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昨日は「政治の長い一日」でしたね。
今日の新聞を読んで、鳩山「腹案」が分かりました。
辺野古に始まり辺野古で終わった ドタバタ を辿ってみましょう!
2009年
7月19日 沖縄にて鳩山民主党代表は「最低でも県外」と発言。
8月12日 菅さんらに聞かれ「県外はもう言わない」と訂正。
9月 政権交代
10月 「県外移設は変化する可能性あり」
11月 オバマに「トラスト・ミー」
年内に辺野古移設で決着する予定だった。
12月3日 社民党は党首選を目前で「辺野古にしたら重大な決意」と表明。
首相は連立離脱を危惧し、年内決着から「5月末決着」に先送り。
(5月末は7月の参議院選挙からの逆算)
12月29日 小沢幹事長が「あんな綺麗な海を埋め立てては駄目だ」と辺野古移設案を批判。
新たな移設先探しを始める。
2010年1月 名護市長選挙で辺野古反対派が当選。
この時期になって、初めて官房副長官の引継ぎ書「普天間」を取り出し、「自民の辺野古案への経過」を仔細に学ぶ。
1月上旬から 官房長官は、学者や官僚OBからの提案とこの経過をベースに、うるま市、伊江島、下地島を視察。
1月25日 内閣官房専門員が徳之島を訪問。
新聞で徳之島案が報道される。3町長は反対表明。
平野官房長官と北沢防衛相が徳之島関係者と水面下で接触。
2月中旬 首相は周辺に「絶対に辺野古案には戻らない」。徳之島案が有力候補となった。
3月下旬 首相は、3町長と接触していた牧野衆院議員に「徳之島は命綱だから、頼むよ」と声をかける。
3月31日 「私には腹案がある」
徳之島案に期待が膨らんでいた時期での発言。
腹案=徳之島だったと推察される。
以降の経過
4月12日 オバマから「言った事をやってくれ」と言われた。
4月中旬 駐米大使からの公電で米側の厳しい態度を知る。この時点迄、米側の厳しさに気が付かなかった。
「5月末決着」は辺野古案以外は無理と理解する。
5月3日 小沢幹事長と秘密会談。「それは政府の話だ」と協力得られず。
5月4日 沖縄訪問。反対!
5月7日 徳之島3町長と面会し移設要請。反対!
普天間案で米側と合意。
5月28日 「5月末決着」首相発言。
社民党は連立離脱。
小鳩体制はどうなるのでしょう?
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ぐち・提言
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