あなたの知らない視点で語りたい〜フォト 詩 小説 エッセイ

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       撮影は咲耶子

「神との対話」という本の中に、こんな言葉がある。
「ひとがどう受け止めるかが重要なのではない。あなたがどう語るか、どう在るかが重要なのだ」
ブログでは常に、この言葉を意識して書いた。
 
ヤフーブログが今年で終わる。
時代の流れなのか、ブログ利用者が減ったのだろう。
 
発表の場として、ヤフーブログが無くなることは痛い。
個人的にだが、ここでは別な自分が出せた。
現実世界の私は、ひとり浮くような話は決してしない。つまり理屈っぽいことも小難しいことも言わない。
宗教や哲学や芸術、科学を生活圏にいる興味も無い人に語ればシラケる。

皆の主な興味は抽象的な話ではない。もっと身近で現実的なことだ。
たとえば家族のイベントやら、同僚の噂やら、芸能のスキャンダルやらだ。

ブログに生活の延長を語る人も多いが、一方で頭の中の世界を書く人もいる。
それが出来るのは、テーマに興味のない人は訪れないこと、受け答えも知識のある人がコメントを入れるからだ。

いっけん居心地が良いが、神経も使う。
書いた記事やコメントで、トラブルになることもある。
実際に意図したことは伝わらず、誤解から、けんか別れになった人もいるだろう。

言葉は便利だが過信出来ない。
そもそも言葉は自分の思っていることを「正確」に伝える力を持たない。
極端に言えば、あなたの文章の力量と、それが伝わることとは関係がない。

では、なぜ伝わらないか?
多くの原因は『受け取る側のフィルター』である。

たとえば、受け取る側に悲観的な『フィルター』が掛かっていれば、コメントの一言をネガティブと受け取るだろう。
相手は、露ほどの非難のつもりはなく、ちょっとした遊び心だった。ただ、そのコメントは短すぎたので、ジョークと受け取られなかった。私にもそんなふうに、まったく真逆に受け取った過去がある。

言葉というのは、大変恐ろしいものだ。
とくにブログでは、顔も見ず声も聞かず、字ずらだけで想像する。
よく誤解を受けるのは、世間一般に対しての批判を、その人個人の批判だと受け取られることだ。

もちろん自分の価値観と違えば、それは対立しているように見える。
だが違う意見は新しい世界への扉ともとれる。

社会とは色鉛筆のようなものだ。
「赤」が「青」を非難しても、「茶」が「緑」を批判しても、並んだ色鉛筆の主張は虚しいだけだ。
画家(社会)には、どの色も貴重で、新たな絵を描くのに必要なのだ。

そもそも相対して会話していても、私たちは自分の主張ばかりで相手の言葉など半分も聞いていない。
まして言葉のみの世界なら、非常な制限下に置かれている。
たとえば、こうして長い記事を書いていても、読み飛ばされ、ほとんど真意が伝わっていないかもしれない。

それでも問題提起をし、デスカッションすることをあきらめるべきではない。
あらためて言おう。
言葉には制限がある。人にはフィルターがある。
それでも恐れずに自分の考えを正直に語ろう。

最後に神との対話を引用したい。

神:「毎日真実を求め、真実を語り。真実を生きるのだ。自分自身に対して、人生で関わりあうすべての人に対して それを心がける。それから裸になる覚悟をしなさい。どうぞ見て下さいと立ちあがりなさい」 

男:「それは怖いです」 

神:「何が怖いのか考えてごらん?」 

男:「誰からも好かれなくなるのが怖いのです」 

神:「ほう!すると人に好かれるためには、嘘をつかなければならないのかな?」 

男:「嘘というほどではありません。何もかも言うわけにはいかないのです」 

神:「別にささいな感情や、考え、思い、恐れ、告白まであけっぴろげにしろと言うのではない。 ただ真実を語り自分をまるごと見せるだけだ。難しいことはわかるよ。だがぜひ勧めたい。 とても大きな見返りがあるからだ」

引用元〜神との対話・N・D・ウオルシュ著より




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