弁護士阪口徳雄の自由発言

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≪東京地検:政治、経済システム腐らす事件暴く…特捜部長≫

これは心から歓迎したい東京地検の特捜部長のコメントである。

どちらかというと東京地検の特捜部は、政治・経済の根幹にかかる事件は≪適当に逃げ≫てきた印象が強い。

暴いても、政治・経済には少ししか影響しない≪小さい事件≫≪普通の事件≫は結構、暴いてきた(それはそれで多いに効果があったが)

橋梁談合などの談合罪も遅まきながら、やっと摘発し始めた。しかし談合=日本の古い体質が、終焉に近づいたときだった。

ホリエモンなどの有価証券虚偽記載罪も東京地検によって摘発された。これで粉飾決算に対する世間の厳しい批判を呼び起こす効果が多いにあったが、所詮、成り上がりの傍流財界人だった。

しかし、政治資金オンブズマンが告発した、自民党の巨額の金の行方がどこに消えたのか判らない≪組織活動費告発事件≫は不起訴になった。

告発状
http://homepage2.nifty.com/~matsuyama/006.html

そのあと、業界と族議員の癒着を示すKSDの自民党党費立替問題や自民党国民協会を通じた自民党国会議員への迂回献金も結局のところ、うやむやになった。

告発状
http://kabuombu.sakura.ne.jp/archives/010716.htm

そのお蔭で、石原慎太郎の息子のもと国土交通大臣なども無罪放免となった。

歯科医師会と厚生労働族の中心の橋本元総理の1億円問題も不起訴になった。しかも検察審査会の起訴相当の決議がでたにも関わらず、不起訴とした。
http://homepage2.nifty.com/~matsuyama/0050.html

そのとばっちりで、村岡何某が「晴天の霹靂」とかで起訴された。

何とか還元水とかの松岡国会議員の政治とカネは本人が死亡した事実があったが、これもうやむやになった。
http://homepage2.nifty.com/~matsuyama/matsuoka/matsuoka_kokuhatsujou.html

政治家のカネの腐敗、財界(業界)と政治家の癒着、官僚の天下りなどを巡る腐敗と汚職・・・・・・・・などは、今なお放置されている感じを持つ。

そのような時に特捜部長が≪放っておけば、政治、経済システム腐らす事件を暴く≫という発言に勇気づけられ、多いに期待したい。

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東京地検:政治、経済システム腐らす事件暴く…特捜部長。

就任会見する佐久間達哉新特捜部長=東京・霞が関で2008年7月14日午後4時29分、長谷川直亮撮影 東京地検特捜部長に就任した佐久間達哉氏(51)が14日会見し「放っておけば政治、経済のシステムを腐らせる事件を暴きたい」と抱負を述べた。佐久間氏は83年任官。法務省刑事課長、東京地検の特捜部副部長や総務部長を歴任した。特捜部は通算約4年在籍し、今回が4回目。「最後の特捜部勤務なので悔いのないようにやりたい」と語った。

 取り調べの適正化については「真実を明らかにする取り調べの重要性は変わらない。後ろ指をさされない取り調べで、被疑者、参考人に話してもらう検事の力量が必要だ」と話した。【岩佐淳士】

日本裁判官ネットワークのHP6月号に
http://www.j-j-n.com:80/

● ある死刑囚に関する随想

が掲載されている。

ある検事が自ら取り調べた被告人で、死刑判決となり、その後、死刑執行まで『交流』した壮絶な随想である。

どのような極悪非道の被告人でも、年月の経過により、死刑判決を維持すべきかどうか、社会に問う体験である。死刑判決について考える貴重な資料にもなる。

ぜひ一読されたい。
http://www.j-j-n.com:80/

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● ある死刑囚に関する随想

 死刑問題については種々論議があるが、このような死刑囚もいた、社会の片隅にこういう人生もあった、ということを知っていただきたくて、私の検事時代の経験で、大分以前の古い話であるが、三八歳で死刑の執行を受けたH君のことを記してみたい。

 同君の犯した事件は、結婚式の資金欲しさから洋品店の夫妻両名を殺害し金銭を奪取しようとしたものであり、当時の新聞には 「自分の欲望を満たすための残忍な犯行で、罪のない人を二人も殺した反社会的な性格は許されるべきでない」などと死刑判決の要旨として報道された。


