<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
	<rss version = "2.0"  xmlns:blogChannel="http://backend.userland.com/blogChannelModule">
		<channel>
			<title>イタリアのオペラ歌手たち</title>
			<description>イタリア人歌手について、イタリア声楽留学について、声楽教師斡旋について、発声法について、アカデミーやサマーコースの情報、出演可能な演奏会情報・・・・なんでも質問していっちゃってください♪</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
		<image>
			<title>イタリアのオペラ歌手たち</title>
			<url>https://s.yimg.jp/i/jp/blog/iym_img.gif</url>
			<description>イタリア人歌手について、イタリア声楽留学について、声楽教師斡旋について、発声法について、アカデミーやサマーコースの情報、出演可能な演奏会情報・・・・なんでも質問していっちゃってください♪</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto</link>
		</image>
		<item>
			<title>アライモ マスタークラス</title>
			<description>コミコ　バリトノで知られるアライモがカターニャでマスタークラスを実施した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参加者約13名。ほとんどがイタリア人であるが東欧人も数名。&lt;br /&gt;
マスタークラスファイナルコンサートなるものを聴きにいった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンサート会場は180名入りのホールだったが100人ほどの聴衆。しかしお客はほとんどオペラ全盛期黄金時代を誇るex合唱団と現役合唱団メンバー、ベッリー二歌劇場関係者だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひとり素晴らしいバリトンがいた。息、フレーズ、支えがすべて一定位置で無理がない。しいて言えば音楽性がまだ不十分である感じもしたが舞台経験によって変わっていくだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かなり偽のピアニッシモを作る傾向が多くの生徒に見られ少々疑問に。また近鳴りのど声も目だった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/47215592.html</link>
			<pubDate>Tue, 27 Mar 2007 18:09:34 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>夏季コレぺテイ育成マスタークラス</title>
			<description>2007年8月23日からトスカーナにてコレぺティ育成に向けたマスタークラスが実施されます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回のコレペティ指導に当たるのは　カターニャのベッリー二歌劇場の常任コレペティ：レオナルド・カタラノット氏です。&lt;br /&gt;
彼はベッリー二歌劇場日本引越公演で何度も日本に来ていて、2006年の夏にはカターニャにてテノールのジュゼッペ・コスタンツオと共にマスタークラスを実施しました。&lt;br /&gt;
またトラーパニで行われるジュゼッペ・デイ・ステファノコンクールの審査員でもあります。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/47066875.html</link>
			<pubDate>Wed, 21 Mar 2007 21:07:48 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>最近の歌手</title>
			<description>イタリアオペラコンクール審査員会議なるものが先日パドヴァで行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旦那は特別名誉審査員として列席し、運良く私も著名な審査員御仁がつばを飛ばしながらの激しい議論を目の当たりにすることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いまさら始まった話題じゃなけれど、イタリア側には常に問題点となるらしく「アジア人ファイナル追放案」についてまず激しい討論が始まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旦那は妻が日本人とあってか？推薦派。（アジア人と限らず国籍に関係なく良いものは認定し、賞賛しようという意見）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも残念なことに劇場総監督や演出家あたりはほとんどこぞってアジア滅亡計画。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで、腑に落ちない旦那は自前のカセットテープ（４国籍の歌手が出演しているオペラ）をみなの前で披露した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「みなさん、声だけ聞いて国籍が当てられますか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は日本人韓国人独特の色、東欧諸国の声色ってあると思うけど・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
