気ままにデジ☆スケッチ

寝台特急「はやぶさ・富士」引退から早や10年が経つんですね。

なつかしの銀塩写真館

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以前撮った銀塩フィルムをスキャナーで取り込んだ写真です

膨大な?ネガの中から、主に「国鉄名古屋駅」で撮ったなつかしい写真をスキャンしたものをアップしたいと思います。
何ぶん二十数年前という古いネガですのでお見苦しいとは思いますが、それもまた「歴史の味わい」と言う事でご勘弁下さい。
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来週2008年3月15日のダイヤ改正で消え行く、寝台急行「銀河」

東京〜大阪間の夜行寝台急行列車として永年活躍してきましたが、ついに後一週間でその名に終止符を打つことになりました。

そんな「銀河」の歴史を垣間見る画像と共に、惜別の念でこの記事を出します。

写真の20系客車、この丸みを帯びた何とも愛嬌のある形状が特徴でありますが、この20系客車は、1958年(昭和33年)10月1日、元祖ブルートレイン「あさかぜ」でデビューし、当時は「走るホテル」と呼ばれ一世風靡した記念すべき寝台客車でした。

その栄誉ある20系を牽いて活躍したこの「銀河」もついに引退まであと1週間となりました。


永い間おつかれさま。ありがとう!寝台急行「銀河」号




写真:20系客車時代の寝台急行「銀河」号
   1982年(昭和57年)10月末 東京駅にて撮影

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この書庫もずいぶんごぶさたでした。
年末大掃除?って訳ではないですが、PCのファイルを整理していたらなつかしい画像が出てきました。
このブログも最近「鉄離れ」しつつあるなあなどと感じていますが。。
今日はここで少し鉄分補給を!(笑)

今も名古屋から北陸方面へ向かう特急として活躍している「しらさぎ」ですが、もう30年近くも前の画像です。
「しらさぎ」は485系のイメージが強かったですが、そう言えば583系もあったな!
とても懐かしくも新鮮な思いがします。

これは名古屋〜博多を走る夜行寝台特急「金星」の間合いで使用されていたものです。
朝博多から名古屋に着いて、夜また博多へと向かうまでの昼間に「しらさぎ」として富山まで1往復していたのです。

581(583)系は昼夜兼用特急として、座席と寝台を切り替えれるしくみになっていますが、「しらさぎ」では座席車として使われました。

☆この583系電車は現在でも大阪〜新潟を走る寝台急行「きたぐに」に使用されています。



写真:名古屋駅にて発車を待つ「しらさぎ2号」富山行き 581系
    1978年(昭和53年)8月 国鉄名古屋駅にて撮影

     1972年(昭和47年)3月に新幹線が岡山開通し、この時から使用されていたこの「しらさぎ」581系
     1978年(昭和53年)10月改正で姿を消してしまいました。

   クリーム地にブルーのラインにこの美しいプロポーション!カッコイイですね。
   この写真もとてもなつかしいです。
   お気に入りで当時引き伸ばして額に飾ってましたのを思い出しました。

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ブログ仲間の記事を拝見して思い出しましたが、そう言えば、先週の23日に「リバイバルくずりゅう」が運転されたんですね。

かつて北陸本線で活躍した急行「くずりゅう」が一日限りの復活です。
なつかしい思いで拝見いたしました。
今日は現役当時の写真がありましたのでご紹介します。

交直両用の475系。この色の急行列車が活躍していた頃、なんともう30年近くも昔のことです。
この時は東海道線の列車を近江長岡付近で撮影し、米原駅へ立ち寄った時に撮ったものです。

一緒のネガには特急「加越」なんてもの写ってました。

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写真:米原駅に停車中の急行「くずりゅう」 
   1966年に米原−金沢間の急行として誕生し、最盛期には6往復を誇ったが、1985年に廃止された。
   1980(昭和55年)3.30 国鉄米原駅にて撮影

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この書庫は久しぶりの更新となりました。
最近フィルムスキャンさぼってましたので…(^^ゞ
と言っても、主なものはほぼ出尽くしたでしょうか。
いつも同じようなところでしか撮ってませんので、まあこんなもんです。