 検事の時、私はこの事件を捜査し、公判にも立会した。捜査時犯行を否認し、勾留延長後もアリバイを主張して、反抗的な態度で、私の取調べに対し暗い表情でせせら笑い、目をぎらぎら光らせていた。

 私は惨殺の直後検視した被害者御夫婦の血まみれの姿を思い浮べながら、検討した証拠に基づき、「君は嘘をついている。しかし、説明したいこと、弁解したいことがあったら何でも聞く。突然両親を殺されて息子さん三人が遺体にすがって泣いていた。君は人間として、自分のしたことは正直に言わなければいけないと思う」など、こちらの気持が通じるよう調べ室の机の上に何も置かず気を散らさないようにし、きびしく追及し、一心に説得を続けたところ、苦しげに表情が変わり、顔に汗があふれ、「言います」と、犯行を全面的に自供するに至った。「ここだったかな」と、自分でペン書きした見取図に基づいて使用凶器のあいくちも小川の雑草の中から発見された。自供後は、別人のように明るい表情に一変した(これは重罪事件を自白する被凝者に共通の現象だったように思う)。

(途中略)

 
 死刑判決確定後、暫くして、H君から面会してもらいたいという手紙をもらった。法に違反して重い罪を犯したからといって、その人の人間としての価値は否定することはできない。同君とは捜査、公判を通じ気持のふれ合うことがあった。拘置所へ他の事件の被疑者の取調べに行く際、所長の許可を得て、時間を割いて、他へ転勤するまで度々面会した。
 あれこれ、死刑執行命令がいつ来るかわからない、死と毎日対面している孤独な日々の中でユーモラスに気らくに語った。私が何を言っても誤解せず、すなおに聞いてくれた。
 
(途中略)

 判決確定後死刑執行まで六年間文通した。同君から、私、妻、一人娘の美加宛てに二八〇通余りの手紙をもらった(その手紙は今も大事に保管してある)。出張した時には、私はその土地の絵はがきを貫い、景色の一番きれいそうなのを選び、それにへたくそな字を書いて同君に出したが、塀の外の景色を見る機会が全くないので楽しみにしてくれていた。
 同君は子供好きで、私が口にしていた娘美加に手紙を書かせて下さいと願い、娘が小学校一年生当時から娘とひんばんに文通し、やがて一緒に習字を勉強したりして可愛がってくれた。その娘が六年生の時、「ぼくが苦しく淋しかった時、美加ちゃんのパパが、ぼくのとりとめのない話をじっとだまってまじめに聞いて下さる、そんな時が一番心のやすまる時でした」などと手紙に書いてくれたりした。また娘がその頃、私の好きな古今亭志ん生の落語「千早振る」を覚え、それと妻と娘がクリスマスの歌などを歌って入れたテープを年末に送ったところ、今度はその裏面に、同君が「へたですがまあ聞いて下さい」と舌つづみで「荒城の月」などを上手に拍子を取り、看守さんが上手に尺八で吹奏してくれているテープを送って来たりした。


 同君は、少年院帰り、前科者と社会の人間からさげすまれたこともあって、友達に恵まれず、それらのことも同君の犯行の大きな原因と思われた。また、同君の手紙には 「戦災で家を焼かれ、学校へはまともに行きませんでした・・・学校で学んだものは、ぼくには何一つもありませんでした」などとあった。それを読んだ時、心のとがめるようなぜいたくな回想であるが、私は自分が学生時代勉強はしなかったが、優れた師友に恵まれた幸せを思った。


 また、そのころの手紙に 「神様は『わたしを信じ、心の底から悔い改めるならすべて許す』と聖書は語ってくれていますので、一生懸命悔い改め、悔い改めています。・・・神はこんな大バカ者にさえも、こんな罪深い者をも永遠にまでも『わたしの子としてやろう』と言って下さいます。ぼくはこれが喜ばずにおれますか。何と大きな希望が与えられている事でしょう。死刑囚となって、生まれてはじめて、ぼくは人としてこの世に生まれさせてもらって本当にありがとうと心の底から感謝する事を覚えました・・・」などとある。
 幸福の実感は人それぞれのものであるから、同君が客観的には最大の不幸と思われる状況下で、このように救われているという心境にあることを、同君のために喜びつつも、信仰を持たない私には何か痛々しくてならなかった。