びっくりなことに会場にいた60名ちかくのうちすべてを当てた人は一人も居なかった。（国籍でなく6大陸でも）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまりは「声」というよりも外見、舞台上の動きなのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん単純にイタリア国内のイタリア国籍を持つイタリア人歌手を育てたいという前提だとしてもである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
むかしスカラ座の研修所の御仁たちにオーデイションを受けたことがあるが、第一次は面接でイタリア語と容姿。&lt;br /&gt;
コレに通ったものが初めて声を聞いてもらえた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また最近の歌手に「大物が出ない」というのも耳にたこができるほど聞かされていることだが。それもそのはず本来なら歌手を育てるはずの歌劇場総監督は経費節約として演目をなるべく減らし、自分の懐にポッポナイナイ・・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
重いものをすぐ歌うからすぐキャリアが終わる、とかいうけれど&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それもどうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
モーツアルトやベッリーニを一生歌っていれば100歳まで歌えるのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ようは「どのように歌うのか？」&lt;br /&gt;
　　　「どのようなコンデイションで歌うのか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メデイア化が進み、音楽性もかつてのような自己表現がすべてのようなものでなく、どれを聞いても同じ。省略する箇所も歌い方もこれが伝統、とされ変わったことをするとすぐ眉をしかめる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そつなく歌う歌手が増え少々荒っぽくても荒削りでも稀な天性を感じさせる歌手が居なくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌手は居る。音楽家が居なくなったのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンクールで賞をとることばかりを考え、なぜ自分は歌っているのかという目的意識もない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌、テクニックは自分の自己表現を助ける手段でしかないといううことを忘れてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
息をする。（音楽的な）言葉を発する。（意味を理解するのでなく感じて）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これだけで８０％はクリアーだとガブリエッラ・トゥッチも言っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この意味は８０％はできているという意味でなく、これができてこそ次のステップである発声にいけるということだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
息をすることで体をリラックスさせ、息が循環する。言葉を発することで自然な支えが見つけられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この上に声がいく・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はてしなく難しい芸術である。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/16069409.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 08:04:42 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>ベッリーニの夕べ＜ベッリーニ歌劇場総監督ラッタリーニ＞</title>
			<description>昨日は＜ベッリーニの夕べ＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベッリーニマニアが多く、べッリーニの生涯や作品を語りながらのコンサート。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
曲目にはベッリーニが挑戦し、未完成に終わった『エルナーニ』も。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう場で面白いのは、休憩時間や演奏会終了後のトークである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はじめっから「ベッリー二歌劇場総監督」の悪口から始まり・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう、彼らいわく&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この総監督はイタリア歌劇場つぶしで有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベッリー二歌劇場は4番目の被害者なんだそうである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボローニャ歌劇場、トリノ歌劇場、ジェノヴァ歌劇場をつぶし、現在ベッリー二歌劇場つぶしにかかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボローニャ歌劇場からはほとんど追い出しを食らい、なぜ今ものうのうと総監督の座にいられるのだろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベッリー二歌劇場というと、80年代などはスカラ座が&lt;br /&gt;
