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アストロズの選手たち

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ヒューストン・アストロズの選ばれし戦士たちの特集です。
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永久欠番「7」

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 ヒューストン・アストロズは、昨季限りで引退したクレイグ・ビジオ選手の背番号「7」を球団の永久欠番にする事を発表しました。今日はそのセレモニーが行われ、球場からは惜しみない拍手が沸き起こりました。ビジオ選手はアストロズ一筋20年。数々の素晴らしい記録に彩られ、昨季はついに3,000本安打を達成!この大記録を花道に引退しました。

 ビジオ選手はアストロズ10人目の永久欠番となりました。

 ビジオ選手のご紹介についてはこちらをご覧下さい。
 http://blogs.yahoo.co.jp/ace44wizardoz/49868801.html

★ビジオ選手の持つ主な球団記録(引退時)★

 出場試合:2850(球団1位)
 得点   :1844(球団1位)
 安打   :3060(球団1位、史上20位)
 二塁打  :668(右打者では史上1位で全体6位)
 死球   :285(史上2位)

★その他の主な記録★

 ・ 4年連続のゴールドグラブ賞(1994〜1997年)
 ・ シーズン50二塁打50盗塁(1998年 史上2人目)
 ・ 史上27人目の3,000本安打
 ・ 先頭打者本塁打52本(ナショナル・リーグ記録)
 ・ プレーオフ出場までに要した試合数2564(史上最長)
 ・ シーズン100打点がない選手で1175打点は史上4位
 ・ 入団時は捕手、途中で二塁手、さらに中堅手となり、再び二塁手
 ・ 捕手と二塁手の両方でオールスターに出場したのは史上初

 本当に最高の選手でした!アストロズの一時代を僚友だったジェフ・バグウェル選手と作り上げた偉大な選手の一人です。走攻守、すべてのパッケージがここまで完璧だった選手はそうそうお目にかかれるものではありません。見ているだけで楽しい、僕が一番大好きなメジャーリーガーでした。
 
★アストロズの永久欠番★

  5 ジェフ・バグウェル
 24 ジミー・ウイン
 25 ホゼ・クルーズ・シニア
 32 ジム・アンブリット
 33 マイク・スコット
 34 ノーラン・ライアン
 43 ドン・ウイルソン
 49 ラリー・ダーカー

 42 ジャッキー・ロビンソン(全球団永久欠番)

永久欠番「5」

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 ヒューストン・アストロズは、昨季限りで引退したジェフ・バグウェル選手の背番号「5」を球団の永久欠番にする事を発表しました。15年もの長期にわたってチームの大黒柱として戦ってきた戦士に敬意と感謝の気持ちを込めての贈り物です。

 バグウェル選手はアストロズ9人目の永久欠番となりました。

★バグウェル選手の持つ主な球団記録(引退時)★

 出場試合:2150(2位)*1位はクレイグ・ビジオ選手
 打率   :.297(2位)*1位はランス・バークマン選手
 得点   :1517(2位)*1位はビジオ選手
 安打   :2314(2位)*1位はビジオ選手
 本塁打  :449 (1位)*史上33位
 打点   :1529(1位)*史上41位タイ
 四球   :1401(1位)*史上24位
 敬遠   :155 (1位)
 犠飛   :102 (1位)

★その他の主な記録★

 1991年 新人王(.294 15本塁打 82打点)
 1994年 MVP(.368 39本塁打116打点)
 1996年 6年連続して30本塁打・100打点・100得点・100四球以上を史上初めて記録
 1997年 一塁手史上初の30本塁打30盗塁
 史上12人しかいない400本塁打200盗塁
 など

 記録をずらっと並べただけでも壮観です。本当にすごい選手でした。
 永久欠番おめでとう!そしてありがとう!

