イタリアのオペラ歌手たち

イタリア人のテナーと日本人ソプラノがイタリアのオペラ界を語る!

イタリアオペラ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

コミコ バリトノで知られるアライモがカターニャでマスタークラスを実施した。

参加者約13名。ほとんどがイタリア人であるが東欧人も数名。
マスタークラスファイナルコンサートなるものを聴きにいった。

コンサート会場は180名入りのホールだったが100人ほどの聴衆。しかしお客はほとんどオペラ全盛期黄金時代を誇るex合唱団と現役合唱団メンバー、ベッリー二歌劇場関係者だった。

ひとり素晴らしいバリトンがいた。息、フレーズ、支えがすべて一定位置で無理がない。しいて言えば音楽性がまだ不十分である感じもしたが舞台経験によって変わっていくだろう。

かなり偽のピアニッシモを作る傾向が多くの生徒に見られ少々疑問に。また近鳴りのど声も目だった。

開く トラックバック(45)

2007年8月23日からトスカーナにてコレぺティ育成に向けたマスタークラスが実施されます。

今回のコレペティ指導に当たるのは カターニャのベッリー二歌劇場の常任コレペティ:レオナルド・カタラノット氏です。
彼はベッリー二歌劇場日本引越公演で何度も日本に来ていて、2006年の夏にはカターニャにてテノールのジュゼッペ・コスタンツオと共にマスタークラスを実施しました。
またトラーパニで行われるジュゼッペ・デイ・ステファノコンクールの審査員でもあります。

最近の歌手

イタリアオペラコンクール審査員会議なるものが先日パドヴァで行われた。

旦那は特別名誉審査員として列席し、運良く私も著名な審査員御仁がつばを飛ばしながらの激しい議論を目の当たりにすることができた。

いまさら始まった話題じゃなけれど、イタリア側には常に問題点となるらしく「アジア人ファイナル追放案」についてまず激しい討論が始まった。

旦那は妻が日本人とあってか?推薦派。(アジア人と限らず国籍に関係なく良いものは認定し、賞賛しようという意見)

でも残念なことに劇場総監督や演出家あたりはほとんどこぞってアジア滅亡計画。

ここで、腑に落ちない旦那は自前のカセットテープ(4国籍の歌手が出演しているオペラ)をみなの前で披露した。

「みなさん、声だけ聞いて国籍が当てられますか?」

私は日本人韓国人独特の色、東欧諸国の声色ってあると思うけど・・・・

びっくりなことに会場にいた60名ちかくのうちすべてを当てた人は一人も居なかった。(国籍でなく6大陸でも)

つまりは「声」というよりも外見、舞台上の動きなのか?

もちろん単純にイタリア国内のイタリア国籍を持つイタリア人歌手を育てたいという前提だとしてもである。

むかしスカラ座の研修所の御仁たちにオーデイションを受けたことがあるが、第一次は面接でイタリア語と容姿。
コレに通ったものが初めて声を聞いてもらえた。


また最近の歌手に「大物が出ない」というのも耳にたこができるほど聞かされていることだが。それもそのはず本来なら歌手を育てるはずの歌劇場総監督は経費節約として演目をなるべく減らし、自分の懐にポッポナイナイ・・・・・・

重いものをすぐ歌うからすぐキャリアが終わる、とかいうけれど

それもどうか?

モーツアルトやベッリーニを一生歌っていれば100歳まで歌えるのか?

ようは「どのように歌うのか?」
   「どのようなコンデイションで歌うのか?」

メデイア化が進み、音楽性もかつてのような自己表現がすべてのようなものでなく、どれを聞いても同じ。省略する箇所も歌い方もこれが伝統、とされ変わったことをするとすぐ眉をしかめる。

そつなく歌う歌手が増え少々荒っぽくても荒削りでも稀な天性を感じさせる歌手が居なくなった。

いや違う。

歌手は居る。音楽家が居なくなったのだろう。

コンクールで賞をとることばかりを考え、なぜ自分は歌っているのかという目的意識もない。

歌、テクニックは自分の自己表現を助ける手段でしかないといううことを忘れてしまう。

息をする。(音楽的な)言葉を発する。(意味を理解するのでなく感じて)