「ベッリー二歌劇場のように・・・・」というくらいレベルの高いものであり&lt;br /&gt;
世界的な歌手はほかの公演をけってまで、みな好んでベッリーニ歌劇場に歌いにきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
韓国人のピアニストと結婚したこの御仁は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お世辞にも音楽や美というものからはかけ離れた印象を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またベッリーニ歌劇場EX演出家のS氏も来ており、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
みな「Ciao!」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と気軽に挨拶するのだが、あるご老人が私に小声で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのシニョーレは優秀な演出家だったんだけど、妻を殺して刑務所からでてきたばっかりだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「！？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こわいこわい。みなとてもさりげなく、エレガントに挨拶をする、その裏でしっかり他人に情報を流すこの黒さ・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンサートにはある貴婦人の依頼で彼女のクラヴィチェンバロを用いての演奏となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このクラヴィチェンバロがまたすばらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美しい本体に手書きのデザイン。彼女はベッリーニが使用していたクラヴィチェンバロを博物館に寄贈したというからいったいいくつの国宝なるものを所有しているのだろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なかなかおもしろい＜ベッリーニの夕べ＞となった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/16041251.html</link>
			<pubDate>Sat, 05 Nov 2005 22:48:35 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>国境で</title>
			<description>劇場に歌いにきていたバリトン歌手が旦那（テナー）をじっとみつめて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「絶対、どこかで一緒にしごとしたよね～！？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旦那「いや？記憶にないなあ・・・」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バリトン「絶対ある。あなたの顔、覚えてる！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
！！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バリトン、思い出す！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7年前、旦那がジュネーヴで蝶々夫人を歌ったときのこと。バリトンの彼は聴きに来ていただけだっただけど出会ったのは電車の中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旦那は前日コモでリゴレットがあったため、ジュネーヴまで電車で移動。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イタリアとスイスの国境を超える列車の同じ車両に2人は座っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このバリトンはアルバニア人。ことのほか国境には敏感になる民族で警察官がコントロールにくるのをどきどきして待っていたそう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旦那もバリトンも問題なくコントロールを終え、警察官が去っていく・・・と数分もたたないうち警察官が血相を変えて戻ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルバニア人のバリトンは「ああ、自分だ。」＊注　彼は滞在許可も持っているがこの国はイタリアでは大変差別されていていろいろ問題が起こる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旦那の前にとまった警察官は10分以上も旦那（＊正真正銘のイタリア人）を尋問し始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このことが彼には印象に残ったらしく7年たった今でも覚えていたようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誤解のないように説明するが、旦那は「お尋ね人」ではない。たまたま同姓同名の超極悪人が50年以上もつかまらないのだそうだ。迷惑な話。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも50年以上つかまらないって・・・・もう死んでるんじゃないの？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時42歳の旦那を捕まえて尋問するのも警察官、暇だったのか、足し算ができないのか・・・・笑</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/14244939.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Oct 2005 07:02:34 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>アンドレア・ボチェッリ</title>
