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「富士」号にご乗車のお客様、終点大分着は明日の11:18分の到着です。 「はやぶさ」号にご乗車のお客様、終点熊本着は11:48の到着です。 門司までは「はやぶさ」と「富士」は仲良く、くっついて走ります。 どちらもこの先まだ12時間以上の旅。 今日も多くの旅人たちの夢を乗せて、九州へとひた走る。 写真:仕事帰りに、寝台特急「はやぶさ・富士」を出迎え、見送り。
今日は飲み会ではありませんでしたよ!(笑)
春休みの金曜日とあってか、まずまずの乗車率のようでした。
2006.3.24 JR東海道本線 名古屋駅4番線にて |
☆彡寝台特急〜ブルートレイン
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昨日は会社の送別会。二次会もお開きとなり、名古屋駅へ向かい、 時計を見ると22時40分あたり。 おっと!これはちょうどいい♪ 寝台特急「はやぶさ・富士」の名古屋着が22:44 4番ホームでお出迎えすることにしました。 もちろんこんな事もあろうかと、いつもデジカメはカバンの中に! そして待ち構える事、30分! あれれ、そうなんです、昨日は約30分遅れでの運行でした。 と言う事で、三次会は一人でたっぷり楽しんできました。\(~o~)/ いよいよ明日は「出雲」の最終日です。 今夜は春の嵐が吹き荒れて、ダイヤへの影響が心配されますが…。 明日は無事に運行されるといいけど。 写真:昨日は約30分遅れで名古屋駅に到着した「はやぶさ・富士」
2006.3.15 |
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いよいよ「その日」が迫ってきました。 |
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今日の寝台特急「はやぶさ・富士」名古屋駅にて出迎え、見送りして来ました。 「ブルートレイン」 この列車だけはぼくの中では特別な存在なんですよね。 寒いホームで今か今かと待ちわびて、到着を告げるアナウンスが流れ、電子ベルが鳴り響く。 そして、EF66機関車のヘッドライトが暗闇の中からだんだんと近付いてくる。 この時、胸の高鳴りは最高潮に達する。 この感覚は何度会っても変わらない。 おまえに会えたのは何ヶ月ぶりだろう…。 久しぶりだね、会いたかった。 たった3分間だったけど、会えて幸せでした。 おまえが元気に走り続けているうちは、何度でも会いに来るから。 今頃はちょうど大阪過ぎたあたりだな〜 今日も旅人達の夢を乗せて…、深夜の鉄路を走り続ける。 写真:今日も平常運転。名古屋駅にて確かに見届けました!
1レ 寝台特急「はやぶさ・富士」 名古屋:22:44着 22:47発 2006.2.5 名古屋駅にて撮影 |
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私が中学生の頃、「ブルトレブーム」と言うのがあった。 ブルトレとは、言わずと知れた「ブルートレイン」の略。 ブルートレインとは、国鉄の客車寝台特急の総称である。 このブルトレブームのピークは、直前のスーパーカーブームが去った後、たぶん昭和53年頃から、55年あたりがピークでしたでしょうか。 客車は、これまでの20系に替わり、「富士」、「はやぶさ」等に使用された電源車が独立したタイプの「24系25型」と、「さくら」、「みずほ」等に使用された、電源を床下に分配し、分割併合可能な「14系」の2系統がありました。 これらの客車を牽引する電気機関車はこれまでのEF65 500番台に替わり、PF型と呼ばれる、1000番代に置き換わった頃がちょうどブルトレブームに火が点いた頃だったと記憶しています。 私の「マイブーム」はこの500番台牽引の頃から既に始まっていましたが、個人的にはこの500番台の方が好きですね。 残念ながら、500番台の実物には対面した事がありませんが…。 そんな頃、我がホームグランド?の名古屋駅にてブルートレインを追いかけた事もありましたが、昼間明るいうちの東京駅で写真を撮りたい! そしてついに、そんな願いが実現しました。 