはずであるが、そのことに関して一言の記載もない。単なる海部元総理の、自分は汚れる自民党の金権政治の中でそれなりに戦ったという自慢話というか「懺悔録」でしかない。
しかし、海部俊樹という自民党の国会議員⇒内閣総理大臣⇒自民党離党⇒新生党などの総理に担がれるが村山社会党・自民党の連合軍に敗れる⇒新進党(党首・小澤幹事長)⇒新進党党首を降りる(小澤党首)⇒新進党解党⇒自由党(最高顧問)⇒保守党(最高顧問)⇒自民党という国会議員の軌跡を知るには面白い。
自民党時代は海部は三木派に属し
≪1972年、三木氏が三度目の総裁選に挑んで敗れたとき、クリーンと謳われた三木さんだって、実際には各派に金を配った。使い走りをしたひとりがこの私で、何人もの議員が、私から金を受け取った。受領した人々が約束を守っていれば、三木氏の票はもっと伸びたはずだ≫
≪あの頃の自民党総裁選は、大枚が飛び交っていた。その総裁選に二度出馬した河本氏も例外ではなく、誠に恥ずかしい話だが、河本派代貸しの私も各派にカネを運んだのだ。嫌な仕事だったが、「政策を通すための潤滑油、必要悪」と割り切るしかなかった≫
≪政界では、「立たぬ札束」は端金と言われる。金は、三百万円積んではじめて「立つ」。三光汽船のオーナーだった河本氏は、「立つ金」を議 ≪一方、野党も野党でひどかった。 政界には「寝起こし賃」という隠語がある。「寝る」とは、審議を拒否すること。「寝ている」野党を「起こす」ためには、「寝起こし賃」が必要で、私が「賃渡し」を命じられたこともある。相手のメンツもあるから、忘れたふりをして置いてくるなど、賃渡しにはそれなりの芸が必要で、とにかく嫌な仕事だった≫
などと面白いといえば面白いが、これが自民党が政権を持つ時に出版されたのなら大ニュースであるが、今頃出版されたのでは、所詮、政権から落ちた没落する過去の自民党や消滅した社会党の裏の歴史でしかない。
本書の内容は一応は「自民党金権政治への批判=自分はそうではなかった」「首相時代の外交問題=読む価値が全くない」「小沢一郎について=これは面白い」の3つであるが、小沢批判だけは今の政権政党の影の実力者の裏話であるが故に読むと面白い。
小沢については、
自民党の総理就任時に「担ぐ神輿は、軽くてパーなヤツが一番いい」と小沢から揶揄されたことの恨みがあるのか、小沢を厳しく批判というか、罵倒してい ≪人の陣地に手を入れて、誘惑してその気にさせて、壊す。あの性癖は、死ぬまで治らないのではないか。業というか、あそこまでいくと、もう病いとしか言いようがない≫ ≪物事がまとまりかけると自分の存在価値が低くなるから潰す。潰すためには横車でも何でもゴリゴリ押して荒れるなら荒れるでよろしい。何かがチョット育つとゴツン、少し芽がでるとゴツンと叩く性癖のい壊し屋とう異名がつけられる≫
≪小沢一郎が新進党の党首だったころ、「小沢氏との確執で、党員たちが櫛の歯が抜けるように離党していった」「彼の問答無用のやり方、会議に出ないこと、密室政治、人を呼び出す傲慢さ、反対派への報復人事等が原因だった。思えば小沢氏ほど側近の出入りが激しい政治家もいない・・・つまり誰にとっても心の通い路を作れない相手なのだ≫
この苦い経験から、昨年総選挙の前に、民主党の新人議員達が≪抜けないように≫に500万円ずつ改革フォーラムのカネを配ったのかと疑いたくなる。
海部の小沢への評価だが、自民党、新進党、自由党で3度組んだ海部のエピソードであるがゆえに、興味深い。
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2009年8月、陸山会から小沢氏に近い民主党候補者89名に約500万円づつ配られた「改革フォーラム」名義の3.7億円の迂回献金の原資は本当は何か。
政治資金オンブズマンのメンバーが、改革フォーラム21の収支報告書を調査たした一覧表。http://homepage2.nifty.com/~matsuyama/
これを見ると、改革フォーラム21は、新生党等からの寄付を1994年(平成6年)12月に9億3千万円を受けた。
当時の 改革フォーラムが、翌年に繰越したカネが約9億47百万円。
不思議なことに、1995年(平成7年)の1年間の「預金利子」はわずか「126,076円」。当時の普通預金の金利から考えて預金していた金額は4000万円か5000万円前後。
1995年(平成7年)12月27日に金銭信託を9000万円しているので、それ以外の約8億円のカネは現金で誰かが金庫に保管していた計算になる。
しかも1996年(平成8年)以降は約7億円前後の繰越金が毎年、毎年あると記載されているのに「預金利子」名目の収入は当初は2008年(平成20年)までの13年間に1円も計上されていない。