 死刑執行の時、私は司法研修所の検察教官をしていたが、同君が前から、執行の通知が来たらと係官に頼んであったので、電話連絡を受け執行前日に会うことができた。妻と中学一年生になっていた娘が前の晩泣きながら折った数十羽の千羽鶴と、娘が「おじちゃんと一緒に連れて打って下さい」と書きつけた,娘が大事にしていたこけし人形を持って会いに行った。
 こんな嬉しそうな顔をしてくれてと、刑務官六名の厳重な誓戒の下に (その警戒はすぐ弛んだが)、テーブルを間にして話したが、私は悲しさに堪えられず、語るべき言葉を失った。憂うつに堪えず、学生時代から寸暇を惜しみ、あれこれ本を読みちらし生きることの意味を考えてきたが、こういう時にこそ同君に役立ちたいのに、信仰を持たず、思索も浅い私には、今日限り別れる日にこれという慰めの言葉も別れのあいさつもできず、痛恨の思いはいつまでも心に残った。


 同君はかねて語っていたが、「人が生まれて悩みを受けるのは、火の子が上に飛ぶにひとしい」(ヨブ記五の七)と、神が与えてくれる永遠の命と比べたら、一番大きな人の悩みも人の命も火の子がパチパチッと上に飛んですぐ消えてしまうのと同じで、現世の命は瞬く間のことで、「三八歳で死のうが、八〇歳まで生きようが大した違いはありません」と笑顔を交えて淡々と語った。また、「取調べの時、ぼくがふてくされていて、平田さん、自白が取れず閉口してましたね」とか、二人の間の思い出話をして笑い合ったり、家内や娘の話をしたり、またかえってこちらを励ましてくれるなど話は尽きなかった。二時間程話して夕方別れる時、翌朝に迫った死を心では覚悟していても、身体は生きたかったのであろうか、別れる時握手した両手をいつまでも離さなかった。
 同じような人間なのに、と帰りの新幹線のなかであふれる涙を怺えることができなかった。数日間コーヒーのような色をした尿が出た。


 千羽鶴とこけし人形と私たち家族三人の手紙と写真を身につけて落ちついて刑の執行を受けたと風の便りに聞いた。
 
(途中略)

 凶悪無惨な犯行があり、また被害者やその遺族の悲痛な気持ちを考えると、死刑判決言渡ししか仕方がないような事件もあると思う。そのためどんなに悪いことをしても、国家が犯人の生命だけは保障することとなると言われる死刑全面廃止論には、なお疑問を感じる。しかし、罪を犯した者も裁判時に証明された社会的危険性を皆がいつまでも持ち続けるものではない。歳月の経過等により社会感情が著しく変化し、更に被害者遺族の心の痛みに対する心配りや給付金等の制度を充実させることにより、極めて困難であるが被害者感情が和らげられることもあり得ると思われる。事情が変化すれば処遇も変るべきであろう。死刑判決後、具体的妥当性の理念により判決内容の固定性を修正緩和することが許される場合もあるのではないだいだろうか。

「米軍違憲」破棄へ米圧力。59年の砂川裁判 一審判決直後 解禁文書で判明
駐日大使 最高裁長官(田中耕太郎)と密談。しんぶん赤旗(4/30)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-04-30/2008043001_01_0.html
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しんぶん赤旗が本日(4/30)一面で報道した事実で、戦後司法に育った私達、法律家を驚愕させる、きわめて衝撃的事件である。

最高裁の歴史上最大の汚点事件とも言える。

最高裁は新憲法下で、初代長官に、三淵 忠彦裁判官が選ばれ、戦後司法がスタートした。
民主的司法が生まれようとした。

アメリカの対日政策の変更もあり、時の政府は、1950年3月に国会議員であった、田中耕太郎を最高裁長官に任命した。
http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/hanzi_itiran.html

