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昨日、父が「ホスピス病棟」に移動しました。
月曜日に本人と母、そして私とでホスピス入りの意思確認の面談をしました。
部屋も見学させてもらったのですが、いかにも「病院」という雰囲気もなく、ちょっとしたホテルのようです。
部屋はもちろん個室ですが、一般病棟のように個室料金はかかりません。
これだけを思えば迷う余地もないですが…。
やはり「ホスピス」について、きちんと理解し本人はもとより、家族も納得しなければ入ることはできません。
その中でも特に重要な点をあげてみます。
※ホスピスの基本的な考え方
1)人が生きることを尊重し、誰にも例外なく訪れる「死への過程」に敬意をはらう。
2)死を早めることも死を遅らせることもしない。
3)痛みやその他の不快な身体症状を緩和する。
4)精神的・社会的な援助を行い、患者に死が訪れるまで、生きていることに意味を見いだせるような
ケア(霊的ケア)を行う。
5)家族が困難を抱えて、それに対処しようとするとき、患者の療養中から死別したあとまで家族を支える。
私もホスピスというと、何となく終末がんの患者が、ただ黙って死を待つところというイメージがありましたが、
決してそうではありません。
言うまでもなく死は誰にでもいつかは必ず訪れるものです。
そうです、我々は日々確実に「死」に近付いているのです。
ただ健康な時は、あまり自分が死ぬ事など考えないでしょう。
しかし、遅かれ早かれ、誰でも死ぬ確立は100%なのです。
ホスピスでの一般病棟との決定的な違いは、以下の点でしょう。
・治癒を目的とした抗がん剤治療や、延命治療は一切行いません。
・患者や家族の希望に応じて、外出・外泊・退院も可能です。
→24時間家族の出入りも、病室に泊まる事も自由です。
この点は一般病棟ではなかなか自由にならないですが、少しでも家族と共にいられるようにとの配慮を感じます。
・家族が休んでいる間に、もしくは少し席を外されている間に亡くなる場合もありますが、それはそれだけ穏やかな最期を迎えた証拠であり、ある意味では「喜ばしいこと」で、決して「不幸な出来事ではない」と信じます。
最期のモニターや血圧測定を希望の家族は、一般病棟で受けることが出来ます。
そのため、最期の瞬間も家族だけで過ごし、スタッフは立ち会いません。
・延命措置(心臓マッサージ、気管内挿管、人工呼吸器装着、昇圧剤使用等)は行いません。
病気に対しては、自然の経過に任せ、血圧が下がったときの昇圧剤や、家族が到着されるまで生命を無理に長らえたり、もちろん、無理に縮めたりすることはしません。
家族が到着するまでの引き伸ばしもしません。
→この点はきちんと腹に落としておかねばならないでしょう。
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そして今日。
母から仕事中の私の携帯に電話がかかって来ました。
病院から言われた事、
「もし、外泊されるならこの週末が最後のチャンスかも」と言われたと。
もちろん、外泊するしないは今後もいつでも自由です。
ただ、日に日に病状は悪化し、傷みもひどくなってくると、やはり病院を離れる訳には行かなくなるでしょう。
それを父に「最後に…」などととても言えるはずもなく、父が帰りたいと言えば自由にさせてやろうと、
電話ではそういう話になったのですが、父も家に帰りたいとは言わなかったようです。
まさか自分の身内がこんな事態に陥るとは…。
今まで全く考えた事もありませんでした。
これまで両親ともほとんど病気らしい病気もしたことがありませんでしたし、
今回の父の病も少し楽観視し過ぎていたと、今にして思います。
「残りはまだ初期段階の胃がんだけだと…」
そう思い込んで、いや、そう思いたかっただけかもしれませんが。
もしも…。
あなたが、そしてご自分の家族が同じような事態に直面したら…。
どうされますか?
最後まで治癒のための治療を続けるか、それとも治療はあきらめて安らかに残りの人生を過ごす道を選ぶか。
日頃からきちんとお互いに「意思」を確認しておく必要があると思います。
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お父様、とてもいい病院で過ごすことができるようで少し安心しました。私の父は、ごく普通の病棟で最期を迎えましたから。私は、医学的には もう完治はありえないので「いかに敵を休眠させて共存していくか」という状況ですが、少しでも敵を大人しくさせる努力は、していきたいなと思っています。どんなに頑張っても、どんなことをしても正直何が正しいかは わかりませんが、精一杯やっていきたいです。
2006/9/23(土) 午前 9:27
ワタシは、父に最後に、質問しました・・・「いい人生だった??」と、父は「うん!!」と返答して、数日後に、旅立ちました・・・。
2006/9/23(土) 午前 11:26
アコードさん、お久しぶりです。みんみです。トラックバックさせてもらいました。私は、祖母の突然の死からようやく最近になって落ち着いてきました。ブログも再開しました。家族として、出来る限り、そして気が済むまでお父さんと接して下さい。アコードさんの記事、読んでいて涙が止まりませんでした・・・。
2006/9/23(土) 午後 2:27 [ - ]
ホスピスは告知の問題と切り離せないので、その時の状況や本人の性格によるかも知れませんね。 当面の課題は残った母親のケアなのですが(一応元気です)・・・父の事で、病気に詳しく?なってるので、そうなった時は隠せないと思います。でも母にも命の限りは言えないかも。。。
2006/9/23(土) 午後 5:33
ホスピスという名前だけは知っていましたが…。のぞみの父は7月に倒れ11月に他界しました。その間、しゃべることも動くこともできず、目は開いていても光を感じる程度で、耳も…。人工呼吸器で延命措置をしていただけでした。大学病院だったので主治医1人、研修医4人が担当して下さってたのですが、現代医学をもっても力およばず…。父と話せなかったのが辛かったです。アコードさん、お父様といっぱいお話ししてあげて下さいね。