いよいよ3月のダイヤ改正が迫って来ました。
ブルートレイン「出雲」の廃止、東京口の湘南電車113系の引退。
往年の国鉄車両が姿を消すのは寂しい限りです。

今回ご紹介するのは湘南電車でも「急行形」と呼ばれる153系です。
見た目の特徴は前面がみかん色一色というところですね。
113(115)系、165系などの湘南色はオレンジと緑のツートンですが、
この153系のオレンジ一色はご覧の通り写真で見ても強烈な印象を受けます。

トップの写真は名古屋駅を出発する直前の急行「比叡」です。(S54.7.28撮影)
走行区間は名古屋〜大阪でした。
車掌さんの白い制服がカッコいいです。優等列車の証ですね。

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写真:名古屋駅で撮影した。急行「比叡」です。(S53.8.30撮影)
   隣に並んでいるのは急行「かすが」でしょうか?
   「急行」も今では激減し、今度の3月改正でJR東海最後の急行「かすが」も姿を消します。

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写真:153系急行「比叡」のサボ(S53.7.29撮影)
鉄製のプレートがかっこいいですね。

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写真:東海道本線 柏原〜近江長岡にて撮影(S56.5.5)
   大きなヘッドマーク付きの時代もあったはずですが、この時期はマーク付きではありませんでした。

当時は113系などは当たり前にいましたので、ほとんど見向きもせず、特急車両撮影目当てでしたから、これらは「ついで」に撮っていた車両でした。
私も中学生の頃は、華やかなL特急やブルートレインばかり追いかけていましたから…。

今こうして見るとそれなりに貴重なものとなっていますね。

国鉄153系電車

1958年(昭和33年)10月に準急列車「東海」、「比叡」に使われていた元祖湘南電車80系に置き換わる形で運用を開始した。
その居住性において従来の客車列車を完全に凌駕し、電車による長距離列車運転の優位性を確立する役割の一翼を担うと共に、1960年代以降の国鉄急行形・近郊形電車の設計思想の基礎ともなった。

153系は「80系電車の近代化形」という位置付けで開発されたものであるが、実際のところ「塗色以外は全てが別物」と言って良いほどに大幅な刷新が行われた。
その後、快速列車や普通列車は117系をはじめとする近郊形電車に置き換えられ、最後に残ったものも勾配線区に対応した165系に置き換えられ、1983(昭和58年)3月に運用から撤退した。

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この書庫の更新は久しぶりになりますが…。
一人で勝手に!?113系の話題で盛り上がってますので、その流れに乗って!

この写真は国鉄時代の柏原〜近江長岡間で撮ったものです。
ここで注目は、行き先表示版が「西明石」になっている事です。

これ撮ったのが昭和56年ですが、当時からそんな列車があったのですね。
そうなんです、この地点はまだ米原よりも名古屋寄りなんです。
今でも大垣〜網干行きとかもありますが、米原以東から姫路あたりまでの直通列車は、下りなら早朝の時間帯のほんの数本に限られます。

今となってはこの区間の直通列車もほとんどお目にかかれないだけに、ちょっと意外な感じがしました。
ちなにみこの大垣〜姫路・網干の直通列車、どんな車両使ってるんだろ!?
ちょっと確かめたくなりました。
(JRになってからは米原がJR東海と西日本の分解点となっていますので)

当時普通列車はもちろんこの113系しか走ってませんでしたので、全然気にも留めなかったのですが、
今となっては、この湘南色電車がとても貴重な存在となってしまいました。
(既にこの区間では113系は走っていないですが…。)

この「デカ目」も今となってはなおさら希少価値ですもんね。
これは115系なんでしょうか?
111と113との区別も残念ながらつきません!(^^ゞ

鉄道写真としては、構図がいまいちですが、まあ記録写真として大目に見てあげてくださいね!?

それにしても、この国鉄時代を代表する湘南電車の113(111、115)系電車。
よくぞこれまで頑張ってきました!って心から誉めてあげたいです。
でも、世代交代はやはり寂しいものですね。

写真:国鉄東海道本線 柏原〜近江長岡間にて撮影 (昭和56年5月5日)

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