★アストロズの永久欠番★

 24 ジミー・ウイン
 25 ホゼ・クルーズ・シニア
 32 ジム・アンブリット
 33 マイク・スコット
 34 ノーラン・ライアン
 43 ドン・ウイルソン
 49 ラリー・ダーカー

 42 ジャッキー・ロビンソン(全球団永久欠番)
 

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 今日6月28日(現地時間)、ヒューストン・アストロズ生え抜きのスター、クレイグ・ビジオ選手がついに3,000本安打に到達しました。本当にすごい偉業です!

 アストロズ初の「殿堂入り」選手となる可能性も高い、このビジオ選手についてご紹介したいと思います。

 ビジオ選手は、1965年12月14日ニューヨーク州、スミスタウン生まれの41歳。シートン・ホール大学出身で、右投げ右打ち、180cmで84kgとメジャーリーガーとしては体格に恵まれている方ではありませんでした。

 1987年、ドラフト1位でアストロズに指名されて入団(全体で22巡目)。当時は捕手でした。

 メジャーに初めて昇格したのは1988年。最初に球を受けた相手はノーラン・ライアン投手でした。メジャー初安打を打ったのは、当時ドジャースのエースとして君臨していたオーレル・ハーシュハイザー投手から。初本塁打は当時メジャーで名を馳せていたクローザー、グース・ゴセージ投手でした。

 捕手としてオールスターに選ばれ、シルバースラッガー賞にも輝くなど素晴らしい実績を作りつつあった若きビジオ選手でしたが、類稀なる俊足の持ち主であった事もあり、1992年、二塁手にコンバートされました。ビジオ選手はこの期待を大きく超えて成長し、二塁手としてもオールスターに選ばれる史上初の選手になりました。また、ゴールドグラブにも輝くなど守備面でも急成長。

 1995年、初のフリーエージェントになり、多くのチームから契約の申し込みを受けましたが、アストロズに残留。4年契約を結びました。ここからもビジオ選手の成長は止まりません。

 4年連続となるゴールドグラブ、7度目となるオールスター出場、シルバースラッガー賞に盗塁王。1997年には年間619打席のメジャー記録を樹立しながら併殺打が0という離れ業。信じられない記録です。1998年には史上二人目となる50二塁打50盗塁を達成。「ミスター・ダブル」とまで称されるビジオ選手の二塁打の多さは特筆ものです。

 この当時のビジオ選手はメジャー最強の1番打者。3割以上の打率を残し、本塁打はを20本前後放つ長打力と「ミスター・ダブル」としての走力を兼ね備え、選球眼も抜群で多くの四球を選び、闘志あふれるそのスタイルで死球をおそれずぶつかっていくくらいでした。全てを兼ね備えたビジオ選手に加え、当時は最強のスラッガー、ジェフ・バグウェル選手を擁し、「キラーBズ」と呼ばれる頭文字にBのつく名前のスラッガーを揃えたアストロズはまさに黄金期を迎えました。

 ビジオ選手に大きな転機が訪れたのは2000年。

 走塁中に左ヒザを骨折するアクシデント。ここまで続けてきた連続試合出場もこれでジ・エンド。ビジオ選手を欠き、主力選手に故障者が続出したアストロズは4位に転落してしまいました。

 しかし、ビジオ選手はこれで終わりませんでした。

 ヒザを骨折し、かつての盗塁能力は失われましたが、翌年見事に復活!素晴らしい活躍でチームを再び勝利に導きました。

 2003年には二塁手としてMVPに輝いたジェフ・ケント選手獲得のため、ビジオ選手は快く外野手としてセンターにコンバートされる事を承認。何なくこなし、その身体能力の高さを改めて見せ付けました。

 2005年、メジャー生活で初めてとなるワールドシリーズに出場。勝つことは出来ませんでしたが、親友でもあるバグウェル選手と最高のシーズンを送れました。

 そんな超人的な活躍をしてきたビジオ選手も41歳。年齢的な衰えは隠せなくなってきました。

 今季でもう最後なのかもしれません。

 でも、僕はメジャーで一番好きな選手として最後まで応援します!

 頑張れ!クレイグ・ビジオ!

 3,000本安打おめでとう!!

 本当によかった。
 

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