あなたの知らない視点で語りたい〜フォト 詩 小説 エッセイ

理想がなければ自らが作ればいい。自由と愛と尊厳のある世界を、このブログのから発信していきます。

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文明社会では「暴力」つまり人命を奪うことに関して禁止、忌避されている。
文明の教えや理想は、人を殺すこととは相反するものだ。攻撃は恐ろしいことだとくりかえし聞かされ、わたし達は深く心に刻み込まれている。
ゆえに戦士は忌み嫌われるが、それでは彼らは社会で使い捨てにされたも同然で、犬死になってしまう。
 
暴力を肯定するわけではないが、否定も出来ない。
皮肉にも「暴力」から、わたし達を守っているのも「暴力」である
。「暴力」には事象だけでは見えない「弱き者を守る」「弱き者を傷つける」という相反する動機が存在する。
 
旧約聖書で「なんじ殺すなかれ」と言った言葉は正確ではない。「なんじ謀殺(あらかじめ計画して殺すこと)を犯すなかれ」と言ったと解釈するのが戦士だ。このわずかな違いで戦士は自分の行動に折り合いをつける。
死をむかえるとき神に向かって、まっすぐ顔を上げることが出来るようにだ。
戦士は愛するものや国のために、自分の命を犠牲にしたと、誇りを持って死んでゆくことが出来るからだ。
 
戦士の行動は相手にも自分にも深刻な影響のあるものなのだ。
かなりの覚悟と勇気、信念がないと人は殺せないし、実際、殺した罪悪感で多くの戦士は心を病む。
この世界のあらゆる生き物は、銃声をきいたら一目散に逃げる。その恐怖に向かっていくのは唯一、戦士だけだ。もちろん自分のためではない。誰かがこの銃声を止めなくてはならないという想いからだ。
 

2001年9月11日の攻撃があったとき、ほとんどの人はこう言った。「あの飛行機に乗ってなくてほんとうによかった」だが真の戦士たちはこう言った。「ちくしょう。あの飛行機に乗っていたかったなあ。なんとかできたかもしれないのに」ほんものの戦士ならその場にいたいと思うものだ。その人がいればなんとかなる、そんな人間になりたいと思うのである。〜「戦争の心理」より

教会に入り込んだ男が発砲を始め14人もの死者が出す事件に居合わせた警官は、あのとき自分が銃を携帯していたら犠牲者はひとりも出なかっただろうと考えている。彼の息子も撃たれて彼は息子の死を待つしかなかった。「そんなことがあったら、そのあと自分を赦して生きていくのがどれだけ難しいか想像がつきますか」と彼は言った。〜「戦争の心理」より

戦士はいつも自分の能力を、その日のために役立てるべきだと考えている。愛するひと、弱いひとを守ることが出来なければ、自分の存在価値がなくなると、考えているのだ。
 
たとえばあなたが兵役についたらどうだろうか? 実は「人に人を殺させる」のは、むずかしいのだ。
 

指揮官がその場で撃てと命じればほぼ全員が発砲するが、ひとりひとりの判断で行動させると、兵士の大多数は人を殺すことが出来ない。実際、第一、二次世界大戦では15〜20パーセントしか見える敵に発砲出来なかった。(これは後に脳に自動操縦を植えつける訓練で改善されベトナム戦争では9割が発砲している)「戦争の心理」より

 
たぶんあなたは、足でまといか敵の標的なのだ。それでも生きて帰ってくるのは何故か?
 

送り込まれる兵士のうち100人に10人は足手まといです。80人は標的になっているだけです。9人はまともな兵士で、戦争をするのはこの9人です。残りのひとりですか。これは戦士です。このひとりがほかの者を連れて帰ってくるのです。「古代ギリシャの指揮官の手紙より」

だが現代において、その暴力(殺人)の代償は、社会からの非難であり、PTSDであり、人々からの軽蔑、苦難。差別。死そのものなのだ。
暴力を行うものは覚悟がいる。だがあえてその覚悟をするものがいる警察官、兵士、そのほか危険地帯へ赴く法執行官たちである。
 

神よまだ残っているものを私にください
だれも欲しがらなかったものを私にください
富も成功も望みません
そういうものは 皆がしょっちゅう求めているから もうひとつも残っていないでしょう
神よあまっているいるものを私にください だれも見向きもしないものを私にください
それから強さと信念も 人は自分のうちに見出せないものを 
与えられるのはあなただけですから
 
〜英国陸軍特殊部隊兵士の祈り〜

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2010/5/28(金) 午前 8:43さん。暴力が社会でどう捉えられているか。わたし達の反応は、かなりねじれているというか、歪んでいるというか、複雑な心理を持っています。つまりアクション映画、戦争映画はヒーローモノに、私自身大変惹かれます。一方で殺人事件に軽蔑や嫌悪を感じる。米国では手を振って送り出されたベトナム帰還兵は唾を吐かれて迎えられました。殺人を犯したからです。人は頭のなかでヒーローになり、実際の殺人には目をそむける。そのようにねじれた感情を暴力に持っています。

2010/5/28(金) 午前 10:23 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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暴力の定義って難しいですね。

例え其れが自己防衛の行為であっても、時と場合と環境で変わってきますから。
それに言葉の暴力もあるので肉体的ダメージだけとも言えませんしね。

2010/5/28(金) 午前 11:54 ちえこ 返信する

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ちえこさん。ほとんどの人は肉体的暴力より言葉の暴力の経験のほうが多いでしょうね。神秘学では言葉にも形があり、暴力的な言葉は尖っていて霊体に突き刺さるそうです。文字通り言葉はわたし達を傷つけている!

