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撮影は昨夜子

SFで描かれる近未来は、富める一握りのための近代的で美しい世界と、暴力集団に怯える取り残された弱者の危険な世界で二分されている。

そんな世界は映画や小説の中だけなのだと、今の今まで思っていた。
しかし実際は、それは近未来でもなくフィクションでもなかった。

「今」を写した写真の中に、SFで描かれた両方の世界があった。
そうなのだ。
それは現実の中で起こっているのだ。

誘拐され自爆テロに利用されるナイジェリアの少女たち、デモで炎に包まれるベネゼイラの国民。
多量のゴミと荒廃した未開地。

かたや数歩移動すると、その同じ写真展の壁面に並んでいるのは、テクノロジーによって世界第二位の農産物輸出大国となったオランダの、土壌の無い近未来的な野菜工場の風景だ。

同じ時空で起きる、まったく真逆な世界。

こうも言い換えられる。
有機的で血の匂いと感情の沸騰に翻弄される世界。
無機的で冷静なシステムの進行に存続する世界。
二つは同時進行で起きている。

地球という惑星では、すでに現実はフィクションを超えているのだ。
世界報道写真展に行ってきた。

今年で61回目、応募総数は約七万点だそうだ。
社会問題から自然やスポーツなど8部門に分かれている。
いずれの作品も、深い問題提起と高い芸術性を有している。

神はすべてを凌駕する。悪や悲劇の中にすら美を内在している。
カメラはそれを見逃さない。その走馬灯のような悪夢の中から醜に潜む美を一瞬に切り分け、凍結させる。
そして映像は凍結されたまま、世界中へ拡散される。

凍りついた現実は見られると同時に瞬時に溶解し、見る者の魂に浸潤し、
私たちは震える当事者として、地球の一点にしばし立ち尽くす。





マエストロと「指揮棒」は切っても切れない関係だ。
それは象徴であり、彼らへのイメージである。

では、彼らマエストロから見た「指揮棒」とは、どんなものなのだろう?

少数だが「それはどうして必要なもの」という指揮者と「それはまったく必要がない」という指揮者がいたが、大抵の指揮者は「それは、あってもいいし、無くてもいい」という。

私たち素人は、そんな曖昧さに戸惑いを隠せない。
「では、マエストロさん、指揮棒は、あなたにとってどんなもの?」と問いたくなる。

では、少し彼らの話に耳を傾けてみよう。

――指揮棒が権威の象徴だったのはもう昔のことさ――

一般人の、指揮棒を持ったマエストロのイメージは権威である。
なにせ、百人もの奏者を、たった一人の持った短い棒がリードするのだから。だが、これは古いイメージだったようだ。

ミヒャエル・ギーレン曰く
今日ではリハーサルで譜面台を棒で叩いて中断させる指揮者はまずいません。
それはあまりに権威主義的です。私たちは協働することを追求しています。得られる最上のものを引き出そうとするのです。
そのためには、共同作業、善意、そこにある能力を信頼するのです。楽員をその気にさせるのが最も重要なのです

ピエール・ブーレーズ曰く
「十九世紀始めの指揮棒を見たら驚くでしょう。
それはとても大きくて重いものでした。そのような大きな棒でどう指揮をしてきたか、リュリは棒を床に打ちつけて指揮をしました。
指揮棒は時代の流れの中でどんどん細くなってきています。
それは空を切るように速く動かすと「ヒューッ」と音がします。まるで杖か鞭のようです。こういうことは私には耐え難いことで、必要では
ありません。指揮棒は権威とは何の関係もあってはなりません

では、彼らは自分達をどう位置づけているのだろうか?

マリー・ジャンヌ・デュフール曰く
「多くの指揮者はみずからをもはや最重要人物だとは思っていません。しかし権威なくしては目の前にいる百人の楽員を一緒に演奏させることなどもちろん出来ません。振ることと理論は学べますが、権威は学べません。それを持っているかいないかです

セミョン・ビシュコフは、権力と権威を明確に分けている。
権力と権威はまったく違うものです。権力は人の地位に応じて与えられます。しかし権威は、才能として、そして一緒に働く人からの尊敬として、
求められることになります。これはとてつもない差異なのです」

もしも楽員がマエストロに従うとすれば、それは権力ではなく、権威、言い換えれば尊敬から従うのである。

「多くの教師が、指揮台では独裁者であるように、と教えます。
これは昔のイメージです。指揮棒は武器ではありません。反対です。それは人を招くのです。
指揮のしぐさは、人に手を差し出し、私の方に来るように求めているかのようです」コンスタンティア・グルツイ

結局のところ彼らはどんなことをしているのだろう?

