あなたの知らない視点で語りたい〜フォト 詩 小説 エッセイ

単行本「片翼のイリス」都環 咲耶子著・本屋・アマゾン・直接取り寄せはゲストブックに来てね。他にもヤフオク、メルカリでもOK

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うう
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                                 撮影は咲耶子

煽り運転、逆走運転、駐車場の暴走などまさに車は凶器だ。
最近では乱暴な運転の大型車が横転して、小型車を巻き込んだ。

けれど、必需品となった車を非難したり排除する考えはない。

振り返れば百年前、自動車が登場したとき、安全に対する懸念、規制の曖昧さ、事故時の責任問題、お払い箱になる馬車関連の労働者など心配事は山のようにあった。

それでも、自動車はあっという間に世界を覆いつくした。
心配事より、便利さが勝ったのだ。

そして、百年が過ぎて「自動運転」の時代が来た。
懸念される心配事は、百年前とほとんど変わらない。
たぶん、最初の犠牲者や不具合による事故は大ニュースになり心配性の人はこの新しいシステムにアレルギーを起こすだろう。

とは言え、煽り運転も、逆走運転も、駐車場での暴走も、乱暴な運転もあっという間に昔話となることは想像に難くない。

電気で走る自動運転タクシーによって、都市部の車両数は90%も減少し、温暖化対策に貢献するという予測モデルがある。

特に、高齢者にとってスマホひとつで自宅に呼べる自動運転タクシーは気軽な交通手段になる。田舎では車が無いと生活していけないが、高齢で運転が不安だという人にとって勝手に運転してくれる車はありがたい。
トラックも早々と自動運転となるだろう。配送コストが減るからだ。

最近の若者が免許を持たなくなって久しい。
そんな彼らがデートのために自動運転フェラーリをスマホで呼ぶかもしれない。
つまり車は所有するものから、共有するものになるわけだ。
レンタルは現代のトレンドだ。
まだまだ先の未来と思っていたものが、その便利さから問題点を先送りして、どんどん普及するのは過去をみてもわかる。
とりあえず、すべての問題の解決より、普及が先になるだろう。

車は百年前から凶器だった。
そして皆がその事実に目をつぶって発展してきたのだから。

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                         後半すべて

「白薔薇って誰? 私は紅薔薇よ」
私は目覚めてからも、ずっと否定していました。
私は白薔薇なんかじゃない。第一、その名前を私はまったく知らない。知らないが蜘蛛の巣に絡んだ虫が暴れるように、ひどくその名前は私の気を引いたのです。
その日中、私はずっと『白薔薇』という名前に執着していました。
しまいには、その名が頭に浮ぶと、閉じ込められた窮屈さと同時に涙が流れ、安らかで浮き立つような懐かしさが口元に浮かび上がり、深い沼の底をさらったように、幾つもの感情が蘇ってくるのです。
それからは、夢の中の私は「紅薔薇」ではなく「白薔薇」と呼ばれることになります。
あなた様は、ひとつ疑問を持たれるでしょう。
では、その夢の中の娘の名は、なんというのか?
はい、お察しの通りでございます。
その娘は、自分こそが『紅薔薇』であると宣言しました。
そういうわけですので、ここでは混乱を起こさぬように、私を『白薔薇』、もう一人の幻の娘を『紅薔薇』といたします。
紅薔薇は、毎夜毎夜、夢の扉を叩いてきました。
夢に理屈はありません。 私はなんの抵抗もなく『白薔薇』の役柄を受け入れ、私たちはすっかり親友となりました。
不思議なことに睡眠時間のほとんどを夢が占領していました。こうして何時間も一緒に過ごすようになると、それは現実より現実味を帯びてきます。
紅薔薇のことも、わかってきました。彼女は見た目はそっくりでしたが、性格はずいぶん違っていました。
『紅薔薇』の名前のとおり、強烈な自我の持ち主で、血の紅(くれない)を象徴するかのような情熱と欲望を愛する、ある意味とても人間的な娘なのです。
逆に言えば、私は『白薔薇』という名に小憎らしいほど相応しいのです。
たとえば、私は紅薔薇にいつも振り回されていました。
彼女はかくれんぼが好きで、薔薇園の茂みなどで姿を消すのですが、とりおり私が心配のあまり泣き出すくらい、何時間も出てこないことがありました。
もちろん、まったくどこか別なところへ行ったというわけではなく、私に声が枯れるほど自分の名を呼ばせ、ついに喉が痛みに熱くなるころ、傍の茂みから満面の笑みで現れたりしました。
つまり、私を困らせて私が辛い想いをしているのを、すぐ傍で意地悪く眺めて楽しんでいるわけです。
また、何かを決めるときは、必ず私に選ばせます。
たとえば、音楽は何を聴くとか、おやつの菓子は何を作るとか、ブラウスとスカートは何を合わせるとか、そんな他愛ないことです。
けれど、それが私にとっては、ひどく重荷なのでした。じつは私の欠点は決断力が無いことで、何かを選ぶとなると、その目的は何だろう? ベストな結果はどっちだろう? と真剣に考えすぎて、不安になってしまうのです。
『選ぶ』ということを鑑みるに、人の日常とは、この無数の選択と小さな決断に、満ち満ちているのです。
そんな心安らかならぬ場面の決断が、どんなに私を消耗させたか。
それを紅薔薇は知っていて、わざと私を追い込むのでした。
ところがです、紅薔薇の悪意は、そこが終着地点ではありませんでした。
私が迷いに迷ってようやく「今日はロールケーキが作りたいわ」と答えますと、紅薔薇はあっさりと「あら、それよりクッキーにしましょうよ」と当たり前のように、私の決心を覆すのが常でした。
このように、私を迷わせ、決心させ、覆し、選ばなかったものを受け入れさせるために、彼女は毎夜毎夜、夢に現れるのです。
私はそのころ、あまりにもリアルなこの悪意に辟易として、彼女の存在を単なる幻と捨て置けなくなりました。

