|
先進国では、がんが原因で死ぬ人は減り続けているという。
現在、がんで死ぬ人の65%は発展途上国の国民だ。 それにもかかわらず、日本人のがんの罹患数、死亡数だけが年々増え続けている。 特に大腸癌。死亡数は、この30年で2倍以上にも膨れ上がった。
大腸癌増加は肉中心の食生活にある。いわゆる食の欧米化。逆に欧米では菜食主義者が増えている。
だが、肉食は長寿につながり、栄養面では完璧だとも言われている。
結局、肉食は良いのか悪いのか?
ひとつ確かなことがある。
そしてもうひとつ確かなことがある。 肉食が環境を破壊し、貧者の飢餓を作りだしていることだ。 事実その① 現在の主流は、大規模で集約的な工業型生産である。
広大な草原で放牧それた牛がのんびり草を食んでいる、そんなイメージはもはや過去の夢である。
仔牛肉用の牛は、生まれてまもなく母親から引き離され、一生を暗い場所で、首から鎖でつながれ、身動きのできない状態で過ごす。これらの子牛は大抵、貧血、下痢、肺炎、蹄病にかかっている。
実際、その苦痛の抵抗で、牛を処理する不法労者も常に危険にさらされているうえ、彼らもまたモノとして扱われているので怪我をすれば解雇され、医者にかかることも出来ない。
殺される日が来るまで、幅が狭くて向きを変えることもできない小さいケージに入れられる。ケージの床は格子状の金属で、排泄物は格子の目を通って巨大な「肥溜め」に流される。 完全に産業化した工場式農業は、動物を狭い場所にぎゅうぎゅうに詰め込むために病気の感染を速める。
肉を食べる人は平均して一生の間に2400頭ほどの動物の命を奪う(数字は米国人だが現代の日本人もかわらないだろう)
私たちが牛肉を1kg食べるごとに、車で100km走るのと同じ量の温室効果ガスが排出されているのだ。 さらに大規模な森林破壊、家畜の排せつ物などが原因で、いまや畜産業が排出する温室効果ガスは全体の14%を構成し、気候変動をおしすすめる要因である。 それは地球上の全ての交通手段(車、トラック、飛行機、船舶、列車)が排出する量と同レベルなのだ。 事実その③
広大な農地の生産物は、人間の食料ではなく家畜用に作られている。
なぜなら家畜を早く成長させ、脂肪の乗ったおいしい肉や大量の乳を作り出すため、トウモロコシや大豆など栄養価の高い穀物が餌として必要なのだ。
世界中に飢餓に苦しむ人々が大勢いる中、動物の餌となる穀物を大量に栽培することの是非が問われている。
いま、地球の陸地の26%が、家畜の放牧地に使われている。
何千頭何万頭の家畜の排せつ物が土地を汚染している。
飼育場では効率を求めて狭い敷地内に大量の動物が押し込められている。ここから自然に分解・循環することが不可能なほど大量の排泄物が出る。 排泄物と共に流れ出る病原菌や有害物質により、土壌や地下水・河川が汚染が深刻になっている。
また飼育に多量の水を必要とするため多くの井戸が掘られ、地下水に影響が出ている。1ポンドの大麦を収穫するには60ポンドの水が必要だが、1ポンドの肉を得るには2500から6千ポンドの水が必要なのだ。
意識して肉食を減らすことで、地球と弱者が救われる。
確かに日本ではこれほど酷い有様ではない。しかし裏を返せば自国の資源は汚さず、他国の資源を利用・汚染して、肉・乳製品を消費しているわけだ。
欧米では、徐々に肉食を減らすよう、週に一度肉を食べない日を設けるキャンペーンが行われている。
週にたった1日、もう少しがんばって週3日、肉を食べなければ、次世代の人たちも私たちと同じように豊かな暮らしができるかもしれない取り組みなのだから。 |
穏やかに革命を起こす
[ リスト | 詳細 ]
|
撮影は咲耶子
選挙で世界は変わるのか? 疑心暗鬼の人が、ほとんどだろう。
「一票の重み」と言われている。
けれど、大半の人は、この一票に「耐え難いほどの軽さ」を感じているのが事実だ。
「自分が一票入れたところで世の中が変わるわけじゃない」と誰もが言う。
つまるところ、どっちらが正しい?「重い?」「軽い?」
どちらも正しいし間違っているのだ。そう、まるで禅問答だ。
そもそも一票を入れる行為は一瞬だ。おまけにリトマス紙のように、入れた瞬間に赤になったり青になったりするわけでもない。
