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「我が故郷・岐阜」のページに、どうしてもっと早く、この長良川鉄道
http://www.nagatetsu.co.jp/ のことを書かなかったとかと思います。実は、来月家内が、また日本に行きます。3月に母が逝って、今度は父がすっかり弱っているからです。なんとか、父も、地上の生涯を終えるまえに、信仰の告白をしてほしいと祈っています。
横浜が実家の家内は、岐阜県に住むの私の両親のところにも、訪問してくれます。ただ、私の田舎は、横浜のように便利ではないのです。ともかく、最寄の駅から歩くと、家まで一時間弱ですから、とても不便なところにあります。その最寄の駅というのが、長良川鉄道の富加(とみか)駅です。
この鉄道は、国鉄時代は、越美南線と言っていました。福井県を走る、越美北線は、JRとして残りましたが、この南線は第三セクターの線として、地域住民に親しまれています。本当は、北線とつながって、越美本線になる予定でしたが、油坂峠を抜けるトンネル建設がとても、採算が合わなかったようで、ついに福井県とつながりませんでした。(残念!)
私は、この長良川鉄道が国鉄の頃、富加駅から、美濃太田まで列車に乗って、高校に通ったものです。国鉄時代は、富加駅は加茂野駅と言っていました。しかし、長良川鉄道になってから、駅名が変わりました。私の場合、家から駅まで20分チャリンコをこいで、列車に乗って10分、美濃太田から、高校まで歩いて20分でした。
そういう話をしていたら、家内が「あら、一度、それに乗ってみたいわ」と申しますので、この鉄道のことを紹介したわけです。列車は、ジーゼルの一両が主です。私は、この長良川鉄道になってから、数回乗ったことがありますが、今回家内が、これに乗るのは、懐かしいこともありますが、私の父に、美濃太田まで迎えに来てもらうのが気の毒だからです。そうです、私の父は、88歳ですが、今でも運転をします。
「お父さん、迎えに来て」と家内が、電話すれば父は喜んで、美濃太田まで来ると思いますが、多少気を遣うのです。
(写真は、富加あたりを走る、長良川鉄道。見た感じは、うららかな平野みたいですが、これは南向きの写真で、私の実家は、ここから、北に向かった方向にあり、だいぶ山になるのです。)
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私は飛騨金山駅まで徒歩10分。高山線で1時間。高校まで徒歩20分。
片道1時間半をかけて毎日通学してました。懐かしいです。
2010/4/9(金) 午後 10:22
よっさん あの頃、君が使った高山本線は、「どんこー」(鈍行)と呼ばれたSL(汽車)でしたよね。我々の高校の裏あたりは、少し坂になっていて、下りはチョー遅くて、さすがの私も驚いたものです。越美南線は,ジーゼルばかりで、SLはありませんでした。それにしても、高山本線は、「どんこう」だった。あの頃、列車から飛び降りた生徒がいたという噂を聞いたことがあります。懐かしいですね。
2010/4/9(金) 午後 11:25
D51、C58のSL乗りましたね。
土曜日の帰りは貨物と客車の混合列車。2時間かかりました。
おかげで、各駅の停車時間が長いので、沿線の駅前は完全制覇。
トンネルに入ると、硫黄臭のする煙と石炭の粉が入って来て服がざらざらになって・・・・・。懐かしい。もう一度乗ってみたいですね。
2010/4/10(土) 午前 0:21
こんにちは、わが故郷岐阜、素敵なページですね。
クリスチャンの祖父が岐阜市出身でして
私は高校時代金華山の近くに住み、20代も飛騨の高山線の線路沿いに住んでおりました。
鉄道と言えば、岐阜市内に、今は廃止されたようですが
赤い路面電車が走っていたのを思い出します。
2010/4/12(月) 午後 5:03