そこで事あるごとに、使用人達に紅薔薇、もしくは白薔薇を知っているか? と質問攻めにしておりました。
けれど使用人達は、一様に困惑の表情を浮かべるばかりで、私の質問を理解してくれません。
そもそも使用人達の様子に、嘘をついているという気配はなく、私はなんとも心細い気持ちで、やはりあの子は私の作った幻なんだろうかと、思い直すのです。
父はどうやら私の様子を使用人から聞いたようです。
父としては、母のことがありましたから、少し恐れていたのだと思います。
それは、まったく唐突な提案でした。
父は私を部屋に呼ぶと、お披露目パーティを開こうとおっしゃりました。
「お前もそろそろ社交界を知る歳になった。皆さんに紹介しよう。そうだ、そこへ将来有望な青年らを招こう。
中には気が合って、お前の花婿になる男もいるやもしれぬ」
私はたしなみとして、娘らしく顔を赤らめたのですが、そんな羞恥心よりも、父のもくろみに当惑いたしました。
では、いったい今までの『閉鎖』された生活は何だったのでしょう?
私は学校へも行かず、街で買い物をすることもなく、同じ年頃の友人らとカフェでおしゃべりを楽しむこともなかったのです。
それが突然、男ども――はつらつとして遠慮も無く、娘たちを値踏みするような性癖を持つ異性――の前に身をさらせと言う。
私は今までの父の仕打ちを振り返り、沸々と怒りが込み上げてくるのを抑えられませんでした。
「そのような冗談、まったく笑えませんわ、お父さま」
父は私が本気で怒っているのだと気づき、ちょっと罰が悪そうに笑い、つとめて明るく言いました。
「今までのことを怒っているのだね。申し訳なかった。だが、言い訳になるかもしれないが、外に出せない事情があったのだ」
「事情とは何なのです?」
さらに不審な目を向けた私を、なだめるように、髪をなでながら「それは聞かないでおくれ。その代わり、これからはすべてお前の自由だ。
やりたいことがあれば、何でもやればいい。もちろん、街に出ることも構わない。旅行だって構わない。
つまり、今度のパーティは、お前の独り立ちのお祝いなのだよ」
私の心中をお察し下さい。父の言っていることは、今まで一から十まで他人に決められていた生活を、突然丸投げされて、自分で考えろと言うことなのです。
あまりの急な展開に、めまいすら覚えました。
父は、私の怒り、戸惑い、恐れに、ほんの少々の喜びを、知ってか知らずか、さらに私を懐柔しようとしました。
「社交界デビューに相応しい、とっておきの首飾りがあるのだよ」とおっしゃると、金庫を開け、中からビロードの箱を取り出しました。
父は無理やり私の手にそれを乗せると、開けるように促します。私は憤慨しながらも、好奇心に勝てず、ふたを開けてみました。
私は一瞬、アッと叫び、目をしばたきました。
それはまるで、完璧な一つの小宇宙のようでした。紅色の星くずを一つ一つ明けの空からつまみ出し、地平線の白い糸で何重にもつなぎ合わせたような、えも言われぬロマンチックな首かざりだったのです。