むしろ、自分の一票入れるという行為は、まるで幻想か夢の中の出来事のような無力感を生じる。
それを「耐え難く軽い」と感じるわけだ。
けれど、その「羽のように軽い一票」が、億単位となれば、現実に重さを持つことになる。 では、あえて言おう。
――世の中を動かしているのは票ではない――
過激な言葉だ。しかし、半分の人が現実に、そう思っているから「選挙に行かない」のだろう。
では、言い変えよう。
――世の中を動かしているのは人である――
一票というのは、言いたいことをいう権利だ。
しかし誤解するなかれ。
隣近所や世間に文句や希望を言っても意味はない。 ――この権利は「自分が入れた政治家」に文句を言う権利だ――
漠然と自民党とか民進党とか、十把一絡げにしてはいけない。
自分が票を入れた地元の議員に文句を言わなければならない。
さて、週末に地元に帰ってきた「あなたの議員」は、月曜日に国会で居眠り出来るだろうか?
国会で居眠りする議員というのが、問題になっている。
国民は、これを見て怒る。見て怒ったところで、何も変わらない。
――週末に地元に帰ってきた議員の顔を直接見て、怒らなければ変わらない――
この抗議は、現実に効果を上げている。
たとえば、金曜日に国会で叫んでいた議員の意見が、月曜日に180度変わっていることがある。
これは地元の有権者のダメだしが出たからだ。 政治家にとって地元有権者、それも「票を入れてくれたあなた」ほど怖いものはないのだ。
そう、実は、あなたはエライのだ。 エライのだが、その影響力を「国」という漠然としたところへ、直接及ぼそうとするから無力に感じるのだ。
――有権者という本当の力を発揮するには「人」対「人」で接する――
政治家は私たちの代表だと言われる。
あなたの代表だと自覚させるには、直接、あなたが票を入れる議員に働きかけねばならない。
さあ、何かを変えたければ、変えたいことを直接「一票を入れた議員」に伝えよう。
まず議員事務所に行こう! いけない場合はメール、FAX、電話もある。
最後に、理屈をこねて「一票」を棄権している人は、政治に関心があるようなフリをしているだけだ。
ほんとうは政治に関心も無いし、それほど世の中を変えたいとも思っていないのだ。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
撮影は咲耶子
――今になっても、多くの人がなぜ自民党に票を入れるのか?――
これからの日本をどの政党に任せるか?
自民党支持者がこれからも自民党でいいのか?と疑問を持ち始めています。
持ち始めてはいますが、そこに留まっています。
つまり、まだ心のどこかで「信じている」。いや「信じたい」のです。 それは昔の自民党をイメージするからです。
実際、自民党は高度成長期を国民と共に過ごした政党でした。
その存在は不動であり、パワフルでした。緊張した米ソ冷戦の中でも日本は平和でした。
70年の平和というのは驚異的であり奇跡的とも言えます。
つまり国は、皆を幸せに導いていたという信頼感があったわけです。 経済もひたすら右肩上がりでした。 そのころの推進された原発は、まさにその発展の「シンボル」でした。 このように日本はいつしかプライドのある国となりました。
――いつの頃からでしょうか。その一党独裁が慢心を産み始めました――
その結果、昔の自民党とはまったく違う「過激」な部分が見られるようになってきました。
共産党などを過激だと以前は思っていたわけですが、今では共産党の十八番(オハコ)を奪う勢いです。 それは失速感から生まれました。
失われた10年が20年になり30年になろうとしているのです。 漫然とした不安が日本を覆い始めました。得体の知れない不安です。
その不安は「国の外」「他の国」から来ると、誰かが言い出しました。
けれど原発事故が起きたとき、私たちは内側から恐怖を味わいました。
それをきっかけに、何かが間違っているのでは、と疑問を持ちました。 あれほどの「夢のエネルギー」が、日本中で停止したとき、街が真っ暗になるような不安を抱きました。
けれど輪番停電は作り事でした。
原発が休止に追い込まれても、電気は日本中を煌々と照らしています。街中の節電はたったひと夏で終わりました。 それでも「不安」がどこからともなく押し寄せます。
