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アメリカで活躍しているゴルフの松山選手が違う選手のボールを打つというミスを犯したとか?
私が中学3年生の時大ヒットした「007ゴールドフィンガー」でジェームズ・ボンドがゴールドフィンガー相手にゴルフのマッチ・ゲームをしたときに使ったトリックを思い出した。
当時のクラスメートの情報通の得意げにルール説明をしていた顔を思い出す。

我々が行っていた「厳しい練習」はチームのなり達からしてごく自然に確立されてきたものだったと思う。

さらにインディアナ大学の闘将「ジェネラル・ボビー・ナイト」の好んで使っていた言葉「ディシプリン」の私が受けた影響も大きかったと思う。

伊藤先生などの緒先輩の「基本が大事、基礎が重要」という言葉にも多大な影響を受けた。

それに加えて、当時は今と違って書物は勿論フィルム等も入手困難な時代だったので、何をするにも少ない情報のなか、手探り状態での指導だった。

つまりOBが口を揃えて?唱える「厳しかった練習」はそういう事情のもとの試行錯誤の連続だったのです。

私は楽しかった。
それをやり遂げた彼らも楽しかったのでは(笑)それが証拠に何かと当時の話をしたがるでしょ(笑)

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先日の二次会でも、私の練習は厳しかったといった声があちこちで出ていた。
特にマネージャーだった宮本さんは私のことを「鬼」監督という表現を使っていた…確か、彼女の結婚式でも言っていたな。

しかし、考えても見てください、地方のちっぽけな短大のバスケット部が打倒新大を果し、さらに金沢大学、金工大や信州大学等の北信越の強豪チームを倒してインカレに出ようという目標を持って船出したのなら、その目標を達成するため、私にはそれしか思いつかなかったし方法がなかった。

私達が戦う相手の選手達は高校時代の実績では全然工短の選手を上回っていたし四年制の大学が短大に負けてたまるかとの自負を持っていたんですよ(当時は)。

ましてや、県内の一流どころの高校生が工短でバスケをやろうと思って進学してくれる確率はかなり低いことは分かっていたし。

それでもキャリアはないが素材的には彼等に負けず劣らずの選手がたくさん来てくれた。

彼らは「おそらくインカレ出場は無理でも、好きなバスケを県内の大学でできるなら工短のバスケ部にはいろう」と思って来てくれたと思うが(笑)

こちらは、自主的に私のところに来てくれたんだから、しかもこちらはなんか良く分からないけど目標を知って来ていると思っているから‼目標に向かって徹底的にやろうと考えていた。

勉強は嫌いでも、好きなバスケットは徹底的にやれよ❗
これでしたね(笑)

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相撲協会(横綱白鵬)は横綱稀勢の里に引退して欲しいのか?とつい思ってしまう。
今日負ければ引退でしょ⁉
もし今日勝ったとしても、それは時間の問題でしょう‼
大相撲は協会の意思が大きく反映するところのようだからね…一連の問題を見ても(笑)

「打倒新大」を掲げて始まった工短バスケ部…それが実現するのにおよそ10年がかかった…はなかなか選手が集まってくれず、遠征先で小林部長と朝まで夢を語り合うこともあった(笑)悔しくってね。

大学の同期の金子先生や本間先生は勿論西高の計良先生や長岡工業の笛木先生等助力を得て少しづつ選手が集まってくるようになったが。

その頃、私はまだバスケットに手探り状態で、今振り返っても汗顔の至りです。
勿論選手とは当然ながら信頼関係を築けたとは言えない状態であったが、こちらの気持ちはなんとか伝わっていたのでは(ジェット・シンの言動から)と思いたい(笑)

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先日の工短創立50周年記念祝賀会でのひとコマ。
当日司会を務めた宮本さん、このブログの管理責任者の小林君、2代目顧問の川崎部長そして私です。

横綱稀勢の里の取り組みを見たが酷い、横綱相撲にはほど遠い、何で押し相撲相手に押し合いするのか?

たちあいに踏み込んで掴まえれば勝負ありなのに(笑)
本人が考えられないなら(解説の北の富士さんもにたようなことを言っていたが)、誰かが教えてやればいいでしょ。

プロ野球(稲葉ジャパン)は大リーグ選抜に勝利し、これで3勝1敗強い。

国際試合の戦い方を模索しながら戦っている姿は他競技の参考になることが多いのでは(笑)

野球が過去に起こした😵💧は監督選考だったと言われているが…この問題は野球にかぎらず、日本のスポーツ界に共通する問題かも(笑)。

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先日の山形遠征で食したしゃぶしゃぶのひとコマです。
最高に美味しくてそのわりにお安いお肉で、皆超ご満悦でした(笑)

工業短大が創立50周年、工短バスケット部が創部40周年、両者にそんなに差はないことにビックリでしたね。

スタートは高校時代の経験者二人(両者とも富山県出身)、あとは中学時の経験者とか他種目出身とか-現在では、当時の選手の顔を見る機会はなかなかないけど…右も左も分からない状態でも、打倒新大の一念で突っ走って来た‼

私がコーチを引退したときにお祝いに来てくれたメンバーからは、「こんなに強くなるとは夢にも思わなかった」という言葉を聞いて、妙に感動したことを思い出す。

工短のバスケットは彼らの血と汗が滲んでいることは間違いない。

つい最近、OBの子息が通っている中学のバスケット部の指導に関する話が会ったが、その話を聞いた大先輩から、短大時代の私の指導のやり方では、中学生には難しいとご心配いただいた。

そういう心配をしていただくことは大変ありがたいが、つい最近も同様の話を県内の大学の指導者から聞いたが(笑)そんなんでコーチングがうまくいくならそんな楽なことはない(笑)

大先輩は中学生がバスケをやめることを心配した上での助言でしたが、私の考え方を聞いて安心してくれたと思っています。

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