あらかん青春日記

癌闘病後、体力回復に向けて、マラソンを始めました。平成23年3月12日より1km走るごとに10円貯金をして東北に送る事にしました

初恋6卒業

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 合格発表があって、何日か落ち着かない日々が続いた。

「お付き合いは、高校生になってから・・・」の言葉が、この後どのような形で展開されていくのか、勝手に気にしていたのだ。

卒業するまでは、用事があろうとなかろうと、学校に行けば彼女の姿を見ることができた。

しかし、卒業してしまったあとはそうもいかない。

僕のうちに電話はない。電話なら、僕が電話するしかない。

郵便という手段なら、どちらかがアクションを起こせばいい。

彼女の方から、何のアクションもないだろうという予感がしながらも、

自分から何らの行動も起こせないまま1週間ほどが過ぎた。

意を決した。「彼女に、会いに行こう!」「彼女に、『合格おめでとう』を言いに行こう!」と。

自転車で渡船場に行き、渡し船に乗った。自転車まで乗せても、10円という渡し賃。

夕方の曇った日だったことが、今も鮮明に思い出せる。

住所を手掛かりに、彼女の家を探した。思いのほかすぐに見つかった。

「彼女がいるのだろうか。」「他の人が出てきたらどうしよう。」

ドキドキしながら、引き違い戸の外から「こんにちはぁ」と、声をかけた。

すぐに彼女が出てきた。私服だった。白のとっくりのセーターとミニのタイトスカートだった。

彼女は、非常に大人びて見え、中学の制服を着ている自分が、とても子どもに思えた。

彼女はびっくりした表情を見せたが、他人の目がないせいか笑顔で迎えてくれた。

彼女は、「ちょっと待ってて。」と言って、家の中に一度引っ込んだ。

すぐ、戻ってくるや、家の人と何やら話をしてきたようで、「上がって行く?」と、尋ねられた。

今思えば「かまへんの?」と言って上がればよかったとも思う。

しかし、彼女の前に立っているだけで精いっぱいの僕は、

「い、いや、時間がないから・・。」と言ったかどうかは覚えていないが、上がることはできなかった。

彼女の家から渡船所まで、二人で歩いて行った。彼女と僕が二人っきりで道を歩いたことは2回ある。

この時が初めてであり、その次は8年後になる。

何を話したかはよく覚えていないが、例の話は彼女の方から切り出されてきた。

「『お付き合いは高校生になってから』という約束したの覚えてる?」と言ってきたのである。

びっくりした。そして、彼女がずっと覚えてくれていたことをうれしく思った。

「覚えてるで。」と答えながらどぎまぎしていると、彼女は言葉を続けた。

「お互い、高校遠いし、文通してもあんまり会われへんと思うんよ。

お付き合いはせん方がええと思うんよ。」と。

頭の中が真っ白になるということを、生まれて初めて実感した瞬間だ。

どんどん耳が遠くなっていくような気がした。

「そうやなぁ。高校生活に慣れるのも大変やろうしなぁ・・・」と、

精一杯強がって、彼女に話を合うわせた。

二人とも同じ方を向いていたからよかったものの、

僕はきっと泣きそうな情けない顔をしていたに違いない。どんな挨拶をしたかは覚えていない。

15歳の僕は、半年近く彼女の言葉を信じていたことをどう受け止めていいのかわからなかった。

埋めようのない喪失感に戸惑った。失恋である。振られたのである。

これまでのすべてが滑稽に思えた。自分のすべてが否定された気になった。

誰もいない海辺の道を、何やら叫びながらペダルを踏んで帰った。



 今でも、「陸上競技」と聞いただけで思い出すという強烈な1年間は、終わってしまった。


(マラソンのおかげで、心筋梗塞にならなかったことを考えると、

 中学3年生の一所懸命が自分の命を救ったのかな・・・笑・・・)

 卒業式のことはよく覚えていない。

3年11組だったので、広い体育館の後ろの方に座らされた記憶がある。

クラスごとに呼名され、学級委員が代表で卒業証書を受け取るのをじっと見つめた。

立ったり座ったりが多かった。

いろいろな人がなにやら話をしていたが、僕の中には何も入ってこなかった。

女子の席の方からは、鼻をすするような音が聞こえていた。

自分の頭の中では、小学6年生の頃からのいろいろな記憶が、アトランダムに去来していた。

小6で 2度転校し、友達関係が希薄になって、貸本屋から漫画ばかりを借りて読んで過ごしていたこと

中1に上がると、他の小学校から上がってきた連中と仲良くなり、

 結構楽しい思い出がたくさん出来たこと。加山雄三に憧れ始めたこと。

中2に上がるとき、また、転校し、英語で苦労したこと。剣道で1級ををもらったこと。
 
 東京音楽アカデミーというギターの通信教育を受け始めたこと。

中3で、初恋という今までに感じたことのない感情に遭遇したこと。

 修学旅行、マラソン大会、クリスマス会、暑中見舞い、運動会etc.