最高裁長官時代の発言として有名なのは、後に冤罪であることが判明(最高裁で確定)した「八海事件」をめぐるマスコミ論調を「雑音に惑わされるな」と批判したり、「松川事件」の下級審判決を「木を見て森を見ざるもの」と批判した。

司法行政でも、戦後の自由な雰囲気のなかで育つ若い裁判官を統制に動いた、言わば、日本の民主主義的司法に向かう可能性を「政府・行政機関の迎合機関」に変えた最初の張本人であった。

このような人物であるから、アメリカの大使と秘密で面談することなどはあり得た話かも知れない。

しかし、最高裁の長官が継続する事件について、アメリカの大使と会い、最高裁での砂川事件の処理計画まで話しをすることなどは絶対にあってはならない事。

このような人物を最高裁長官に選んだ政府も政府だが、田中耕太郎最高裁長官も長官。

最高裁の歴史上、大きな汚点である。田中耕太郎長官の行為は、最高裁にとって恥ずかしい、司法の死滅行為。

当時の関係者が殆ど死亡している段階で、真相の解明が100%できないが、今の最高裁が、可能な範囲で、「検証」し、現在の国民に説明すべき重大問題であると考えるがさて、最高裁は動くか。

最低限、現最高裁長官は「もし事実ならきわめて遺憾」と言う位のコメントを出すべきだろう。
このような重大問題に決別しないで、これを曖昧にしていると、今でも同じようなことが行われている可能性があると世間からは疑われる。
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「米軍違憲」破棄へ米圧力。59年の砂川裁判 一審判決直後 解禁文書で判明
駐日大使 最高裁長官(田中耕太郎)と密談。しんぶん赤旗(4/30)


 安保条約にもとづく在日米軍の駐留を憲法違反とした一九五九年の砂川事件・伊達判決に対し、米駐日大使が当時の最高裁長官と「内密の話し合い」をもつなど、判決破棄へ圧力をかけていたことが米政府解禁文書で明らかになりました。国際問題研究者の新原昭治氏が今月、米国立公文書館で入手したもの。米軍駐留違憲判決に対する米側の衝撃ぶりと、干渉を無批判に受け入れる日本側の異常な対米従属ぶりが分かります。


(写真)「主任裁判官・田中(CHIEF JUSTICE TANAKA)」との「内密の話し合い」を記した在京米大使館から米国務省への公電

 一九五九年三月三十日の砂川事件の一審判決(東京地裁)で伊達秋雄裁判長は、安保条約のもとで米軍が「極東」に出動することは、日本を直接関係のない戦争に巻き込むおそれがあり、また保持を禁じた「戦力」にあたるとして、米軍駐留は憲法前文、九条二項違反とする判決を出しました。解禁文書は判決当日から最高裁での弁論終了後の九月十九日まで、当時のマッカーサー米駐日大使から国務省あてを中心にした十四通の電報です。

 伊達判決の翌日には、米大使が藤山愛一郎外相に閣議前の早朝に秘密会談を申し入れ。当時進行中だった安保条約の改定交渉への影響や、東京・大阪など重要知事選前に「大衆の気持ちに混乱を引き起こしかねない」ことに強い懸念を表明しました。大使は「日本政府が迅速な行動をとり東京地裁判決を正すこと」を求め、過去に一例しかなかった最高裁への「跳躍上告」を提案しました。日本政府は部内で検討していた経過もあり四月三日に跳躍上告しました。

 四月二十四日付では、米大使と当時の田中耕太郎最高裁長官との「内密の話し合い」を明記。田中長官は「本件には優先権が与えられているが…決定に到達するまでに少なくとも数カ月かかる」との見通しを伝えています。

 最高裁は、当時三千件もの案件を抱えていましたが、砂川事件を最優先処理。電報の五日後には最高裁が弁護人を二十一人に制限するとの決定を下すなど、「迅速な決定」へ異常な訴訟指揮をとりました。最高裁は同年十二月十六日、一審判決を破棄、東京地裁に差し戻しました。