2010/5/28(金) 午後 7:43 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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情報がいろいろ掲載されていますが、例えば旧約聖書?2千年前の人様用のものではないでしょうか?
たとえ、正当防衛で相手を反撃しなければならなかったとしても、殺害は立派な罪であり、違反です。
基本的に「生命を奪うような攻撃は違反なのです」。対象は人でも動物でも自然でもです。そうした原点がしっかりしていないと、紛らわしい理論ばかりがあふれることになります。でもそれらもそれを学ぶ材料になっていることは確かです。このあたりは文学者のあなたが大活躍できるのではないですか?

2010/5/29(土) 午後 3:00 [ sami ] 返信する

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sami さん。すべて「戦争の心理」からの情報です。私はクリスチャンではないので、歴史はわかりませんが、旧約聖書でしょうね。
聖書も経典もその時代の権力者によって、都合のいいように書き換えられます。解釈もまた違ってきますから。
私がこの本で一番感じたことは暴力や殺人の正邪じだいよりも、それに関わる人たちの動機でした。以前死刑論を書いたときに、私は正当防衛であっても人は殺せないと書きました。私は戦わずして犬死を選びますが、かといって違った信念を持った人を非難する側にはまわりたくないのです。警官が私の子供の為に犯人を撃ち殺してくれる状況は、警官の犠牲の上になりたっていくからです。

2010/5/29(土) 午後 5:13 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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分かりました。

「この世にあくがある限り」

結局この悪の存在が悪者ですね。
善ばかりの世の中に早くなってもらいたいものです。

2010/5/29(土) 午後 7:59 [ sami ] 返信する

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この記事をかかれた咲耶子さんの心の背景を考えると、胸にしみます。暴力というひとくくりでも、実はいろいろにとらえている。
いっそ、暴力A、暴力Bなんて呼ぶとスッキリするのでしょうか。

言葉の暴力は突き刺さりますね。無言の暴力は冷酷で、ある意味その人の存在を奪っているわけだから、怖いものです。

2010/6/3(木) 午後 3:53 青山あおい 返信する

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SAMIさん。人間が悪を経験しなくても学べるようになれば、平和だけで成り立つ世界がくるでしょうね。

2010/6/3(木) 午後 9:33 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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青山さん。心情を理解してくださって、胸がいっぱいです。
私もはじめは暴力なんて、と単純に考えていました。しかし「片翼のイリス」に戦争のテーマを入れるにあたって、相当のルポを読みました。取材の代わりでした。そこで見えてきたのは、人間の一途さから生まれる切なさだったのです。またイスラエルが暴力に訴えました。本当に悲しかった。素敵なイスラエル兵の青年をたくさん知ってるからです。

2010/6/3(木) 午後 9:39 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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平和だけの世界は今から65年後ぐらいまでに達成されます。
地球及び宇宙の中には元々悪が存在していなかったことを人々が悟り、その悪の思考を頭から全部撤廃するときに達成されるのです。

2010/6/4(金) 午後 11:16 [ sami ] 返信する

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sami さん。わたし達はそれを目撃することが出来るでしょうか?
わたし達はそこへ向かう人類の、先発隊なのでしょうか。
偉大なる神の王国へ道をつけるために、荒地を整備しているような。

2010/6/5(土) 午前 0:11 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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まあ、これまでの人類は約6回も滅んでいます。先発隊と呼ぶには微妙です。何故なら1回目の人類は我々と同じようなところまで進み環境に滅ぼされました。2番目の人類は我々以上の進歩を見せたにもかかわらず、残念ながら滅びましたからね。おっしゃるように今は荒地の整備中です。そして65年後までにこれまで人類が獲得した知識全部が誤りだったことに気付き、人類はそれらを全て捨てます。例外は、絵画や音楽の芸術と心理学と祈とう師とかのわずかの分野でしょう。で、過去の出来事を歴史といいますが、未来の歴史を未来史と僕は呼んでいますが、歴史があるのと同様に未来史というものもあるのです。それに基づいた記載ですから信頼度は歴史と同程度なのです。あなたがその場面に立ち会えるかどうか、というのは年齢とか個人差がありますが、その役目を担う方なら、一度死んでから直ぐに新しく転生します。その2075年までの様子については、Bの書庫9章と12章とで僕のブログで掲載中です。

2010/6/5(土) 午後 1:47 [ sami ] 返信する

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SAMIさん。コメントをうっかり見逃していました。本当に申し訳ありませんでした。貴重なご意見をありがとうございます。
6回も滅んでいるということ。今回もそうなるのでしょうか。きっとそれは私達しだいなのでしょうね。

2010/7/5(月) 午後 7:59 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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2010/7/5(月) 午後 6:15さん。そのとおりです。いつもありがとうございます。さっそくなおしました。

2010/7/5(月) 午後 8:01 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

僕は「真の戦士」ではないと思いますけど、「その場にいたら、自分がそいつらを止めてやるのに」と思うことは、報道を見ていて、何度も思っています。

ただ、本当に「その時」が来た時、本当に「それができるかどうか?」は、余程の覚悟と冷静さ、自制心や洞察力も要求されると思います。

「真の戦士」、本当にそこまで到達するには、並大抵のことでは無いと思います……。

2010/7/5(月) 午後 8:11 [ チャリ乗り ] 返信する

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自転車愛好家さん。「戦士」はこの地上でこその存在でしょうね。

2010/7/6(火) 午後 9:11 都環 咲耶子(とわさくやこ) 返信する

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