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  主役はどっち? 木かな? ビルかな? どっちも無くてはならないね。 撮影は咲耶子

ある番組で、テレビ業界の人たちが飲み会を開くと、テレビの未来を悲観して自虐的話題ばかりになると言っていた。

確かに、若い人たちはネットで配信される動画のほうに惹かれているようだ。

とは言え、本当にテレビは衰退するのか? 
そう問えば、発想次第だろう。

さて、そんなテレビが最近、YouTubeに上がった面白映像をテレビで流している。
うん? だけどさ、これは他人のふんどしで……ってやつじゃないかな?
君たちにはプライドはないのか? これでは、ほんとうにテレビの将来はない。

今、テレビ業界の人たちは、視聴者と一緒になって不満や不安ばかりを口にしているようだ。
だが、彼らの役割は嘆いていることじゃない。
プライドを持って、テレビでしか出来ないものを作りだすしかない。
どうしても否定的な言葉が口から出るだろう。けれど口から出すのは斬新なアイデアであるべきだ。

そういえば「おっさんずラブ」は視聴率はパっとしなかったが、話題性は抜群でTwitterの世界トレンドで1位になるほど大盛りだったという。もちろん関連グッズや映画化決定など商業としての成功を勝ち取った。
つまり視聴率オンリーじゃないということ。

あまりにもスポンサーの目を気にして良いこちゃんに、甘んじていると、
過去の番組をリメイクするだけになる(もはや二十年以上そうなっているが)

そうは感じるが、意外にふてぶてしさもあって、テレビはもはや時代遅れと思ったら、これからも案外しぶとく生き残るだろう。
実際、テレビに淘汰されそうになったラジオは、しぶとく生き残っている。
さらにラジオは自らの独自性を駆使して、若者を中心に復活の兆しを見せ始めている。

なにごとも、そうだが不平不満を言っても、改革にもならなければ生産性もない。そんなものは部外者に任せておいて、当事者は常に具体的な改革案を口にしたい。
100の夢物語だって、たったひとつが採用されれば、大きなけん引役となる。

そういえば最近、テレビで障害者の活躍を見る機会が多くなった。
パラリンピック選手の戦う姿は、新鮮だし、おまけにカッコいい!
ひと昔前なら、彼らは「隠れるべきが美徳の存在」として扱われてきたのだ。時代はどんどん変わりつつある。

マイナーな人々の認知度を上げる、差別意識を無くす。これがテレビの強みだ。
私たちを明るい未来へ導くこと。これからのテレビの貢献を期待したい。



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                        撮影は咲耶子

窓を開け放つ季節、夏になると悩まされる音がある。
爆音バイクだ。
夜のしじまを破って大音量で走り抜ける。嫌がらせのように何度も。

ぐっすり寝ているところを、耳元で「ワッ!」と驚かされるようなものだ。

心臓が飛び出るかと思う。
ドキドキが止まらず、高齢者なら心臓発作を起こしかねない。
赤ん坊なら泣きだすだろう。

警察に通報するころには、というか、ベランダに出て確認する頃にはもういない。
そもそも、かつての集団暴走族でもなく、警察ではらちがあかないのが現状であろう。

解決方法をネットで調べてみた。
どうやら通報するなら「運輸局」が効果的らしい。
まずナンバーをひかえること。
運輸局には爆音バイクのナンバーを伝えれば、ナンバーから住所がわかるので、その
持ち主に期日指定で改善通告のハガキが出されるようだ。

改善を無視すると罰金が発生する。
試した方の話では意外に静かになるようだ。

注意だけの警察はなめられているのか、運輸局の罰金のほうがずっと効果があるという。
ゲンキンなものだ(笑)

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                  この中に求めている人たちがいたかも・・・撮影は咲耶子

ネットで検索すれば、どんな知識でも、どんなモノにでも到達出来る。
便利な世界になったものだ。

だが、これほど便利になっても、どうしても手に入らないものがある。
自分と同じ世界を見ている誰かだ。

それは趣味や嗜好が同じということではない。
思想や宗教が同じということでもない。

ブログなどをしていると、興味や関心が似た人と意気投合する。
親しくなれば、現実の世界で会う機会もある。
ここが微妙なのだが、
ネットの中で意気投合したからと言って、現実の世界で意気投合するとは限らない。

趣味や関心が同じだということと、同じ世界観を持つということは、少し違うのだ。

以前、切磋琢磨を求めて、カメラサークルに参加したことがあった。
予想に反して、誰もそういったことを望んではいなかった。そもそもカメラは内面的な趣味なのだ。

内面的と言えば、小説創作も同様である。互いを高めあう人を探すのは難しい。

現実には、趣味、嗜好が似ていることと、世界観を同じくすることは「似て非なり」なのだ。

思想、宗教さえも一体感があるようで、やはり「似て非なり」である。
スピリチュアル仲間と旅行したことがある。
正直、ずっと一緒にいて感じたのは、見えない世界すら個人差は激しく、求めるものは千差万別であるということだった。

逆の場合もある。

趣味、嗜好、思想、考え方など共通点が無いにも関わらず、奇妙なほど居心地良さを感じる人間がいる。

なんというか、空気感が同じというか、波調が似ているというか、沈黙も怖くないし、まして話をすれば、打てば響くように呼応する相手がいる。
「気を使わない相手」であると同時に「楽しくて仕方ない相手」だ。

