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前のページの「西沙諸島と南沙諸島」は少し難しかったでしょうね。
特に、注目したかったのは「ミスチーフ環礁」辺りの現状だったのです。
私の関心の始まりは次の新聞記事だったのです。
年月日は忘れましたが、スクラップに貼り付けておきました。
フィリピンのパラワン島やマレーシアのコタキナバルの目の前の環礁を 遥か遠方の中国が占拠してる との記事です。大きな地図で見てみると中国から遥かなんです。
コタキナバルは2度ほど訪れ、平和な海に潜って遊びました。
中国が占拠してる 「ミスチーフ環礁」 を赤丸で示してみます。
「ミスチーフ礁」をキーワードにWikipediaで調べるとびっくりです。
以下Wikipedia
タガログ語でPanganibanと呼ばれ、過去フィリピンがこの領域をコントロール下に置いていた。
この時期、在フィリピン米軍は撤退を完了していた 。フィリピンはすぐさま中国に対して抗議を行うが、
中国はこれに応じず、建造物は「自国の漁師を守るためのもの」であると主張した。
1998年末から99年にかけて中国が鉄筋コンクリート製施設を建設していることが報道され、フィリピンのマニラで反対運動がおこる。
写真で確認しましょう。
空から見たミスチーフ礁です
現在のグーグルですと、ここは環礁で海上に出てる岩礁はないのですが、何か構築物が見えます。
グーグルを更に拡大します。
完全に鉄筋コンクリート製施設を建設したのがはっきりします。
中国側が提供の1995年5月の映像です。
フィリピンのEEZ内の環礁に構築物を建造して、自国領土の既成事実を固めているのですね。
現代のお話なのか?信じられなかったです。
最近、尖閣列島が話題になり、古いスクラップを引っ張り出し、眺めながら中国の国家の行動に疑問が出てきました。
私は、反中国ではなく、むしろ、中国各地をバックパッキングして、中国の人々にいろいろお世話になって、一般市民には好意的なんです。
上達しませんが、NHKの中国語講座を3年以上学習中なんです。 しかし、国家の行動としては疑問ですね。
歴史を紐解くと、
1930年からフランスがいくつかの島々を実効支配
1938年に日本が領有を宣言
1951年のサンフランシスコ講和条約で日本が領有権を放棄(帰属先を明確にしなかった)
1949年 フィリピンが領有を宣言
1956年以降は南ベトナムがたびたび上陸。 1973年9月 南ベトナム政府がフォクトイ省への編入を宣言した 1974年1月 中華人民共和国も領有権主張 以上ですが、中国は明や清時代から、西・南沙諸島を調べて全ての島や環礁、岩礁に命名して記録してるんです。
しかし、むしろ航路の調査で領土との意識はなかったでしょう。
その当時、他の諸国は漁師は存在を知っており、利用してたらしいが、古い記録は無いようです。
釣魚礁、赤尾礁、黄尾礁等も同様でしょうね。
最近感じる事ですが、中国は経済大国なんですから、「大人らしい振る舞い」をすべきと思います。
子供っぽい行動としか感じられません。
個人個人は良い人々なんですが、国家となると違ってくるのはどうしてなんでしょう?
軍が強力になってるのか?一部の過激なネット上の言論に煽られてるんでしょうか?
一国のみでは存在し得ない世の中になってるのですよ!
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2010年09月28日
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