「まあ、なんて美しいの!」
女のサガです。不穏な嵐に揺れていた私の心は、その首飾りを救いの綱のように掴んで不動の美に捉えられておりました。
「希少な宝石を使っているからね」
取り出した私の手が思わず震えます。
「さぞ高価なのでしょ? 無くしたらと思うと緊張するわ」
すると父は、意外なことを言ったのです。
「大丈夫だよ、こいつは本物そっくりに作らせた模造さ。あ、心配しなくていい。本物だってお前のものだ」と言って、金庫からもう一つの箱を取り出し開けました。
覗き込みますと、おっしゃるとおり、そっくりなのです。
「大切なものは、スペアがあったほうが安心だからね。万が一、無くしたとしても、がっかりしなくて済むだろう?」
唯一無二という言葉があります。かけがえがないからこそ、それは大変希少なのですが、私は父の言うスペアという考えは、それにそぐわないのではないか、という気がいたしました。
「でも、もしも本物を失くしたらどうなるのでしょうか?」
「確かに本物を失うのは悲しいが、だからこそ予備という発想が生まれるのだよ」
父の主張は、少しも心には響きません、むしろ鼻白むほどでした。
私は、ぼんやりと首飾りを眺めました。
人造宝石は、銀河の環を作り、深淵の底から、きらめきを放っていました。
とても偽物とは思えぬ、美しい首飾りなのです。
でも、何故でしょう? 
手の震えは、すっかり止まっておりました。
その夜、私は今までにないほど、リアルな夢を見ました。
まるでひとつの運命が、重い水の流れのように私を見知らぬ岸辺に運びます。
夢の中で紅薔薇は、咲き誇る花の小道に立っていました。
彼女の蒼白い顔は、まっすぐ私に向けられています。
キッと結んだ口元に並々ならぬ決心掲げ、揺るぎない一途な視線を私に投げかけています。その目の奥の不穏は、私を突き動かすのですが、まるで蛇に睨まれた蛙のように、指一つ動かすことが出来ないのです。
紅薔薇は一本の薔薇を手折ると、私の顔の前に差し出しました。
「ごらんなさい。この立派な太い棘たちを。花が美しいからといって、無防備に手折れば、血を流すほど痛い目に合うのよ」
差し出された紅い花と同じ色の血が、紅薔薇の指先を流れていきます。
私は目の前で起きている何かを、ただ見つめていました
おもむろに、紅薔薇は胸のボタンをはずすと、シルクのブラウスを薔薇の中に脱ぎ捨てたのです。
透き通るような肌に、熟れ始めの乳房が並んで、夏のまばゆい光を浴びて、金の芳香を放っています。
荒く息をつぐたびに、両肩が激しく上下して、まあるい果実が二つ揺れます。
紅薔薇はランランと目を光らせて、一面の棘の茂みへと一歩退きました。
「私は私であるために、この身に刻印を押さなければならないの」
彼女は何を言っているのだろう?
私は呆けたように、見慣れたはずの裸体を、けれど異質な裸体を、一種冷たい眼で観察していました。
「さあ白薔薇、行くわよ!」
そう言うか、言わぬ間でした。
私に顔を向けたまま、鳥が飛び立つように身体が宙を舞いました。
無防備な背中が、棘という棘へ向かって叩きつけるように落下したのです。
バキバキと枝の折れる音がして、赤い花びらが舞い、その胸元に降り注ぎました。
紅薔薇の顔には陶酔の笑みが一瞬浮かびましたが、すぐに発作に襲われたような雄叫びをあげ、全身を鋭く尖った大地にこすりつけると、激しく身もだえたのです。
フレアスカートが太ももまで、まくれ上がり、その内側に私は漆黒の闇が見えた気がいたしました。
紅薔薇は自ら欲した苦痛に涙を浮かべながら、私に訴えかけるのです。
「ねえ、わかる? あなたにわかる? いいえ白薔薇には、決してわからないわ。
私がどんなに自分を愛しているか、自分を憐れんでいるか、自分の運命を呪っているか、
あなたには決してわからない」
私は悲鳴を上げて、夢から逃げ帰りました。
そして、とても大事なことを思い出したのです。
背中の傷だ。
背中に傷があるはずだ。私には記憶がある。あれは私の記憶のはずだ。
私はうわ言のように繰り返しておりました。そうです、あやまって、花壇で転んだ時の記憶があるのです。
あのように、自ら飛び込んだのではないのです。自ら傷つけたのではないのです。