 今までは、好むと込まざるを得ず、学校に来れば、話はしなくとも彼女の顔を見ることが出来た。

明日からは、そういうことがないのだ、と言うことをどう考えてよいのかわからずにいた。


 教室で、卒業証書をもらった。みんなが母のように慕った担任が泣いて、女子が泣いていた。

泣きたいような気持ちであったが、涙が出てくることはなかった。

最後の挨拶が終わったあと、みんな2日後の高校入試のことが気になるようで、

潮が引くように帰っていった。

彼女と何かを話したかったが、その勇気ときっかけがないまま、

教室を出ていく彼女を、自席から見送った。


 しばらく、教室にいた。そのまま帰る気にもなれず、友人と担任がいる体育教官室に挨拶に行った。

担任は「試験前やぞ。帰らんでええんか?」といった。

「べつに、今さらじたばたしても始まらへん。」というと、

「お腹すいたろう」と言って、焼きめしを注文してくれた。

出前の焼きめしを生まれて初めて食べた。

そもそも、体育教官室で、先生にご馳走になるなど、あり得ないことだったので、

ことのほかおいしかった気がする。

担任と、一年を振り返りながら、いろんな話をした。

そして、「お前、彼女とどうなってるン?」と聞かれた。

よくお見通しの先生だった。卒業と言うこともあってか、ぼそぼそ話をした気がする。

「お付き合いは高校になってから」という約束があることは言わなかった。

それは、誰にもいってはいけないことのような気がしていた。

また、彼女がその約束を覚えていないような気もしていた。


 暗くなったので、家に帰ると、

お袋から、「こんなに遅くまで何をしとったん。お昼も食べんで・・・」と怒られた。

「先生に、ご馳走になった。」と言ったら

「まぁ、迷惑かけてからに・・・あかんよ」と余計に怒られた。

日記によると、夕食後、いつものように勉強を少しして、雨の中をランニングに出かけている。

寝る前のランニングは、ある種、精神安定剤のような役目を果たしていたようだ。



 翌日、(入試の前日)ヒマだったので昼から、学校に行ってみた。

校門をくぐるとき、「僕は今、中学生でも高校生でもない、宙ぶらりんなんだ。」と気づき、

不思議な思いに駆られた。

体育教官室には、僕と同じ高校を受ける友達が6人来ていた。

みんな、高校の下見に行った帰りとのこと。自分の座る机に座ってきたという。

「お前も来るやろう思うて、待ってたんやで。」と言われた。

僕の中では、中学校に行くと彼女に会えそうな気がしていた。

もちろん、遠くの学校を受ける彼女に、試験の前日、会えるはずもないのだが・・・

この日も、先生から、お菓子とジュースをご馳走になってしまった。


 学校を出たあと、一人で自転車を飛ばして、彼女がいつも使っていた渡船場に行ってみた。

もちろん彼女はいなかった。何便か船が行き来するのを見てから、家に帰った。

その日も、特に緊張することもなく、いつもどおりの生活をして、ぐっすり眠れた。


 いよいよ入試の日。

すっきり目覚めて、いつもよりちょっとご馳走の入った弁当を持って試験会場に出かけた。

「この試験をくぐったら『お付き合いは、高校生になってから』の約束が実現するんだろうか」

と言うことを意識していたような気がする。

試験は順調に進んだ。

緊張していないようで、緊張していたらしく、弁当を残したことを覚えている。


 この日は、まっすぐ家に帰った。

発表の日までの1週間。

長く感じた。

手応えはあったものの、段々不安になって行った。

「落ちたらどうなるんやろう」

「就職やろうか」

「私立に行く金はないし、受験もしていない」と、言うプレッシャーがあった。

きっと、両親も同じことを考えていたに違いない。

3月20日の発表の日、「ぼちぼち発表を見に行こうかなぁ。」と思って、

出かける用意をしていたら、おやじが帰ってきた。

開口一番「合格しとったで。」と言った。

会社を抜けて見に行った足で、知らせに来てくれたようだ。

緊張も何もないまま結果を知ることになった。

嬉しかったと言うよりも、ほっとした。


「彼女はどうだったのだろうか。まあ、とにかく学校に知らせに行こう。」と、出かけた。

まず、発表を見に行った。

もう、人影は少なくなっていた。

古い講堂の壁に受験番号が張り出されていた。

確かに僕のものがあった。

それを写真に撮った。

中学校に行くと、僕が報告する前に、担任から、「おめでとう」と言われた。

そして、彼女が合格していることも教えてくれた。

 校内マラソン大会が終わり、すっかり気抜けしてしまった。

目標とするものがなくなって、夜、ランニングの時間が来ても、

何となくどう過ごしてよいのか戸惑ってしまった。

「なんのために走るのか」

「走らなくてもよいのか」そんなことを自問自答しながら、

今で言うLSDランニングに出かけていたようだ。



 マラソン大会、クラスは総合優勝をした。自分が少し貢献できたようで嬉しかった。



 いよいよ、中学生活は卒業式を残すだけとなった。

しばらく、彼女とは、なんの接点もないままに時間だけが流れた。


 なぜそういう状況が生まれたのか、記憶にないが、

ざわつく自習時間の中で彼女が、僕の近くに座った。

女子同士で単語帳のようなものを見ながら、問題のだしあいこをしていたのだ。

一段落ついたところで、その相手の女子が席を立った。




 僕は非常に緊張していたが、どちらとも無く、なぜか自然に会話が始まった。

このときに、彼女が遠くの学校に進学することを知った。

それが陸上の関係なのだろうと、勝手に解釈したが真相は、今もわからない。

親戚のうちから通うようなことを言った。


「もし、彼女が『お付き合いは、高校生になってから』という言葉を覚えていたら、文通になるのか。」と思った。


話の中で、彼女は僕に「同じ学校に来たら?」と言って笑った。

(その笑顔は、少し寂しげに見えたのは気のせいだったのかも知れない。)

当然、願書も出し終わっていたので、お互いにそれは不可能とわかっていた。

今にしてみれば、彼女からのお別れのメッセージだったのかも知れない。

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