「不安」を解決するために、さらなる経済発展が切望されていると誰かが叫びます。
国は大企業と共に、今でも失われた経済成長を夢見て、走り続けています。 給与がどんどん上がった時代を夢見ています。「街中で札束が舞ったんだ」と話すと、若い人たちは目を丸くするのです。
若い人たちは「モーレツ」なんて言葉に心を動かされません。「野心を持つとは、どういうことですか?」と聞いてきます。
だから現状への「怒り」もない。
給与は上がらないもの。非正社員でも、ありがたいことに仕事がある。 自虐の笑みを浮かべこう言うのです。「だってぼくらは社畜ですから」 いつからか自民党が提示してくれた夢は、遠い昔の英雄伝になったのです。
――けれど、新たな夢を提示してくれる野党もいない――
政治に期待しないと皆は言います。だから投票も行かないのです。
なにをしても無駄だとあきらめたのです。 自分の幸せを他者が決めることに同意したとも言えます。
「無力感」は、何をもたらすでしょう? 極端な全体主義をもたらします。指導者が「これがアナタたちの幸せだ」と決めたら、それが私たちの幸せになるのです。
――安保法案が通るか通らないかが、今度の選挙で決定します――
中東のような延々と終わらない戦闘状態が、アジアにも訪れるかもしれません。
かつてソ連とアメリカには、緊張こそすれパワーバランスがありました。
パワーバランスというのは、国と国との間だけではありません。 与党と野党の間にも必要なのです。
どちらも同じくらいの力で牽制しあうのが、私たちに「未来」への選択枝を残すということです。
片方に大きく傾くことは、民主主義から大きく逸脱します。 投票を棄権するということは、「自分はどんなひどい扱いにも従う」という意味です。つまり民主主義を否定したということです。
野党に政治をまかせられない。もちろんです。
――けれど野党に一票を入れるということは、野党だけに政治を任せることではありません――
野党の存在理由は、私たちの意思と国の意思、両者の「パワーバランス」を保つことです。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
国営昭和記念公園by咲耶子
パナマ文書が世界に公表され、税の不平等が明らかになった。
収めなければならない者が、それも相当の金額を出すべき者が、税金を逃れているとしたら、世界中で起こっている貧富の格差という諸悪の根源の説明がつく。 つまり資本経済の性質として、金は搾取されながら、一つのところに集まり続ける。
金は投資だけの道具となり、庶民は労働力としてのみ生かされ、SF小説でははないが、数十年後、気づいたら新社会の奴隷となっているかもしれない。 まあ、すでに「社畜」という言葉が生まれてきているが。 こうなってしまうのは、資本家(企業)に生存権をゆだねるしか無くなっているからだ。
社会に見捨てられたら、死ぬしかないという不安が根底にあるわけだ。奴隷でもいいから雇われていたい、という社会だ。 ――打開策として現れた「ベーシックインカム制度」――
「ベーシックインカム」とは、最低限の所得保障の一種だ。
生活保護のような狭い区分けではない。
つまりすべての国民(働くもの、働けないもの、老人から赤ん坊まで)に、生きていくために必要な最低限のお金で保障するという考えだ。
ある意味、生活保護と年金にあるような不平等感を無くせる。なにしろ働くあなたも、幼いあなたの子供たちも、一律もらえるのだから。 どんなメリットがあるだろう?
いわゆる、貧困対策、少子化対策、社会保障制度の簡素化(による人員削減、利権の縮小、小さな政府の実現)などが言われている。
もちろんデメリットもある。
労働意欲の低下、財源の確保、また在住外国人に対しても同様に支給した場合移民が殺到し財政破綻する可能性がある。
労働意欲の低下は一部の者だけだろう。人は何かをしなければ楽しみを見いだせないように出来ているのだ。
「ベーシックインカム」の最低金額だけでは、寝て食べるだけで娯楽は出来ないし、社会とも関われない。 ――ベーシックインカムって要は、これだけ出すからそれ以上は知らんぞ、っていう制度――
生活保護水準くらいで行った場合どうなるだろう?
