あらかん青春日記

癌闘病後、体力回復に向けて、マラソンを始めました。平成23年3月12日より1km走るごとに10円貯金をして東北に送る事にしました

癌闘病 2手術前

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不安の中で、暮らした日々の様子です。
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ドライブ

 入院まであと何日だろうか、と、カレンダーを見てはあれこれ考える日々が続いた。

ベッドが早く空いて欲しいような、少しでも長く家にいたいような心が揺れる日々だった。

女房のパートの仕事がない日に、二人でドライブに出かけた。

道の駅のようなところで、ガーデニング用の草花を買って、レストランに入った。



雨が降っていた。

「子どもが2人とも二十歳になっとったのが救いやな。」

「この草花が栄える頃は、どげんなっとるんやろうか。」などと、

重たいものを直接口にはしないものの、

その重たいものから逃げようもない会話をしたのがとても印象的だ。

お医者さんから「体力をつけとくように!」と言われているので焼き肉を食べた。

ここで今までなら、あとの運転を女房に頼んでビールを飲んでいたが、さすがにそれはしなかった。

「ビールなしで焼き肉って、食べにくいんやなぁ。」と言うと、

「わたしは、いつも飲まないからそんなこと感じたこと無いけど、そうなんやろうねぇ。」と

少し同情してくれたような答えが返ってきた。

ひょっとしたら、「まだ、酒の話をするんね。」と、言いたかったのかも知れない。



 翌日、病院から電話がかかってきた。「入院の日が決まりました。」と。

草むしり

 痛風の膝の腫れと胸焼け感を除けば、特に病気という症状は表に出ていない。

しかし、病気休業の手続きやら、職場の机の整理やら、仕事の引き継ぎやらが終わってしまった。

確実に「手術」というものに近づいていた。

「手術をしたばっかりに、体力をそがれ、その回復が思わしくなく・・・」

という事例ばかりが頭をよぎる毎日だった。

臆病で気の小さい僕には、この状況との付き合いはなかなか鬱陶しいことだった。


 気がかりなことがあった。猫の額ほどの荒れた庭である。

仕事人間だったので、これまで庭の手入れなどあまりしたことがなかった。

いつも、花や野菜の苗を買ってきては、植えっぱなしで、あとの手入れは女房任せだった。

彼女も最小限にしか手が回らず、荒れた状況を苦にしている風だった。

「これは、何とかしておかねばなるまい。」と、庭の草むしりを入院までの課題とした。

表面上、健康とはいえ「入院前」と言うことなので、

僕が草むしりをすることに女房は反対をしたが、気の済むようにさせて欲しいと、反対を押し切った。



 女房がパートの仕事に出かけたあと、一人で作業をした。

どこから手をつけて良いかわからなかったので、1平方メートルずつ区切り、

シャベルで深く掘り起こして草を取り除いていった。

固くなった地面にしっかり根を張った草を引き抜くのはなかなか骨の折れる仕事だった。

「これを一人でしよったんやなぁ。」と、今まで植え付け以外のことをしなかった自分を悔いた。

「昔は、この草むしりの姿勢を長く続ける農家の女性に逆流性食道炎が多かった。」

というお医者さんの言葉を思い出しながらの除草活動だった。

パリエットという、胃液の分泌を抑える薬を飲んでいるので、

そんなに心配しなくて良いはずなのだが、少し気にはなった。

きれいに草を取った部分を見るのは、ある種達成感があった。

女房が、仕事から帰ってきては、きれいになった庭を見て、

「あんまり無理しないでよ。だいたい、あなたはほどほどという言葉を知らないんだから・・・」

と小言を言いながらもにっこりして、夕方は一緒に作業をした。

「手術後、庭いじりが出来るようになったら、

 この庭を自給率100%の菜園に作り変えよう。」と思った。

職場での挨拶

 8月末の職場会議の日が来た。

僕が、癌で休職することの発表はされていなかったので、会議はいつも通りに進められた。

9月の仕事の予定について、話し合いが進められたが、

僕の中では「これらの予定が消化されている頃、僕はどうなっているのだろうか。」と、

まるで、自分だけ白黒映画の中にでもいるような存在感の希薄さを感じていた。

会議の中には、ところどころで「秋には・・・」「来年は・・・」などという言葉も出たが、

自分に別世界の言葉のような響きに感じた。

「ついこの前まで、どんな議題にも積極的に頭を回転させていた自分なのに。」と、

ある種無念な気持ちでその会議室にいたように思う。

会議の一番終わりに、上司が、「実は、・・・」と、僕の病気のことを切り出し、

当分、職場を離れることを伝えて、僕に挨拶を求めた。

「まさかと思いました。何度も、『何かの間違いであって欲しい』と願いましたが、

逃げようのない現実です。仕事第一に過ごしてきましたが、

『しまった。もう少し健康面も考えておくべきだった。』という気持ちがあります。

皆さんも、無理する方が多いから、気をつけて下さい。

手術に対しては、まずは退院して、家に戻ることを目標にしたいと思います。

この部屋に暖房が入る頃、ここに座ることが出来たらいいのですが・・・」と、

精一杯の挨拶をして、会議は終わった。

会議が終わったあと、随分多くの同僚から励ましの言葉をもらった。

職場の仲間って、ありがたいな、と思った。

