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   『たといそうでなくても』という本が、待晨社という出版社から出た1972年、私は東京で神学生でした。どこからかの情報で、私も買って読みました。著者・安利淑(アン・イースク)さんの、キリスト者としての徹底した生き方に、深い感銘を覚えたものでした。そしてこの本は、私と一緒にアメリカに渡ったはずでしたが、いつ頃からか失ってしまいました。1995年に教会が火事に遭い、その時、私のオフィスにあった神学書は救われたのですが、キッチンにあった信仰書の多くが焼けました。この時に焼けたのかもしれませんし、あるいは、だれかに貸して、戻ってこないのか、とにかくもうずっとありませんでした。ところが昨年、我々のメンバーの友人だった、韓国のクリスチャンを経由して、また『たといそうでなくても』が手に入りました。待晨社版の装丁とは違っています。「ヨルダン出版社」となっていますが、これは日本のバプテスト系の本を出している「ヨルダン社」とは別で、ソウルの出版社です。奥付の「1991年初版発行」、 と言うのは、この出版社からの初版の意味でしょう。安利淑さんは、バプテストの牧師と結婚して、ロスアンゼルスに住んでおられたのですが、数年前召されたと聞いています。
   待晨社版のを失っているので、その内容を比べるわけには行きませんが、全く同じものだと思います。何年かぶりにパラパラと読んで見たのですが、今読んで見ると、やはりその文の端々に日本に対する厳しい見方を感じます。しかしこの方はそういう時代を通って来た方ですから、彼女の叙述は真実なのでしょう。ということは、いかにあの当時、日本が朝鮮民族に対してひどいことをしたかもう一度知って、ため息が出るばかりです。今日、「日本もあの時代、少しはよいことをした」という手法で、日本の統治を正当化する論調がありますが、ここに書かれたことを、「話しは半分」と思って読んでも朝鮮民族の一般民衆を納得させることは出来ないでしょう。
   私が東京の私達の派の神学校にいた時、一年先輩に金東圭という歳からいうなら、私の父の年代の学生がおりました。勿論彼は、その時代を知っている人でしたが、日本語が出来たので私達の神学校で勉強をしていたのです。彼がよく使った言葉に、「殉教」があります。「私は、いざと言うときには殉教する」「その時は、殉教ですよ」「殉教する名誉にあずかりたい」と言った具合です。勿論、私も知識としては、殉教を知っていますが、この本を読むとあの金神学生も、身近で起こった殉教の話を知っていたのだろうなと感じました。厳しい拷問、寒いところにおかれたり、食べ物を与えられなかったり、直接殺されなくとも、寒さ、飢え、病でも看護もされず死んでいった人たちは殉教者でした。彼らは、ただ信仰のゆえに天皇陛下を拝まない、お宮には参拝しない、といったごくごく普通の信仰者の態度を取った人たちだったのです。安さんの本だけでも、12人の朝鮮民族の牧師・伝道師と、婦人2人を含む8人の長老や執事の殉教が記されています。
   日本人としては、クリスチャンとしても、重苦しい本でしたが、筋金入りの信仰を教えられる読書でした。
   

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