あなたの知らない視点で語りたい〜フォト 詩 小説 エッセイ

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        時間の破れ目?  撮影は咲耶子

ヘビ女と書かれた看板がある。
薄暗い小屋を覗いてみると、一人の男がオドロオドロシイ様子で語っている。
「可哀そうなのはこの子でございます。親の因果が子に報い……」
若い人はご存知ないと思うが、昔の見世物小屋で語られていた口上だ。

時間概念で言うと「過去→現在→未来」という流れを意味している。
つまりヘビに生まれたのは、過去に起こした親の罪が、現在に影響しているというわけだ。
宗教の罪をあがなうという観念もそこから来ている。
まあ、この例は、あまりにもファンタジックで怪しすぎるが「原因には結果がある」という概念、過去から来る「因果」を疑う人はいないだろう。

ところが最近、これをくつがえすような事実が量子論から出て来た。
つまり「逆因果」である。
「因果」は、通常、今起こっている現象は過去に原因があると考えるが、「逆因果」は文字通りこの逆で、今起こっている出来事は未来の現象の影響を受けているとする考え方だ。
簡単に言えば時間は「未来→現在→過去」に向かって流れるというのだ。

ワシントン大学のカーター・マーチ教授は、粒子の未来の状態を知ることによって、 その粒子の過去の状態が変化することに気付いた。
つまり、未来の事象を知ることによって、過去を変えることができるということであり、これがもしも古典力学の世界にもあてはまるとしたら、
私たちが現在取っている行動は、
未来の私たちの意思決定によって影響を受けていることになる。

量子論の実験によると、ときには「時間は巻き戻る」振舞いを見せるという。
もしかしたら時々起こる「デジャブ(既視感)」って、この現象に関係しているのでは?
などと思いつつ、逆因果の話から、ある人物の話を思い出した。

苫米地英人氏だ。
彼は過去の出来事が、今の結果に結びついているとの考えこそが、間違いだと説く。
彼いわく「赤いボールを川で拾ったら、続いて青いボールも流れてきた。
赤いボールを拾おうが拾うまいが、青いボールが流れてくるときはくるのだ」
つまり
時間は未来から、あなたのほうへとやって来るという感覚なのである。
もし時間が未来から来るのであれば、明るい未来を設定すれば現在が、
明るいものに変化する。

あれ? これって言わゆる「引き寄せの法則」なのか?

過去が今のあなたを縛るのか?
未来が今のあなたを縛るのか?

「今」は過去と未来によって、常に変化を続けているのか?
時間とは不思議なものである。

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        黒い芽が出た           撮影は咲耶子 

「ロシア疑惑」の公聴会と「第二次米朝会談」が同時時期に行われた。

トランプ大統領もベトナムから公聴会の様子を見ていたという。

どちらも重要な出来事だが、面白いのはマスコミの扱いである。

日本では「ロシア疑惑」の公聴会のことは、ほとんど触れられず、マスコミは「米朝会談」一色だったこと。

対してアメリカでは「米朝会談」の報道が少なく「ロシア疑惑」一色だったらしい。

国が違えばマスコミや世論の関心事も、まったく違うということなのだろう。
こんなところからも、国どうしの思惑が全然違うベクトルで動いていると感じる。

そこに韓国やらロシアやら中国やらが絡むのだから、一般人には、水面下で何が起きているのかなんて想像もつかない。とにかく、わけがわからない。

そんな中で素朴な疑問が浮かぶ。
「ロシア疑惑」のほうでは、トランプさんが逮捕される可能性ってあるの?
逮捕されたら、前代未聞の大騒ぎかな? まあアメリカの威信も地に落ちるだろうなあ。

「米朝会談」については、
決裂したダメージはトランプさんと金さん、どっちが大きいのだろう? 