なのに、どうしてなのでしょう?
あの夢は、私の思い出より、数千倍もリアルなのです。
確かめねば、なりませんでした。
私は、もどかしいようにドレスを脱ぎ、大鏡の前に立ちました。
ガラガラと、耳をつんざくような音が鳴り響きました。積み上げた記憶が音を立てて壊れてゆきます。
私は必死に傷をさがします。たったひと掻きでもいいのです。けれど背中には、ひとスジの傷もないのでした。
大きな疑問が頭をもたげました。ではあの記憶は誰のものなのでしょう?
いいえ、そもそも記憶を盗んだのは誰なのでしょう?
パーティの次の朝、私は決心して対岸に住む母に会いに行きました。
十三年ぶりでしょうか?
便りひとつ無い母でしたので、きっと病が重いのだと、信じておりました。
けれど、訪ねた母は何故私たちのもとへ帰らないのか疑問を持つほど、元気で普通に暮していました。
私たちは熱い抱擁をすることもなく、互いに、よそよそしく向かい合っておりました。
そんな中、私は嵐の夜を思い出していました。
そして同時に、あの夜、悲痛な叫び声をあげた娘、あれは私ではない、と確信したのです。
久しぶりに見た母に、私は驚くほど思慕の念を覚えなかったからです。
母は私の心の無風に、気付いたようでした。
声にならぬ哀しげな、ため息をついて母が聞きました。
「あなたは白薔薇ですね? 紅薔薇はどうしたのです?」
私のほうが、尋ねたいくらいです。
「私は、やはり白薔薇なのですか? あの幻こそが本物の紅薔薇なのですか?」
母の顔が、長雨の前触れのように陰鬱に曇って行きました。
「そうですか、あなたはとうとう紅薔薇になったのですね」
私の胸の空洞に、冷たい風が吹き抜けました。そのあまりの寒さに、私は凍えて叫びました。
「あの子は何者なの?」
母は目を見開き、衝撃波を受けたようによろめくと、いきなり笑い出しました。
「何者かですって? なんてコッケイな質問かしら」
何度も言葉を噛みしめ、草を食む牛のように反すうするのです。
「何者かですって?」
これ以上、的外れな問いかけは、世界中探したって聞けぬと言わんばかりに、あざけり笑うと、不意に能面のような顔つきに変わりました。
そして、私の耳にささやくのです。
「何者かと問われるのは、あなたと私なのですよ」
滑るように私から離れると、部屋の奥にあるドアを開きました。そこは診察室で、診察台の上に医療機器らしきものが置かれていました。 
母はその一つ(丸い手鏡のような)を手にして、診察台に私を座らせました。
「さあ、じっとして、いらっしゃい。あなたが何者か教えてあげましょう。そして私が何者かも」
そう言って、彼女は手鏡似たそれを私の上部にかざしたのです。
「そら、モニターをよく見なさい。これがあなたよ」
指さす先に、壁に縦1メートル、横2メートルほどの画面が現れました。
画面には、身体の内部を切り開いたように、リアルな画像が映し出されています。
もちろんそれが、私の身体を映し出しているのは、その手鏡とモニター画像の動きが連動していることで一目瞭然なのでした。
画面には薄白色の頸の骨が映っています。組み合わされたパーツが、一つ一つ、積み上がり頭蓋へと延びています。
機器がさらに上へと持ち上げられ、後頭部へと移動します。
正直、自分の頭蓋骨の中を見たがる人などいるのでしょうか?
そんな酔狂な人は、いやしないのです。
自分の内臓もそうですが、覗き見の出来ない不可視な聖域であって欲しいのです。
もしも、その聖域を侵すリスクを承知するなら、どう言い訳したとしても、そこに詰まっているものは、脳みそに違いないと主張せねばなりません。
第一、それが紛れもない事実なのですから。
けれど私は、どこまでその事実から遠く離れていたでしょう。地の果てでも物足りない、むしろ別次元にいたのです。
つまり、とうとう我が身の正体を知ったのです。
まあるく白い骨の中に葬られていたもの、あの複雑なしわの物憂い重なりではなく、聞いたことも見たことも無いもの。ゼリー状の詰め物が頭蓋骨の内部を、一杯にしていました。
そして、その中心に私がいました。
機器は、さらに中心部へ映像をフォーカスしていきます。