			<description>ずいぶんとサボってしまいました・・・・（汗）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この夏は、あちこちでのコンサートが一気になだれ押しで、ゆっくりとパソコンに向かう暇がなかなかありませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シチリアでは「オペラアリアの夕べ」「トスティの夕べ」「ジュゼッペ・アンセルミ受賞コンサート」「ミス・モンドオープンにグコンサート」「カヴァレリア・ルステイカーナ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ミラノでは「ヴェルデイの夕べ」「ただのコンサート笑なんとソプラノ6人とテナー1人！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スイスで「カルメン」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのあと、たまたまアンドレア・ボチェッリの新作の作曲家と友達になり、彼がオペラや歌曲などを手がけているという話から、ボチェッリの事務所とCD製作をしようという話に・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
週4で打ち合わせやリハ。少々お疲れ気味です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、また偶然なことに私のところにレッスンに来ていた歌手の旦那（音楽家）がボチェッリと同じエージェント！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまた偶然なことに2週間前、このカップルはボチェッリの隣の家に引っ越していきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうも重なると勝手に自分でボチェッリとの因果を感じています・・・・＾＾&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ma!&lt;br /&gt;
このレコーデイング、どうなるのでしょう・・・・作曲家も「ああ、これいいね、こうしよう。ああしよう、」って毎日変わるし、いろんな楽器や歌手がどんどん増えてどんどんややこしくなってきてるような・・・・笑&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
曲目の中にはテナー2人っていうのがあって、これがまたなかなかいい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今はやりなのか？最近結構見かけるこの組み合わせ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
個人的にも、歌曲・民謡などは男性の声のほうが女性より魅力的。（自分が女だからか？）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いやいやテナーなんぞに負けずがんばらなくては。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/14244333.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Oct 2005 06:46:08 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>オペラ歌手のギャラ♪</title>
			<description>オペラ歌手のギャラ、と一口に言っても歌手のレベル、スポンサー、エージェント、劇場によって変わる。&lt;br /&gt;
大体の相場、イタリア歌劇場の最低ラインは主役で一公演　6000ユーロ。でもここからいろいろ引かれる。6000ユーロは大体85万くらい。&lt;br /&gt;
コレでキャリアがあると10000ユーロ位となり、知名度があるともっと上がる。&lt;br /&gt;
端役（というと聞こえが悪いが結構大事な役もある）2500ユーロ～。&lt;br /&gt;
劇場は宿泊費は一切出さないので、歌手自ら負担しなければならない。本番前1ヶ月は練習があるので約1ヶ月半から2ヶ月の滞在費を負担することになる。&lt;br /&gt;
公演は大体ダブルキャストで行われ、公演数は10回ほどだがいつも半分半分というわけではなく、プリモキャストが8公演、セコンダが2公演のみ、なんていうこともよくある。&lt;br /&gt;
しかも、批評、新聞などはプリモキャストのみ招待されているので、劇場側もリハなどはほとんどプリモキャストしか行わず、セコンドキャストで全員でのリハなし本番なんてこともある。&lt;br /&gt;
コンサートとなるとまた幅がある。&lt;br /&gt;
イタリア人オペラ歌手を日本に招聘すると、飛行機のファースト（今はビジネス）、5ツ星ホテルは当たり前、一晩で7000ユーロ近く稼げる。しかもツアーだから一件家を買えるだけ稼いでのご帰還となる。&lt;br /&gt;
町のコンサートとなるとコレは一気に価格ダウンして、（2流歌手も居るから）500ユーロくらいからとなる。&lt;br /&gt;