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            ねえムーミン♪  撮影は咲耶子

「激レアさんを連れてきた」というバラエティ番組をみた。

激レアさんとは、ものすごく稀な体験をした普通の人達だ。
今回の二本立ては、好きすぎて○○しちゃった方々。

「小さい頃から異常なほどバスが好きすぎて、ついに個人で路線バスを開通させてしまった人」

「趣味で作ったラーメンを中古車を買いに来る客に、すすめていたらミシュランガイドに載っちゃった」

詳細を知れば、どちらも「え〜っ」ていうほどあり得ない結果。
番組の演出のように「そんなに好きならチャンスを与えよう」と神様がOKを出したのかと思うような奇蹟。

そのタイミングで路線バスの営業許可が緩和された?
中古車販売店にふらりと入ってくるミシュランの人?

もう、見えない何かが「人生のシナリオ」を作ったかのような展開。

このシナリオが、かなり良く出来ている。
〇好きなものへの限りない愛情。
〇それを何度も阻む高い壁。挫折。忍耐。
〇さらなる努力。
〇そして千載一遇のチャンス。
〇そして、ついに掴む大きな夢。

皆思う。
「成功する人は、人より努力したからだ」
でも、これは本当に血と汗の努力なのか?
いいや、彼らの日々に悲壮感は感じられない。

この人たちは、むしろ努力ではなく、ただ一心不乱なのだ。
無我夢中とも言う。

「成功=努力」ここに多少の誤解があるのかもしれない。
努力を多くの人が避けたがるのは、何故だろう?
それは強制的で辛いからだ。
辛いことを避けようとするのは自然なことだ。

では夢を掴む人は(オリンピックメダリストなど)なぜこの辛いことを
続けられるのか?
そもそも彼らは辛くない。
彼らは嬉々として「好き」を続けているのだ。

有名な言葉がある。
「何故、あなたは山を登るのか?」
「そこに山があるからだ」

疑問を持ったら、もはや「努力」となり辛くなる。
無邪気なほど好きに徹して、無我夢中でいる彼ら。

それにしても「引き寄せの法則」ってあるのだなと思った。
中古車店にミシュランの人を引き寄せるのも、バス会社営業の規制緩和を引き寄せるのも、シナリオ的には完璧に嘘くさくて、ご都合主義なんだが。

まさに「現実は小説より奇なり」である。





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      どんぐりと石ころ、ぼくらはどっちだろう?    撮影は咲耶子

子供の頃、こんな疑問を持ったことがないだろうか?

 なぜ30人〜40人で一斉に授業を受けなければならないのか?
なぜテストでいい点をとらなければならないのか?
なぜ時間割に従わなければならないのか?
なぜ一方的に教師が言うことが正しいとするのか? 

大人のあなたも疑問を持って欲しい。

チャイムの意味は?
授業に本当に価値はあるのか?
義務教育に9年間も通う必要はあるのか?

この思想はどこから来たのか?

 「我慢するのは当たり前」
「先生や大人の言う事を聞く子が優等生」
「周りの人と同じことをしないのは悪い事」

これらに疑問を持たないとすれば、私たちはすっかり洗脳されていると言える。

義務教育が作られたのには目的がある。
きっかけは産業革命である。
工場は人材を多量に欲していた。とくに子供である。

なぜなら力も弱く従順な子供らは、暴力や虐待を受けても大人たちのように逆らったしない。
その結果、貧しい親は子供を労働の現場に差し出し、企業は売られた子供を奴隷のように働かせた。

つまり義務教育とは、親や企業による子どもへの収奪を防ぐために始まったと言える。

だが、いつしか最初の理念は失われ、支配者側の都合の良い理念に取って代わる。

義務教育を終えた子供らを待ち構えていたのは資本主義だ。
経営者は昔も今も優秀な労働者を欲している。
優秀な労働者とは、昔なら、いかに工場の現場監督に逆らわない人間であるかで、今なら上司に逆らわない部下である。つまり、いかに命令に忠実な人間かなのだ。

義務教育で時間割があるのも、チャイムがなるのも、一斉授業をするのも、周りと同じことが出来るのも、点数で順列をつけるのも、優秀な人材を企業に求められているからだ。

もちろん企業にとって都合のよい人材は、低賃金でも不平不満を言わず従順に働かねばならない。
管理する側からみれば、労働者が無個性なら一括りとして管理しやすい。

子供たちは管理しやすいように、9年間かけて洗脳されていく。
 
画一化教育は、こうして社会に役立ってきた。だからこそ産業は発展した。企業の奴隷でいることこそ幸せだった。

だが、ネット産業が主流となる時代が来てしまった。

つまり誰でも簡単に起業出来るようになったのだ。
やがて企業の傘の下で働く社員は減り、ネットで個人事業を行う人々が増えるだろう。
そうなれば、個性ある自主的な人間が有利になる。
つまり彼らは現在の義務教育のシステムと相いれない存在である。