これで満足する人もそれなりにいるだろうが、旅行に行きたい、美味しいものを食べたい、趣味を充実させたい、社交を楽しみたいなどそういう欲求を叶えるなら、フルタイムでないにしても、あなたもある程度は働くことを選ぶだろう。
――ベーシックインカムは生き方を根本的に変えるかもしれない―― ベーシックインカムは貧困の削減だけのためのものではなく、むしろ生き方、働き方に関わってくる。
現在の経済のしくみでは、食べるために働かなくてはならないという縛りがある。
仕事とは、本来、共同体のため、他の人のため、社会のためであるはずだった。
だが、それがいつしか、自分と家族が何とか生きのびるためになってしまっている。
資本経済の欠点が行き過ぎ、金を持つ側の力が強大になるにつれ、多くの人が最低限つまり生活するに精一杯の賃金で働くことを容認させられている。 では、ベーシックインカムの導入によって、そんな私たちの何が変わるのだろう?
――「最低限の生活が保障されることで」私たちは、人間らしい視点を持つことが出来る――
つまり目先の生活の必要から少し離れて、自分が社会のために何ができるのかを見つめて、そのために生きていくことができる。
現在の私たちの経済の仕組みは、ボランティアなどの労働に時間を割く利他的な人々を“軽視する”傾向にある。 その視点は大きく変わるだろう。 また今後、ますますロボットが発達すると言われている。
コンピューター技術の進化などに代表される技術革新、オートメーションの進展によって、賃金が支払われる形態の労働は、数を減らし、またその多くの賃金は、それで生活を支えるのが難しいほど低くなってきているのが現実だ。 今ある仕事(支払い労働)のうち47%は、オートメーションによって消滅するだろうといわれているのだ。
そうなれば必要な労働量が減り、”失業率”が世界的に高まる可能性が高い。
つまり遅かれ早かれ、「ベーシックインカム」のようなセーフティネットは否応なく導入されるのだ。 こうなれば、労働=賃金という発想はどんどん虚しいものになるだろう。
生存権は、人間であれば誰でも「生きる」権利を平等に持っているという点で普遍性がある。
――「生きている」という一点、すなわち生存権に直接に根拠づけられた所得保障――
働いているかどうか、働く意欲や能力があるかないかに関わりなく、月8万円のベーシック・インカムを受け取れるようになるから月20万円だけ稼ぐために週27時間しか働かなくてもすむ。
――お金を稼ぐ労働の特権性をなくし、無償の労働や活動に積極的な意味と高い価値を与える――
労働と所得を分離するベーシック・インカムは、「働かざるもの食うべからず」のように、心身に障害があるために起きる「働けない」罪悪感や、稼ぎ主の男が妻に対して「誰が食わせてやっているんだ!」といった暴言を吐くこともできなくなるはずだ。
では具体的に財源は確保出来るのか?
一人当たり月額8万円のベーシック・インカムをすべての個人に給付すると仮定してみたい。
総額は115兆円(年96万円×1億2000万人)になる。 そこで、給与所得(212兆円)と自営業者による申告所得(46兆円)を合わせた個人所得総額(258兆円、2008年度)に対する所得税について、 現行の所得控除(給与所得控除や基礎控除・配偶者控除・扶養控除・特定扶養控除など125.8兆円)をすべて廃止して、44・7%の比例課税をすると、115兆円の財源調達が可能である。 「ベーシックインカム」は、全国民が対象なので、金持ちにも月8万円が配られるわけだが、パナマ文書の租税回避のような億単位の脱税額のほうがはるかに不平等だと考えれば、数パーセントの金持ちへ配る8万円なら、たかが8万円なのだ。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
革命にどんなイメージを持つだろう。
暴力的で無謀。血なまぐさいなどではないだろうか。 ならばデモはどうだろう?
簡単に実行できるが、いまひとつ「急所」にダメージを与えられない。
「オトポール」を知ってますか?