(注)1件10万円未満の収入の記載が122円から数万円の記載があるが、この数字では繰越金の巨額さの預金の利子としてはあまりにも少ないので、これが利息とも言えないだろう
「預金利子」がないということは定期預金は勿論、普通預金もしていないと思われる。これは記載ミスとも思われない。何故なら1994年(平成6年)12月27日に9000万円の金銭信託がなされ、その配当金が翌年以降15万円から10万円前後が1999年(平成11年)までは1円単位まで記載されているからである。
(注)その金銭信託すらも何故か2000年1月〜2004年(平成16年)12月までは「資産」としてあったと記載されているが配当金がないというのも不思議である。
本当に「天下分け目の時に使う」というカネなら、この新生党の約7億円のカネは定期預金又は金銭信託でもして、少しでも利息を稼ぐようにするのは常識であるが、その形跡が当初の金銭信託の9000万円以外にない。
さらに、不思議なことに、東京地検特捜部が2009年3月に陸山会などに捜査に入ったあとである2008年の収支報告書(2009年3月26日報告)に突然りそな銀行に「預金利子」が『H20.2.9に487,265円、H20.8.9に490,605円合計977,870円』が計上された。
そして今年の3月29日に≪2007年の収支報告書≫にも「預金利息」が記載ミスとしてりそな銀行の利息が「H19.2.10に247,579円、H19.8.11に465,491円=713,070円」が突然訂正されている。
この訂正内容(預金利息)が本当かどうは不明だが、仮にその通りなら「平成19年.2.10に24万円余」の利息額から見て、2006年(平成18年)の秋〜年末ごろに預金された可能性が高い。
どちらにしても、約7億円のカネを1994年12月以降13年間、誰がが、どこかに保管するか又は実際は費消した可能性が高い。
『天下分け目の時、選挙資金に使う』カネなら、直ちに必要のない巨額のカネを長々と金庫に保管するバカはいないだろう。
以上の事実からすれば、改革フォーラムのカネの繰越金名目の巨額のカネはとっくに誰かがヤミで使うか、運用するなどをしていたと考えるのが常識。
そして、2006年(平成18年)中に、ゼネコンの裏カネか、政党の組織活動費か、ハタマタ改革フォーラムの「運用されていた」隠れたカネかは不明だが、改革フォーラムの「預金利子=金724,488円」に相当する巨額のカネが入金されたのであろうと考えるのが筋である。
もし、ゼネコンの裏カネか、政党の組織活動費を充当していたとすれば、立派なマネーロンダリング。
この胡散臭いカネが昨年7月に陸山会に『迂回献金』され、小沢氏に近い候補者達に500万円づつ配られた。貰った議員達も、この「改革フォーラム」名義のカネの原資に疑いを持つべきである。
この3.7億円の原資を巡る疑惑の解明と今回の迂回献金を規正法22条違反で告発しようとの声がメンバーから上がってきている。
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≪小澤元幹事長の関係する政党の解散劇にみる不透明なカネの実態≫
2009年7月26日に「改革フォーラム21」旧新生党資金3.7億円が⇒「民主党岩手県第4区総支部」(支部長小沢一郎)⇒陸山会(代表小沢一郎)へ寄付されたという。
民主党岩手県第4区総支部の収支報告書の14頁に改革フォーラムからの寄付が記載され、47頁に陸山会に翌日寄付した内容の記載あり。
何のことはない、自民党がよく利用した迂回献金そのもの。
政治資金規正法22条で「一般の政治団体」の寄附は、政党等以外の政治団体に対して5000万円を超える寄付は禁止された。この寄付をする側も、貰う側も1年以下の禁固又は50万円以下の罰金に処せられる。
れっきとした犯罪。 「改革フォーラム21」は一般の政治団体。この政治団体が陸山会という政治団体に5000万円以上の寄付は上記22条に抵触する。そこで、この中間に『政党支部』を介在させ、規正法22条を脱法した可能性が高い。
脱法とは法を潜脱することをいう。形式的、表面的には違法ではないが、ある種の操作をすることにより、法の適用を免れ、しかし実質的には違法行為を行ったと同じ効果を行うことを言う。
しかし、脱法は時には違法になり摘発される場合もある。そのようなある種の操作をすることを、最初から、関係者が共謀、意図して行動している場合である。
「改革フォーラム21」は1993年、自民党時代の羽田、小沢氏らの政策グループの政治団体として発足。 小沢氏らが1993年6月に新生党を設立した後も存続し、同党が1994年12月に解散して旧新進党に移行したあと、新生党や同党支部から総額約9億2500万円の寄付を受けた。