時は1979年(昭和54年3月)の春休み、家族と東京見物がてら、いざ生まれて初めての東京へ。 1日目は「はとバス」で東京見物。定番の皇居、東京タワーなどを見て、上野駅前のステーションホテルに泊まり、 そして2日目、家族とは別行動で、私と2つ下の弟と一緒に東京駅で上りブルトレを迎えて、昼間は上野駅へ移動。 夕方また東京駅で下り列車を見送るという、まさに丸一日、駅撮り天国だったわけです。 とにかく東京駅の12、13番線は、カメラ持った人達で、そりゃもうすごい人でした。 「さくら」14系 走行区間:東京〜長崎・佐世保 走行距離:1330.4km 走行時間:19時間8分
トップの写真と2枚目は、上り列車。 12番線にて発車を待つ栄光の1レ(1列車)「さくら」 数あるブルートレイン群の中で先頭を切って発車する16:30発下り「さくら」 「はやぶさ」24系25型
走行区間:東京〜西鹿児島(鹿児島本線経由)走行距離:1493.6km 走行時間:22時間1分 13番線に到着した上り「はやぶさ」 下り列車では、この電源車カニ24が機関車と連結されます。 2番バッターの、16:45発「はやぶさ」 16:45発下り「はやぶさ」西鹿児島行きの案内表示。 旅立ちの前の何とも言えない旅情ムードが漂っています。 「みずほ」14系 走行区間:東京駅〜熊本駅・長崎 走行距離:1294.9km 走行時間:18時間23分
到着した、上り「みずほ」 ちびっ子カメラマンもご覧のとおり。この中に自分も紛れていたんですが(笑) 12番線で発車を待つ、3番手となる、17:00発下り「みずほ」 この写真にはなぜか他のギャラリーがいない! それは、隣の13番線から「はやぶさ」がちょうど発車するとこで、みんな一斉にそちらへ群がって行ったからなんです! この写真を見てて、そんな撮影エピソードを思い出しました。 「富士」24系25型
走行区間:東京〜西鹿児島(日豊本線経由) 走行距離:1595.9km 走行時間:24時間26分 到着した、上り「富士」のカニ24 そして、18:00発の下り「富士」 この時間帯は、まさにブルトレ発車ラッシュですね。 この「西鹿児島」の駅名に何とも旅情を感じるのです。どうも今の「鹿児島中央」駅って聞いてもピンときませんね… ここまで来るともう、ブルトレを追いかけるワクワク感もピークに達していました。 この「富士」の走行距離は、何と1595.9kmと当時の日本最長距離走行列車でした。 走行区間は「はやぶさ」と同じ(東京〜西鹿児島)ですが、日豊線を通る「富士」の方が走行距離が多いのです。 終着駅西鹿児島へ到着するのは、「翌日」の18:26と、何と24時間以上かけて走り抜いたのですから驚きです。 まだ終着駅に着かないうちに、次の日の列車が東京を発車するのですから。 この12、13番線からは、次々とブルトレが旅立って行きます。 この後まだまだ、「あさかぜ」「出雲」、「瀬戸」と発車ラッシュは続きます。 「富士」を見送ったところまでで、帰りの新幹線の時間が迫って来たので、残念ながら写真もここまでしかありません。 この時代の東京駅12、13番線と言えば、まさにパラダイスってとこでしょうか。 ※注)走行区間・距離、発車時刻は昭和54年3月当時のものです。 いかがでしたでしょうか? 当時のブルトレ人気の雰囲気が伝わったでしょうか。 今は衰退の一途をたどる東京、関西発の寝台特急ですが、この記事を私自身、当時をなつかしく思い出しながら、あの時に還った気持ちでワクワクしながら楽しく書く事ができました。 こんなよき時代もあったんだなって改めて感じました。 このホームから数多くの旅立ちのドラマが繰り広げられた事でしょう。 現在ではこの12、13番ホームは既になく、東京駅から旅立つブルートレインも「はやぶさ・富士」と「出雲」だけになってしまいました。 全廃となるのも、もはや時間の問題でしょうが、これからも1日でも多く、旅人たちの夢を乗せて走り続けて欲しいものです。 写真:東京駅12,13番線にて撮影 1979年(昭和54年)3月31日 さて、次回は上野駅で出会った特急たちをご紹介したいと思います。
(こちらもブルトレブームが波及してすごいカメラマンの数でした。。) |