司法の独立 侵した
 砂川事件上告審で弁護団事務局長を務めた内藤功弁護士の話 一九五九年五月一日、団長の海野晋吉弁護士と一緒に、最高裁の斎藤悠輔裁判官と面会した。斎藤裁判官は「ジラード事件で米側が日本の裁判権を認めてくれた手前もあるので、この(砂川)事件は早くやらないといけない」と語った。きわめて異例である弁護人の人数制限も田中耕太郎最高裁長官と斎藤裁判官らがやったことだが、その裏で長官がじかに米駐日大使と「内密の話し合い」をしていたとは司法の独立からも由々しき事態だ。

 伊達判決から五十年近くたつが、日米安保条約はいよいよ「日本の防衛」と関係のない戦争に米軍が出動するためのものになっている。安保条約のもとでの米軍駐留が憲法前文と九条違反だとした伊達判決は過去のものという感じがしない。今回の文書発見が伊達判決再評価のきっかけになればと思う。


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 砂川事件 一九五七年七月、東京都砂川町(現立川市)で米軍立川基地拡張に反対する労働組合員や学生などが基地内民有地の測量に抗議して敷地内に数メートル立ち入ったとして、二カ月後に逮捕。安保条約に基づく刑事特別法違反で起訴されたもの。一審では無罪、最高裁で破棄差し戻しされ、罰金刑に。しかし反対闘争の前に米側は基地拡張を断念、七七年立川基地は返還されました。

 跳躍上告 地方裁判所などの一審判決に対し、法律・命令・規則もしくは処分が憲法違反とした判断、あるいは地方公共団体の条例・規則が違法とした判断が不当であることを理由に、直接最高裁に上告すること(刑事訴訟規則第二五四条)。

偽装請負に関する極めて厳しくかつ、珍しい大阪高裁の判決である。

この判決の要旨は

1 労働者(原告)と)受入会社(松下の子会社・被告)との間には直接の雇用契約が成立していると認めた点である。

一審の大阪地裁は労働者(原告)と請負会社(パスコ)受入会社(松下の子会社・被告)との関係は偽装請負であり、違法な労働者派遣契約と解したが、しかし、労働者(原告)と受入会社(松下の子会社・被告)の関係には、雇用契約は成立しないとした

これに対して本日の大阪高裁判決は実態を直視し

≪違法な偽装請負による労働者(原告)と請負会社(パスコ)、受入会社(松下の子会社・被告)の法的関係は職業安定法44条、労働基準法6条に照らし、民法90条で無効≫

≪労働者(原告)と受入会社(松下の子会社・被告)の使用従属関係、賃金支払い関係、労務提供関係を客観的にみると、労働契約のほかなく、黙示の労働契約の成立が認められる≫

として、一審大阪地裁の判決取り消し、労働者(原告)の全面勝訴の判決となった。

2 労働者(原告)に対する配置転換の効力についても主文に注目すべき内容。

一審は配置転換行為は嫌がらせであると認めた。しかし、≪その業務に従事する義務はない≫という請求は却下した。

大阪高裁判決は

労働者(原告)に対する配置転換も、大阪労働局への内部告発への報復とし、≪その業務に従事する義務はない≫ことまで主文で認めたことである。
このような義務なきことの確認を主文で認めるケースは極めて珍しい。

3 解雇(雇い止め)は無効

よって賃金をを毎月払え

4 慰謝料請求

一審は配置転換は嫌がらせであるから、慰謝料として金45万円を認容した。大阪高裁は解雇も違法、無効であるからプラス45万円を認容し合計90万とした。

5 結論

大阪高裁判決は偽装請負に関する実態を直視した判決である。しかし今までの伝統的な労働契約に関する「意思解釈」論とは大きく違う。

最高裁の労働契約論は極めて古い伝統的な解釈にたっている。

大阪高裁判決がこのママ確定した場合や、仮に上告されて最高裁でも、大阪高裁判決がもし、維持されれば、労働契約に関する解釈は大きく変えられることになろう。

(注)偽装請負に関しては
≪偽装請負(株主と会社29)≫
http://blogs.yahoo.co.jp/abc5def6/48945875.html
に書いた。参考までに。
―――――――――――――――――
松下電器子会社の偽装請負、直接雇用成立を認定
朝日新聞2008年04月25日16時10分