ホセ・クーラがスカラにでる一年前、（私がイタリアに留学して1年目）彼とコンサートをしたことがある。そのときのギャラは500、000リレだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イタリア歌劇場合唱団のギャラ&lt;br /&gt;
コレも劇場によって多少違うが、1600ユーロ～2500ユーロ。さしてよくない。&lt;br /&gt;
足りないときにいくお助け合唱のほうがはるかに割りうがいい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イタリア歌劇場コレペテイのギャラ&lt;br /&gt;
これは日本みたいに年功序列的なものがある。&lt;br /&gt;
政治的に絡んでいたりすると10000ユーロ以上だったりするのに、新米や外国人は1700ユーロ～となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌手といってもなんかこう企業の会社員とさして変わらない世界だ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/2303886.html</link>
			<pubDate>Tue, 03 May 2005 06:19:53 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>イタリアと日本の求めるものの違い</title>
			<description>日本とイタリアのコンクール入賞者を比べてみると結構面白いものです。&lt;br /&gt;
日本は完璧度を求めるのに対し、イタリアは素材を求める。&lt;br /&gt;
そうはいっても、イタリアもここ10年間だいぶ変わりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「東洋人ってすごいわよね。なんかよくわかんないんだけどすごくって点入れちゃったんだけどやっぱり違う。舞台に結びつく人材はほとんどいないしね。どこまれやれるか超芸当っていうかんじで一瞬惑わされちゃう。」&lt;br /&gt;
これはある有名な黄金時代歌手が審査員として立ち会ったときの言葉です。&lt;br /&gt;
最近活躍している歌手も大粒な素材が見当たらなくなりました。これは劇場側にも問題があるのですが、非常に残念です。往年の歌手は欠点もあり、個性もあり、聞けばすぐだれだれとわかったものですが、最近の歌手の声はどれも同じに聞こえます。&lt;br /&gt;
指揮者の上に歌手が居た時代と指揮者の下に歌手があり楽器のひとつとされてしまう現代との違いでしょうか。&lt;br /&gt;
またピアニッシモができない、声が強すぎる、ファルセット的な声、といった一種欠点に見える声も、それを生かしてくれる指揮者がいて彼らの個性を発揮できた。&lt;br /&gt;
しかし今は、指揮者の思い通りにならない歌手は次々とキャンセルされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも一般大衆に受けるのはやはり胸声をきかした情熱的な歌手。技巧的な歌手がすかれる日本とはだいぶ違う。&lt;br /&gt;
つまり日本はオペラを「歌」として「聞く」。イタリアはオペラを「芝居」として「感じる」。このあたりから日本での声楽レッスンの根本的な改善が必要とされるのが理解できるでしょう。&lt;br /&gt;
発声を「声」として捕らえるのでなく「言葉」として捕らえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一見関係ないように見えますが、女性のあるべき姿も多少関与していると思います。&lt;br /&gt;
日本はかわいい女が求められる。したがってレッジェーロ系のオペラはまだ比較的受け入れやすいのでしょうが（それでもルチア、愛妙、などは日本人がよしとするイメージとはだいぶ違うのですが）リリコのオペラとなると感覚がわからないのでしょう・・・アリアは歌えてもせりふが上ずりという状態がほとんどです。&lt;br /&gt;
よく日本でバリトンをしていたのにイタリアに行ったらテナーといわれたというのを聞きませんか？&lt;br /&gt;
まず家で聞く声と舞台で聞く声は違います。&lt;br /&gt;
舞台では日本バリトンがちょうどよいテナーに聞こえる。ありえることです。&lt;br /&gt;
でもその前にまず、人間性、性格、雰囲気・・・総合的に見てバリトンのイロニァを出せる東洋人は現実に少ない。しかしそこであきらめるのではなく、個性的な自分にしかできない役を作ってみたらどうでしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、イタリアのある歌劇場でドンパスのゲネプロを拝見したのですが、ソプラノとテナーを劇場側はキャンセルしたがっていました。&lt;br /&gt;
ソプラノは技巧的にはほぼ完璧なのですが、どうも小粒。テナーはほとんどファルセットで歌っていましたね。あの歌い方ならあと100年は歌えるでしょう・・・・＾＾&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
劇場では全てが求められます。歌、演技、情熱、動き、敏感さ、また図太い神経・・・・これらを全てクリアーできる自信がなければ、余計なお金を使うことなくさっさと歌をやめて、普通の仕事に就くべきです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/2119244.html</link>
			<pubDate>Fri, 29 Apr 2005 06:15:31 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>才能のなさを知るのもまた才能</title>
			<description>今の日本の教育の疑問。&lt;br /&gt;
