イタリアのオペラ歌手たち

イタリア人のテナーと日本人ソプラノがイタリアのオペラ界を語る!

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今の日本の教育の疑問。
やればできる、努力が大切、結果より過程・・・・本当か?

昔は「おめ〜にできるわけがないよ!」とはっきり言ってくれる人がいて、「そうだよな、できるわけないよな」ってあっさり認めたモンです。

いまは誰にでもチャンスが与えられる。マスコミやマスメデイアはこぞって夢を持つ人をカモにする。

夢を持つことは悪いことじゃない。でもなんとなく、というのが一番いけない。やってみてダメだったらきっぱりやめる覚悟でないと。だらだら留学、だらだら勉強。
声楽留学している人は、いったい自分は何をしたいのか明確な目標が定かでない。
うまくなりたい。
これだけじゃダメでしょう。
一流になって歌劇場で歌いたいのか。
コンサート歌手でもとりあえず歌を仕事としたいのか。
日本に帰って日本のオペラ界?で活躍したいのか。
声楽教師になりたいのか。

コンサート歌手と歌劇場歌手には大きな隔たりがある。歌劇場で歌っていくにはそれはそれは沢山の才能、運、性格、と歌のテクニックや音楽性だけではどうにもならない問題が沢山ある。
舞台という孤独な空間で生きていくためには、まず他人からの評価に図太い神経で受け入れる必要がある。
これは天性として持っているもので、努力して培うものではない。
よくオペラ歌手っぽく振舞うやからがいるがこれは違う。
歌手や芸術家が少し普通と違うのは、もって生まれたもの。自分でそのように振舞うものではない。
社会的に外れたことをしたり、認められないことをしても彼らの一流な芸術のおかげで社会も認める。
しかし2流の芸術家が普通でなかったら、それはタダの変人として処理されてしまう。

声楽留学生の中に「本当にオペラをしたいのか?」とたずねたくなってしまうような人がいる。
声を聴かなくても、はっきりと可能性のないのを感じる。

人と対面するということに全く重要性を見ない格好でこちらの興味も全くそそらない。

何も自己主張バリバリでいろ、というのではない。最低限の自己存在価値は主張すべきだといいたいのだ。
一流歌手だって日常は普通の人。しかし当人が出す、冷静な存在感というものはあるもの。

自分のリミットを知るのも才能のひとつ。自分にはどこまでが可能なのかをよく見極めて今後の行き先を決めるべきだ。

閉じる コメント(2)

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確かにね。でもついついあきらめられないものです。

2005/4/22(金) 午前 9:17 [ uta*tao**ra ]

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例え芸術家としてくずでも、幸運にも一流と呼ばれるにようになったとしても、音楽に興味のない人からすれば、生まれて老いて死んでいく自分と同じただの人間・・・だらだらと音楽を続けようが、死ぬ気でやろうが やりたいように生きる生き方を「幸せな人生」と呼ぶ気がします・私は自分のみが「幸せな人生」で十分です、欲を言えば・・・ほんの少しの他人がその人生に「音楽の楽しさ」を感じるお手伝いができれば「なお幸せ」です

2005/5/11(水) 午後 3:16 [ rem*fa*ol*sic*m ]


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