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詩によるところの思索

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スピリチュアルのアイデアに「不干渉の法則」※というのがあるの。
ああ、そのアイデアを知ったときの、絶妙なタイミング!
 
 
よもやこのわたしが! まったく想像もしない考え、人生観というものに出会うなんて!
 
だってそうでしょう?
人は誰もが自分を正しいと思っている。
いや、そう信じないと生きていけないのだもの。
たとえ、その生き方が他者から見て、おおいに間違っているように見えてもね。
 
 
まず、わたしの世迷いごとを語る前に、「不干渉」の説明をしなければね。

※不干渉とは、各個人の自由のためにあるスピリチュアルな法則。この世界に同じ人間はひとりもいない。考え方、感じ方、反応のしかた、そして心の傾向や視点は個人によって異なり、精神の開花の度合いもそれぞれ違っている。一人ひとりが持っている自分独自の私的な世界を尊重すること。
単に自分ひとりで判断を下すのではなく、相手がなぜ、そのように行動し、考え、あるいは感じているのかを理解することのほうが、遥かに有益なことだからだ。

相手に対して、このようにすべきだと思ってしまう。特に相手が辛そうに見えたり、道をはずれて見えたりするときは、自分の信じているある基準や、ものの見方を相手も持つべきだと思い込んだりするの。
それをつまりは『干渉』というのだわ。
 
自分の考えや見解を押し付ける、相手の許可を得ずに手助けをしたりアドバイスを与えたりする。さらに相手のしていることが間違っていると思うことすらも干渉に含まれるというわけ。
 
 
宗教や正義、道徳、倫理をたくさん学んだわ。つまりは世の中の習いを経験してきたの。
なにが正しいか、間違っているかを「知った」気になったってわけ。
そのようなとき、まったく想像もしない考え、自分とは違った人生観を持つ者に出くわしたの。
わたしの確固たる視点は、相手にはまったく理解されなかったわ。
 
 
わたしは正しいはずだった。わたしのアドバイスを受け入れることこそ、最善の選択であるはずだった。
最善の選択とは何だろう? 冷たい雨を避けることが花(精神)を開花させる方法なのかしら?
 
だれでも潜在的には、自らの魂の気づきにとって最適な方法を模索しているのよ。
だからこそ、わたしは無力だと痛感させられたってわけ。わたしの持つ知識や知恵の影響は、ひび割れた大地の一降りの雨ほども及ばなかったの。
 
相手は決して自らの考えを曲げなかった。まあ、皮肉にも哀れみをかけられたのかしら、打ちのめされるほどの反論は浴びることはなかった。
つまり「不干渉の法則」とは、こういうことね。
 
 
とはいえ、プライドは深く傷ついたし、気分はどん底だったし、そこから這い出るのに、そうとうの時間を費やしたわ。つくづく疲れ切ったとき、やがて居直るように、相手の「ありのまま」を受けいれた。
 
 
最悪の経験とは、自分からもっとも遠い価値観を、もっとも近くに引き寄せざるを得ないことだと悟ったわ。
魂の成長では、なんとも苛酷ではあるけれど、最高の学びの方法でもあるわね。

人間関係には「不干渉」という『絶妙な距離』があるのだわ。
 
 
その距離を計ることは、なかなか難しいわ。けれどその距離は、神と人間の間の距離に似ている。なんとも説明し難いのよ。
ただ単純に言えることは、その関係は「ピュア」で「優しく」「温かい」の。
 
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ただ となりにいればいい
その体温を その息づかいを
ハリネズミの距離で
感じることが出来ればいい
 
そうすれば 
絶望の中にも笑顔が
見られるだろう
 
誤魔化すように 求めあう必要もない
痛々しく 非難し合う必要もない
 
それらは とっくに試してきたことだ
 
捕まえようとすれば 空虚だった
求めるならば すり抜けた
 
関係など幻影なのだ 
執着は幻影を明らかにする
 
とはいえ きみは凪ぎを知らない
ゆえに わたしは凪ぎにはいない
 
わたしは いまでも揺さぶられている
わたしは いまでも振り落ちそうだ
 
だがそれらが 
自然界の循環だとも知っている
 
だから わたしはときおり風を変える
 
凪ぎを摸した 穏やかな一日を
 
そして天が与えた慈しみは 
いつも離れる手と手で終わる 
 
絶望に震える手が差し出され  
 
遭難者は 
引き止めるような微笑みを浮かべる
 
わたしはカモメのようにあっさりと
 きみの舳先(へさき)をあとにする
 
なんとも 不思議な関係だと
立ち去るわたしはいぶかる
 
ああ この期に及んで別れは
――握手とは――
 
絶妙な距離の ひとつの象徴なのだ
 
ただ ときどき難破船に寄り添い
その悲しみや その苦しみやらを
ハリネズミの距離で
確認することが出来ればいい
 
そうすれば 
絶望でないものが 生き延びるだろう
そうすれば ぎこちなくであるが
自らに蓄えた 
明日への期待を思い出すのだ 
 
遭難者と言えども 
まだ この瞬間のために 
 
笑えるのだということを
     
 
                     by 咲耶子
 
 
 