やればできる、努力が大切、結果より過程・・・・本当か？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔は「おめ～にできるわけがないよ！」とはっきり言ってくれる人がいて、「そうだよな、できるわけないよな」ってあっさり認めたモンです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いまは誰にでもチャンスが与えられる。マスコミやマスメデイアはこぞって夢を持つ人をカモにする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夢を持つことは悪いことじゃない。でもなんとなく、というのが一番いけない。やってみてダメだったらきっぱりやめる覚悟でないと。だらだら留学、だらだら勉強。&lt;br /&gt;
声楽留学している人は、いったい自分は何をしたいのか明確な目標が定かでない。&lt;br /&gt;
うまくなりたい。&lt;br /&gt;
これだけじゃダメでしょう。&lt;br /&gt;
一流になって歌劇場で歌いたいのか。&lt;br /&gt;
コンサート歌手でもとりあえず歌を仕事としたいのか。&lt;br /&gt;
日本に帰って日本のオペラ界？で活躍したいのか。&lt;br /&gt;
声楽教師になりたいのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンサート歌手と歌劇場歌手には大きな隔たりがある。歌劇場で歌っていくにはそれはそれは沢山の才能、運、性格、と歌のテクニックや音楽性だけではどうにもならない問題が沢山ある。&lt;br /&gt;
舞台という孤独な空間で生きていくためには、まず他人からの評価に図太い神経で受け入れる必要がある。&lt;br /&gt;
これは天性として持っているもので、努力して培うものではない。&lt;br /&gt;
よくオペラ歌手っぽく振舞うやからがいるがこれは違う。&lt;br /&gt;
歌手や芸術家が少し普通と違うのは、もって生まれたもの。自分でそのように振舞うものではない。&lt;br /&gt;
社会的に外れたことをしたり、認められないことをしても彼らの一流な芸術のおかげで社会も認める。&lt;br /&gt;
しかし2流の芸術家が普通でなかったら、それはタダの変人として処理されてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
声楽留学生の中に「本当にオペラをしたいのか？」とたずねたくなってしまうような人がいる。&lt;br /&gt;
声を聴かなくても、はっきりと可能性のないのを感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人と対面するということに全く重要性を見ない格好でこちらの興味も全くそそらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何も自己主張バリバリでいろ、というのではない。最低限の自己存在価値は主張すべきだといいたいのだ。&lt;br /&gt;
一流歌手だって日常は普通の人。しかし当人が出す、冷静な存在感というものはあるもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分のリミットを知るのも才能のひとつ。自分にはどこまでが可能なのかをよく見極めて今後の行き先を決めるべきだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/1794569.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 Apr 2005 05:54:36 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		<item>
			<title>金トリ声楽教師の見分け方</title>
			<description>イタリアには声楽教師がごまんと居ます。&lt;br /&gt;
そのなかから自分にあった教師を見つけるのは本当に難しいこと。&lt;br /&gt;
先輩の先生だから、知人に紹介してもらった、有名だから、コンセルの先生だから、いろいろあるでしょう。&lt;br /&gt;
まず有名な先生。有名というのはキャリアをしてきた先生。どのくらい？舞台の主役キャリア？それとも端役キャリア？そのキャリアはどのくらい続いた？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黄金時代の歌手でも現在貧乏な人は沢山居ます。信じられないですか？&lt;br /&gt;
あるテナーは自分の持ち家さえありません。マリアカラスと歌っていたテナーですよ。&lt;br /&gt;
マリオデルモナコと歌っていたあるソプラノは社交界を保つために自分の車を売り、ポンコツに乗っています。日本にもよく来る性格の悪さで有名なあるソプラノはせめて芸能界ででも知名度を保とうとレベルの低いテレビ番組で恥さらしをしています。このソプラノの現在ののギャラはなんと1000ユーロ以下です。&lt;br /&gt;
こういう歌手は日本での公開講座やコンクール審査員として呼ばれるのを待っているか、イタリアでのフェステバル関係で小金を稼いでいるのが現状です。&lt;br /&gt;
これを悪いといっているのではありません。&lt;br /&gt;
しかし生活していくためにはお金が要ります。&lt;br /&gt;
そこで自分の知名度を利用しレッスンをするわけです。知名度があるというだけで一回150～250ユーロものレッスン代を要求します。日本円で約20000～30000円ですね。&lt;br /&gt;
しかし、東欧諸国からくる生徒にこの金額は払えるのでしょうか？&lt;br /&gt;
払えるわけがありません。日本人料金とイタリア人料金などが分かれていることは明らかです。&lt;br /&gt;
それでも何か自分の身につけばいいのですが、この金額だと一週間にせいぜい1回多くて２回がいいとこです。&lt;br /&gt;
自分がある程度歌えていてオーディション前に最後の仕上げとしてみてもらう、またはコンクール審査員に一声かけてもらうためにはいいでしょうが、きちんと勉強が必要な生徒にははっきり言って不向きです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次に知名度はないがそこそこのキャリアをしてきた人。これはわりと曲者です。問題はなぜ今歌っていないか、です。いろいろな劇場に出演したというからすごいと思っていれば実は合唱団だったとか、端役だったとか。なぜかこういう先生が日本の音大に出入りしているからびっくりです。&lt;br /&gt;