そのような相手とは、めったに出会わないないし、出会っても残念なことに一期一会ということもある。

人の出会いで夢見るのは、三タイプの人たちである。

一人目は、傍にいるだけで尊敬と畏敬の念を感じさせてくれ、自分を高みにひっぱり上げてくれる師匠のような人。

二人目は、琴線に触れるツボが同じ、同じ部分で感動し、笑い、悲しむ、
同士のような人。

三人目は、私独自の良い面や知識技術を、疑うこともなく素直に継承してくれる
弟子のような人。

このような人々に出会えたら、自分という存在の意味、生きている意味がはっきりするだろう。

現在のネット検索では、そのような深い意味で個人的なマッチング、望む人物を探し出すことは困難だ。

検索するのは、肩書でもなく、趣味嗜好でもなく、信念でもなく、あえて言うなら「素」であるその人だ。

唯一無二の関係を体験させてくれる、そんな人たちを探す方法は今は無い。
それとも将来、AI人工知能は、検索で、その夢をかなえてくれるだろうか?

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            花の女王は、まだお披露目前。  フォトは咲耶子

  このところ、トンと詩を書いていない。

思うに、心の中に大きな波が寄せてこないのだ。つまり、長く続く凪の感じ。
良く考えれば、気持ちが安定していて日々が平和なのだろう。

うねる波が好きな私としては、今の状態では、そういう詩は書けない。

逆に、どんどん詩が浮かぶのは、やはり恋しているときだろう。
恋は感情を大きく揺さぶる。

打ち寄せる大波のような喜びが来たかと思えば、波がサーっと引くように落ち込んだり、心象の海はさまざまに姿を変え、あらゆる情念を体現する。

最近、芸能人が俳句をつくる番組にハマっている。

才能有り無しに関わらず、ひとりひとりの表現力に感心する。

俳句はご存知のとおり、5・7・5の、とても短い詩だ。
自由詩のような言葉の積み重ね、広がりの奔放さは無い。
だから、各人の苦心が伝わってくる。最適な言葉を選びぬく難しさだ。

詩のように溢れ出る、さまざまな情念を入れる余地はない。
だから、俳句には恋の歌はほとんどない。

写真を撮ることに少し似ている。幾つもの表現を?ぎ取って、たった一つ残った情景を切り取るのだ。

俳句も写真も、欲張ってはいけないのだ。
ストイックで硬質な世界である。

さて、恋も遠ざかって久しい凪の私に合っているだろうか?
俳句にトライしてみた。作った心情も載せた。


――はんなりと 紅さす蕾 そもまた薔薇―― 咲耶子

薔薇園で写真を撮っていると、つぼみの先、わずかに赤く花びらをのぞかせた、咲く前の薔薇の魅力に目が留まる。
くさっても鯛じゃないけど、満開でなくても、やはり薔薇は薔薇だ。艶やかな美がすでにある。



――アスファルト 鼻腔に苦し 春驟雨―― 咲耶子

雨に匂いがあると言えば、土の匂いを想像するだろう。昨今は土よりも、独特なアスファルトの匂いとなった。


――谷落ちて 雷神の髪 黒々と―― 咲耶子

谷に落ちたのは、日の陰りだろうか? それとも雷だろうか? 今まさに髪振り乱すような雨が谷に降り注ぐのか?

 


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                                        飛騨の里〜フォトは咲耶子    長男とまったく同じ写真ばかり

以前にも書いたが、長男が突然カメラに目覚めた。

最近、家族旅行に行ったのだが、彼は一眼レフのシャッターボタンから片時も手を放さなかった。
いままでの旅行では、カメラも持ってこなかったのにである。

私があちこちを撮影している姿を見ても、以前は全然興味なさそうだったし、スマホですら撮ろうとしなかった。
それが、突然、カメラマン気取りだ。

そんな彼と帰宅後、撮影作品のお披露目会をやった。

そこで驚いたのは私と彼の撮影アングルがまったく同じということ。興味を惹かれた題材も同じなら被写体の切り取り方も同じなのだ。

なんじゃこれ! と、お互い顔を見合わせるほどだった。

これは、偶然か? いやいや、偶然ではない。

以前、カメラ仲間たちと撮影会をしたのだが、お披露目会では、ほんとうに皆ひとりひとり撮っているものがバラバラだった。

そうなのだ。同じ場所で撮影しても、人それぞれ視点が全然違うから、まったく違う作品になるのだ。

だから、長男との作品の類似性は奇跡的に見えた。

思うに、これはもう「遺伝子」の仕業としか考えられない。

一卵性双生児をみればわかる。彼らの見事なまでも言動の一致、思考の一致、異性の好みすら、ほぼ同じ。

親子間でも、しぐさや性質がとてもよく似る。お笑いタレントのご両親を見ると、やはりツッコミ、ボケがやたらうまい。この親あってのこの子なんだなあと、いつも思う。

そうなのだ、人は環境に影響を受けることも事実だが、それ以上に「遺伝子」に影響を受けている。

「遺伝子くん恐るべし!」

ちなみに、もう一人の子供とも、写真を撮りに行ったことがあるが、目を向ける被写体は全然違って、作品はまったく別物になった。
なるほど、これが父親似、母親似の違いなのか。

蛙の子は蛙。

蛙の親は、自分の姿を見て、子供だけに期待しちゃいけないということだな。

えっ? トンビが鷹を生んだ? 

そりゃあ、たぶん隔世遺伝なんでしょう。
謙虚に、ご先祖様に感謝ですね。

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飛騨の里 フォトは咲耶子    写真がどれもこれも長男と同じで驚愕! 

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