その後、95年に約2億6000万円を支出した以外は、 資金の出入りはほぼ毎年数10万円〜数百万円で推移した。
「改革フォーラム21」には2008年末には約6億9000万円が残っている。同政治団体の2008年度収支報告書にその旨の記載がある。
「改革フォーラム21」の今回の3.7億円の「民主党岩手県第4区総支部」への寄付の決定は小沢議員が関与しておれば、「民主党岩手県第4区総支部」は小沢氏が形式的にも実質的にも支配する支部であり、翌日、陸山会に同額寄付をしている以上、支部への寄付行為を「意図的に介在」させただけであり、法22条に違反する確率は極めて高い。
ところで、小沢氏が関与する政党の解散劇を巡る中での政党が集めたカネは最後は極めて不透明になっている。
新生党の解散に伴う上記9億円のカネが、小沢議員が実質支配する「改革フォーラム21」に流れている。このカネが今回の3.7億円。
「改革国民会議」は、もとは小沢氏が率いた自由党の政治資金団体であり、同党が民主党との合併に伴い解党した2003年(平成15年)9月26日、自由党から党の資金計約13億円の寄付がなされた。この中には、同党が国から受け取った約5億6000万円の政党交付金が含まれているという。
ところが、この改革国民会議は小沢氏が塾長を務める「小沢一郎政治塾」のカネを負担している。実態は小沢議員のサイフになっている。
改革国民会議の収支報告書参照
小沢氏が党首を務めた自由党が2002年(平成14年)、党の幹事長だった藤井裕久前財務相個人に「組織対策費」名目で支出したことになっていた15億円余の資金は、報道によると藤井氏は知らないという。
政治資金オンブズマンがこのカネについて質問したが、関係者からは未だに何も回答がない。
ところが、一部の報道によると、このカネが、2004年(平成16年)10月に『改革フォーラム21』の複数の口座に入金され、ある時期まで保管され、そのあと全額が引き出されたとの報道もある。
小沢氏が関係する政党の解散劇は、政党は解散して消滅するが、政党が集めたカネは、同人が支配する政治団体に『横流し』されている印象を持つ。
関係する国会議員に市民団体が質問状を送付しても、ダンマリを決め込んで、何も回答しない。
今回の「改革フォーラム21」の迂回献金を告発すれば、解散劇の裏にある政党の巨額のカネの一端を明らかにする可能性が大。
3.7億円を受けた、陸山会の2009年度の収支報告書を見たいものだ。
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≪小澤氏側の本登記の遅れは農地の問題ではない(2)≫
1 農地に関する所有権移転登記に関する法例
(1)本件問題の土地について2004年10月5日に売買予約契約を締結し、同年10月29日に売買請求権の予約登記をなし、2005年1月7日に土地の所有権の移転の本登記がなされた。小澤氏と『T』株式会社との農地の売買契約が、本件土地が農地であったので、農地法の制限即ち農業委員会の許可か届出の為にやむを得ず遅れたかどうかが問題。私は農地法の制限ではないという見解。これに対して、あれこれの批判があるので、再度説明をする。
(2) 農地法5条1項但し書6号では、市街化農地の転用目的の所有権の移転登記は、農業委員会の許可は不要で農業委員会への届出で足りることは以前に指摘した。以下、この届出に関する農地法、施行令、規則の規定を引用する
イ、(農地法)
第5条 農地を農地以外のものにするため・・・・・・、これらの土地について第3条第1項本文に掲げる権利を・・・移転する場合には、政令で定めるところにより、当事者が都道府県知事の許可を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
一 〜五 (略)
六 前条第一項第七号に規定する市街化区域内にある農地・・・政令で定めるところによりあらかじめ農業委員会に届け出て、農地・・・以外のものにするためこれらの権利を取得する場合
ロ (政令=農地法施行令)
2 農業委員会は、前項の規定により届出書の提出があつた場合において、当該届出を受理したときはその旨を、当該届出を受理しなかつたときはその旨及びその理由を、遅滞なく、当該届出をした者に書面で通知しなければならない。
ハ (農林水産省令=農地法施行規則)
(市街化区域内の農地・・・の転用のための権利移動の届出)
2 (略)
一 第31条各号に掲げる事項
二 届出に係る権利の種類及び設定又は移転の別
一 届出者の氏名及び住所(法人にあつては、名称、主たる事務所の所在地及び代表者の氏名)
二 土地の所在、地番、地目及び面積
