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                    撮影は咲耶子

こんなニュースが流れた。
「トランプ米大統領がシリア南西部のイスラエル占領地ゴラン高原でのイスラエルの主権を承認」

再び火種がまかれた。
いや、むしろ放火に近い。

「イスラエル・パレスチナ紛争」「9.11」「ISIS」
ようやく人々が落ち着きを取り戻した矢先だ。

イスラエルでのテロ行為もまた、ここ十年ほどは落ち着いており、突然の死といえば、今では交通事故で亡くなる人のほうが圧倒的に多いという。

さて、あなたは、タイトルの「われわれは赦さない」「徹底的に闘う」
この言葉を聞いて誰を想像しただろう?

「テロリストの犠牲者」?それとも「テロリスト」?
そう、両者が「同じこと」を言っているのだ。

――テロリストすら「被害者意識」がある――

こう書くと、驚くかもしれない。
そもそも、テロリストは、どうして私たちを殺そうとするのだろう?

まず、知ってほしいのは、人間は悪いことを行うとき、それを「悪いこと」と自覚することを避けようとする。
罪悪感を避けるためだ。

だからまず「自分勝手な正義」を創作する。

明らかに「人を殺す」ことは「悪いこと」である。
だが、それを「正当化」する理由づけを人間はあみ出した。

――「報復という正義」どちらの側もこの大義名分をかかげる――

いや、明らかに「テロリスト」が悪いと思うだろう。それは、私たちが被害者側だと感じるからだ。
そして
「テロリスト」も、また同じように、自分たちこそ被害者だと感じている。

――この「報復」をたどれば、いったいどちらが先に手を出したか?というようなイタチごっこに陥る――

「殺し」は、いったいいつ始まったのだろう?
もはや、虐殺の歴史など誰にもわからない。

そんなものはなかった? 相手の思い込みか?  それならばこのような「恨みの想い」はどこから出てきたのだろう?

――私たちは遠い昔から「赦し」よりも「報復」が問題解決のベストな選択だと考えている――

たぶん、どこまで時間を遡ろうと「相手が悪い」のだ。現実的に考えるなら、どちらも犠牲者であり加害者であった。

そして、もう一つ知ってほしいことは、私たちは「被害者」になりたいのであって、決して「加害者」にはなりたくないのだ。

さらに「悪いやつら」は、徹底的に懲らしめないと「悪いことを止めない」と考えた。
それは「暴力万能」という考え方だ。

自らの命さえ捨て「テロ」を実行するテロリスト側。
それを武力で阻止出来ると信じる国際社会。
どちらも、巻き添えが出るのは仕方ないと考えている。

闘う者たちだけが、戦えば「恨み」はうまれなかっただろう。だが「戦うものたちの家族」が犠牲になるのが戦いだ。
老いたもの、女性、子供すら虐殺されてきた。

どうして、こういう悲惨なことになるのだろう?

――相手を二度と立ち上がれぬほど、たたきつぶさないと、報復に終わりはこない――

少しでも残党が残れば、そのものたちが「恨み」の意思を継ぐ。

さらにこの恨みは、飛び火する。一定の場所に塊となって存在しているわけではない。
母は恨みを息子に託す。老人は恨みを若者に託す。この恨みのエネルギーは一族全員を抹殺するまで続く。

テロリストも国際社会も報復は正当だと確信している。また報復とは暴力しかありえないとも確信している。

恐怖と抹殺こそが、ベストな選択となったときから「殺し殺される」ことは正当化された。人類の歴史となったのだ。

――恨みを封じ込める方法は無い――

たとえば、内戦下のシリアでは人口の半分に当たる1100万人以上が家を追われ、うち470万人が海外に逃れた。
逃げた先で、イスラム教徒は女子供まで「テロリスト」として迫害されている。

それは根深い偏見と差別が生まれる瞬間だ。
彼らは異国で偏見の目に迎えられ、異国の冷淡さは彼らに疎外感と憎しみを植え付ける。

人種のるつぼと呼ばれるフランスでは、アラブ系移民の子孫だけでも36%、国の内部からも不満分子は生まれる。
同じ場所にいるが、お互いが「敵」なのだ。テロリストは遠くからやってくるのではない。
その場所で育てられていくのだ。

そしてついに、その恨みは花開く。
「その場所におまえの居場所はない。ISはいつでも歓迎する」と。

――あなたがどちら側だろうと、武器を手にするとき「恨み」の連鎖が起きる――

身内を殺した殺人犯にズドンと一発お見舞いする。
そしてそのあなたが殺した殺人犯の身内が怒り狂ってあなたやその身内に銃を向ける。それが戦いの歴史だ。

突き詰めれば、すべては報復である。
そして「報復」はカタルシスである。
「不満」「恨み」というエネルギーの開放なのだ。

――この世界に平和は訪れるのだろうか?――

一つ希望がある。

良い例がある。
「恨み」ではなく「赦し」を選択したのは、じつは日本人だった。
原爆で死んだ人々の家族は「恨み」をアメリカには向けなかった。
あれほどの酷い仕打ちを受けたにも関わらず「報復」は起きなかった。

この事実はとても貴重だ。日本人の危機管理はお花畑と揶揄する人もいるが、70年もの平和は各国の理想で希少な歴史となった。

全世界で「赦し」という選択とはなにかを考えていく見本となった。
逆に「報復」は拡大こそすれ、虐殺を終わらせられていないことは明らかである。

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