 違法な偽装請負の状態で働かされていた男性について、大阪高裁が25日、「当初から両者間に雇用契約が成立している」として、「解雇」にさかのぼって月24万円の賃金を支払うよう就労先の会社に命じる判決を言い渡した。事実上、期間を区切ることなく雇い続けるよう命じる判断だ。


 原告側の弁護団によると、偽装請負をめぐって就労先の雇用責任を認めた司法判断は高裁レベルで初めて。

 キヤノンなど大手メーカーの偽装請負は社会問題となったが、違法行為を指摘された企業が短期間の直接雇用のみで「是正した」と主張する事態が続発。行政もこれを追認していた。今回の判決はこうした法解釈を覆す可能性がある。弁護団は「労働の実態を踏まえた判決を高く評価したい。同様のケースに与える影響は大きい」と話している。

 松下電器産業の子会社「松下プラズマディスプレイ(PDP)」(大阪府茨木市)の工場で働いていた吉岡力(つとむ)さん(33)が同社を相手に提訴した。若林諒裁判長は直接雇用の地位を確認しなかった一審判決を変更。06年の解雇後の未払い賃金(月約24万円)の支払いを命じ、内部告発に対する報復があったと認定して、慰謝料の額も一審の45万円から90万円に増額した。

 判決によると、吉岡さんは04年1月から、松下PDPの茨木工場で「請負会社の社員」という形で働いていたが、翌05年5月、「実際は松下PDPの社員の指揮命令のもとで働いており、実態は直接雇用だ」と大阪労働局に偽装請負を内部告発した。

同8月、松下PDPに期間工として直接雇用されたものの、06年1月末、期間満了を理由に職を失った。期間工だった間、吉岡さんは他の社員と接触できない単純作業に従事させられた。

 判決はまず、請負会社の社員だった吉岡さんらの労働実態について「松下側の従業員の指揮命令を受けていた」などと認定。吉岡さんを雇っていた請負会社と松下側が結んだ業務委託契約は「脱法的な労働者供給契約」であり、職業安定法や労働基準法に違反して無効だと判断した。

 そのうえで、労働契約は当事者間の「黙示の合意」でも成立すると指摘。吉岡さんの場合、04年1月以降、「期間2カ月」「更新あり」「時給1350円」などの条件で松下側に労働力を提供し、松下側と使用従属関係にあったとして、双方の間には「黙示の労働契約の成立が認められる」と認定した。この結果、吉岡さんはこの工場で働き始めた当初から直接雇用の関係にあったと結論づけた。

 松下側が06年2月以降の契約更新を拒否したことについても「解雇権の乱用」で無効と判断した。

 さらに、吉岡さんが期間工として直接雇用された05年8月以降、配置転換で単独の作業部屋に隔離されたことについて、「松下側が内部告発などへの報復という不当な動機や目的から命じた」と認定した。

 昨年4月の大阪地裁判決は「偽装請負の疑いが極めて強い」として、就労先には労働者を直接雇用する義務が生じるとの判断を示す一方、雇用契約の成立は否定していた。

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名古屋高裁自衛隊違憲判決を「蛇足判決」とか「傍論判決」などと誤った批判をする人がいる。
これらの人達は本来の判決書のあり方を知らない人達である。

本来の判決書の形式、スタイルに関して論評する。

この判決について、原告側が勝訴、画期的判決と評価している
自衛隊の行為が憲法違反と認定されたからである。
http://www.news-pj.net/siryou/pdf/iraku-nagoyabengodan_20080417.pdf

他方、政府も勝訴したという。
原告達の請求は、
1 自衛隊をイラク、イラク周辺に派遣する行為を差し止める。
2 自衛隊をイラク、イラク周辺に派遣したことは憲法違反であることの確認する
3 国は原告達に金1万円を払え

であったが、その原告達の請求はすべて却下又は棄却されたからである。

今、はやりの「ねじれ現象」判決になっている。

日本において、裁判で訴えることができるのは、国の違法・違憲行為により、原告が何らかの救済されるべき被害を受けている場合にしか訴訟ができないという伝統的な解釈がある。

≪本件の違憲確認請求はある事実行為が抽象的に違法であることの確認を求めるもので、現在の権利や法律関係に関するといえず請求は確認の利益を欠き不適法で却下≫

 ≪本件の差し止め請求は防衛大臣による行政権の行使の取り消し変更またはその発動を求める請求を含む。このような行政権の行使に対し、私人が民事上の請求権を有すると解することはできず、訴えは不適法却下≫。