「二列に並んでいるのは、人工知能のチップよ。人間の脳の代わりね。
つまり、このチップがあなたの身体を維持し操作しているのよ。もちろん記憶もね。
あなたのお父さまは、クローンの権威よ。いとも簡単にスペアを作るの。
けれど、記憶だけは上手くいかなかった。だから人工知能で代用したの。
つまり私たちは生身の身体を持つロボットのようなものなの」
「じゃあ、あの子は……」
「私たちが持ち得ないものを持つ者、生への執着を持つ者、自らの存在意義を問う者、そして私の中にも、あなたの中にも、その残骸を残す者よ」
人は死んでも、誰かの心の中に生き続けようとするものです。
それが生きた証となるからです。それが愛した証となるからです。
もしも、死と共にすっかり忘れ去られたら、その想いは、どこに行くのでしょうか?
私は父を問い詰めました。そしてすべてを知りました。
不思議な気分で目覚めたあの前の晩、紅薔薇は、こっそり夜中に屋敷を抜け出していたのです。
少年が週に一度、おじいさんの小屋を訪ねてくるのを知っていたようです。だから少年が今度いつ来るか確かめ、乗って来た小舟を拝借したのです。
母に会いに行こうとしたのだろうと、父は言いました。
でも、いったい、どちらの母に? 生きている母? それとも死んだ母?
彼女は五歳の嵐の夜、母の死を見てしまったのです。
母は水死体で、発見されました。
ぐっしょりと濡れていたのは、父だけでなく母も同じでした。
蒼白く濡れたその遺体は、紅薔薇に大きな衝撃を与えたのでした。
あの悲鳴、あの壮絶な叫びは永遠の別れの慟哭だったということです。
私の記憶には母の死に顔はありません。すっかり削除されていましたから。
父は母のスペアを用意していたのですが、屋敷に連れて来る日は、以後訪れませんでした。
そしてあの運命の日、紅薔薇の小舟は湖の真ん中、空っぽで漂っていたのです。
紅薔薇は、母と同じ湖で亡くなりました。
父は再び、私の記憶チップから、紅薔薇がいたという記憶を削除しました。
乳母の記憶からも、他の使用人からも。庭師のおじいさんを除いて全員です」
「どういうことですか?」
「おじいさんだけが人間だったからです。おじいさんは口がきけなかったので、秘密を漏らす心配はなかったのです」
私は、婦人の話す不思議な物語を、秋の虫の音に耳を傾けるように、そっと静かに聞いていた。
「紅薔薇の正体が明らかになって、私はずっと考え続けました。
何故、あの子は死んでからも、私の前に現れるのだろう?
私は少年に相談してみました。
「紅薔薇は何を望んでいるのかしら?」
少年は哲学者のような顔で、しばらく思い悩んでいましたが、不意に目を輝かせて叫びました。
「おいら、すごいこと思いついた!」
計画は二人だけの秘密でした。
私たちが向かったのは、まだ夜も明けきらない薔薇園でした。
 「足元に気をつけて」
 少年が私の手を取り、薔薇の中に分け入ります。反対の手には大きな籠を抱えていました。
庭園は、薄雲の天幕をフワリと被せたようにほの暗く、薔薇は闇色に染まり黒々と揺れています。
薔薇もまた朝を迎える準備を整え始めていますが、まだ大半は、まどろんでいるのです。
私たちは眠れる庭の薔薇を、一つ一つ摘んで籠に入れました。
手折るたび、花弁が夜の固い香りを放って私の鼻腔をくすぐり、死の悲しみがゆるく私にまとわりつくのを感じました。
静寂の支配する庭園には、数種類の虫の鳴き声と、スカートの裾や袖に葉っぱがすれて出すカサコソという音だけが響いています。
 私たちは言葉のない庭師のおじいさんのように、ただ無言で花と向き合い、籠をいっぱいにしていきました。
やがて、籠がいっぱいになる頃、日の出の証しが、空を染めていきます。こうして、あかね色から水色に変わると、薔薇園全体がすっかり見渡せるようになりました。
少年と私は重くなった籠を足元に置き、小高いあずまやから、自分たちの美しくも残酷な成果を眺めたのです。
薔薇園の左手には、白い花が手つかずのまま残っていますが、右手は一面、花を摘み取られた箇所があります。
つまり、私たちはすっかり赤い花を摘み取ったのでした。
その光景は、不思議な安らぎと寂しさに置かれておりました。