これだけで80%はクリアーだとガブリエッラ・トゥッチも言っている。

この意味は80%はできているという意味でなく、これができてこそ次のステップである発声にいけるということだろう。

息をすることで体をリラックスさせ、息が循環する。言葉を発することで自然な支えが見つけられる。

この上に声がいく・・・・・

はてしなく難しい芸術である。

昨日は<ベッリーニの夕べ>

ベッリーニマニアが多く、べッリーニの生涯や作品を語りながらのコンサート。

曲目にはベッリーニが挑戦し、未完成に終わった『エルナーニ』も。

こういう場で面白いのは、休憩時間や演奏会終了後のトークである。

はじめっから「ベッリー二歌劇場総監督」の悪口から始まり・・・・・

そう、彼らいわく

この総監督はイタリア歌劇場つぶしで有名。

ベッリー二歌劇場は4番目の被害者なんだそうである。

ボローニャ歌劇場、トリノ歌劇場、ジェノヴァ歌劇場をつぶし、現在ベッリー二歌劇場つぶしにかかったという。

ボローニャ歌劇場からはほとんど追い出しを食らい、なぜ今ものうのうと総監督の座にいられるのだろう?

ベッリー二歌劇場というと、80年代などはスカラ座が
「ベッリー二歌劇場のように・・・・」というくらいレベルの高いものであり
世界的な歌手はほかの公演をけってまで、みな好んでベッリーニ歌劇場に歌いにきた。

韓国人のピアニストと結婚したこの御仁は

お世辞にも音楽や美というものからはかけ離れた印象を受ける。

またベッリーニ歌劇場EX演出家のS氏も来ており、

みな「Ciao!」

と気軽に挨拶するのだが、あるご老人が私に小声で

「あのシニョーレは優秀な演出家だったんだけど、妻を殺して刑務所からでてきたばっかりだ」

「!?」

こわいこわい。みなとてもさりげなく、エレガントに挨拶をする、その裏でしっかり他人に情報を流すこの黒さ・・・・・

コンサートにはある貴婦人の依頼で彼女のクラヴィチェンバロを用いての演奏となった。

このクラヴィチェンバロがまたすばらしい。

美しい本体に手書きのデザイン。彼女はベッリーニが使用していたクラヴィチェンバロを博物館に寄贈したというからいったいいくつの国宝なるものを所有しているのだろう?

なかなかおもしろい<ベッリーニの夕べ>となった。

国境で

劇場に歌いにきていたバリトン歌手が旦那(テナー)をじっとみつめて

「絶対、どこかで一緒にしごとしたよね〜!?」

旦那「いや?記憶にないなあ・・・」

バリトン「絶対ある。あなたの顔、覚えてる!」

!!!

バリトン、思い出す!

7年前、旦那がジュネーヴで蝶々夫人を歌ったときのこと。バリトンの彼は聴きに来ていただけだっただけど出会ったのは電車の中。

旦那は前日コモでリゴレットがあったため、ジュネーヴまで電車で移動。

イタリアとスイスの国境を超える列車の同じ車両に2人は座っていた。

このバリトンはアルバニア人。ことのほか国境には敏感になる民族で警察官がコントロールにくるのをどきどきして待っていたそう。

旦那もバリトンも問題なくコントロールを終え、警察官が去っていく・・・と数分もたたないうち警察官が血相を変えて戻ってきた。

アルバニア人のバリトンは「ああ、自分だ。」*注 彼は滞在許可も持っているがこの国はイタリアでは大変差別されていていろいろ問題が起こる

と。

旦那の前にとまった警察官は10分以上も旦那(*正真正銘のイタリア人)を尋問し始めた。

このことが彼には印象に残ったらしく7年たった今でも覚えていたようだ。

誤解のないように説明するが、旦那は「お尋ね人」ではない。たまたま同姓同名の超極悪人が50年以上もつかまらないのだそうだ。迷惑な話。

でも50年以上つかまらないって・・・・もう死んでるんじゃないの?

当時42歳の旦那を捕まえて尋問するのも警察官、暇だったのか、足し算ができないのか・・・・笑

開く トラックバック(1)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
acc**emiaca*to
acc**emiaca*to
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事