 ≪控訴人らの切実な思いには平和憲法下の国民として共感すべき部分が多く含まれるが、本件派遣によって具体的権利としての平和的生存権が侵害されたとまでは認められない。損害賠償請求で認められる程度の被侵害利益がいまだ生じているとはいえず、本件損害賠償請求は認められない≫

国の行為が憲法に違反するというのに、国が勝訴する判決は国民の常識に合致しない。

この根本は、我が国には、国の違法・違憲行為を、直接被害を受けた国民以外の国民が直接、「差し止め」「違法確認」を求める訴訟類型がなく、国家賠償という損害賠償という訴訟形式を取らざるを得ないからである。

その結果、国家の行為を差し止めする訴訟や違法行為確認の利益はなく、却下になる。他方国家賠償請求は、原告に損害がないから棄却となる。

直接被害を受けていなくても、訴訟ができる制度がある。

地方自治法の住民訴訟がその典型である。しかし国の違法行為を差し止めや違法確認を求める訴訟類型は、認められていない。

もし、地方自治法のような、訴訟類型が、国にもあれば、上記原告の請求の1、2は認められ、政府は完全敗訴になったことは明白。

国の違憲行為や中央官僚の無駄使いの是正を求める「国民代表訴訟制度」を立法化すべき時期にきた。

なお、一部政治家や、知ったかぶりの評論家などが、名古屋高裁判決に関して「蛇足判決」とか「判決の傍論で述べただけ」という批判をしているが、これは間違い。

名古屋高裁判決における自衛隊違憲の理由は「蛇足」どころでなく「本来判決すべき事項」であり「判決の傍論」でなく「判決の本論」である

金1万円の国家賠償の請求は適法な訴訟類型。

適法な訴訟が出された以上、裁判官はその原告の請求に応じて判決をしなければならない。このような事件の判決の普通の論理展開は次の通りとなる

1 自衛隊の行為が違法・違憲かどうかまず判断する。自衛隊の行為が違法・違憲でなければ、次の損害の有無の判断するまでもなく、「その余の論点を判断するまでもなく」原告の請求を棄却する

2 違法・違憲であれば、その自衛隊の行為によって原告達が損害を受けたかどうか判断する。損害がなければ、請求を棄却する

3 従って損害の有無を判断する以上、普通は自衛隊の行為が違憲と認定されたから、損害の有無の判断になったはず。自衛隊の行為が違法・違憲かどうかはともかく、損害の有無だけを判断するやり方は、普通はあり得ないはず。

名古屋高裁の判決は、国民の裁判を受ける権利を正しく受け止めた結果である。

今までのイラク訴訟の判決は上記1を判断しないで、2の損害がないから「その余の論点を判断するまもなく」棄却するという上記3の論理構成をとった。

これは国民が求めた請求をまともに判断するのでなく、「逃げた・ごまかし判決」である。

昭和20年代から40年代ごろまでの判決の多くは、名古屋高裁判決のスタイルをとっていた。国民が納得する判決を裁判官も心がけてきたからである

いつ頃か忘れたが、最高裁事務総局の官僚裁判官達から、判決の構成は、「原告の請求原因」「被告の認否」「被告の抗弁」「被告の抗弁に対する原告の認否」「被告の抗弁に対する原告の再抗弁」「再抗弁に対する認否」という事実整理の順序で判決理由を書く必要がないという論法が展開された。

表向きは「重要争点整理判決」とか「無駄な理由は書く必要がない」とか「結論に左右されない理由は不要」などという「省力判決」のすすめであった。

その結果、本当は国民が一番求めている内容について判断を放棄し、国民を負かす争点だけ拾いあげ、切り捨てる判決が出回った。

他方で、国民の要請する内容で判決する判決を「蛇足判決」とか「傍論判決」とか批判、揶揄する論調が増えた。

名古屋高裁の判決こそ、結論が良いから誉めるのではなく、判決理由スタイル面においても、正当な判決であることを評価したい。

(転載・転送・引用全て自由)


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