何故なら白い薔薇が朝日に輝いております隣で、赤い薔薇は輝きとは無縁だったからです。
私たち二人は、わずかな休息を取ったあと、湖に向かいました。
湖は早朝の風に吹かれて、さわさわと波打っておりました。
「いいかい? いくよ」
少年が籠を持ち上げ、いっぱいの薔薇を湖に投げ込みます。
すると花が波に乗って、いっきに水面を広がりました。水面が赤く染まり花の影が揺れます。
どの花も何やら楽しげに、ゆらゆらと踊っています。
その様子は、まるで小舟に乗って、さんざめく赤いドレスの百の少女らのようでした。
「だれだって……」
少年は籠に残っている最後の薔薇を投げながら、つぶやきました。
「死者っていうのは、花を手向けられねえと、浮かばれねえのさ」
少年は、湖に向かって、ぎこちなく手を合わせました。
私と紅薔薇の違いは、何だったのでしょう?
背中の傷でしょうか?
傷とはあの娘にとって、まぎれもない自己存在の証なのでしょう。
自分に価値があると願う気持ちは、スペアである私にはわかりません。
紅薔薇は、唯一無二であろうとあがき、結局は私を傷つけるより、己を傷つけることを選んだのです。
 驚くことに、人は死んでもなお、生きようとするのです。
死者は誰かに想われるとき、死の谷すら超えて、記憶の住みかで生きることが出来るのです。
 紅薔薇は私の記憶となり、弔いの花と共に何度も蘇るでしょう」
 とうとう、にわか雨が降って来た。
風で飛んだ水の粒が、窓ガラスにぶつかる度に、白く細いスジを描いて流れ落ちていく。
物語は、にわか雨の始まりを合図に終わった。
婦人が現実に戻るために、壁の時計を振り返る。
「あら、面会時間だわ。これで失礼しますわね」
立ち上がって頭を下げた。
私も立ち上がり、同じように頭を下げる。
「退屈なお話を聞かせてしまいました。私のたわ言だと思って、お聞き流し下さい」
「いいえ、大変素敵な時間を過ごさせて頂きました。 お嬢さんにもよろしくと、伝えてください」
笑ってもう一度、深々とお辞儀をされた。
立ち去る婦人の後ろ姿に、私は何故か声をかけねばと思い立った。
「あの、もしかして、ご主人はそのお話の……」
婦人がちょっと立ち止まって、上半身を私に向けた。
「はい、その時の少年ですわ」
そう言って、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
そしてそのまま、五十メートルほど先の、プレイルームに向かって、T字の廊下を左に折れ姿を消した。
私は彼女の語った話の、信ぴょう性を疑いながら、去った方向に視線を残していると、
数分もせず、婦人が左の通路から現れて、そのまま右側の通路へと、歩いて行くのが見えた。
そして彼女の傍には、さきほどのあどけない少女がいる。少女は私が見ているのを知って、蝶のようにヒラヒラと手を振った。
答えて私が手を上げかけたその時、別に手を振るものがいた。
その時、私は初めて気づいた。少女は二人いたのだ。あまりにも、そっくりで気づかなかった。
私は手品のタネを見た気分で、唖然と三人を見送った。
どおりで、もう一人の少女が私を、好奇の目で見ていたわけだ。
雨はほんの一瞬だった。すでに雨あしは遠ざかりつつあるようだ。
窓から空模様を見ていると、突然、後ろで肩を叩く者がいた。
振り向くと、満面の笑みを浮かべた、妻の担当の看護士だった。
この十カ月、妊婦にすら知らされていなかった事実――それを神からの賜りものへ添えられた祝いの言葉に、さり気なく潜り込ませて突きつけられるとき、再び私は最初の疑問に立ち戻る。
世の中というものは、自分が気づかぬうちに変わっていたりする。
もちろん、中には気づく者も少数ながらいるだろう。だが、正体も知れぬ誰かの奇妙な意図に気づくとしたら、普段から病的な変わり者で、問題は外にあるのではなく、本人の内にあると思われているに違いない。
もしも皆が何かおかしい、疑わしいと気づくことになっても、もはや声高に叫ぶほど、勇気ある者もいないだろう。
果たして、私は何かに気づいたのだろうか?
看護士は、大げさな身振りで私の手を取りながら言った。
「おめでとうございます。かわいい女の双子ちゃん、どちらもお元気ですよ!」
       