マーク・アルブレヒトが明確に答えている。
指揮者は音楽に推進力を与え、明晰性を生み出そうとします

――指揮棒を使うときもあれば使わないときもあるさ。そいつは単なる道具なんだよ――

多くのマエストロは自分にピッタリあった指揮棒にこだわる。お気にりを何十本も備蓄している。身体の一部のようなものだという。
とは言え、それは単なる道具だとも言う。

レイフ・セーゲルスタム曰く
「指揮棒はその存在が感じられないくらい手の中になじまなければなりません。
それは腕の延長のようなものです。
指揮における「一拍目」が自分のカラダのどこにあるのか、それを見いだすのはいかに難しいか、指揮をしたことのない人には想像も出来ないでしょう」

エサ・ベッカ・サロネン曰く
「指揮棒は生きた音楽そのものとは関係がありません。権威とも関係がありません。それは象徴です。それは増幅器でもあります

ケント・ナガノははっきりと言う。
「指揮棒は楽員のために使うのであって、聴衆の見世物としては使いません」

では、指揮棒を使う使わないは、どうやって判断しているのだろう?

――手で指揮する自由さは素晴らしいよ。でもどうしても指揮棒が必要な音楽もあるんだ――

ヘルベルト・ブロムシュテット曰く
「指揮棒を使うかどうかは作品によります。ハイドン、モーツァルト・ベートーヴェンのような古典派のプログラムを指揮するときは使いません。
指揮棒が役に立つのは、大きなオーケストラ、複雑な組織の楽団を相手にする場合です。
とくにオペラにおいて指揮棒はとても役に立ちます。舞台の上で遠く離れて歌っている歌手たちや、オーケストラピットの中に座っている楽員たちは、暗闇の中では指揮者を見ることが出来ません。しかし白い指揮棒の先端が動いていれば見えるのです」

もちろん、楽員に指揮者の振りが見えなくては話にならない。指揮棒は手の振りの延長であり、その動きを正確に伝える。
オペラなどの舞台では聴覚と視覚にズレが生じる。指揮者は右手と左手にも気を遣うことになる。

指揮者の最も重要な仕事は正しいテンポを与え、このテンポが守られるように心を配ることです
これはオペラのような歌劇場などではとても難しいことなのです。
舞台はオーケストラよりも音の出が遅れるのです。どうしたら良いか。早めに指揮するのです。しかし、それにつられてオーケストラも早めに
音を出してしまう恐れがあります。そんなときは、左手を使います。楽員は左手が彼らのためのものでないことを知っています。
したがって、右手でテンポをとりつつ、左手で早めに振りを舞台へ伝えるのです。もちろん、そう簡単ではありませんが」インゴ・メッツマッハー
「指揮棒」はそんなマエストロの強い相棒だが、時には牙をむくこともある。

レナード・スラトキンの経験は指揮棒を遠ざけた
「まったく指揮棒を使わない時期がありました。
演奏中に指揮棒を指に突き刺してしまったのです。その棒はたいへん尖っていました。
それから使うことに不安を持ち、素手で指揮をしていました。しかし、総譜のあるページをめくったとき、今度は紙で指を切ってしまったのです。
指揮棒を刺さなかったとしても、今度は紙で傷ついたのです。今では指揮棒を使うこともあれば、使わないこともあります」

――ときには、持ち主を傷つける凶器にもなるんだよ――

インタヴューで多くのマエストロが「指揮棒」でしたケガのことを語っている。
あんな小さくて細い棒が凶器になるなんて!
これは初耳で、ちょっとした驚きだったが、確かに、その形容から納得がいく。

指揮棒を何時間も振れば、汗で滑るだろうし、勢い余って手から離れた指揮棒は、何十メートルも飛ぶ。または、自分の身体にぶつかるかもしれない。
グラスファイバーを使っていたマエストロがいたが、一度、奏者のほうへ指揮棒を飛ばしてしまった。
彼らの目に当たっていたら、例えばチェロにでも当たって傷つけたらと、想像したらゾッとしたよ