庶務で、事務的な最終手続きをし、何人かの人に引き継ぎをして職場をあとにした。

外はまだ、明るかった。

後ろ髪を引かれはしたが「もう、仕事のことを考えるのは止そう。」と、

自分で自分に言い聞かせながらの家路だった。

「『定年退職おめでとう。』とは、こういうことなんか。」と、

無事に定年にたどり着くことのすごさを改めて痛感した。

あとは、病院からのベッドの空きの連絡を待つばかりになってしまった。

 翌日は、前々からの予定で、大分県の山奥への出張が入っていた。

そこは、昔住んだことがあったので、少し楽しみにしていた出張でもあった。

「最悪のことを考えると、見ておくのも悪くない。癌が発見されているだけで、

別に寝込んでいるわけでもないので。」と思い、行くことにした。

上司は反対したが、好きにさせてもらえないかと重ねて頼むと、

気持ちを察してくれたのか、OKしてくれた。



 職場の人2人が同行しての出張となった。

桂林を思わせるような切り立った山間の中のドライブは郷愁をそそるものだった。

独身の頃に住んでいたのであるが、

どうしても「あの当時、まさか自分が癌になるやら思っていなかったよなぁ。」などと、思ってしまう。

常にどこかで「夢なら醒めて欲しい」と、考えても仕方ないことを考えていたようだ。

(今も、少しは考えますが・・・)

車を走らせていると、「アガリクス栽培しています」という看板が目に入った。

癌に効くという話を聞いたことがあるので、すぐに心が動いたが、

出張の途中に寄り道を頼むのも気が引けたので、電話番号を暗記して通り過ぎた。

人間、敏感に反応するものが状況によって随分違うもんだなあと改めて思った次第だ。



 車窓から景色を見ながら、「今なら、まだ体力もあるのだから、

手術前に行きたいところに行こ子とも出来るのに・・・」と、

グランドキャニオン、エアーズロック、エベレスト、オーロラ観測など、

「退職後、女房と。」と思っていることが脳裏をよぎった。同時に、

「けっこう、日常の生活を打ち破るのは難しいもんだな。このまま入院して、

 『ああ、あれもしたかった。』

 『これもしたかった。』と思うことはわかっているのに・・・」と思ったが、一方で

「よく、借金や、いじめを苦にして悲惨な結末を迎える事件を知るたびに、

『死ぬ気になれば、何でも出来ようもん。』と思ってきたが、

日常の生活を打ち破れないという点は、きっと今の自分と同じ心境なんだろう。」とも思った。



 大分で、椎茸と柚胡椒とわさび漬けを買って帰った。

その日の夕食は、これらが食卓に並んだ。

「うわぁ、これらで焼酎を飲んだらうまかろう。」と言うと、女房が困った顔をした。

いまさら、飲もうが飲む無いが関係あるまいとも思ったが、飲まなかった。

(そういえば、大学病院で「アルコールが一番いけない。」と言われてから、

一滴も飲まなくなった。よく続くワイ、と我ながらびっくりする。おいしいやろうけどね・・・)



 いよいよ、職場関係は8月の会議に出席して挨拶するばかりになってしまった

妹と別れたあと、女房とオーディオを見に行った。

昔のカセットテープを整理したときに、古いドーナツ盤やらLPレコードやらがたくさん出てきたので、

それらも聴いたが、アンプが少しいかれ気味でノイズが激しかった。

そのアンプは、僕が学生の頃にアルバイトして購入したものだ。

「DENON」というメーカーの中の一番グレードの低いものだ。

(なぜか、DENONとLUXのものに惹かれていた。)

グレードは低いが、我ながら気に入って買ったものだ。

当時、「就職してゆとりが出来たら良いのを買おう。」と思っていた。

しかし、現実は仕事子育てに追われ、オーディオに夢をはせることのないまま、月日は流れてしまった。

気づけば、キャラメルくらいの大きさのものにヘッドフォンを突き刺して、

音楽を聴く時代になってしまった。

自分自身、JBLの高級スピーカーを「邪魔になる」と20年ぐらい前に捨ててしまっている。

そこで、どうしてもオーディオルームに行ってみたかったのである。

行って驚き、その昔、大卒初任給一ヶ月分の給料では買えないようなものが、5万円ぐらいで出ていた。

触手は動いた。女房も買うことを勧めてくれた。

「手術を乗り切ったら、自分へのご褒美に買うことにしよう。

 いま、判断力は少し普通じゃあるまい。」と言うと、

「貧乏性なんだから・・・」と女房に笑われた。

退職したら、したいことがいくつかあった。

(オーディオもその一つだが、時代に取り残された夢になりつつあった。)

オーロラ、グランドキャニオン、エアーズロック、エベレスト、モンゴルの満天の星を肉眼で見ること、

女房と和歌山で1年間アパート暮らしをすること、

北海道から鹿児島まで女房と歩くこと、

女房と新婚旅行で行ったところに毎年出かけることなどがそれだ。

その日、家に帰って古いレコードをノイズ混じりでたくさん聴いた。

クラシックから演歌まで「この人の趣味は何ね?」と言われそうなものがわんさか。

浪曲のレコードまで出てきたので、家族中、大笑い。

僕の癌がわかって以来、久々の大笑いだった。

初恋を思い出させる加山雄三、伊東ゆかり、グループサウンズや、

学生時代を思い出させるかぐや姫、陽水、PPM などを聴きながら、女房との語らいは楽しかった。

「これらをCDに録音できんもんか」と思ったひとときだった。

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