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痛風の痛みを膝に抱えていたので、痛みが、胸、喉、下腹部、膝と
4ヶ所から襲ってくるのでとても苦痛だった。
記録を見ると、ずっと熱が38℃を超えているので、あちこちで炎症をおこしていた模様。
胸は、手術の直接の痛みだが、どちらかというと鈍痛だった。
鼻から胃液を吸い上げるためのパイプを入れていたが、これが喉と食道をこすり、
どうかすると吐き気を誘発するので苦しかった。
戻すものは何もなく、ほとんどが唾液のようなもので、少し血の混じったものが出てきていた。
看護士さん達から、「戻して窒息することがあるからおとなしくしていて下さいね。」と脅された。
下腹部は導尿パイプによる痛みで、これが一番痛かった。
痛風の痛みも含めて、痛み止めの注射を何回か受けては、
ことんと寝ることを繰り返していたと記録されている。
9/6の手術後、9/10までいっさい飲まず食わずなのに、
喉も渇かねば、空腹感もなかったので、点滴の力はすごいなぁと思った。
導尿は9/8の午後終了した。これも当然だが、この間、尿意を感じず、
かといって、いつの間にか排尿袋に尿がたまっており不思議な気がした。
導尿のパイプを外すときは、ちくっとした痛みが走った。
導尿パイプ撤去後、自力でトイレに行って排尿できたときは、我ながら感動を覚えた。
健康なときには気付かないが、食事、排泄、呼吸を自力で出来ることが
こんなにも幸せなことかと改めた思った。
導尿パイプが外れてからは、同一フロアー(5F)での散歩は許されるようになった。
廊下の一番奥にエアロバイクがあったので、1回10分のバイクを1日3回義務づけた。
大した運動量でもなく、もっとたくさんしてもよかったのだが、退屈でそれ以上は気力が持たなかった。
いろいろなチューブが獲れると、自力でいろいろなこと(いわゆるエネルギー摂取と排泄)を
自分でせねばならないのだけれど、これが大変だった。
メスの入った食道は、きずあとがもりあがり、通路を完全に塞いだ状態になっていた。
いわゆる狭窄というやつらしい。唾液を飲み込んでも、食道の入り口でたまり、
そこがパンパンに膨らんだあと、限界に来ると吐き戻すという状態が続いた。
飲水をしても、口周りがぬれるだけで、すぐに戻すので脱水症状が繰り返された。
化膿止め等の点滴にくわえて、水分補充の点滴が外せない日々が続いた。
狭窄が起きない人は、このあとの食事がスムーズに行き、体力の回復が早く心配ないと言うことだった。
逆に、この狭窄の拡張がうまくいかないと体力の回復が思うようにいかないとのことで、
勝負はここからだと言われた。
手術がうまくいったかどうかは、まだ宣言されず不安だった。
食道壁を破ることなく、厚2mmのそぎ落としには成功したが、
そのそぎ落とした2mmの粘膜の、一カ所でも癌細胞が表面から内部を貫いていたら、
体内に残された食道にガン細胞が存在することになり、
これが増殖していくので別のことを考えねばならないというのである。
どのようにしてそれを調べるのかというと、そぎ落とした粘膜を広げ、
それらをさらに2mm四方に切り分け、
ガン細胞が表面から何処までの侵入でとどまっているかを調べるという。
食道の円周を100mm、長さを200mmとすると20000平方mm。
それを4平方mmに切り分けると、5000のかけらが出来る。
それを一つ一つ徹底的に調べて結果が出るということになる。(円周、長さは一つの仮定)
ぞっとする話だが、自分にはどうすることも出来ず、「わかりました」という意外に道はなかった。
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