実際オペラの世界は難しい。キャリアに入るのも難しいが、キャリアを続けるのはもっと難しい。&lt;br /&gt;
しかしこういう先生のレッスンをきくと先生自身の声が明らかにまずいことに気がつく。&lt;br /&gt;
胸声と中音、高音ではっきり3種類の違った声を披露してくれてびっくりしました。&lt;br /&gt;
知名度を信じてはいけません。ガズディアはなぜ今こんなになってしまったのでしょう？&lt;br /&gt;
まだ若い彼女がもうすでにリタイアをやむなくなっているのは彼女のテクニックに問題があるからです。もしくはレパートリーの選択ミスです。現在イタリアでは日本の披露宴合唱団と同じくらいの値段で歌っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして個人的に一番追放したいのは声楽オタク教師です。（日本にも沢山居ますがイタリアにも居ます。基本的にはドイツ、スイスなどの国の先生が多い）&lt;br /&gt;
自分は一度も舞台経験がなく、耳だけは超えている（と本人は自負している）オタクで、さまざまな不思議な発声や道具を用いてマジシャン風レッスンをするのです。&lt;br /&gt;
こうやってごらん、といわれ実際やってみると一瞬はうまくいく。でも長続きしない。&lt;br /&gt;
やたらに響きにうるさい。もっと響きをたかく、とか・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先輩の紹介などで知り合う先生。レッスンにいってみたら日本人だらけだったとか。&lt;br /&gt;
やけに日本人慣れしている先生もお勧めしません。日本人は値下げを要求しないのを知っているからはじめから高額なレッスン代を要求します。（100，150ユーロなど。もちろん伴奏なし）&lt;br /&gt;
考えてみてください。確かにユーロ導入後の物価が上がったため、レッスン代も全般的にあがりました。でも100ユーロは200ミラリレです。&lt;br /&gt;
しかもこの手の先生は社交界とのつながりもなく、本当にレッスンだけで食いつないでいる場合が多いのでレッスンの数を減らそうとすると機嫌が悪くなります。&lt;br /&gt;
要するに生徒のことなどどうでもよく自分の一定した収入のほうが大切なわけです。&lt;br /&gt;
だから間違ってもほかの先生なんて紹介しないし、できればできるだけ長く自分のところにきてくれるほうがよいわけです。だらだらレッスンの典型です。こういう先生と2年以上も勉強している人ははやく見切りをつけるべきでしょう。コンサートを企画したり、自分の生徒をオーデションなんかに斡旋してくれるなんていうのは夢のまた夢。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこでわりかし穴場なのが、現在活躍中の歌手に劇場オフシーズンを狙ってお願いする。劇場シ－ズン中でもひとつのオペラから次のオペラまで休みがある。短いと5日間、長いと1ヶ月くらい。&lt;br /&gt;
歌のレッスンは言葉で説明されるより実際に歌って見せてくれたりすると体が反応して理解しやすい。&lt;br /&gt;
現在活躍中の歌手は舞台上の発声テクニック、支えなどを自分の声を聞かせながら教えてくれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の知り合いの歌手でイタリア中の劇場はもちろんのこと、メトロポリタン、シュターツオーパーなどでも歌っているのが居ますが、夏、シーズンオフは自宅でレッスン、マスターなどに時間を割いています。&lt;br /&gt;
彼らは活躍中なのでギャラがある。イタリアの一番安い劇場のギャラでも最低60万。もちろんここから税金とか引かれるわけだけど、最低3回以上は公演があるわけだから金には困っていない。&lt;br /&gt;
教えるのが好きだから、次の世代への引渡しの使命みたいな感じでレッスンしている。&lt;br /&gt;
彼らのレッスン代の相場は６０、７０ユーロ。（伴奏なし）探せば居るもんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして劇場コレペティ。下手な声楽の先生につくより相対的なレッスンをしてくれてよい場合がある。&lt;br /&gt;
発声やアリアの練習ばかりでオペラ全体の練習をしないといつまでも見えてこないことがある。&lt;br /&gt;
コレペテイについて目からうろこ、なんてことも。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまりは、レッスン代は、先生探しのひとつの目安になるってもんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生や歌手が口をそろえて言うことは「可能性が本当にあると思う生徒には自分自身もリスクを負う覚悟をもてる」&lt;br /&gt;
まあ今の時代、可能性があるから「タダ」なんていう人は居ないでしょうが、少し前まではそうでした。デビューしたら返してくれ、とか。ようは「後払い」ですね。本当に生徒の将来に可能性を見るからレッスンする。そういう真摯な考えを持っている音楽家も少なくありませんでした。&lt;br /&gt;
そこまでいかなくても、もし自分がレッスンをお願いしてあまり高額なレッスン代を要求されるようなら、この先生は自分に見込んでくれていないと思ってよいでしょう。&lt;br /&gt;
先生と生徒は信頼関係が大切です。自分に見込んでくれている先生でなければよいレッスンができるわけがありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/accademiacanto/1794360.html</link>
			<pubDate>Thu, 21 Apr 2005 05:18:34 +0900</pubDate>
			<category>その他舞台、演劇</category>
		</item>
		</channel>
	</rss>