2006/9/23(土) 午後 6:03
私も、いつかは父母と別れる日がやって来ると思います。数年前、末期がんであと余命1年と宣告された教師が、1年間を恋人と有意義に過ごすドラマをやっていましたが、愛する人や肉親といつかはサヨナラしなければならない・・・。そう、いつかはみんな死んでしまうんですよね。人間の宿命とはいえ、悲しいことですね。生まれてきてよかった!生きていて良かった!と言って貰えるといいですね。
2006/9/23(土) 午後 11:17
お父様、ホスピスに移動されたんですね。でも、お父様は暖かい家族の方に支えられて幸せを感じられてるんじゃないかなと思いました。もし、自分の家族がそういう立場にたったらですか・・・治る治療は出来る限りすると思いますが、辛いだけで、治らないものだったら治療はしないで残りの人生を安らかに過ごすほうを選ぶと思います。長く生きれば幸せっていうこともないし、短くても幸せな人生はたくさんあると思います。アコードさん、のぞみさんも言ってますがいっぱいお話してあげてくださいね。
2006/9/23(土) 午後 11:40
18年前になりますが父を・・・告知はしませんでしたが分っていたと思います・・・どちらがいいのか未だに解りません、しかし後悔もしていません、・・・最後にくだらない内容でしたけど笑いながらたくさん話が出来た事が、・・・それだけが私は救われた様な気がします。
2006/9/24(日) 午前 2:17
アコードさん、家族って肝心なことは話合ったりしないまま事に直面しませんか?日ごろから話し合えてればいいけど、問題は突然津波のようにやってきて事実と向き合うことになります。それでもその時に一生懸命ベストと思える方法が選択できればいいとわたしは思ってます。『死』にたいしてもぼんやり想うのと突きつけられるのはまた違うし、でも 「誰しも迎えるものに対して尊厳が払われる」ってことはシアワセなことでもあると思いました。
2006/9/24(日) 午前 6:01 [ - ]
アコードさん。ホスピスについては漠然としか知りませんでした。ここでは静かな穏やかな時間が持てるのですね。もっとも、ご本人もご家族にとっても辛い時間に変わりはないのでしょうが。それでも、直面している「死」について自然に静かに迎えられることはやはりいいことなのではないかと、私はそう思います。生まれたときから死に向かって歩いているのはみな同じです。最後のときをどのように迎えるかによって、その人の人生が彩を増すのであれば、しっかりと大切な時間に向き合って周りの人と幸せなひと時を過ごしたい。そう思います。
2006/9/24(日) 午前 9:56
ホスピスに対する考え方や捉え方、とっても勉強になりました。もしも自分の両親が同じような状況になったら・・・どうするかな。というか、そうしたいのかな、うちのパパとママは。もっと、いろんなことを家族で話し合うべきですね。。。
2006/9/24(日) 午後 10:41
今年は、長年糖尿病を患っている父親が原因不明の異常発作から死を覚悟したり、母親は切除しか治療法が確立されていない悪性腫瘍の4度目の手術…、親元を離れて生活する親不幸息子としては色々考えた年でした。親はいつまでも若くは無いのは頭では理解できますが…。
2006/9/25(月) 午前 0:21
非常に難しい選択ですよね。本当に、難しいです。自分がそうなった時はこうしてくれ、ああしてくれという希望を出せるのですが、別人格の家族(身内)がそうなったら…!義父を見送った時のことが思い出されます。殆ど無い意識の中、点滴と人工呼吸器のたくさんの管で縛られているように見えた病室での姿…。義父はそれでも治療を望んでいたんでしょうか。それとも…?!
2006/9/25(月) 午後 3:29
ホスピスに行かれていたんですね。苦しいことを最後までしたくない、と思うから自分はきっと余命少なくなったらホスピスを選択すると思いますが・・・。でも実際本当に死と直面したら、少しでも長く生きたいとかいろんな事を考えてやっぱり悩むんだろうな・・・。ホスピスでゆったり過ごされ看取られた方も、治療を最後まで選んで余命が2年近く延びて好きなことができた方も知っています。家族はどう考えるのか、自分はどう考えるのか、お互い時には話し合うことも大事だと思います。
2006/9/26(火) 午後 4:26
夜中のコメントを、お許しくださいませ。
この書庫の、最初から読ませて頂きここまで辿り着きました。
病気は独りで戦っていませんね。家族皆で戦います。家族のある事に感謝です。
この頃の日赤は建物が非常に古く、不便な事も多かったと思いますが、ホスピスは充実していたようで、心休まる空間に出来ていたのでしょうね。
癌はとても苦しい、耐え難い病気です。
考え方もすっと昔とは変わって来ていて、酷ですが・・・本人にはっきりと告げられます。
残りの命を自分らしく有意義に過ごし、後悔を残さす天命を迎える事が出来るようにと考えます。
私はあの世に行く処でしたが、こうやって生かされています。
2015/4/11(土) 午前 1:23
続きです。
主人に言われました「あの時死んでいたら、言い残す事はなかったか?」と。。。
考えました。しかし、言い残す事はなにも有りませんでした。
充実した人生を歩んできたんだと、改めて思ったのです。
聞いてくれてありがとう、気持ちがスッキリしました。
最後まで笑って生きようと決めました。
死を身近に感じた時、新しい自分が見つかりました。
それは、私にも何時かはやってくる。誰にも平等に間違いなくやってくる。
お父様にも短い時間かもしれませんが、安らかな気持ちになれたら良いですね。
そうしてあげるのが、こうなったら最良の治療ではないでしょうか。
私の勝手な意見で、申し訳ありません。
今夜はここで、また続きを読ませて頂きます。
2015/4/11(土) 午前 1:25