1998年、ユーゴスラビア大統領スロボダン・ミロシェヴィッチの独裁政権を止めるために、ベオグラード大学から始まった反政府運動だ。
「オトポール」の意味は、とってもわかかりやすい。セルビア語で「抵抗」だ。
ミロシェヴィッチ大統領は長年その地位に居座り、野党も国民も彼を政権から引きづり下ろせなかった。
そんな中、たった11人の若者から結成されたのが「オトポール」であった。
まったくの素人学生たちの集まりが、いわゆるクール(カッコイイ)と言われた戦略を用い、二年後には七万人の人々をメンバーに引き入れることに成功。野党さえ出来なかったこと、つまり独裁者ミロシェヴィッチを倒したのだ。
いったい彼らの仕掛けた風変わりな革命とは、どんなものだったのか?
そして彼ら若者たちが、もっとも重要だと感じていたのは何だったのか?
――じつは、一番の難関は国民側にあった――
国民はみんな臆病で悲観的で運命に逆らわず、常にびくびくしていた。
ほとんどの国民は当時、ミロシェヴィッチを辞めさせたいと望んでいたが、そんなこと絶対不可能で、試すのは危険すぎると信じ切っていた。 ここでわかるのは、私たち外の人間の独裁政権下の国民に対して持つイメージだ。
独裁政権下の国民は、民主主義のことで頭がいっぱいで、弾圧に対して日々勇敢に戦っていると考える。
だが事実はそうではない。
独裁国家でも圧倒的多数の国民は抗議も抵抗もしない。老人はカフェで新聞を読み、若者は公園でアイスクリームを食べ、日常を見るととても独裁政権下とは想像出来ない。 だから政権は、弾圧など必要ない。簡単に買収できるし、逆らう者は、ちょっと脅せば温和しくなる。
国民はこう思っている。
「戦っても無駄だ、大きな代償を払うことになる」このように現在の状態に勝る選択肢は無いと思わせる。たとえ自分達の貧しさを認識していても、政府の殺人や拷問や不当逮捕があっても、抗議行動は起らなかったし、皆、従順で見て見ぬフリを好んだ。 もちろん、ときおりは「ミロシェヴィッチやめろ!」とデモで叫ぶのは爽快な気分だったが、それも二十回も繰り返せばむなしい。
罵倒されても、本人はせせら笑っていたし、それは意味のない言葉になっていた。 おまけにミロシェヴィッチはずる賢く、不満が大きくなる前に大臣を更迭したりして、小さな譲歩を繰り返すことで政権の座を維持していた。
さて、このような空気、どこかで見たことがある。
不満はあるけど、行動に表わせない。だから現状維持に甘んじる。
真に恐ろしいのは、それを受け入れてしまうことで、不本意な未来が始まることだ。
ユーゴスラビアのミロシェヴィッチがあれほど長く、独裁政権を維持出来たのは、国民の無抵抗無気力のお陰だ。
このたった11人の若者「オトポール」は、そのことが何にもまして、ミロシェヴィッチの政治生命の延命の助けになっていることを痛感していた。
野党にも他の反政府組織にさえ、何かを変える力はなかった。 いったい彼らはどんな戦術を使ったのだろう?
カギは若者特有の「無謀」と「仲間意識」だ。
――テイーンエイジャーの女の子が「抵抗」と書かれた拳の絵のステッカーを壁に貼るとき、権力は崩壊した――
詳しい内容は次回に。
ヒントだけ言いますと。
●目的はたった一つ。ミロシェヴィッチ打倒
●徹底した非暴力をつらぬく ●抵抗はユーモアーや風刺で ●命令や制約はない。皆がリーダー ●アイデアはすべて採用 ●資金は寄付で低予算 ●大統領をおちょくるには、街頭パフォーマンス ●若者らがクールだと感じる組織作り ●小さい組織をとんでもなく大きく見せる ●マスコミを利用。逮捕こそ強力な宣伝と思え ●もちろん逮捕されたらヒーロー ●危険なことも仲間のためにならやれる ●反抗大好き世代、高校生を巻きこむ ●孫が逮捕されて、ついに怒り出す祖父母たち この革命手法はのちに、東ヨーロッパの同じような若者達の組織の見本となっていく。
で、成功後、彼らはどうなったか? じつは目的がシンプル過ぎて、打倒は達成したが、政治的信条を提示できず民主党に吸収された。 とは言え、「ミロシェヴィッチを倒す」という、その単純な目標こそがおおもとの動機であり、若者の支持を得、力の集結を生んだとも言える。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