三 届出書が到達した日及びその日に届出の効力が生じた旨
四 届出に係る転用の目的
(3) 以上の条文を整理すると次のような流れになる
① 市街化農地の売買の場合は農業委員会の許可は不要で、農業委員会に届出で足りる(農地法5条1項6号、令17条1項)
② この届出は売主と買主が連署(規則50条1項)の上、規則51条記載に事項を記載(規則51条)して農業委員会に届ける。
③ 農業委員会は一定の事項を調査する。
④ 問題がなければ規則52条が引用する規則31条の事項(①売主と買主②土地の所在、地目、地番、地積③届出書が農業委員会に到達した日、及びその日に届出の効力が生じた旨④転用の目的)が記載された書面を届出者に通知される(令17条2項)
(4) 受理通知書の意味
上記届出書は売主、買主が連署の上農業委員会に届出し、受理通知書が出された場合はその届出書が農業委員会に到達した日に、法的には転用許可に代わる効力があったことになり、受理通知書を法務局に持参すれば、農地法上の売主から買主への所有権の移転登記が可能となる。(もちろん普通の宅地の移転登記に必要な委任状、印鑑証明、権利書などは必要なことは言うまでもない)
28番の土地を分筆した7筆は全て農地のままで所有権移転登記ができていることから、その土地の地目が農地から宅地の変更とは連動しないことも明白。実測面積と公簿面積との違いも無関係。
(5) 届出書の提出から受理通知書が届くまでの期間
これは、農業委員会の許可と違い、売主、買主が連署の上、農業委員会に提出してからほぼ1週間から10日前後であると言われている。
ヤフーから『市街化農地、農業委員会 届出 受理通知』で検索すれば、ほぼ上記の期間がヒットする。なお八千代市などの自治体は2日でOKという。
福岡市の場合は以前に紹介した
(6) 小沢氏への農地2筆の売主の「T」株式会社は、同じ地番の土地を分筆して2004年10月5日以前にも、同じ世田谷農業委員会に4筆の所有権の移転登記をなしている実績を有する売主であるので、10月5日に予約契約をしたのなら、契約と同時に届出に必要な書類を準備でき、直ちに農業委員会へ提出できるはずである。
通常のケースでは、10月29日の時には、農業委員会からの受理通知書はとっくに届いているはずである。
しかも、買主である小澤氏が10月29日に土地代金3億4264万円を全額支払い、登記簿の根抵当権が抹消されていることからすれば本登記が2005年1月7日になることは一般的には農地法の制限ではあり得ない。すくなくても、売買土地が農地だから、本登記が遅れたという理由は不存在である。
2 では何故、本登記が遅れたのか
(1) 考えられる本登記の遅れの原因は
① 農業委員会からの受理通知書は2004年10月29日までにあったが、双方の合意で本登記を2007年1月7日と契約したことが考えられる。2カ月あまり本登記が遅れるので、買主側は順位保全の仮登記をしたと考えるのが一般的。
土地代金全額を払った上で、本登記をいつにするかは当事者の契約自由が支配するところで、お互いの契約で決めれば良い。この場合に、契約土地代金全額を小澤氏側が払ったという報道が事実ならば、売主側が本登記を伸ばして欲しいということは普通はありえず、むしろ買主側の都合の場合が多い。
この理由が問われている。
② 農業委員会への売主、買主の連署の届出が、何らかの事情で2004年12月末ごろになり、受理通知書が2005年1月初めに到達したので、それから本登記申請したということも考えられる。この場合に2004年10月5日以降に法5条1項6号の届出ができるのに、何故遅れたかの理由の説明が必要である。一般的にはあり得ないだろう。
③ T株式会社と小澤氏が2004年10月5日以降、届出の書類を世田谷農業委員会に提出したが、同委員会から、受理通知が2004年12月末か2005年1月初めまで遅れたという特別事情も一応考えられる。それなら、それと説明すれば良く、ソモソモ事件になりはしない。農業委員会の第3者の客観的な証拠があるからである。杜撰な特捜部であると言われているが、この弁明を認めないほどお粗末ではないだろう。
(2) 以上の事実は小澤氏側とT株式会社との間で一般的に考えられる事実で推測の域をでない。もっと別の理由があるかも知れない。
どちらにしても、小澤氏側が、世田谷農業委員会に法5条1項6号の届出書を連署して提出しているし、かつ農業委員会からの受理通知書のコピーがあるはずだからこれを開示すれば、何があったか一番早く判る。しかし、何故か、その説明がない。
3 売買対象土地が農地だけでは説明できない理由である。
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