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下り「はやぶさ・富士」のラストランを見送ってから1夜明け、昨夜から降り続いていた 嵐のような涙雨もようやく泣き止んで、昼過ぎからは暖かい春の陽が差し込んで来ました。 上下ともかなりの遅れが出たようですが、とにかく無事にそれぞれの終着駅に着いて本当によかったです。 予定では下り列車を昨夜名古屋駅で見送り、明朝上り列車も見送ろうと思っていたました。 まだ早朝5時半では充分な明るさはないので、撮影はあきらめて最寄り駅からせめて動画に 撮っておこうと思ったのですが、 残念ながら体内時計のめざまし時計は鳴りませんでした…。 まあ最後はこんなもんです(苦笑) ところが、他の方の記事を見ていて知ったのですが、上りは1時間20分遅れで通過したようです。 予定通り5時半に起きて待っていたらどうなっていたか…。 結果論ですが、もし事前に知っていたら見送りと共に撮影もできたのかと思うと少々悔やまれます。 ここ数年、毎年のように3月のダイヤ改正ではなくなる列車との寂しい別れが続いていますが、 今回ほど辛い別れはなかったです。 子供の頃から見慣れて親しんできた列車がなくなってしまう寂しさは何とも言い様がないですね。 昨日から今日にかけてこの列車との最後の別れを惜しんで
沿線各地ではそれはそれはびっくりするような多くの人々が見送られたようです。 これほど多くの人々に愛されたブルートレイン 改めてどれほど多くの人々に愛されていたかをまざまざと感じました。 東京発九州行きで最後まで残った「はやぶさ」「富士」 ブルートレイン「はやぶさ」のデビューは1960年、そして「富士」は1964年と言いますから 実に50年近くもの間走り続けた事になります。 永い間本当におつかれさまでした! 約半世紀にも及ぶその活躍に心からその労をねぎらってあげたいと思います。 そして最終列車を思い入れのあるこの名古屋駅で見送れて本当によかったです。 最初にブルートレインに対面したのも、忘れもしない1978年(昭和53年)10月1日の事、 中学生だった当時、ダイヤ改正の前日、特急「くろしお」や「金星」の最後の姿を見ようと 名古屋駅へ行きました。 そして、念願のブルートレイン「さくら」「はやぶさ」「みずほ」との初対面を果たしたのです。 数えてみるとあれからちょうど30年も経っている事に今更ながら驚かされます。 「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束♪」
大好きな歌の出だしです。 人間も全ての生物は生まれてはやがて死を向かえ、そしてまた何度も生まれ変わりを 繰り返しているように…。 たとえ姿形は変わろうとも、再び出会える事を信じて! 必ずやまたいつの日か、きっとまた会えるよね。 まだまだ夢の途中なんだから…。 だからこそあえて言います。 2009.3.14記 ラストランを飾った下りの53号機、そして上りの42号機の過去の写真をそれぞれ掲載します。 (撮影日はラストランのものではありませんので注意して下さいね!) これからは思い出として残る、自分としてもとても貴重な写真です。 写真1枚目:2008.7.3、2枚目:2009.3.2撮影 いづれも名古屋駅にて
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2009年03月14日
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まだ興奮冷めやりません…。 つい先程まで、歴史的瞬間に立ち会ってきました。 今はまだ言葉が見つかりません。 名古屋近郊の大勢のファンに見送られた名古屋駅 最後の東京発九州行き寝台特急、ブルートレイン『はやぶさ・富士』 まずは、ラストランの名古屋駅の風景をお届けします。 最終日も雨の降りしきる名古屋駅、到着ホームの4番線は元より、 対向側の5番線にも大勢の別れを惜しむファンの列が所狭しと埋め尽くされました。 この歴史的瞬間に立ち会えた事を幸せに思います。 ラストランとなった3月13日の名古屋駅の雰囲気をお伝えできればと…。 「ありがとう〜!さようならぁ〜!』 誰ともなく、ファンの叫び声が名古屋駅を発車する最後の1レ「はやぶさ・富士」への はなむけの言葉が捧げられました。 2009.3.13撮影 ラストランとなった1レ寝台特急『はやぶさ・富士』 名古屋駅4番線にて ☆ブルートレイン「はやぶさ・富士」関連の記事、トラックバック歓迎します。
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