ヘルベルト・ブロムシュテットの逸話はちょっと恐ろしい。
「指揮棒で私の生徒がケガをしたことがありました。
昼夜を問わず練習するような熱心な生徒でしたが、あるとき指揮棒を手にしたまま寝入ってしまったのです。不幸なことに、棒が鼓膜を貫通して
しまいました。
なんとも痛ましいことであったと言わざるをえません」

「友人の指揮者が指揮棒を手に突き刺してしまったことがありました。
指揮棒は折れており、その破片が手の中に残りました
。木片はレントゲンにも映らず、医師も抜くことが出来ませんでした。
約三週間後でした。彼が「取り出せたんだ!誰もそれを出来なかったが、練習中に突然抜けてしまったんだよ」と嬉しそうに報告してくれました。
彼はその後、もう一度、指揮棒でケガをしました。目の上を突き刺してしまったのです。フィガロの六重奏を指揮しているときでした」ジェフリー・テイト

「グラスファイバーの指揮棒は危険だと思います。先が非常に尖っています。もし自分が首席ヴィオラ奏者にぶつかれば彼は死ぬだろうと
もちろん、演奏中に血だらけになる事態だってありうる。

「指揮棒が上半身に突き刺さり肋骨に届いても、トゥーランドットの指揮を続けた指揮者がいました。美しいエピソードです」エサ・ベッカ・サロネン

そういえば、子供の頃、親に「危ないから棒を振り回すな!」と怒られたことを思い出した。

たかが棒だが、されど棒なのである。
そしてマエストロの持つ棒は魔法の棒である。






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自由な魂を持つ芸術家にとって、不本意な仕事に多大な時間を取られるほどの試練はない。

嫌がらせとしか思えない権力者の、わがままに付き合わされる精神的屈辱。
肉体は肉体で、天井を延々と見上げた、その不自然な作業で酷使しされる。

けれどミケランジェロの逃れる術はない。ああー、もうこいつは拷問だ。

ミケランジェロには、誰もが一度は目にしたことのある代表作が三つある。

「ピエタ」「ダビデ像」「最後の審判」だ。

ピエタもダビデ像も彼の二十代前半の作品。創りたい!という情熱に駆られて、魂の情熱のまま打ち込んだ渾身の作。
彼は彫刻を彫ることが大好きだった。

だが三番目の代表作、「システィーナ礼拝堂天井画」はフレスコ画である。

ミケランジェロは周囲に自分は彫刻家だと明言しているように、二次元的表現を好まなかった。
かの偉大なレオナルド・ダ・ビンチが画家だったので、馬鹿にする発言もしている。

だがミケランジェロだろうとレオナルド・ダ・ビンチだろうと、権力者から見れば、たかが芸術家と見下されていた。
当時の芸術家の地位は低かったのだ。

権力者の力の誇示に奉仕するだけの存在で、自らの作品に自分の署名を入れることも許されなかった。

最後の審判のフレスコ画も、ミケランジェロが自ら創作意欲を持って描いたものではなく、イヤイヤ引き受けたようだ。
馬鹿にしていた二次元的表現、だが、ミケランジェロとて、当時の権力者からの命令には逆らえなかった。

ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画は、バチカン市国のバチカン宮殿内に建てられたシスティーナ礼拝堂の天井に描かれた超有名な絵画作品である。

天井に絵を描くための、足場の上での苦しさについて触れた友人への手紙が残されている。
おどけた調子の悲しい詩のわきに、自らの姿をこっけいに描いたスケッチが描かれている。

この手紙には足場の上で体をねじって過ごした四年半もの辛い日々が、ミケランジェロにとってどれほど耐え難かったかわかる。

実際、ミケランジェロはこの拷問のような製作中ひどく体をねじまげてい結果、体全体が、むくんで腫れ上がってしまった
そしてついに、脊椎側彎症(せきついそくわんしょう)になってしまった。
またリウマチや呼吸器にも問題を抱え、おそらくは腎臓にも結石ができ、視界の不調も訴えていた。

制作完成後も一年ほどは、手紙やデッサンを頭上高く掲げて見なければならないほど、目の焦点がずれていたという。

このようにミケランジェロにとって、そこはそうとう「ひどい場所」であったようで、一刻も早く逃げ出したい一心から、制作の終盤には原寸大の下絵や輪郭を使わず、フリーハンドで描くようになった。

ゆえに最初の頃のフレスコ画は何ヶ月も細かく手を入れて仕上げていたが、祭壇側の壁上の天地創造冒頭のフレスコ画は完全にフリーハンドでたった一日で描かれている。
つまり健康状態が限界に来ていたのである。

