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20代の中頃、免疫系の病気で病院と自宅だけを行き来する
引きこもりのような生活を送っていました。 薬の副作用で絶えず襲われる虚脱感で半日以上眠り続ける生活でした ので仕事どころではなく無職状態。 一時期は快方に向かい就職したのですが、就職先が小さな個人経営の会社 ということもあり一日中社長と二人切りで、次第にセクハラ紛いの言動が 増えてきた社長に耐えられなくなり辞職。 病名が判明するまで幾つも転院しましたが、仮病扱いする医者や 精神病院への通院を勧める医者に何人も遭遇して、本当に精神的に参ってしまいそうでした。 その時期に祖父母の家で牛舎の番犬として飼っていたスピッツ系雑種のポチ♂を譲り受けました。 鎖に繋がれた状態でブラッシングなども施されていなかったポチは ボサボサの毛玉だらけ、シャンプーやブラッシングをしたり、 人と常に一緒にいることに慣れさせる訓練をしているうちに私の 病気も少しずつ良くなり引きこもりも改善してきました。 ポチの餌を買う為に出掛け、ポチと散歩する為に毎日外出する。 以前では考えられないくらい家から外に出るようになりました。 次第に室内犬として躾るとポチとは朝から晩まで過ごすようになり、 抱きしめることで心も体も癒やされてゆきました。 そんなポチは我が家に来た時点で14才、かなりの高齢で一緒に過ごせたのは数年でした。 亡くなったのは雪が降り積もっていた夜のこと。 散歩から戻り、玄関の踏み台を登ったところでパタリと倒れました。 ポチを抱きかかえて居間に連れて行って、母と二人で浅くなってゆく ポチの呼吸音を聞きながら何度も撫でました。 苦しそうなのに名前を呼ぶと尾を振り、目をこちらに向けて耳をピーンと立てるんです。 いつものように、いつもと同じように甘えたいんだって思うと 泣きたくても泣けなくて …一瞬でも見逃すまいとポチを見つめていました。 最期の瞬間、私と母を見つめたまま大きく息を吐いてポチを亡くなりました。 その日たまたま出張に出掛けていた父は最期を見届けることができず、 帰宅するなり生前と同じようにポチに話しかけていました。 涙混じりの震えた父の声と母の嗚咽が忘れられません。 私は死体を抱きしめたまま、泣きながら眠ってしまい、気がつくと真っ黒な場所に立っていました。 周りは真っ黒なのに私の周囲だけが明るくて、傍には侵入禁止の標識のポールが立っています。 無音の空間でしたが不安や淋しさを感じなかったのはポチが 足元でじゃれついていたからかもしれません。 死ぬ1ヶ月ほど前から時折呼吸困難になったり、 足腰が弱っていたポチが元気に走り回ってるだけで嬉しくて、私は泣きながら笑っていました。 ポチにありがとう!と告げると足に顔をスリ寄せてから、 ほのかに明るくなった向こう側に走り去ってゆきました。 最後まで私を励ましてくれたんだと思うと、また涙がこぼれてしまいました。 今でも眠っていると時々ポチがやって来て、目が覚めると フサフサの毛の感触が手のひらに残っていることがあります。 生前同じベッドで撫でながら一緒に眠っていたので甘えに来るのかな?
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