          完


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身内のことでしばらく、忙しくなります。
ブログを見ることが出来ないかもしれません。
お返事も出来ないかもしれません。

なお短編小説が途中なので、後半をすべて掲載いたします。
落ち着きましたら、ご報告いたします。

よろしくお願いいたします。

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イメージ 1
         撮影は咲耶子   生産性の無い趣味であります・・・

生産性の定義を調べてみた。

「経済学で生産活動に対する生産要素(労働・ 資本など)の寄与度、
あるいは、資源から付加価値を産み出す際の効率の程度のことを指す」
と書かれている。

ふーん、生産性って経済的な視点からみた言葉なんだと新ためて思う。

まあ、確かにネットで「生産性」を検索すると、ビジネスの記事で書かれているのは「生産性をいかに上げるか」というポジティブで向上心を応援するタイトルばかりだ。

この「生産性」という良いイメージだった言葉が、ある議員の発言によっていっきにネガティブなイメージに落ちた。
なぜ、ネガティブなイメージに取られたのだろう?

思うに、生産的な!意見で語らず、排他的な意見で語ったことがマズかったのか?

個人だって企業だって、そりゃあ多かれ少なかれ向上心を持って社会に貢献したいと考えている。
そのジレンマを一刀両断で、あなた達は必要ない! と宣言されたらそりゃあ感情的になる。

彼女の場合は一部の人たちを指摘したようだが、多くの人はこの排他的な考えに恐怖しただろう。
この発想でいけば、いずれ自分も社会から排除されるに違いないと。

一番イメージ出来るのは年齢だろう。
人はかならず老いる。
いずれ経済的にマイナス要因となり、生産性ゼロになる。姥捨て山復活か?
つまり「生産性」という言葉は概念的に多くを包括しているので、当てはまる人びとがたくさん出てくるわけだ。

彼女の失敗は、生産性が無いと思うものから、生産性をどうしたら引き出せるかを提案しなかったことだ。

虐待児童や親が育てられない子供たちは、たくさんいる。
経済的というなら需要と供給はあるわけだ。法整備は議員の仕事である。

「子供を作れない、作らない」から「作れる、作りたくなる」妙案を発信すれば、彼女の言葉も生産的になると思うのだが、いかがだろう?



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地元にとってすべての商品がタダのヨーカドーが出来るようなものなの?  経済的付加価値を生み出さないシステムがギャンブル。

              マネーロンダリングと特定秘密保護法の関係とは?



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