とはいえ、嫌々、創作した作品にしては、大傑作だ。

この傑作を産んだ裏には、権力者への、そうとうの恨みつらみというエネルギーが込められたのだろう。

実際、この作品の中には、数え切れないほどの「権力者に対して隠された嫌がらせ」が描かれている。

現代の表現者は、権力者を「パロデる」ことで、彼らを嘲るが、昔もまた隠れた部分で権力者を密かに嘲っていたわけだ。

ルネサンス時代は、このように画家たちの権力への批判を、物言わぬ作品中に隠すことは当たり前だった。
今ではこの暗号解読が熱心な美術家の楽しみなのだ。


※「システィーナ礼拝堂天井画」を全体を回転させたり、拡大したりしてみることができます。

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イタリアの天才レオナルド・ダ・ビンチの代表的作品のすべては、パリのルーブルに所蔵されている。
なぜイタリアでなく、フランスなのか、ご存知だろうか?

その答えを語るには、まず時代背景を知る必要がある。

当時、つまりルネサンス時代、芸術家や科学者には、教会に課せられた強力なタブーがあった。
それは絶大権力を持つ教会からの「死体解剖」をしてはならない、という禁止命令だった。

当時の教会は人体を神秘的なものと位置づけていたので、医学界ですら死体解剖は御法度だった。
だが、医学者はもちろんのこと、芸術家たちも内心では、人体の内部構造をできる限り把握したがっていた。

なぜなら、中世の人物描写が古代ギリシャ、ローマ、そしてルネサンス期の作品より「平面的で不自然」であるという悪影響が現れていたからだ。

そこで、横行したのが死体泥棒である。

死刑が執行されたばかりの犯罪者の死体を墓から盗み出し、闇夜に紛れてこっそり秘密の研究所に持ち込むのだ。

さて、レオナルド・ダ・ビンチは、当時の教皇に作品の依頼を受け招かれていた。
だが、この気まぐれな芸術家は、図々しくも三年間、ローマを散策するばかりで、何もせず宮殿で暮らしていた。

ついに堪忍袋の緒を切らした教皇は、屈強なスイスの傭兵を引き連れ、傲慢なダビンチの素行を後悔させるため、寝込みを襲うことにした。

夜中、画家の自宅に押し入った教皇らは、想定通りダビンチが寝室にいないので、出鼻をくじかれる。
ぐっすり寝ているものとばかり思っていたダビンチは、どういうわけか、こんな深夜に起きていたのである。

いや、ただ起きていたというだけでなく、この男はとんでもないことをしていたのだ。

教皇は、不運にも、そのおぞましい光景を目撃することになる。
気の弱い教皇は、その神をも恐れぬ悪魔の所業に腰を抜かさんばかりに驚き、恐ろしさに悲鳴をあげた。

ダビンチは、なんと二人の死体泥棒とともに、盗んできたばかりの死体を、漆黒の闇、微かに揺らめく灯火を頼りに、解剖している最中だったのだ。

皮肉にもダビンチを恐怖させるはずの教皇が、逆に恐怖でパニックとなり、腰を抜かして飛んで逃げる羽目になった。

このタイミングの悪い事件により、ダビンチはイタリアを脱出しフランスに逃れることになる。
彼がイタリアに戻れず、残りの人生をフランスで過ごしたのには、そんなわけがあったのだ

偉大な天才画家の油絵すべてが、どうしてパリのルーブル美術館にあるのか?

その理由が、じつは「死体解剖事件」のせいであったことはあまり知られていない。


皆様、良いお年を!
最後はネルソン・マンデラが愛した詩を載せます。
 
 
 
インビクタス−負けざる者たち−
 
 
ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

 
私を覆う漆黒の夜
 
鉄格子にひそむ奈落の闇
 
 
私はあらゆる神に感謝する
 
我が魂が征服されぬことを

 
 
無惨な状況においてさえ
 
私はひるみも叫びもしなかった
 
 
運命に打ちのめされ
 
血を流しても
 
決して屈服はしない

 
激しい怒りと涙の彼方に
 
恐ろしい死が浮かび上がる
 
 
だが、長きにわたる脅しを受けてなお
 
私は何ひとつ恐れはしない

 
門がいかに狭かろうと
 
いかなる罰に苦しめられようと
 
 
私が我が運命の支配者
 
私が我が魂の指揮官なのだ

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