 
 
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                                                   by 咲耶子
 
There are more things in heaven and earth, Horatio,
Than are dreamt of in your philosophy.
「この天地のあいだには、人智の思いも及ばぬことが幾らもあるものだ」(福田恒存訳)
― 『ハムレット』 第1幕第5場

 
大好きな言葉だ。
 
 
季節を歩き、自然の息を呑むような美しさを感じたとき、または、静かな図書館で手にした科学の分厚い本から、未知のささやきを感じたとき、または、家族やら友人やらの軽妙洒脱なジョーク、人と人との間に流れるあのかろやかな空気、目に見えるものから、目に見えぬものまで、解明されたものから解明されていないものまで。
 
 
目の前にある事象は、朝日の眩しさに目を開いた瞬間から、夜の沈黙、目を閉じた夢の世界にいたるまで、わたしをことごとく感嘆させ、うっとりさせる。
 
 
そのようなとき、わたしは、いつも思う。この世界は七色の不思議で出来ていると。
つまるところ、この世は好奇心さえあれば、生きるに値する楽しみを見いだすことができる。
日々は冒険に満ち、わたしの歩く道は半歩先さえわからない。
 
 
こうも言える。
命はなんと、はかないものだろうと。
 
 
わたしは柔らかな風に吹かれている。
風は空気の流れだが、この見えない素敵な友人は時に、とんでもない破壊力で人間を圧倒する。
命はあっという間に吹き飛ばされる。
風の流れの強弱という、まったくもってシンプルな力で。
 
 
水も火も土も、変貌から見いだすのはエネルギーの強弱だ。
わたしは、あれやこれや考えるが人智の及ばない何かに頭を悩ましているのだ。わたしの周囲にあるものは、とてもシンプルで、無情なほど、簡単に、わたしという存在を消すことができる。
 
雨に流される小さな蟻たち。豪雨なら小さな蟻は人間である。
なんとはかない命。だが、絶妙なはかなさだ。
 
桜は気づかう間もなく、あっという間に散った。桜の季節は一陣の風とともに終わった。
 
季節は、そのように、ひたすら流れてゆく。
流れてゆくものこそが神秘である。命はあまねく世界を感じ、果ての果てまで追求する。人間は好奇心で出来ているのだ。愉快なことだ。
それは生きるに値する楽しみだ。
 
 
わたしはシェイクスピアの言葉をつぶやく。
 
 
――この天地のあいだには、人智の思いも及ばぬことが幾らもあるものだ――

 
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                                          by 咲耶子
 
 
愛とはなんだろう?
 
たとえ
あなたが荒野(あらの)を彷徨う
放浪者であっても
それがなんだと言うのだ?
 
たとえ
あなたが戦場の
殺りく者であっても
それがなんだと言うのだ?
 
愛はあなたの告悔をつつむ
 
その顎は
灼熱に燃える砂を噛み
硬く強ばっている
 
その手は
死者の血で赤黒く
汚れている
 
あなたは正義を叫ぶが
実際は命をもてあそぶ
 
そう
あなたは天使のような
微笑みを浮かべ
 
懐に氷のナイフを隠して
呪いの言葉を吐く
 
愛とはなんだろう?
 
たとえ
あなたが制裁で
火を放とうと
それがなんだと言うのだ?
 
あなたは花を植え
あなたは猫を飼う
 
あなたは弱者を助け
あなたは尊敬を勝ち取る
 
それがなんだと言うのだ?
 
愛は褒め称えはしない
愛は罵(ののし)りもしない
 
ああ――
あなたの顔
幼子のように無邪気である
 
ああ――
あなたの言葉
喜々として残酷に裏切る
 
愛とはなんだろう?
 
それがなんだと言うのだ?
 
あなたを語ることは
あなたを想うことではない
 
愛とはなんだろう?
 