現在、子供らは無理強いされて学校へ行き、学校のシステムを我慢しているが、強要すること自体、無意味になる。

数年後には、必然として、不登校児や天才児、低学力児、発達障害児など、マイノリティー児はネット教育に流れ始めるだろう。それを追うように普通の子供たちも学校のシステムを疑問視するだろう。

なぜなら、日進月歩でネット上で学べる環境が整いつつあるからだ。
いまや学校へ行かなくても知識は身に着く時代となった。

それでも保守的な大人は、学校へ行かずして、コミュニケーション能力や運動能力は育たないと批判するだろう。
だがそれも杞憂に終わる。

ネットに欠点があれば、すき間産業は見逃さないだろう。
その穴をビジネスとして儲けようとするからだ。
ほどなくコミュニケーションや、芸術、運動能力を上げるためだけに特化した教育サービスが現れるに違いない。

かつての日本は企業に勤める人はマレで、個人商店を営む人が主だった。
ふたたび、個人で生活費をかせぐ人が増えていくだろう。モノではなくアイデアやサービスが売れるのだ。

市場はネットの中に移った。
そして教育も。




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撮影は咲耶子

SNSが身近になったとき、私たちは「ひとつ」になれるとワクワクした。
すべての情報を共有して、理想の社会を作るのだと。
しかし現実では「ひとつ」になるどころか、「分断」が意図的に行われていた。
フェイスブックは皆をつなげる革命的な道具として生まれた。
理念に「より開かれ、世界をひとつに近づける」とあるくらいだ。

だが光には影が出来る。
いまやネットは金儲けのための開拓地だ。
こんな記事が出た。
「フェイスブックは犯罪現場だった。ユーザー保護より金儲け…」
元幹部3人がNBCでショックの暴露をしたのだ。

同社にとって優先すべきは、ユーザー数の増加と収益であるという。
そのために用いられたのが“分断”の技術である。
「分断」は、古くからCIAなどスパイの十八番(おはこ)だ。

フェイスブック元幹部トリスタン・ハリス氏は暴露した。
「人々がフェイスブックについて知らないことは、このビジネスモデルに
“分断”が組み込まれていることです。“分断”は儲かるのです」

“分断”とはどういうことなのか? 
それはユーザーをその利用状況のデータによって「都合のよい情報や人脈」で囲い込むことだ。

SNSは、きわめて多くの、よりどりみどりの情報に触れられる。
あなたは、そう勘違いさせられている。
事実は、いろんな意味で切り離されているのだ。
そして、
いつの間にか都合の良い消費者に変身させられている。

そしてついに「この技術は民主主義にとっての脅威である」と言わしめる出来事があった。
 2016年の米大統領選の選挙期間中、フェイスブックとインスタグラムで
アメリカ人1億5000万人が目にしたのは、ロシア筋から投稿された“フェイクニュース広告”だった。
正確に言えば、目にしたというよりも
SNSのシステムによって“見させられた”のである。

これを他国の事件で他人事だと思うだろうか?
ひとつの国を内部から崩壊させるほうが、外から攻撃するより容易い。
しかも世界から非難を浴びることもない。

紛争国が、なぜ隣に住む人々同士でいがみ合い、内戦に発展するのか不思議に思ったことはないだろうか?
たいていは経済大国や多国籍企業のエージェントが、代理戦争をさせているのだ。
理由はビジネスつまり金のためである。

分断は簡単だ。
極端な思想を植え込めればいい。
極端な右か左か。極端な上か下か。中間層をどちらかに追いやるのだ。
そして反対側の人間や思想を憎むように仕向ければいい。

材料は数え切れぬほど転がっている。
それを私たちは「差別」と呼ぶ。




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