愛は 
 
ただただ
 
傍で沈黙し
 
寄り添っている
     
              by咲耶子
 
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                                                         by咲耶子
 
「期待」と「依存」が問題なのだと思う。
 
「ギリシャの猫」という写真集を開いた。
 
写真家は絶妙なタイミングで猫らをファインダーに収める。あの風景とあの動きの一致は奇跡としか思えない。もちろん写真家は日がな一日、同じアングルで、そこに現れる猫を待っていたのだろう。
 
そのようなとき、写真家には「時」も「場所」も消失している。
 
 
一刻一刻は単なる「点」のつながりである。
一点一点は単なる「点」の広がりである。
 
 
憧憬がわたしの内側にあった。
 
 
その夜、わたしは「猫」を飼い、知らない土地で「写真」を撮る夢をみた。
 
 
ある聖人が言った。
 
「時計もカレンダーも気にしたことはありません。周囲が寒くなってきたので、ああ冬なのかと思い、暑くなったので夏が来たのだと気づきます」
 
だが、わたしを見張っているのは時計とカレンダーだ。
「時」をもてあまし、「時」に追われている。

これを称して
 
――わたしのなかの焦燥――
 
と呼ぶ。

 
 
自分の存在価値を他者に求める。
わたしは他者に依存している。
他者はわたしを動かし、他者はわたしを一喜一憂させる。
ゆえにわたしは独りに安堵し、同時に独りに居心地の悪さを感じる。
 
これを称して
 
――わたしのなかの空虚――
 
と呼ぶ。

 
 
この二つの「観念」がわたしの問題を創り出している。
 
さて、「観念」への明晰さは良い兆候だ。
自分の居場所に立つのだ。
 
真青な湖面は水で満たされている、光を放ち、波一つ立てない。
その場所には、「時空」も「相対性」もない。
 
わたしは、そこがどこであるか知っている。
 
「思考」の遊びを止め、「感情」の流れを傍観する。
わたしは、そこがわたしであると知っている。
 
 
さて、明日は写真を撮りにいこう。

「感覚」を研ぎ澄まし、「息」を詰めて、「思考」を手放し、その瞬間を撮ろう。
 
そこには鏡像のわたしではなく、実像のわたしがいる。
 
 
そこには「期待」も「依存」もない。
 
                        都環 咲耶子
 

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たったひとりの人が、ずいぶん長いこと私の心をしめていたの。
 
その人の気配は、あるときは冬のすきま風のようで、あるときは夏のぬるい大気のようだった。
 
私には自由意思があり、その外気を取り込む窓を開けるかどうかは、私の選択だった。
 
時には思いきり開け放ったし、時には隙間から気配を感じることもあった。
 
いずれにせよ、つねに私はその窓に手をかけていたの。
 
私の問題は「知識」がありすぎることかもしれない。
「人の話を受け入れないで、自分の話を押しつける」
 
けれど風はただ吹きたかったし、留まっていたかったのね。
 
私はその人のこころをかき乱すだけだった。
風が北から吹くのを南に変える権利は私にはなかった。
 
 
ただね、私がそうしたのは、その北風に凍えそうだったからなの。
そして、その夏の大気にうんざりしてしまったからなの。
 
風が吹くのは止められない。
 
その冷たさも、その暑さも変えようがない。
 
私は部屋にこもり、じっとしているのにうんざりしていた。
だから窓の外を吹く風が大好きだった。
 
時にはおだやかな春風とたわむれたわ。
時には心地よい秋風にひと息ついたわ。
 
 
風がどんな様相を持って吹いてくるかは、わからない。
 
 
私は「知識」がありすぎたの。
私は「風」に惑星における大気の循環を教授したのね。
 
そんなもの「風自身」がもっとも知っていることなのに。
 
風は私の窓を叩くけど、それは次の場所へ移動するための単なる現象でしかない。
 
それでも窓を開ければ新鮮な外気をいつでも感じられる。
閉塞感でいっぱいの私にとって外気は生きている実感なのだわ。
 
 
今、窓はピタリと閉じられている。
 
 
私には自由意思がある。
 
この決意には、ちょっとした覚悟が必要だったわ。
あら! 不思議なくらい何も起きない。
 
風は窓を叩こうともせず、気配すら感じない。 地球は回転を止めてしまったのかしら?
 
 
不安は無いの。
ただ奇妙な安堵感と意外な解放感と、うっすらとした寂寥感が部屋を染めている。
 
 
私は手持無沙汰になり、窓に近づくのを止めて、部屋の整理を始めたわ。
部屋は雑然としていて、居心地が悪かった。
 
ここは自分の部屋なのに!
 
ただ部屋を見渡すと、思っていたより広々としている。
実用的なものばかり! 花はもう長いこと飾られなかった。
 
私は突然ドアに気づく。
 
あそこから堂々と外に出る勇気はあるかしら?
 
 
季節の衣類を着て出かけるの。簡単なことだわ。
そうすれば窓を開け放って、部屋中を南極にすることも、熱中死することもないの。
 
一日出かけたなら、再び戻ってくればいい。
部屋はとても広いし、花を飾ればもっと居心地が良いに違いないわ。
 
 
そうしたら窓を開けて、ときおり空気を入れ替えることぐらい学ぶかもしれないわね。
                                by咲耶子

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